留学生
夏季休暇が終わり、今日から新学期が始まる。
寮入りをしたのは5日前だけど、新学期の授業の準備で忙しくてまだジェラルド王子やお兄様と校内では会えていないため、今日のお昼休みに一緒に昼食を摂る約束をしている。
制服も衣替えをして秋季から冬季の制服になった。春季から夏季休暇までの女子の制服は薄い水色を基調とした半袖のワンピースで、白い大きな襟も付いている。フレア袖でふんわりとしているけれど、ウエスト部分のベルトの大人っぽさもあってすごく好きなデザインだ。襟には金色の校章が刻まれた飾りのボタンが1つ付いている。
そして、今日から着る冬季の制服はシャボ付きの紺色のブラウスにハイウエストの長い紺色のスカートだ。スカートはウエストにかけて校章の入った金色のボタンが3つついている。袖は裾にかけて広がっていてスカートと袖の裾の内側には白いフリルがあしらわれている。もう少し寒くなると防寒代わりにマントを羽織るようになる。
男子の制服は女子と比べるとあまり代わり映えしない。春季から夏季は白いシャツに紺色のズボン、秋季から冬季は紺色のベストとマントを上から羽織るだけだ。
「ごきげんよう、オリビア様」
「ごきげんよう。2人とも後期の制服もとても似合っているわね」
「光栄です。オリビア様もすごくお似合いです」
「リゼリー様の言う通りです。とてもお美しいです」
「ありがとう、リゼリー、レベッカ」
校舎までは2人とルーディンクとジークハルトと共に向かう。
教室に着くと早速ある噂話で持ちきりになっていた。それは、今日から留学生として来ている隣国ウェスタート王国の第三王子とその側近たちについてだ。第三王子の側近は王子と同い年の者もいるらしく、一緒に留学しているらしい。何でも、留学生が3人いる中、皆揃って美形らしい。
私としては、ジェラルド王子以上の美形なんて想像もできないけど。
「第三王子や他の留学生の方もジェラルド王子殿下と同じクラスになったそうですね」
「それなら、オリビア様はお話する機会がありそうですね」
「そのことなのですが、」
私はリゼリーとレベッカに話す機会があるどころか、なるべく共に過ごすように陛下に頼まれて引き受けたことを伝えた。そのため、お昼休みは基本的に3人で過ごせないことを謝罪すると2人とも笑顔で頑張ってくださいと言ってくれた。
予鈴が鳴ると席に着いた。
授業を終えてお昼休みになると、ルーディンクとジークハルトと共に食堂へ向かう。その道中で真っ青な髪に金色の瞳の青年に会った。従兄弟であるフライムートだ。フライムートも食堂に行く途中だったらしく一緒に向かうことにした。
「お久しぶりですね、フライムート。お祖父様とお祖母様はお元気ですか?」
「はい。まだまだ元気です。今年の夏はオリビア様が来られないからと少し寂しそうにしていましたが冬にアレン様と共にお越しになるという手紙を読んでもう既に部屋を整え始めています」
「気が早いのは相変わらずのようですが、元気そうで安心しました」
食堂に着くとフライムートは挨拶をして友人達のいる席へ向かった。
私はいつも通り個室へ向かう。もう既にジェラルド王子とお兄様と第三王子達は来ているのだろう。そう思うと少し緊張する。ルーディンクがゆっくりとドアを開けた。
お兄様とジェラルド王子、そして、この世界では珍しい黒髪に紫の瞳の綺麗な顔立ちの青年とそれに劣らぬくらい美形な青年2人が黒髪の青年の両隣に並んでいた。彼らが留学生たちだろう。そして、黒髪の青年がウェスタートの第三王子だ。
私は部屋に入ってすぐに第三王子たち留学生に向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかります。ジェラルド殿下の婚約者のオリビア・ハインレットと申します」
「初めまして、オリビア嬢。私はウェスタート王国王位継承権第三位のリカルドと申します。そして、この2人は私の側近のラファエルとフィリップだ。留学期間は20日ほどだが、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
昼食を終えると、個室を出た。次は刺繍の授業なので、男女分かれる。騎士志望の者は剣術や攻撃や防御の魔術の訓練、その他の女子は刺繍、その他の男子は絵画の授業だ。
教室へ行って、リゼリーとレベッカと合流した。刺繍の授業って結構大変なんだよね。細かいし、同じ作業をずっとするし。
先生が入ってくると、前回の授業で途中までやっている作品を取り出して少しずつ進めていく。今は季節をお題に刺繍をしていて私は秋をイメージした刺繍をしている。
あと少しで終わるというところで、終了の合図があった。
「次回の授業内で作品が完成しないと自信で判断した者は持ち帰って進めてください。それでは本日の授業はこれで終了と致します」
授業が終わって、リゼリーとレベッカと教室を出る。2人は研究室に所属しているため、研究室の並んでいる北棟の渡り廊下で別れて校舎を出た。寮に向かう途中、騎士の希望生徒たちの訓練場を通った。フライムートを見つけて少し見学していくことにした。
今は攻撃魔術の訓練中のようで、先生が出した土人形にそれぞれ攻撃を当てていく。
フライムートは火と風の属性のため、火球を風でさらに強くして攻撃を繰り出している。やっぱり騎士の訓練をしている方が魔術の技術が高い。しばらく見学をしていると、訓練が終わったのか学生たちがぞろぞろと訓練場から出てきた。
フライムートに声を掛ける前にこちらに気付いてやって来た。
「フライムートは魔術の扱いがとてもお上手ですね」
「ありがとうございます。でも、まだまだです。フォティリアスのような田舎の領地では季節に一度ほど魔獣が出ます。その魔獣討伐に加わえてもらうためにはまだまだ実力が足りません」
「フライムートならきっとフォティリアスを守れる騎士になれますよ」
「オリビア様の期待に応えられるように尽力します」
フライムートは顔を上げてニッと笑うと寮へ歩いていった。背中を見送ったあと、また寮に向かおうと振り返るとウェスタートの第三王子のリカルド様がいた。
なんだか少し気まずいけれど、笑みを浮かべて声を掛けた。
「リカルド様、どうされたのですか?」
「1人で学園内を散策しようと思って側近の目をかいくぐって来たのだが、男子寮の場所が分からなくなってしまった」
「そうでしたか。では、ご案内します」
この王子、随分とお転婆というか子供っぽいというか。なんだか見た目と性格が一致しない。
男子寮は女子寮の真逆にあるため、私もあまり行く機会はないけれど卒業生であるルーディンクとジークハルトがいるため最悪道が分からなくなっても心配はない。
来た道を戻りながら何気ない世間話をする。
「オリビア嬢、1つ聞きたいことがある」
「はい」
『ジェラルド様に懸想していないという噂があるが、それは偽りであろう?』
不意にウェスタートの言葉でそんなことを問われて、驚いて足を止めそうになったけど足を止めないリカルド様に置いていかれないように歩いた。今日初めて会った人に気付かれるくらい自分の気持ちを隠すのが下手だなんて、お母様に知られたらまた社交の練習のためにお小言お茶会が開かれる。
『どうして、そう思われるのですか?』
『なんとなくそうかと思ってカマをかけただけだ。でも、やはりそうなのだな。どうして懸想していないなどという噂が流れているのだ?』
引っかかったことに悔しく思いながらも気付かれたなら仕方がないと思いため息をついて事情を説明した。懸想だと気付く前に兄を慕う気持ちと同じだと言い張っていたため、そんな噂が広まっている。その噂を否定することでジェラルド王子との関係が壊れてしまうくらいならば兄として慕うと勘違いされたままでも良い。そう言うと、リカルド様はひどく納得がいかない顔をした。
『オリビア嬢とジェラルド様は気持ちを伝えただけで壊れるほどの関係なのか?』
『それは………』
言葉に詰まっていると、走ってくる足音が聞こえてきた。顔を上げると、リカルド様の側近たちと共にジェラルド王子やお兄様やオーガスト様やダミアン様がこちらに走ってきた。側近たちはリカルド様の無事な姿を見て安心したように息を吐いた。
「オリビア嬢、助かった。もう案内は必要ない」
「はい。リカルド様はもう側近の目をかいくぐって散策しないようにしてください」
「心に留めておこう」
リカルド様は手を振って側近たちと共に寮へ向かった。私も今度こそ寮に帰ろうとその場を去ろうとすると、ジェラルド王子が私の手を掴んだ。
「リカルド様とどんな話をしていたのだ?わざわざ彼の母国語で」
「大した話はしておりません。ウェスタートの言葉で話していたのも成り行きです」
「そうか」
王子は諦めたように目を伏せてゆっくり私の手を離した。リカルド様との会話の内容を話したくないわけじゃないけれど、私には話す勇気はない。確かに気持ちを知られたくらいで壊れるような関係ではないと思っている。私が本当に恐れているのは、この気持ちを拒絶されたり受け入れてもらえないことだ。
私は言い訳を付けて自分の弱さを庇っているだけだ。恋をしてみたいなんて思っていたのに、今は恋が苦しいと感じてしまう。
「殿下、いつか貴方にお伝えしたいことがあります。そのときはどうかお時間をいただけますか?」
「ああ」
王子と別れてようやく寮に戻った。
ただでさえ、新学期初日という疲れる日なのにさらに疲れが上乗せされている気がする。今日は疲れているため夕食は食べずに自室に戻って寝る支度をした。
いつかっていつ来るんだろう。自分で言っておきながらもそれが分からない。
ベッドに入って静かに目を閉じる。