第2王子の婚約者
学園が卒業式を終えると、冬季休暇に入った。
春になるまでに私は入学準備を終わらせて、冬季休暇が明けると学園へ入学する。
けど、その前に大きなイベントが待っている。
それは、ジェラルド王子との婚約、そして婚約披露パーティーだ。
正式に決まったということはエドワード王子から聞いて知っているけれど、まだお兄様には知らされていない様子だ。
もしかすると、ジェラルド王子もまだ知らないかもしれない。
昨日から冬季休暇に入ったばかりだし、ジェラルド王子からなんの連絡もない。
なのに、私は披露パーティーで着る予定の仮縫いや靴の注文も終えている。
顔見知りと言えど、婚約が決まったら顔合わせをするものだ。
その予定すらまだ聞かされていない。
今日はお母様とずっと行きたかった演劇を観に連れて行ってもらう。
その劇団は隣の国であるウェスタート王国から来た人たちで構成されているため、劇も外国語が使われている。
基本的にはこちらの国の言葉だけど、歌うシーンは外国語らしい。
移動中の馬車の中でも既に胸が高鳴っていた。
「お兄様もクリスティアナ様と観劇されたら良いのに、今日も剣術のお稽古だそうです」
「レーベルトはあまり劇に興味はないでしょうから、仕方がないです。クリスティアナはご友人と見に行くそうですね」
「はい。もしかしたら劇場で会うかもしれませんね」
劇場へ着いて、馬車を降りて中に入った。
私達の席は2階の中央辺りという一番良さげな場所だ。
実は、お母様は演劇が大好きで特に悲恋の物語を好んでよくお父様を連れて観劇に行っている。
今回はお父様のお仕事の日しか上演されないため、私が同行することになった。
元々私も観に来たかったからいいけど。
観客席が埋まる頃には舞台以外の明かりが消えた。
そして、舞台の幕が上がった。
劇の内容は白雪姫に少し似ていた。
ある国の王子様が森で狩りをしていると、とても美しい少女に出会う。
王子様は少女と共に木の実を取ったり、川で遊んだりしているうちに少女に恋に落ちた。
だけど、それ以来森に行っても少女に会うことはなかった。
その少女は平民で、村長の娘にその美しさを妬まれていた。
娘は、殺し屋を雇って少女を殺そうとしたが、殺し屋は少女の美しさを前に殺すことは出来ず村から逃がすことにした。
村から出ても少女の美しさは噂を呼び、やがて娘の耳にも届いた。
娘が殺し屋を問い詰めると、村から逃がしたと聞かされる。
怒り狂った娘は、毒薬を持って少女が暮らしているという村へ向かった。
娘は少女の行きつけの食堂で待ち伏せて、店員になりすまして毒薬の入った料理を運ぶ。
少女は料理を完食して、家に帰る途中の道で倒れた。
町一番の医師が少女を診るが自分には治せないという。
町の人々は少女を救う方法がないかと探し回る。
そんな中、お忍びで町を訪れていた王子様が少女を見つけて魔法で解毒する。
少女はゆっくりと目を覚まして、自分の命を救ってくれたのが森で仲良くなった彼だと知り恋に落ちる。
村長の娘は罪人として囚われ、少女は王子様と結婚して幸せに暮らした。
お母様はなんて素敵なのかしらとうっとりと舞台を観ていた。
女の人は何歳になっても乙女なんだな。
舞台が終わって、屋敷へ帰るとお父様が帰ってきていた。
今日は仕事を早く切り上げたそうだ。
そして、明日ジェラルド王子と顔合わせをすることになったらしい。
「すごく急ですね」
「陛下が時間が取れるのは直近で明日だったんだよ。顔合わせをしてすぐに婚約誓約書を書いて陛下の印をもらうからね。その後は婚約披露パーティーについて王妃様としっかり打ち合わせするように」
「はい」
夕食を終えると、明日に備えてゆっくり湯浴みをしていつも以上に丁寧に肌のお手入れをして早めに就寝した。
朝になると、ユーリが起こしに来て部屋で朝食を済ませた。
ドレスは少し暗めの緑を基調としたドレスで、スカート部分には金色の糸で模様が刺繍されている。
マントも同じ色の生地で出来ていて刺繍も同じ金色の糸を使われている。
重厚感のある生地なので、落ち着いた雰囲気になっている。
明るめの金髪はまとめてお団子にして冬らしい雪の結晶の形をした髪飾りをつけた。
寒いため、ドレスに似た色の手袋もつけた。
昼食は早めに家で済ませて、お父様とお母様と一緒に馬車に乗って王宮へ向かう。
お兄様はもう既に王宮へ剣術の稽古へ行っている。
王宮に着くと、応接室へ案内された。
国王陛下と王妃様とエドワード王子とハンネマリー様が揃っているのに、ジェラルド王子とお兄様はまだ来ていないみたいだ。
「お兄様方はまだお稽古をされているのですか?」
「ジェラルドが来る前に話しておかなければならないと思って少し遅い時間を伝えている」
陛下はそう言って私の顔を見る。
なんでしょう?と平静を装いつつ訊ねた。
「オリビアは、ジェラルドをどう思っているのだ?」
これは、素直に答えても良いものなのだろうか。
陛下の意図が分からず困惑していると、王妃様が微笑んだ。
「率直に答えてちょうだい」
「はい。わたくしにとってジェラルド殿下は兄のように頼れる存在で、素を出せるので共に過ごしていて気疲れしません。懸想しているかと訊かれると違うように思いますが、大切な存在に変わりはないです。婚約の話も驚き困惑しましたが嫌だとは思っておりません」
「そうか。なら良い」
やっぱり陛下の意図は分からないけれど、良いと言われたので気にする必要はないだろう。
それから少しして、ジェラルド王子とお兄様が共に応接室へやって来た。
全員勢揃いしているのを見て2人とも少し驚いたように固まっていたけれど、側近に促されて席に着いた。
そして、ようやく本題に入ることになった。
「では、本日を持ってジェラルドとオリビアは婚約者となる。異議はないな」
陛下がそう告げると、ジェラルド王子は驚いたように目を見開いて私の方を見る。
まさか、まだ伝えられてなかったの?
私も驚いてエドワード王子とハンネマリー様の方を見る。
2人は貴族らしい笑みを浮かべたままで、ジェラルド王子はゆっくり手を挙げて陛下に発言の許可を取った。
「父上、私とオリビアが婚約するというのはどういう意味ですか?」
「ジェラルドは嫌なのか?まあ、嫌だろうと私が与えた期間に婚約者を決めなかったのだから私が決めた相手と婚約するのは至極当然だろう」
「嫌ではありません。ですが、オリビアは」
ジェラルド王子は少し心配そうに私の目を見つめる。
やっぱり、ジェラルド王子は優しい。
私は微笑んで王子の顔をじっと見た。
「わたくし、殿下と婚約するのが嫌だなんて思っておりませんよ。けれど、婚約者になってまでまた子供扱いをするなら怒りますよ」
「あれは子供扱いをしたわけではないと言っただろう」
「そうでしたね」
少し焦った様子のジェラルド王子が新鮮でおかしくて笑ってしまった。
ジェラルド王子は仕方なさそうに眉を寄せて、陛下の方を向いた。
「異議はありません」
「分かった。では誓約書にサインを。オリビアもな」
「はい」
誓約書のサインは普通のペンではなく魔法具のペンを使うそうだ。
このペンに魔力を込めると、文字が書けて契約が発効される。
王子も私もサインが終わると誓約書に陛下の印が押されて正式に婚約が成立した。
お兄様はまだ理解が追いついていないのか、何も言わずにただ席に着いている。
私としてはクリスティアナ様との婚約を隠されていたことに対してのちょっとした仕返しのつもりだったけど驚きすぎたみたいだ。
昨日くらいには話しておいた方が良かったかもしれない。
「婚約も決まったことですし、早速婚約披露パーティーについて色々決めなければなりませんね」
「はい」
「オリビアのドレスに合わせてこちらも衣装を整えます。デザイン図は持ってきてくれたかしら?」
何それ。聞いてないです。
だけど、すぐにユーリがデザイン図を差し出した。
さすが有能侍女だけど、お揃いとか何歳だと思われてるの?普通に恥ずかしいんだけど。
ジェラルド王子も少し気になるのかデザイン図を覗き込んでいた。
「これを、オリビアが着るのか?」
「もちろんです」
「寒そうだ。もう少し肩のところにも布を」
「披露パーティーは春になる直前です。それに、オリビアはもう13歳になるのですからパーティーで肩を出したドレスを着るのも普通ですよ」
王妃様がそう言うと、ジェラルド王子は何も言い返せずに黙り込んだ。
確かに、オフショルダーのドレスはこれが初めてだ。
私はこっちのデザインの方が可愛くて好きだけど、王子はお気に召さなかったらしい。
寒そうに見えるのかな?
「アクセサリーはもう注文したのかしら?」
「いいえ。装飾品は殿方に贈っていただく物だと言われたのでまだ準備はしておりません。わたくしとしては、ジェラルド殿下はお忙しいでしょうから形だけ贈っていただいたことにして自分で選んでも構わないと思っています。」
「いいえ。ジェラルドに選ばせます。たとえ忙しくても婚約者を後回しにするような不誠実な男には育てていませんから」
王妃様はきっぱりと言いきったけれど、ジェラルド王子が私の言葉にホッとしているように見えたのは気のせいだったのだろうか。
多分、女性向けのアクセサリーを見て私の好みとか分からないと思うけれどそこはジェラルド王子のセンスを信じるしかないかな。
それからあっという間に時は流れ、婚約披露パーティーがやって来た。
私は王宮に用意された控室でほぼ完成まで仕度を終わらせて、王子がアクセサリーを持って来るのを待っていた。
控室の扉が叩かれて、どうぞと声を掛けるとジェラルド王子が中に入ってくる。
ここは基本的に男子禁制のため、男性の側近しかいない王子は自分で箱を持ってきて私に差し出した。
「オリビア、これから婚約者としてよろしく頼む」
「はい」
箱を開けると、綺麗なネックレスが入っていた。ネックレスには小粒の青い宝石を6つ花のように並べて金具で留めた飾りが着いている。真ん中の宝石だけ黄色だ。
「オリビアの瞳と髪の色のようだろう?」
「殿下の目には、わたくしの髪と瞳はこの宝石のように綺麗に映っているのでしょうか」
「ああ。とても綺麗で美しく映っている」
自分で訊いておいて、本当に言われると照れくさい。
私は箱を渡してジェラルド王子に背を向けた。
王子はネックレスを取り出すと、私の首につけてくれた。
「とても似合っている。美しい」
「ありがとうございます。殿下も素敵ですよ」
「ありがとう」
王子と腕を組んで、ホールへ向かって歩いた。
扉の前に着くと、ゆっくりと扉が開く。
そしてホールに入って陛下の挨拶に続いて乾杯をすると、早速成年貴族たちからの質問攻めや挨拶がやって来る。
出来るだけ一人一人短く切り上げてはいるものの、それでも息をつく暇もない。
「オリビア嬢、ご挨拶を」
「久しいな、デルヴォルフ伯爵」
「これはこれは、ジェラルド殿下。お久しぶりです」
ジェラルド王子と目が合うと、少し休んでいろと小声で言って他の貴族たちの挨拶を代わってくれた。
やっと一息つける。
王子に感謝しながら、リゼリーのところへ行った。
「オリビア様!この度はご婚約おめでとうございます」
「ありがとう、リゼリー」
「それにしても素敵です。ジェラルド殿下と衣装のデザインを合わせていらっしゃるなんて。ネックレスもとてもお似合いです。オリビア様らしくて素敵です」
「リゼリーのその髪飾りもも婚約者に贈ってもらったのでしょう?とても素敵ですよ」
「ありがとうございます」
リゼリーは冬季休暇に入ってすぐに婚約をした。
ただ、披露パーティーは婚約者の住んでいる東部の領地で行ったそうで私は参加できなかった。
だけど、リゼリーの婚約者は何度か顔を合わせたことがある。
侯爵家の長男のため、リゼリーは結婚後色々と大変だろうけれど今は幸せそうなので静かに見守っている。
「もうすぐ、わたくしたちも入学ですね」
「そうね。わたくし、リゼリー以外にもお友達ができるかしら」
「出来ますよ。オリビア様は素敵な方ですから。だけど、他にお友達が出来てもわたくしとも仲良くしてくださいね」
「当たり前でしょ。リゼリーはわたくしの親友なのですから」
披露パーティーが終わると、ジェラルド王子と共に控室へ戻った。
いつも通り済ました顔でこちらを見ている。
「殿下、今日はありがとうございました」
お礼を述べて顔を上げると、ジェラルド王子は少し心配そうに眉を寄せて私の方を見た。
「本当に私と婚約して良かったのか?」
「何度も訊かないでください。わたくしの事が信用できませんか?」
「我慢しているのではないかと思ったのだ」
「我慢なんてしていませんよ。殿下の方こそ、我慢しているのではないですか?」
「していない」
「それならこの話はおしまいです。わたくし、そろそろ着替えたいので部屋を空けていただいてもよろしいですか?」
「ああ」
ジェラルド王子が控室を出ていって、ドレスを着替えた。
着替えが終わると、そのまま客間へ向かった。
今日は王宮に泊まらせてもらうことになっている。
客間へ着くと、すぐに湯あみをして髪を乾かしてもらってベッドに入った。
さすが王宮の客間にある寝具だ。
私の部屋の物もすごく良いものだけど、これは段違いにフカフカだ。
ジェラルド王子と婚約して良かったな。
再び実感しながら眠りについた。