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成人の儀式と生誕祭


王都へ帰ってきて、もうすっかり秋になった。

この秋で、ジェラルド王子の兄である第1王子エドワード様が成人される。

エドワード様は学園に通っているが、成人の儀式を行うために王宮へ戻られるそうだ。


そして、私は毎日のように王宮へ通うようになった。

なぜなら、夏の間に全てのお勉強を終えてお父様に約束を果たしてもらえることになった。

私が全てのお勉強を終えたら外国語を教えてくれるという。

お父様のお仕事の休憩時間に教えてもらうため、お父様がお仕事の間はお父様の仕事仲間で手が空いている人に教えてもらったり王宮図書館で自習をしたりしている。

とりあえずの目標は、外国語の絵本を読めるようになることだ。


今日も王宮図書館へやって来た。

顔見知りの眼鏡をかけた男性の司書を見つけて声を掛ける。


「ごきげんよう、クロース」


その司書は肩まで伸ばして1つにまとめた紺色の髪を揺らしてゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「ごきげんよう、オリビア様。今日はお一人ですか?」


灰色の瞳を細めて優しい笑みを浮かべた。


「ええ。今日は外交文官が揃って会議を行うらしくて」

「それでは、おすすめの外国の本があるのですがそちらを読んでみますか?」

「とても嬉しい提案なのですけれど、わたくしまだ本を読めるほどの外国語を身に着けていないのです」

「ご心配は結構です。翻訳されていますから」

「では、是非教えてください」


クロースは司書室へ行って少しすると分厚い本を持って戻ってきた。

その本を受け取って、近くの椅子に座って本を開くと一番前のページに『バロケインの愛の物語』と大きな太文字で書かれていた。

バロケイン族!

けど、研究資料集とかじゃなくて愛の物語って。

私に合わせて選んでくれたのだろう。


そのページには戦争での敵国、ウェスタート王国の騎士団の新人騎士とバロケイン族の女性との恋愛話が事細かに書いてあった。

戦いで負傷した騎士に、薬草の知識が豊富だった女性が傷薬を作って騎士の看病をする。

そのうち2人は仲良くなりそのうち恋仲になる。

だが、その新人騎士は騎士団長の息子で結婚の許可をもらうことは出来ずに2人は別れさせられたそうだ。


けれど、恋人の女性は別れた後に娘を妊娠していることを知った。

彼女はなんとか騎士団長から隠れて無事に娘を産んだ。

愛する人にそっくりの見た目の娘をとても可愛がって密かに幸せに過ごしていた。


けれど、最終的に民族の長と騎士団長の意見が決裂し村は焼かれその娘と女性共々焼死したそうだ。


次のページにはウェスタート王国の下町の恋愛話が、その次のページにはアーデストハイト王国の貴族と平民の身分差の恋愛話が書いてある。

つまりこれは、恋愛話集だ。


また今度読もうと本を閉じると、表紙に見たことのない文字で何か書かれていた。


「クロース、これは何と読むのですか?」

「イェモーレ。バロケイン族の言葉で愛という意味です。イェモーレディヴェで愛していますという文章になります。いつか求婚するかもしれませんから、オリビア様も覚えておいてはどうですか?」

「そんな予定はございませんし、発音が難しいです」

「では、使うときが来たら私に聞きに来てください。お教えしますから」

「お気持ちだけ受け取っておきます」


クロースは笑顔で待っていますというと仕事へ戻っていった。

求婚なんて、私がする筈がない。

私に好かれて喜ばれる人なんてこの王国中探してもいないだろうし。

こんな卑屈な考えしてる時点で嫌だと思う。

もし、私が私みたいな人に好きだなんて言われたら嫌だもん。


お父様のお仕事が終わるまで、分厚い恋愛話集読んで待った。

午後に入って少ししてから、お父様が図書館へやって来た。


「急に会議が入ってしまって申し訳ないね。オリビア、退屈していなかったか?」

「はい。クロースにおすすめされた本を読んでいましたから」

「そうか。それは良かった。では、今日は昨日の続きからしようか」

「はい」



それから6日後、エドワード殿下の成人の儀式の日がやって来た。

この国では、15歳が成人で基本的には儀式は家庭内で行うものだ。

けれど、王族や王族の婚約者の場合盛大に行う慣わしがある。

成人の儀式は男性も女性も自分を象徴するものか自分にとって大切なものを身に着けて自分の目標を宣言する。

そして、男性の場合は剣と盾を、女性の場合はヴェールや手袋などの結婚式で使用する道具を親から授かる。


成人の儀式に参加できるのは、侯爵家以上の成年貴族と公爵家以上の子供たちだけだ。

その後の生誕祭も同じ条件の者しか参加が許可されていない。


「レナーティアの成人の儀式を思い出すと、やはりエドワード殿下の儀式も少し心配になるね」


お父様の言葉に私が首を傾げると、お母様が心配は無用ですと笑顔で告げた。


「レナーティアのような貴族はそうそうおりません」


いったい、お姉様が何をしたのかと訊ねるとお父様もお母様もため息混じりに教えてくれた。

お姉様は大切なものと言ってアルデアート様を屋敷へ連れてきたらしい。

しかも、誰にも相談することなく。


お母様はアルデアート様をもの扱いするなと怒ったそうだけど、「大切な物か者のどちらかなんて決まっていないでしょう」と悪びれる様子も無かったそうだ。

けれど、それだけアルデアート様を愛しているなんて私からしたら羨ましい限りだ。

大事な儀式でもこの人は自分にとって大切なだと言い張れるくらい誰かに想いを寄せることなんて私にはできないだろう。


噂のお姉様がいないか探してみると、相変わらず仲睦まじい様子でアルデアート様と並んで立っていた。

なんだか、前世の私よりも年上なのに2人を見ていると微笑ましくなって自然と顔が綻ぶ。

ずっと見ていたせいか、アルデアート様が私の視線に気付いてお姉様に声を掛けた。

お姉様は私を見つけると小さく手を振ってくれた。

私が小さく手を振り返そうとすると、パッと大広間の灯りがすべて消えて奥にある階段の方に光が当たった。


「エドワード殿下の入場です」


その言葉に少し緊張が走った。

ゆっくりと扉が開かれて、エドワード殿下が大広間の階段を下りてくる。

その場にいた全員がエドワード殿下の頭上に視線を向けてさらに緊張が走った。

エドワード殿下が自分を象徴するものとして身に付けてきたのは王冠だった。

つまり、第2王子であるジェラルド殿下ではなく第1王子のエドワード殿下が王位を継承するということだ。


「私、エドワード・アーデストハイトは現国王から王位を継承し次期国王になることをここに誓う」


ざわつく大広間に決意の籠もった強い声が響いた。

一瞬、ざわめきは収まったが間を開けてさらにざわめきは大きくなった。

すると、国王陛下がエドワード殿下の前へ行き剣と盾を手渡した。


「精進すると良い」

「父上、母上、これまで見守っていただいたこと感謝申し上げます」


エドワード殿下の言葉にちらほら拍手が聞こえてきて段々と大きくなっていく。

この国ではジェラルド派とエドワード派という派閥がある。

私達は中立で、お姉様の一家も中立だ。

リゼリーはエドワード派だった気がする。

両方の派閥共、ほぼ同じくらいの数だったがジェラルド派の伯爵家以下の貴族が少し過激だ。

だから、ジェラルド殿下がまだ幼い今のうちから王位継承を発表したのだろう。


そもそも、ジェラルド殿下は年のせいもあるかもしれないけれどあまり王位に興味がない感じがするしどっちみちエドワード殿下が王位を継ぐことになっていただろう。

私は自分が前世亡くなった同じ15歳の男の子が国を背負う覚悟を持ってそこに立っているんだと思うと心の底からエドワード殿下がカッコよく見えた。

研究バカの王子なんて肩書は崩れ落ちて、尊敬の念しかない。


「エドワード殿下に決まったことで少し内政が荒れそうですわね」

「ああ。だが、エドワード殿下のことだ。きっとすぐに功績を作るだろう。あのお方は本当に研究熱心で優秀だからな」

「研究熱心過ぎるところは旦那様のように長所とも短所とも捉えられます。是非より良い方に活かしてほしいですね」


お父様はお母様の言葉に「いつもすまないな」と謝って笑った。

正直、お母様とお父様だとお父様の方が弱い。

本当に怒ったとき怖いのはお父様だけど。



成人の儀式はエドワード殿下が退場して終了。

続けて行われる生誕祭のために隣の広間へ移動した。

今日の生誕祭で初めてエドワード殿下の婚約者と顔を合わせることになる。

エドワード殿下の婚約者はサーズリーク公爵家の長女らしい。

エドワード殿下と同い年で既に成人済みだそうだ。


広間でエドワード殿下たち王族が入場してくるのを待った。

少しして、衣装を変えたエドワード殿下が婚約者をエスコートしながら入場してきた。


婚約者であるサーズリーク公爵令嬢は背が高く綺麗な銀髪に真っ赤な瞳のどこかきつい印象の女性だった。

吊り目気味だからか、笑っていても少し怒っているようにも見える。

私は挨拶に行って彼女の顔を見上げた。


「初めまして、オリビア様。ハンネマリー・サーズリークです。よろしくお願いいたします」

「は、はい」


にこりと微笑む彼女の圧に少し驚いて後退りをすると、彼女は少し寂しそうに目を伏せた。


「やはり、オリビア様もわたくしの顔が怖いですか?」

「え、いえ、そういうわけではないです。少し圧を感じた気がして」

「それは申し訳ございませんでした。わたくし、貴族令嬢だというのに極度の人見知りでして挨拶1つでも緊張して顔が強張ってしまうのです」

「分かります。わたくしも今もすごく緊張していますから」


私はハンネマリー様の顔を見上げて頷くと、ハンネマリー様はホッとしたような自然な笑顔になった。


「オリビア様は表情を取り繕うのがとてもお上手です。わたくしよりもよっぽど貴族令嬢らしいですよ」

「お褒めに預かり光栄です。けれど、ハンネマリー様のその笑顔は貴族令嬢の誰よりも美しいですよ」


微笑んでハンネマリー様を見上げると、耳まで真っ赤になっていた。

ハンネマリー様は慌てて扇子を顔の前まで持ってきて隠したけれど、確実に赤くなっていた。

エドワード殿下は苦笑して私の顔を見た。


「こら、オリビア。人の婚約者を口説くのではない」

「口説いてなんていません」

「わたくし、オリビア様が殿方であればエドワード殿下ではなくオリビア様に求婚していたかもしれません」

「ハンネマリー様までからかわないでください」


ハンネマリー様はすっかり緊張が解けたようですみませんと笑った。

最初は少し怖かったけど、やっぱり綺麗な方だ。

それにとても優しそう。

次に挨拶をしたい貴族もいるだろうから、そろそろ切り上げて2人の元を後にした。


お父様とお母様のところに戻ると、「オリビアは人たらしね」とここでもまたからかわれてしまった。

まあ、貴族はあまり直接的な表現で人を褒めないから褒められ慣れていない人も多いだろう。

私としては貴族の言い回しが苦手で思ったことをすぐに口に出してしまっただけだけど、お母様に言うと社交の特訓が始まりそうだから言わないでおく。


そういえば、エドワード殿下の誕生祭なのにジェラルド王子の姿が見えない。

お兄様に訊くと、ジェラルド王子とさっきまで話していたと言っていた。

挨拶をしておきたいと思って広間を見渡すけれど、広間に王子の姿はない。


控室にいるのだろうか。

広間を出て控室へ続く廊下を歩いた。

その途中で、ジェラルド王子が窓から外を見ていた。


「殿下、何をされているのですか?」


そう声を掛けると王子は驚いたように振り返った。


「兄上は、本当は国王にならずに研究職に就きたかったかもしれない」

「どうして、そう思ったのですか?」

「三日前、兄上に問われたのだ。国王になりたいか?と。私は兄上が国王になってその補佐をしたいと答えた。兄上はそうかとだけ言ってすぐに部屋を出ていった。そうしたら今日、王位を継承するなんて言って。私に自由を与えてくださったのに私は兄上に何も与えられていない。それが申し訳なくて兄上の顔を見られないんだ」


私の目の前にいるのは本当に9歳の男の子なのだろうか。

自分では重すぎて背負えない役目を背負ってくれた兄に感謝だけでなくお返しまで考えているなんて。

私はジェラルド王子の目を見て笑った。


「確かにエドワード殿下は研究職に就きたかったかもしれません。ですが、ジェラルド殿下が補佐をして少し仕事が減れば好きな研究も出来るようになるのではないでしょうか」


王子はハッと驚いたように目を見開いて私の顔を見た。

そして小さな笑みをこぼした。


「君は本当に7歳なのか?だが、感謝する。私は兄上を補佐できるくらい優秀になってみせる」

「ジェラルド殿下なら出来ます。それと、殿下の方が9歳とは思えないくらい大人っぽいですよ」

「オリビアには負ける」


その笑みは大人ではなく少年だった。

不思議だな。大人っぽく見えたり、年相応に見えたり、なんならそれより幼く見えたり。

殿下にも私はそんな風に見えているのかな?

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