アリス=セーフティリード
「………… ! ……貴様…………〝流川大智〟!」
俺が叫んだその名前は、このゲームの、開発責任者でもあり、原案者でもある男の名だった。
ゲーマーでは知らない者はいない、そう断言できる。フルダイブ技術の基礎理論を提唱し、更に家庭用ゲーム機 《クロノス》にまで小型化した、次のノーベル賞確実と言われていた男。
『…………よく気が付いたものだよ。そして彼女は、この層のボスでもある。そうだ、彼女を倒したら私への挑戦権を与えよう。…………アルタイル君以外の武器の攻撃力をゼロにした。アルタイル君、存分に戦ってくれたまえ』
その直後、ディオン達が倒れた。麻痺、倦怠感、圧迫のデバフをくらったのだ。
「アリス………やめてくれよ…………アリス!」
俺の叫びむなしく、アリスの剣が俺を襲った。
「諦めなさい。アリス=フリューレは、もう死んだのです」
そう言うのは、〝本当のアリス〟。
「今の私は、アリス=セーフティリードですよ」
顔色一つ変えずに剣戟を放つ姿は、まさにプログラム。
「くっ…………」
左右の剣で捌く。しかし、一撃が重い。
そして何より、身体に力が入らない。別に麻痺毒を盛られたわけでもない。
ただ、俺の心が、戦うのを拒否しているだけだ。
―――――――――ここで死ぬのか?
…………アリスは変わらず剣を振るう。
この二年半の記憶が、一瞬で再生される。
遂にアリスの剣が俺の身体を捉え始めた。肉がどんどん削れる。…………いや、肉ではない。
ポリゴンだ。今まで血肉だったそれは、赤く小さな四角片。
ここは、ゲーム。
だから…………俺は、生きて、…………《家族》のもとに、生きて帰るんだ。
「アリス……お前と…………帰るんだ!」
俺は、最初の反撃を放つ。単発技 《ソニックリード》。弧を描いて放たれる斬撃。
アリスの剣を弾いた。
「そ、こだぁあああああ!」
ベールリオンを赤い光が覆う。単発突進技 《ヴォーパル・ブレイク》。
鮮血を引き連れて走る剣先で、アリスの心臓部を狙う。
入った。そう、確信した。
だけど――――――――――――――――――――。
「な、んで…………」
俺の目に飛び込んできたのは、涙を流すアリスの姿だった。
剣を止めてしまった。…………世界の圧力に屈する。〇・五秒の硬直。
しかし、アリスは動かない。剣を振らない。…………その瞳には、涙が。
「…………何故、何故…………貴方を……殺せないのですか…………!」
《アリス》の悲痛な叫び。それは、《あのアリス》と重なった。
「アルタイル=アリエル…………この感情は…………この気持ちは、何なのです…………!」
「…………恋………だよ」
《あのアリス》ならこう言っただろう。そう思い、俺は答えた。
「…………恋、ですか…………《前の私》は、こんな気持ちを抱いていたのですね………創られた存在だというのに」
アリスは、初めて笑った。それは、《自分》を嘲笑う笑み。
それが、俺の心を動かした。
「創られた存在だろうが…………プログラムだろうが関係ないよ。俺達人間の脳から出ているのだってただの電気信号さ。入れ物が機械だろうが、生き物だろうが、本質は変わらない」
「…………そうだ…………」
言葉を繋げたのは、立ち上がったディオン。
「《君》には、何度も危機を救われた…………この四年、《君》は何の為に剣を取った!」
「ああ…………その通りだぜ、旦那」
カインもよろよろと立ち上がり、倒れそうになりながらも。
「アリスの嬢…………恋は、愛は、誰かに縛られちゃいけないものなんだ…………大切なのは、自分の〝意志〟だ。恋は自由にってな」
『面白い』
そう言うのは、流川大智。
『彼女はもう君を殺せないだろう…………ならば、こうするのみだよ』
何かしらの操作をしたのだろう。
次の瞬間、アリスの体が動かされる。
「何故………身体が勝手に…………!」
細剣がライトベールに包まれ、アリスの身体が攻撃モーションを起こす。
「…………私では止められませんか…………お願いしますよ、アルタイル=アリエル。私の、愛する人よ」
第一部完結まであと4話。
どうぞ、お付き合いください。




