学園生活スタート
時が過ぎるのは早いもので、学園へ入学してもう一月と20日が経った。
学園には慣れてきて、新しい友達も出来た。
シュライト子爵家の三女、レベッカだ。
レベッカは私とリゼリーと同じクラスで、魔術の実習で同じ班になって仲良くなった。
初めは身分差を気にして少し壁を作られていたけど、今は心を開いてくれたようでお昼休みもよく3人で過ごしている。
昼食のときは私はジェラルド王子と共に食堂で食べることもあるけれど、基本的にはリゼリーとレベッカと私の3人で行動している。
今日は今朝から少し調子が悪かったけれど、なんとか誤魔化しながら授業へ参加した。
けれど、昼休みに入って限界が来て護衛騎士として側に控えていたジークハルトに医務室まで連れて行ってもらった。
「ユーリに連絡して来ます」
「ありがとう、ジークハルト」
侍女であるユーリは寮にある私の部屋の掃除をしたり、ベッドメイキングをしたりと仕事があるため授業に同行するのは護衛騎士のジークハルトだけだ。
ジークハルトがユーリに連絡している間に、私は医務室にいる医師に容体を診てもらった。
「慣れない生活にお疲れなのかもしれません。疲労から来る風邪ですので薬を飲んでゆっくり寝てください」
「ありがとうございます」
「侍女の迎えはすぐに来れそうですか?」
「今、連絡をしてもらっているところです」
ジークハルトは連絡を終えて医務室に戻ってきた。
部屋を整えるのにもう少々時間がかかるようで、それまでは医務室で寝かせてもらうことにした。
今日はジェラルド王子と一緒に食堂へ行こうと話していたため、その連絡もジークハルトに頼んだ。
ジークハルトが医務室を出て行った少し後、ジェラルド王子と共に医務室へ入ってきた。
随分と早く連絡してくれたのかと思っていると、リゼリーたちから訊いて私のお見舞いに来る途中にジークハルトと会ったと教えてくれた。
「殿下、お見舞いは嬉しいですが移してしまうわけにはいきません。医務室から出てください」
「私はオリビアと違って鍛えている。そう易易と風邪は引かない」
そう言うと、私の寝ているベッドの横へ来て側に置いてあった椅子に座った。
「カリラス嬢もシュライト嬢も心配していた。無理して授業に参加するのではない」
「申し訳ありません。ですが、休んでしまうと追いつけなくなってしまいそうで。わたくし、魔術は本当に苦手なのです」
「それなら私が教える。だから、体調が悪いときは心配せずゆっくり休め」
「ありがとうございます、殿下」
そのまま寝てしまったらしく、目が覚めた時には自室のベッドにいた。
次の日も熱は引いたものの、まだ体調が万全ではなかったため休むことにした。
夕方には体調が良くなっていたため、座学の予習をして夕食時は食堂へ顔を出した。
リゼリーとレベッカは私の方にやって来て、ギュッと抱きついた。
「オリビア様、お元気になられたのですね」
「とても心配でした」
「ありがとう、2人とも」
私も2人を抱き返してそっと離れた。
2人は満面の笑みを浮かべながら私に謝罪をした。
「立場を弁えずにすみません。」
「気にしなくても良いです。それに、2人とももう少し表情を取り繕えるようにならなければ先生方に注意されてしまいますよ」
「寮の中でくらい許してくださいませ」
「それもそうですね」
リゼリーとレベッカと並んで夕食を食べて、少しお話をしてから自室へ戻った。
男子寮へは入れないため、ジェラルド王子には明日、再度お礼を言っておこう。
2日ぶりに制服に袖を通して婚約披露パーティーでジェラルド王子にもらったネックレスをつけて見えないように制服の中にしまった。
この学園はアクセサリーを付けることを禁止してはいないけれど、単純に制服にこのネックレスは似合わない。
だから、いつも制服の内側につけている。
朝食を食堂でとって、ユーリが玄関まで鞄を持ってきてくれた。
玄関で迎えに来てくれていたジークハルトに鞄を預けると行ってらっしゃいませと微笑んで私の部屋へ戻っていく。
「オリビア様、ご回復されたようで安心しました。それと、ジェラルド殿下がお話があるらしく外でお待ちしています」
「え、殿下が?」
私はすぐに寮から出た。
そこにはお兄様とジェラルド王子の姿があった。
男子寮と女子寮はすごく離れているため、わざわざ女子寮の前まで迎えに来てくれているなんて思っていなくて驚いた。
ジークハルト達騎士や側近の寮は真横にあるんだけどね。
「元気そうだな」
「はい。もう万全です。ご心配をおかけしました。それで、お話とはなんですか?」
「ここで話すことでもない。場所を変えよう」
「はい」
お兄様とジェラルド王子と共に近くのガゼボへ行った。
あまり長居をすると授業に遅れてしまうというのに、ジェラルド王子の側近がお茶を出した。
ジークハルトに授業に遅れることを伝えに行ってもらっていると、王子があからさまにため息を吐いた。
「オリビア。護衛騎士をもう1人増やすか、側近をもう1人つけろ。連絡を伝えてもらう度に1人になっては護衛騎士をつけている意味がないだろう?ルーディンクを学園に呼べ」
「ですが、屋敷にある私の自室の管理は彼に任せています。ルーディンクが学園に来たら誰が管理をするのですか?」
「部屋の管理なら誰でも出来る。それか、他に信頼できる側近がいるのか?」
「ルーディンクを呼びます。いつまでに呼べば良いですか?」
「今日だ」
「………冗談ですよね?」
「このような冗談、誰が言うのだ」
一日で学園に来る準備って結構大変だと思うんだけど。
でも、確かに王子の言っていることは最もだ。
だって、ルーディンクに学園へ来るように伝えてほしいと言おうにもジークハルトは先生への伝言を伝えに行っていて私の伝言を伝えてくれる人間はいなくて既に困っているのだから。
ジークハルトの代わりにお兄様の側近がルーディンクへ伝言を伝えるために寮にいるユーリに連絡してくれた。
お兄様の側近とジークハルトが戻ってきたのはほぼ同時だった。
「お話は側近を増やせということだけですか?」
「違う」
まだ話があるの?いや、こっちが本題ってことか。
ジェラルド王子はさっきよりも真剣な目付きになっていた。
そして、何も持っていなかったはずの手に杖を出して風属性の魔法である盗聴防止魔法を使った。
いいな。私も早く杖がほしい。
けど、この杖を得ることができるようになるのは魔力の扱いに慣れてくる1年生の秋頃だそうだ。
って、今はそんなことよりも、盗聴防止魔法を使うっていうことは結構大事な話なのだろう。
お茶を一口飲んで王子の目を見た。
「王宮図書館の司書、クロース・エディガーとは面識があるか?」
「はい。クロースがどうかしたのですか?」
「オリビアへ伝言を預かっている」
「それがどうしたのですか?わざわざ盗聴防止の魔法を使うほど大事なことなのですか?」
「ああ。バロケイン族についての伝言だ」
王子の言葉に少し眉が動きそうになったけれど、笑みを浮かべたままその伝言を聞くことにした。
伝言とは色々な方法で伝えられる。
例えば、手紙、そして人づて、風属性のものは風魔法で魔法具に声を録音する。
クロースは風属性と火属性だ。
そのため、王子は魔法具を取り出して私に触れるように伝えた。
この魔法具は許可された者以外が触れても作動しないらしい。
そっと魔法具に触れて小さく魔力を流した。
すると、魔法具が光ってクロースの声が聞こえてきた。
「お久しぶりです、オリビア様。クロース・エディガーです。先日、私の祖母が天寿を全うされて幸せそうに眠りにつきました。その祖母が眠りにつく前に私に言い残したことをオリビア様に共有したいと思います。『バロケインの血は途絶えていない。クロースの中にも流れている。』どうやら、あの本の中には祖母本人の話も入っていたようです」
私は驚いて思わず魔法具を止めた。
王子とお兄様は少し心配そうに私の方を見た。
私は続きを流しますねと微笑んで、魔法具をもう一度作動させた。
「祖母は母を身籠っていたことを知ってすぐにこのアーデストハイト王国へ逃げてきたそうです。そこで、祖父と出会い祖父は祖母が身籠っていると知りながら二人を守るために婚姻を結んだそうです。そして、オリビア様にお勧めした本はウェスタート王国で出版されたものをアーデストハイト王国の言葉に直した物でした。一番最初に書かれていた話は祖母のことで、祖母曰く懐妊を知っていたのはバロケイン族の者だけだったそうです。つまり、バロケイン族はウェスタート王国で名を変えて生き延びているのではとのことです。そして、もう一つ祖母からの遺言があります。『バロケイン族を救ってほしい。』私は、この言葉をオリビア様に託したいと思っております」
そう言って、魔法具の光は消えた。
バロケイン族が生き延びている?しかも、救われなければならない状況にある?
突然のことで理解するのに少し時間を要した。
目を閉じて一度整理する。
クロースはバロケイン族の子孫で、ウェスタート王国にもまだ生き残っている者がいる。
だけど、あの本の著者の名前にバロケインなんて入っていなかった。
つまり、結婚しているかクロースのようにバロケインの血を引き継いだ子供の可能性が高い。
でも、どうしてクロースの祖母は助けを求めていると思ったのだろう。
あの本に何か秘密があるのかもしれない。
「殿下、明日はお休みですよね?わたくし、王宮図書館へお邪魔したいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ。私も行く。その時に、クロースの勧めた本を私にも見せてほしい」
「はい」
話が終わると王子は盗聴防止の魔法を解いて、録音の魔法具を回収して私を授業へ送り出してくれた。
遅れて授業に参加したものの、昨日予習した範囲だったのでそこまで置いていかれることもなくすんなり授業を受けることが出来た。
午前中の授業が終わって食堂へ向かおうとした頃、ジークハルトに連れられてルーディンクが教室へやって来た。
さすが、本当に1日どころか半日で準備終わらせて来ちゃったよ。
「ルーディンク、急がせてごめんなさい。早速今から食堂へ向かうのについてきてください」
「かしこまりました」
ここまで急いでもらって少し申し訳ない気持ちもあるけれど、やっぱりルーディンクがいると心強い。
それに、ユーリもルーディンクが学園にいる方が一緒にいる時間が長くなって良いだろう。
食堂に着くと、ジェラルド王子が既に来ていた。
私とジェラルド王子が食事を共にするときはいつも食堂の2階にある個室を借りている。
人目を気にする必要がないため、相思相愛の婚約者同士がよく使うのだけど私達の場合は周りから注目されすぎて食事をするのにも疲れてしまうためその疲労を軽減するために個室を使っている。
だけど、私は個室を使った方が後々疲れることを知ってしまった。
だって、個室を使う=イチャイチャしてるって思われてるんだもん。
重い足を上げて2階の個室へ向かった。
既に昼食は用意されていて、個室のドアが閉まると席に着いた。
「あの、殿下。個室を使うのは辞めませんか?」
「何故だ?」
「その、同じクラスの方に、個室を使って戯れているのではないかと言われているのを聞いてしまいまして」
「誰だ?そんなことを言った者は」
「陰口として聞いてしまっただけなので、声だけでは誰か判断は付きません。殿方の声だったことは間違いないのですが」
クラスの人の声なんてまだ全然分からない。
元々顔見知り程度に知っていた人なら分からないことはないけれど、私のクラスにはそんな人、数人しかいない。
でも、大事なのは誰が言っていたかじゃない。
この個室を使うのを辞めることだ。
「その者は相当な馬鹿なのだろう。もし本当に戯れたいのであれば私は側近を排して外で待たせている」
「それもそうですね。言われてみれば戯れるために個室を使っているのは側近をつけない伯爵家以下の者たちばかりですもの。わたくしたちは2人きりになっているわけではございませんものね」
「ああ。だから気にする必要はない」
「はい」
少し気を緩めて昼食を終えた。
個室を出るとやはり視線を感じるけれど、後ろめたいことは何もないので気にせず1階へ下りて食堂を出た。
午後は魔術の実習のため訓練場へ向かう。
ジェラルド王子も実習らしく一緒に向かうことになった。
「殿下たちはなんの実習をするのですか?」
「確か水属性の者だけの実習だったから、癒しの魔術だろう。オリビアは何をするのだ?」
「わたくしは風属性の者たちが集まるということしか聞いていません。風属性が集まるのはこれが初めてですから。ですが、乗馬服を持参するように言われています」
「では、浮遊の魔術だろう」
王子はそう言うと、急に立ち止まった。
そして、私とルーディンクとジークハルトを順番に見てため息を吐いた。
「乗馬服に着替えるのに、この者たちの手を借りるつもりか?」
「まさか」
「侍女は?」
「一人でも着替えくらい出来ますよ」
「公爵令嬢としての自覚を持ったらどうだ?」
「わたくし、出来ることは自分で行いたいのです」
「相変わらずのようだな。だが、私は好きだぞ」
「それなら良かったです」
小さい頃は侍女や執事に対しての感覚をいまいち分かっておらず、自分で行ってしまっていた。
ドレスの着替えはさすがに1人では出来ないけれど、制服から乗馬服へ着替えるくらいは私にも出来る。
そもそも、伯爵家以下の貴族はそれくらいの着替えは自身で行っている。
侯爵家以上の者は地位を見せつけるために着替えを手伝ってもらっているだけだ。
私の場合はネックレスがあるため着替えを手伝われなくても地位を見せつけることは出来るし、王子の婚約者という顔パスもある。
着替えを手伝ってもらう必要性はない。
訓練場について、更衣室へ行って制服から乗馬服へ着替えた。
貴族女性の着るズボンは乗馬服以外には存在しない。
そのため、なんだか落ち着かない様子の者が多い。
私はたまに乗馬をするし、前世でズボンを履いたことがあるから気にならないけれど。
着替えが終わって訓練場へ行くと見覚えのある顔があった。
真っ青な髪に金色の瞳という私と真逆の容姿をした少年。
いや、もう青年に近い。
会うのは久しぶりで、思わず駆け出したい気持ちを抑えてその彼の元へ歩いた。
「お久しぶりです、フライムート」
「オリビア様!」
「随分と背が伸びましたね」
「はい。そのうちジークハルトに並ぶくらいにはなるでしょう」
「それは楽しみです」
フライムートは見た目だけでなく中身も成長したようだ。
公共の場であるため、ここではちゃんと貴族らしい対応をしている。
再会に感動していると、少し離れたところにいたジェラルド王子と目が合った。
なんだか少し不機嫌に見える。
まだ授業開始の鐘がなっていないため、王子の元へ行くことにした。
「殿下、何かお気に障ることがありましたか?」
「特には。いや、さっき話していた者は誰だ?」
「わたくしとジークハルトの従兄弟のフライムート・フォティリアスです」
「従兄弟が多いのだな」
「そうですね。わたくしとお兄様を抜いて数えても6人いますから」
そうかと、王子は安堵したように小さく息を吐いてほんの少しだけ口角を上げた。
どうしてそんな表情をするのか分からず、王子の顔をじっと見上げた。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」