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才の民族


 学園の授業が休みなので、私はそのままの足で王宮へ向かった。2日間休暇があるためそのまま王宮の客間に泊まらせてもらう。泊まる分の荷物は既に客間に運び込んだ。

お兄様は稽古をするらしくジェラルド王子だけ一緒に図書館へ向かった。

クロースに会うのも久しぶりだ。


図書館へ顔を出すと、紺色の髪を1つに結んだ司書が少し落ち着かない様子で待っていた。

クロースだ。

挨拶をしてクロースの持っていた本に視線を向けると、ジェラルド王子がその本を見せるように言って本を受け取った。


「この本を読むのも久しぶりですね」

「最後に読まれていたのはオリビア様が8歳のころですからね」

「そうでしたね」


クロースの言葉に頷くと、優しげに灰色の瞳を細めた。

ジェラルド王子は私とクロースを交互に見た後、椅子に座って本を開いた。

王子が調べもののためとはいえ恋愛話集を読んでいるのは不思議で仕方がない。

そもそも、本を読んでいる姿をあまり見かけたことがない気がする。

王子の隣に座って本を覗き込む。

懐かしい。


「これはなんて書いてあるのだ?」

「発音が合っているかは分かりませんが、イェモーレと読むそうです。」

「どういう意味だ?」

「バロケインの言葉で愛という意味だそうです」

「文章になるとどうなる?」

「………イェモーレディヴェになります」

「そうか。バロケイン族は独自の言語を持っていたのだな」


それだけ?

今、ちょっと恥ずかしいけど頑張って言ったのに。

いや、まあ、愛っていう単語を使った文章なんて愛しています以外にもあるからこの反応でもおかしくないか。

王子には私がなんて言ったか伝わってないんだろうし。


ジェラルド王子はその後もページをめくっていく。

他のページに載っている話は同じ著者のものだけどバロケイン族に関わる話はなかったはずだ。

だけど、王子は途中にある挿絵のページで手を止めた。

そしてじっと挿絵を見つめた。


「これは、文字ではないか?」

「え、」


王子の指しているところをじっくりと見た。

絵の背景で、木の葉のように見えるけど、言われてみたら文字に見えないこともない。

すぐにクロースがバロケイン族の研究資料を開いてその文字と照らし合わせて言葉を探した。


「ありました!意味は、右腕?」

「発音は?」

「ティスケィテです。あ、助けてと少し発音が似ていますね」

「これだろうな」


ジェラルド王子はパタンと本を閉じてクロースの方を見た。


「ところでクロース、祖母の年齢は?」

「どうしてそんなことをお聞きに?」

「矛盾しているからだ。バロケイン族が滅ぼされたというのはもう300年も前の話なのだろう?なのに、何故君の祖母がバロケイン族としてウェスタート王国で生きていたのだ?」


確かに。

王子の言葉に頷いてクロースの方を見た。


「やはり殿下は気付いてしまわれますよね」

「真相を話せ」

「はい。これは私もつい5日前に知ったことです。私の母方の本当の祖母が亡くなったのは私が生まれる前のことだったそうです。私は生まれてすぐに母を亡くしました。母方の家系は女性ばかりで皆若くして亡くなったそうです。そのため、嫁を取りたがる貴族はいなくなり子の父親は皆従者だと聞きました」


クロースはそれから少し言いにくそうに口を閉じて、意を決したのか顔を上げた。


「母方の実家はずっと祖母が支えていました。そして、私がずっと祖母だと思っていた女性は317歳の私の先祖でした」

「さ、さんびゃく!?」


驚いて思わず声を上げて椅子から立ち上がってしまった。

失礼しましたと謝って椅子に座り直した。

だけど、ジェラルド王子も驚いたのか少しだけ目を見開いていた。


「バロケイン族の者が調合した不老の薬を治験したそうです。祖母はいつも肌を隠して顔も分厚い布のベールで隠していました。そのため、祖母が不老だということを知っていたのは祖母の館へ仕えていた従者だけでした。その従者は口が聞けないので、他に知る者はいないでしょう」

「では、不老のその女性はどうして眠りについた?」

「不老の薬の効果が切れてしまったと言っていました。急激に老けたそうです。体にだんだんと力が入らなくなって寝所から起き上がれなくなったそうです。そして、とうとう死を悟って私を呼び身の上話をされました」

「そうか」


不老の薬。そんなものまで調合できるなんて、優秀なんて域を出ている。

そして、助けを求めているということはもしかしたらその能力を利用されているのかもしれない。

だけど、私にバロケインを救ってほしいという伝言を託されたって困る。


私は席を立ってクロースの方を見た。


「バロケインが助けを求めているということは理解しました。ですが、救ってほしいと言われましてもバロケインの者はウェスタート王国にいるのですよね?どうやって救い出すのですか?」

「それは」

「申し訳ありませんが、わたくしには彼らを救い出す能力も知識もございません」


クロースは仕方なさそうに微笑んで困らせてしまって申し訳ございませんと謝罪を述べた。

力になってあげたかったけど、今の私は無力だ。

自分自身が不甲斐なく感じて、目を伏せるとジェラルド王子が私の肩に手を置いた。


「確かに、オリビアだけじゃ能力も知識も足りないだろう。だが私がいる。私も協力しよう」

「殿下、」

「婚約者なのだ。手を貸すのは当然だろう」


私がお礼を言う前に、クロースがジェラルド王子に感謝の言葉を告げた。

バロケインを救うのは今すぐには出来ないだろう。

だけど、ジェラルド王子の力も借りればいつかは可能になるかもしれない。

いや、可能にするんだ。


「わたくし、もっとお勉強を頑張ります。バロケインについての文献もたくさん読みます」

「私も何か手掛かりがないか探しておきます」

「では、手掛かりを見つけたらすぐに連絡をするように」

「「はい」」


そして、早速図書館にあるバロケイン族の文献を片っ端から集めて日が暮れるまで3人で読み更けた。

それでもまだまだ読み終わらず、明日も残りの文献を読むことにした。

客間へ行って、寝る準備をしてベッドに入った。


疲れていたせいかすぐに寝てしまって、気が付いたときにはもう朝になっていた。

起きて仕度をして、朝食をとってから図書館へ行った。図書館には既にジェラルド王子とクロースが来ていた。クロースの目元には薄っすらだけどクマができている。そして、山積みだった文献は半分以上片付けられていた。


「クロース、まさか徹夜で文献を読んでいらしたのですか?」

「日が昇ってくるまで文献を読んでいましたがさすがに疲れてしまって少し寝ました」

「日が昇ってくるまでって。無理はしないでください」

「これからは気を付けます」


全く反省していない様子のクロースを見て呆れてため息を吐いた。

そして、昼食の準備が出来たと呼びに来る頃、文献を全て読み終えた。

なのに、全然手掛かりが見つからない。


机に突っ伏しているとルーディンクに起こされた。

長い時間居たせいで自室の感覚になっていたけれど、ここは王宮図書館だ。

私達の他に文官たちが仕事で来ていることもある。

だらしない姿を見せてはいけない。

慌てて姿勢を正して表情を取り繕った。


「オリビア、昼食は共にしても良いか?」

「はい。ですが、殿下はお兄様と共にされているのではないのですか?」

「ああ。レーベルトがいても良いか?」

「もちろんです」


図書館を出て広間へ行くと、お兄様が既に席についていた。

私が来るというのは伝えていたけれど、少し驚いた顔をしていた。

ジェラルド王子の隣に私の席が用意されていて向かい側にお兄様が座っている。普通、私と王子が向かい合って座る筈なのに、なんで隣に並んでいるの?

席の配置に疑問を抱きながらも席に着いた。


楽しく昼食を終えて、そのままお茶をすることになった。


「そうか。バロケインについて調べているのだな」

「はい」

「お嬢様、発言の許可をいただけますか」

「なに?ルーディンク」

「バロケイン族については旦那様方が長らく研究されています。訊ねられてはどうですか?手掛かりを得ることが可能かもしれません」

「そうですね。そうするわ。ありがとう、ルーディンク」


とはいえ、お父様の研究資料見せてもらえるといいけど書斎に置いていなかったから読んではいけないものとしてお父様の部屋で管理されているはずだ。

どう言えば丸め込めるだろう。ジェラルド王子の名前を出せば、いけるような気が。いや、でも、王子の名前を出しちゃったらお父様たち外交文官の仕事が増えそうだ。どうしよう。


とりあえず、次の休みに実家に帰ろう。


お茶も終えて、帰る準備をして王宮を出た。寮には夕方までに帰らないといけない。ジェラルド王子とお兄様と同じ馬車に乗っているため、側近たちは別の場所に乗った。ジェラルド王子の護衛騎士であるオーガスト様が同席した。それにしても、どうやら私はオーガスト様に嫌われているようだ。

気まずくて視線を反らしてオーガスト様の隣に座っていたジェラルド王子の方を見るとさっきまできっちり着ていた服の襟を崩していた。


「殿下、馬車の中だからと言って服装を崩さないでください」

「降りるときには整えるから良いだろう?この服は窮屈なのだ」


そう言う王子の首にキラリと光る物が見えた。

あれはネックレスのチェーン?


「殿下もネックレスをお着けになられるのですね」

「これはオリビアがくれた物だろう?」


王子は呆れたように言うと服の中からネックレスを外に出した。

緑に輝く小さな魔法石のついたネックレス。

そういえば、私が初めてフォティリアスへ行ったときに下町の市場でお土産として購入して王子に贈った物だ。


「まさか、まだお使いになられているとは思っていませんでした。てっきりもう捨てられてしまったのかと」

「オリビアから貰った初めての贈り物だ。捨てるわけがないだろう」


当然のように言うけれど、普通の貴族は数年経てばアクセサリーを買い換える。形見とか求婚のときに贈られた物は大切に取っておくけれどそれ以外は劣化したりデザインが古くなってドレスに合わなくなってしまうため捨てることがほとんどだ。だけど、王子のネックレスはチェーンも変えていないようで本当に大切にしてくれているのが分かった。金属のチェーン部分に魔術をかけて状態を維持しているようだ。

そこまで大切にしなくても、とも思ったけれどやっぱり嬉しい。


「ありがとうございます、殿下」

「何故、私ではなくオリビアが礼を言うのだ?」

「大切にしてくださっていて嬉しかったからです」


微笑んで王子の顔を見ると、相変わらずクールな表情で『そうか』とだけ呟いて窓の外を見た。



次の休みになり、私は実家へ帰った。

もう正攻法しかないと思い、お父様にバロケイン族の研究資料を見せてもらえるように頼んだ。当然理由を訊ねられて、クロースに既に許可を取っていたためクロースの祖母についての話をした。そして、王子と協力してバロケイン族を救う方法を考えていると伝えると、王宮へ行く準備をするように言われた。

言われた通り、準備をして馬車に乗り込んだ。

お父様はたくさんの研究資料が入っているであろう分厚い封筒をいくつも抱えている。もしかしたら、大事になってしまったかもしれない。


王宮に着くなり、すぐに陛下の執務室へ直接通された。困惑しながら陛下の執務室へ入ると、クロースとジェラルド王子が既に来ていた。ジェラルド王子はクールなままだけど、クロースは陛下の執務室へ呼ばれるなんてとても緊張しただろう。平静を装っているけれど、どこか落ち着かない様子だ。


私は陛下と王子に挨拶をして席に着いた。


「それで、バロケイン族が助けを求めているというのは本当なのか?」

「はい。こちらの本に。それよりも、陛下もお父様も、バロケイン族が生き残っていることについてはもうご存じだったのですか?あまり驚かれている様子に見えませんが」

「ああ。さすがに不老の薬なんて物があるとは知らなかったが、歴史書に書かれている焼かれた村にいたのはバロケイン族の一部の者だけだったという文献が残っていたからな」


お父様はそう言って、本の挿絵を見つめる。偶然じゃないか、と言われるかもしれないと身構えていたけれどお父様は感心するようにじっくりと見て陛下にもお見せした。しかも、著者の名前はバロケインの言葉で助けを求める者という意味でそれをウェスタート王国の文字に置き換えた物だった。


「私たちの力で彼らを救うことは出来ない」


陛下は低い声で呟いて、本を撫でた。

クロースも私もジェラルド王子も自分たちの無力さは十分分かっている。だけど、陛下に言われてしまったらもう本当に何も出来ない気がしてしまう。

それでも、陛下の発言は後ろ向きなものではなかった。

真っ直ぐ顔を上げてこちらを捉えた。


「大丈夫だ。バロケイン族のことはウェスタート王国の国王へ話を通そう」

「ウェスタート国王にですか?対応してくれますか?」

「戦をして傷つけ合っていたのはもう300年も昔の話で、今はアーデストハイトにとって一番の友好国だ。バロケイン族についての研究成果を共有してきたウェスタート国王がこの件に関わっていないことは明らかだ。彼ならきっとバロケイン族を助けてくれる」

「はい。本当に何と感謝を申し上げれば良いか」


クロースは目に涙を溜めて陛下の方を見た。

数日間だったけど、私たちの努力は必要なかったのではないかとほんの少し肩を落としながらも、バロケイン族を救うことが出来ると分かってホッとした。

私は自分の立場を忘れていた。自分自身に力がなくても私は力のある人へ意見を通すことが出来る。バロケイン族はどれだけ優秀であっても貴族ではないので力のある人へ意見を通すことが出来ない。だから、力のある者に伝わるように本を作ったのかもしれない。


やっぱりバロケイン族は秀でた才を持つ民族だと改めて実感させられた。

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