初デート
前世も含めて、生まれて初めてのデートだ。少し違うところがあるとすれば、側近がついてくるというところだ。
今回、側近としてついてきてくれるのはユーリではなくルーディンクだ。この前の様子を見た感じ、ユーリはオーガスト様に対しての敵対心を剥き出しにしているから平民に貴族と王族は仲が悪いと思われるかもしれない。少しでも不安感を与えないためには、オーガスト様と元同級生のルーディンクの方が適任だ。
今日は馬車よりも歩きが多いため、淡いブルーを基調としてパステルカラーのレースを重ねた少しボリュームを抑えめなドレスを着て、髪もお団子にして首元に風が通るようにする。
ジェラルド王子に貰ったネックレスは、制服ではないので服の外につける。
「ユーリ、どう?」
「とてもお美しいです、お嬢様。殿下も惚れ直されるでしょう」
「何言ってるの?殿下は元々わたくしに惚れてなどいませんよ」
鏡越しにユーリを見上げて微笑むと、何も言わず私に微笑みかけていた。
そろそろ王子が屋敷へ着く頃だろうと思い、部屋を出て広間で待機しているとルーディンクが広間へやって来て王子の到着を知らせてくれた。
広間を出て、玄関に行くと王子とダミアン様とオーガスト様が揃って待っていた。
「ごきげんよう、殿下。本日はよろしくお願いします」
「ああ」
相変わらずクールな王子は表情1つ変えずに私に手を差し伸べた。王子と腕を組んで馬車の前まで歩いて、エスコートされながら馬車に乗った。
王都は王宮を囲うように貴族の屋敷がありさらにその周りを塀で囲まれている。平民街はその塀にある東西南北いずれかの門を通った外側にある。
門を通ると、平民街が広がる。
お祭りの雰囲気が街中に溢れていた。
流星祭りというお祭りで、毎年流星群の降る夏の夜に行われる。今日は100年に一度しかない流星群と共に“星のかけら”と呼ばれる魔法石が降ってくる特別な日だという。貴族たちはそんな言い伝えを信じていないようでこのお祭りに興味を持つ者は私くらいだろう。
平民の言い伝えは小さい子供が信じるおとぎ話のように思われている。
「馬車はここまでしか通れないようで、ここからは徒歩になります」
「構わない」
王子にエスコートされながら馬車を降りて、辺りを見渡した。
活気に溢れる街の人々は私と王子を見て驚いたように固まっている。
そんな中、ドテッと誰かが転んだ音がした。
振り返ると、走っていた子供がジークハルトにぶつかったらしい。すると、子供の母親らしい女性が慌てて駆けつけてきた。
「も、申し訳ございません!騎士様にぶつかるなんて、何と詫びれば良いか」
そんな女性の様子にジークハルトは少し驚いたように目を見開いた。そうだろう。私達貴族は基本的に平民と関わりがない。だから、平民にこんなに怯えられているなんて知るはずもない。
私はジークハルトの前に出てスカートが地面につかないように気を付けながら怯える女性と男の子に視線を合わせた。
ドレスで屈むなんて、これは後でお母様に叱られてしまいそうだ。
「お怪我はありませんか?」
そう問うと、男の子は小さく頷いた。私は微笑んで立ち上がった。
「それなら良かった。わたくしの護衛騎士は普段から鍛えておりますから心配は無用です。けれど、君と同い年くらいの女の子なら転んで怪我をしていたかもしれません。気を付けてくださいね」
「うん」
「では、お互いに楽しみましょうね」
私が笑って手を振ると、男の子もにっこりと笑って手を振ってくれた。
「またね、お姉ちゃん!」
「はい。また」
手を振り返して、その場を離れた。
だんだんと屋台が多く並んでくると、美味しそうな匂いがしてきた。
私がクレープを売っている屋台の方に歩くと王子達は驚いた様子でついてくる。
「これを2ついただけますか?」
「ああ。ところで、お嬢ちゃんみたいな客は珍しいな。お忍びか?」
「いいえ。公的です。お忍びならドレスは着ません」
「そうだな」
店主は慣れた様子でクレープを焼いていく。
「先ほど、わたくしのような客は珍しいとおっしゃいましたが、どなたかお忍びで来られるのですか?」
「もう過去の話だが、国王陛下がまだ王子だった頃によくいらっしゃった。屋台ではなく店の方にだったがまさかその息子である第二王子殿下が来てくれるとは思っていませんでした」
「私を知っているのか?」
「もちろんです。開国祭のパレードは毎年見ているので」
店主は笑って焼いた野菜とベーコンを乗せてソースをかけたクレープを紙で包んで渡してくれた。
私が受け取ろうとすると、ルーディンクが代わりに受け取ってお代を支払った。
「ありがとな」
店主は笑ってまた野菜を焼き始めた。
私はルーディンクからクレープを受け取って王子に1つ勧めた。
「屋台の食べ物に抵抗がありますか?」
「決してそういうわけではない。父上が何度も通う店の物だ。是非いただきたい」
「良かったです」
王子にクレープを渡して、私も自分の分を一口食べた。うん。美味しい。前世で食べたことがないから似てるかどうかは分からないけれど、クレープって美味しい。
「美味い」
「美味しいですね。やはり、屋敷や庭でお茶をするよりも、こうして普段味わえないものを共有出来る方がわたくしは楽しいです」
「そうだな。私もそう思う」
王子は表情は笑っていないものの、気に入ったのかダミアン様に店の名前を記録するように命じていた。
他の屋台も見てみましょうかと王子の手を引いて歩いていると、近くにいた女の子に手を繋いでいることを指摘されてしまい慌てて手を離して王子に謝った。
「申し訳ありません」
「別に謝ることではない。婚約者なのだから、手を繋いでも不思議ではないだろう」
「それは、そうなのですが。殿下、嫌なら嫌とおっしゃってくださって結構ですよ」
「嫌など一言も言っていない。オリビアのそういうすぐに思い込む癖は良くない。気を付けろ」
「はい」
頷くと、満足そうに王子は再度私の手を取って握った。嫌じゃなかったなら、いいか。私は微笑んで王子の隣を歩き始めた。
日が落ちてくると、ランタンに灯りが灯っていく。
昼とは違う幻想的な街を歩いていく。
昼間にたくさん歩いて少し疲れたけれど、それは王子が癒しの魔術をかけてくれたお陰で気にならない。
それに、街の人たちが貴族イコール怖い存在という印象が薄れてきたようにも見える。特に、子供たちは私と王子を見かける度に声をかけて手を振ってくれる。
相変わらずクールな王子は街の人からすると近寄りがたいようだけど、私は前世では芸能人でもないただの一般人だったからか気兼ねなく話しかけられるらしい。
「オリビア様のネックレス、とても素敵ですね」
「ありがとうございます。殿下に婚約の品として贈っていただいた物なのです」
「やっぱりそうだったのですね。オリビア様を思って選んだのが伝わってきます。オリビア様は第二王子殿下に大切にされているのですね」
「はい。」
話していた女性の娘が私と女性のスカートを引っ張って夜空を指した。
「星、降ってきたよ!」
顔を上げると、紺色の夜空にすーっと光の線が通った。
王子も王子の側近たちもルーディンクもジークハルトも街の人たちも流れ星に釘付けだ。
平和な国だと改めて実感した。身分を超えても同じものを美しいと感じられるのは、すごく素敵だ。
まるで星の雨が降るように、いくつもの光の線が夜空を駆けていく。しばらく空を見上げていると、青白く光るものがゆっくりと地上へ近付いてきた。
「「星のかけらだ!」」
さっきまでの平和な雰囲気が壊れて皆一斉に星のかけらを取ろうと必死に空に手を伸ばす。
星のかけらは徐々に地上へ近付いてきて、誰かの手の中に落ちた。
すると、大きな拍手が起こった。
星のかけらを掴んだ男性が恋人にプロポーズをしたらしい。
さっきまで取り合い状態だったのに、すっかりお祝いの雰囲気に変わった。この街の人達は本当に素敵だなと思う。
「殿下、今日は殿下のお陰で本当に素敵な時間を過ごせました。ありがとうございます」
「感謝をするのは私の方だ。オリビア、今日は誘ってくれてありがとう。これは今日の礼だ」
そう言うと、王子は星型のチャームがついた簪を私に手渡した。
「ありがとうございます。つけてみても良いですか?」
「鏡もないのにつけられるのか?」
「はい」
私はお団子を崩さないようにそっと触ってその上から簪を指した。多分、大丈夫なはずだ。
「どうですか?」
「とても似合っている」
そう言うと、王子は私の頬に手を伸ばして微笑んだ。
「オリビアは世界で一番美しい」
王子は微笑んで私の頬にかかっていた髪を耳にかけた。あれ、王子ってこんな大人っぽかったっけ。ってそれよりも、ただ微笑んでいるだけのはずなのになんでこんなに色気を出しているのだろう。そのせいで心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
なんだか、この雰囲気に耐えられなくなって一歩下がって王子の手から離れた。
「か、帰りましょうか」
「そうだな」
王子の顔からは微笑みが消えて、いつも通りの無表情に戻っている。でも、なんだか少し寂しそうに見えてしまう。気のせいだろうか。
馬車に乗って、屋敷まで送ってもらって王子と別れた。自室に戻ってすぐに湯浴みをして寝る仕度をしてベッドに入る。思い出すと、また鼓動が速くなって心臓は少し痛いくらい。私、病気なのかもしれない。医者を手配してもらおう。
翌朝になると、すぐにユーリに医者を手配するように伝えた。どこか身体が悪いのかと訊かれ動悸がすると言うとすぐに手配してくれた。
しばらくして、医者が来て診てもらったが特に異常はないと言われた。じゃあ、どうして動悸がするのだろうか。医者が帰ってから、入れ替わるようにルーディンクがやって来た。
「お嬢様、先ほどお医者様とすれ違いましたが体調が優れないのですか?」
「健康面の問題はないと言われたのですが、なんだか最近動悸がするのです」
「動悸、ですか?それはどのような時に起こるのですか?」
どのようなときって言われても。動悸が起こったときのことを思い返してみた。
「そういえば、殿下といるときしか動悸は起きないような気がします」
「お嬢様、それは恋なのではないでしょうか」
「………わたくしが?殿下に?恋?」
私と王子は婚約者ではあるけれど、お互いに兄や妹のように思っているだけだ。恋なんてしたら、王子を困らせてしまう。分かっている。だけど、この気持ちを恋と呼ぶのなら少し嬉しいと思ってしまう。私にも誰かを特別に思う気持ちがあったんだって。
嬉しい反面、どうして恋なんてしてしまったのだろうとも思ってしまう。感情が混雑している。
「ルーディンク、ユーリ。わたくしは、殿下に懸想しているのかもしれません。けれど、わたくしは気持ちを伝えるつもりはありません。2人も決して口外はしないように」
「お嬢様が良いのであれば」
「お嬢様が決めたことならわたくしたちは従うまでです」
ユーリは深く頷いたけれど、ルーディンクは真剣な顔で私を見つめる。
「隠しきれるものではありませんよ」
「それでも、殿下とは今の関係でいたいの。この関係が壊れるくらいなら殿下の妹同然の立場でいられる方が幸せよ」
「承知しました」