後夜祭
王宮でお茶会をすればいいのに、とも思ったけれど今から王宮へ行ってお茶会をすると時間が遅くなってしまう。
仕方ないけれど、急にお茶会をしようだなんて何か話があるのかな?
ハンネマリー様と共に温室へ行ってエドワード王子に挨拶をした。
「エドワード殿下、お久しぶりです」
「ああ。元気にしていたか?」
「はい。エドワード殿下もお変わりないようで」
私は基本的にお茶会は嫌いだけど、こうして親しい人だけのお茶会はあまり嫌いではない。
お喋り自体は好きだし。
お母様とのお茶会は小言ばかりだから少し嫌だけどね。
「オリビアは今日、舞踏会に参加するのか?」
「いいえ」
「聞いた話では、オリビアは学園へ入学するまでに婚約者を決めなければエリオットが決めた相手と婚約するとか」
「よくご存じで」
まあ、エドワード王子はお父様とお仕事を共にすることがあるから別に驚きでもなんでもないけれど。
「それで、君の中に候補はいないのであろう?いたら、舞踏会に参加する筈だ」
「はい。猶予を与えてくださったお父様には申し訳ないのですがわたくしは恋愛に向いていない様なので、お父様が決めた方と婚約するつもりです」
「なら、その猶予はもう必要ないのか?」
「そうですね」
昔は王族に嫁いだり他の公爵家へ嫁いだりはしたくない、フォティリアスの誰かと婚約してのんびり過ごしたいって思ってたけど田舎の領地だからといって暇なわけじゃないって分かった。
それなら、別に誰と婚約してもいい。のんびり過ごすのは隠居後でも十分だ。
エドワード王子の顔を見ると、嬉しそうに笑っている。
私、何か言ったかな?
「エリオットから、婚約者候補が誰かは聞いているか?」
「いいえ。そもそも、決まっているのかすら知りませんから」
「候補として名を挙げていたが、決まったのは今朝のことだからな」
「エドワード殿下はご存じなのですか?」
「ああ。気になるか?」
「いえ。別に誰でも良いですから」
あっけらかんと言うと、エドワード王子は少し眉を寄せて、ハンネマリー様は聞いて上げてくださいと困ったように笑った。
私は失礼しましたと笑って誰か訊いてみた。
エドワード王子はニヤリと笑って私の顔を見る。
すごく嫌な予感がする。
「私の弟、ジェラルドだ」
予感的中。
私はバッと立ち上がりたいのを我慢して、ゆっくりとお茶を口に運んだ。
「その婚約、辞退できますか?」
微笑んでそう言うと、ハンネマリー様が驚いたような顔をしてこちらを見た。
私は、自分が政略結婚をするのはいいけれど、ジェラルド王子まで政略結婚させられるのは嫌だ。
お父様に言われて婚約者になってしまったら、ジェラルド王子が誰かを好きになったときに私から身を引くことができない。
お父様が婚約を取り消さなければならなくなる。
けれど、王族との婚約は相応の理由がないと取り消すことはできない。
「わたくしは幼馴染であるジェラルド殿下には幸せになっていただきたいです。せめて、ヘルベンド公爵令嬢やオトメーラ侯爵令嬢のときのようにジェラルド殿下に辞退する権利があるのならばわたくしから辞退はいたしません」
「ジェラルドはヘルベンド公爵令嬢かオトメーラ侯爵令嬢と婚約するか父上の決めた相手と婚約するか既に選んでいる。これ以上の選択肢は与えられない」
エドワード王子はきっぱり言い切ると、真剣な顔で私の方を見た。
もう、決まっていることなんだ。
今さら何を言ってもひっくり返すことはできない。
「そもそも、ジェラルドはオリビアのことを特別に思っている。婚約を辞退することはないだろう」
「それは、」
妹のように思ってくれているだけなんだけど。
まあ、婚約したからといって今までの関係が急に崩れるわけじゃないしいいか。
私も全く知らない人と急に婚約するよりも、兄のように慕っているジェラルド王子と婚約する方がいい。
「このこと、ジェラルド殿下はもうご存じなのですか?」
「いいや。一応オリビアの気持ちを確認してから言おうと思ってまだ言っていない」
どうせ気持ちを確認しても無視するくせに。
少し拗ねてみると、エドワード王子もハンネマリー様も少し呆れたように笑った。
わかってる。
私は公爵令嬢にしては十分自由にさせてもらっているってことくらい、ちゃんと分かってる。
王子達とは幼馴染だから本当は一言「はい」と言わなければならないころをこうして私の文句を聞く場を設けてくれている。
「婚約の件は分かりました。けれど、正式に婚約しているわけではないので今日の舞踏会に参加しなくても良いですよね?」
「良いが、婚約したらもう少し積極的に社交に参加することになるぞ」
「心得ています」
お茶会が終わって、温室を出た。
ジェラルド王子と婚約とか実感沸かないな。
お母様が知ったら大喜びだろうけれど、ジェラルド王子はどう思うのかな。
やっぱり、私を妹のように思ってくれている分、少し抵抗があったりするのではないだろうか。
そんなことを考えながら馬車に向かっていると、急にジークハルトに両肩を掴まれてその場に静止した。
驚いていると、ジークハルトがゆっくり肩から手を離した。
「手荒になってしまい申し訳ございません。ですが、考え事をしているとしてももう少し前を見て歩いてください」
「はい。ごめんなさい」
どうやら、人に当たりそうになったところを止めてくれたようだ。
私は謝ろうと目の前の学生の顔を見上げた。
なんてタイムリーな。
目の前には舞踏会の衣装に着替えたジェラルド王子が立っていた。
「殿下、前を見ておらず申し訳ございませんでした」
「ああ。これからは気をつければ良い」
婚約の話を聞いたばかりだから直接顔を合わせるのが少し気まずい。
早く挨拶をしてこの場を立ち去ろうと思ったけれど、ジェラルド王子に引き留められた。
「本当に舞踏会に参加しないのか?」
「はい。そもそも、パーティードレスではないですから」
「パーティードレスでなくても、このような美しい姿であれば舞踏会で着ていても一目置かれることはあっても浮かないだろう」
「美しいだなんて。女装した殿下には負けますよ」
「あれはもう忘れてくれ」
ジェラルド王子は少し気まずそうに視線をそらした。
正直言うと、舞踏会に参加したくなかった。
けど、ジェラルド王子が参加してほしそうなのを見てると別に参加してもいいかなって思った。
ただ、エスコート相手がいない以上参加はできない。
やっぱり参加はできない。
「殿下、早く行かないと舞踏会が始まってしまいますよ」
「私も舞踏会には参加しないことにする」
王子がそう告げると、後ろに控えていた側近が慌てて王子に考え直すように言った。
だけど、王子は決意したように私の目を見る。
ああ、そういうこと。
私が出るなら王子も出る。私が出ないのなら王子も出ない。
王子の側近たちは、私に舞踏会に出るように目で訴えてくる。
「わたくし、出たくないという気持ちも正直ありましたけれど出られないのです。お兄様がご婚約されてわたくしをエスコートしてくださる方がいなくなってしまったので」
普通のパーティーではエスコートは必要ないが、この学園ではエスコートが必須という暗黙のルールがある。
暗黙だとはいえ、守らなければ変に目立つ。
それは絶対に嫌だ。
仕方がないのです、とため息混じりに言うと、ジェラルド王子は私の手を取った。
「それなら、私がエスコートをしよう。昨日は断られたが、私は想いを寄せている者などおらぬ。だから、気を遣う必要はない」
昨日の私なら、そう言われても断っていただろう。
だけど、もう婚約が決まったのだ。
別に噂を立てられてもお互いに困ることはない。
私は王子の手を軽く握ってよろしくお願いしますと微笑んだ。
舞踏会の会場であるホールに向かう途中で、エドワード王子とハンネマリー様に会った。
2人とも私とジェラルド王子を見て、驚いたように目を見開いた。
「オリビア、舞踏会に参加しないのではなかったのか?」
「色々ありまして、参加することになりました。舞踏会に合う素敵なドレスがありますのに、帰る時間がないためこのままの参加になってしまいますが」
「オリビアはもう十分美しくて愛らしいよ」
「ありがとうございます」
愛らしいって言葉に喜びそうになるけど、ジェラルド王子からしたら私が年下だから可愛く見えるんだろう。
昨日は褒められて舞い上がってたけど、そういえば小さい頃からずっと褒めてくれてた。
学園に入ってあまり顔を合わせなくなって忘れてただけだった。
私達の挨拶のように軽いやり取りを見てエドワード王子が呆れたようにため息をつく。
「ジェラルド、オリビアをエスコートするならヘルベンド公爵令嬢とオトメーラ侯爵令嬢と少し距離を取っておくように」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
「それでは2人とも、舞踏会を楽しめよ」
エドワード王子とハンネマリー様が帰っていく姿を見送って、またホールに向かって歩き始める。
エドワード王子に言われなかったら忘れてた。
令嬢2人が王子に婚約を申し出て断られているというのを。
私、気付かないまま普通に挨拶してただでさえ不快だろう気持ちを逆撫でしてたかもしれない。
2人ともジェラルド王子のことを慕っていたなら尚更気を付けないと。
ホールに着くと既に多くの学生が集まっていて、私とジェラルド王子が腕を組んで中へ入るとすごく注目を浴びた。
そのせいか、お兄様とクリスティアナ様が私達の方へやって来た。
2人ともすごく驚いた顔をしている。
「オリビア、来ない筈じゃ」
「殿下に脅されたのです。わたくしが参加しないのなら自分も参加しないと」
「母上へ連絡したのか?」
「殿下がしてくださりました」
「そうか。それなら良い」
それだけ言うと、お兄様はいつも通りジェラルド王子と楽しそうに話し始めた。
変なお兄様。
「オリビア様、今日も素敵なドレスですね。なんだか少し大人っぽく見えます」
「ありがとうございます。クリスティアナ様もとてもお美しいです」
「ありがとうございます。オリビア様に褒められると自信が出ますね」
クリスティアナ様は深緑の瞳を優しく細めた。
そういえば、ジェラルド王子も緑の瞳だけどクリスティアナ様とはまた違った美しさがある。
クリスティアナ様は深緑で少し暗めな色なのに対して、ジェラルド王子は明るい緑の瞳。
どちらもすごく綺麗だ。
クリスティアナ様に見惚れていると、少し照れくさそうに笑ってどうされたのですか?と問われた。
瞳の色がすごく綺麗ですねと言うと、お兄様にもそう褒められたと照れながら教えてくれた。
「オリビア様は、ジェラルド殿下といつからそのような仲へなっていたのですか?」
「わたくしと殿下は今までと変わらず幼馴染の仲ですよ」
「あら、そうでしたの?それは失礼しました」
血の繋がりもなくて年も近い相手にエスコートされてたら、恋仲だと勘違いしてもおかしくはない。
実際、そのうち婚約することになるのだ。
恋仲にはならなくても婚約者にはなる。
あながち間違いでもない。
「わたくしにもいつか恋ができるのでしょうか」
「よく言いませんか?恋はするものではなく落ちるものだと。きっとオリビア様も恋に落ちる日が来るでしょう」
「クリスティアナ様はそうだったのですか?」
「わたくしのお話は、また別の機会に」
クリスティアナ様は少しお兄様の方に視線を向けて私の方に視線を戻した。
なるほどね。お兄様に聞かれるのが恥ずかしいんだ。
もうすぐ冬季休暇に入るから休暇中にお茶に誘おうかな。
そんなことを考えていると、音楽が流れ始めた。
ジェラルド王子は私の前に来て手を差し出す。
私は王子のダンスのお誘いを受けて手を重ねてホールの中央へ行く。
「こうしてオリビアと踊っていると、初めて会った日のことを思い出すな」
「忘れてください。あれは失態ですから」
「そうか?私は声を出していなくても所作がとても綺麗で声が聞こえてきたような気がしたが」
「所作は本当に叩き込まれましたから」
ターンをして少しジェラルド王子と距離が近くなる。
少しではないかも。
足を踏んでしまわないか少し心配になりながらもなんとかダンスを終えた。
音楽が終わると、ジェラルド王子は私の手を引いてホールの隣にある時計塔へ連れてきた。
そして、側近たちには時計塔の前で待つように指示した。
「殿下、なりません。外聞をお考えください」
「誰も見ていないのだ。外聞など気にする必要はない」
「ですが、」
「私を信用していないというのか?」
「………申し訳ございませんでした。ここでお待ちしております」
「オリビアの側近もそこで待機するように」
「え、ちょっと、殿下!?」
いやいやいや、ジークハルトくらい連れてこさせてよ。
ドレスでこんな階段を登らせるなんて、もう少し女の子扱いをしてくれてもいいのに。
少しむくれながらも時計塔の一番上まで登った。
ハァハァ、と息を整えているとジェラルド王子が窓を開けた。
少し冷たい空気が心地良い。
息が少し白くなって消えていく。
時計塔の上からこの学園全体を見渡していると、王子が羽織っていたマントをかけてくれた。
「ありがとうございます、殿下。それにしても、どうしてここへ連れてきたのですか?」
「西の空を見ていろ。もうすぐだ」
私は言われた通り、西の空を見上げた。
満点の星空が広がっているけれどこれを見せたかったのかな?
首を傾げていると、ヒューッと音が聞こえた。
そして、光の筋が空へ上って弾けた。
「わぁ!すごく綺麗!」
「これを見せたかったのだ。この花火は学生が魔術を行使して初めて一から作ったものなんだ。だから、オリビアにも見てほしくて無理やり舞踏会へ参加させるように仕向けた。悪かっ」
「謝らないでください。わたくし、この花火を見るためだったのなら舞踏会に参加して良かったと思います。殿下、ありがとうございます」
「ああ」
フィナーレに近づいてきたのか花火がだんだんと迫力を増していく。
最後に愛の象徴であるローザの花の花火が打ち上がった。
この世界で形のある花火を見たのは初めてだ。
これも学生たちの研究成果だそうだ。
「でも、どうしてローザなのですか?」
「研究に参加していた女子生徒が皆、ローザの花だと素敵だとか婚約者や想い人と共に見ると幸せになれるという伝説を作りましょうと言ってデザイン案まで持ってこられたのだ。断るわけにはいかないだろう?」
「殿下はデザインをお考えにならなかったのですか?」
「男子生徒に剣を元にしたデザインを考えてほしいと頼まれて考えたが、難しいと女子生徒に却下された」
王子は少し不服そうに花火が散った西の空を見上げた。
私も正直、剣のデザインの花火よりもローザの花火の方が好きだ。
恋愛話集も好きだし、ロマンチックで素敵だと思う。
想い人がいたらの話だけど。
「いつまでもここにいると冷えるため、そろそろ戻ろうか」
「そうですね」
ジェラルド王子は窓を閉めると、私を抱き抱えて階段を降りていく。
「降ろしてください」
「階段を降りたらな。オリビアは昔からドレスのスカートを踏んだり階段の段を踏み外したりしてよく転びそうになるのだから」
「いつの話をしていらっしゃるのですか!?」
登るときはこんな気遣いはなかったのに、降りるときは子供扱いされるなんて。
なんだか少し気に食わない。
階段を降りて、ジェラルド王子は私を降ろして時計塔の扉を開けた。
私は王子にお礼を言って借りていたマントを王子の側近に返した。
「わたくし、子供扱いされるような方とご婚約するつもりはありませんから」
「婚約?」
そうだった。
ジェラルド王子にはまだ何も知らされていなんだった。
王子の側近たちが慌てた様子で私の方を見る。
もう少し取り繕えば適当な言い訳で誤魔化せるだろうに。
「間違えました。今後仲良くするつもりはないと言おうとしたのです」
「私は別に子供扱いをしたつもりはない」
「そうでしたか。それなら結構です。失礼します」
王子に背を向けて馬車へ向かう。
なんとか誤魔化せたかな。