忘却引上
「展開した異界の中でスキル効果を発動するのってめちゃくちゃ大変らしい」
「そもそも論、スキルの術式は魂に刻まれたもんだからなぁ。いくら心の世界を広げたところで自分以外に定着させるのはそら大変だろーな‥‥あっ」
「おいおいカイン、押し付けてさよならってことはないだろ?」
危機を察知し逃亡しようとする男の肩をがっちりと掴んだ。
逃がすわけないだろ。
「練習、付き合え」
「イヤァアア――――――――――――!!!!」
***
「じゃーアル坊、オレが知っていることは二つだけだ」
「ああ、それを教えてくれ」
外壁の外、誰もいない平野の中心で。
「……まぁ、オレも経験はないが……。だけど、辛さは知ってる」
「……辛さか。ァあ、確かにそれなら知ってるわ……俺だって、何度も経験したさ」
目の前で殺された人だっている。
操られた無実の女性だっている。
明日を見たかった人だって、絶対に見られるわけがない。
その時にならなければ……「絶対」なんてない。
「スキルに認められることが、異界顕現の絶対条件だ」
「認められる? それじゃまるで、意志があるような―――――。……まさか……」
確かに、覚えはある。
発動の意思がなくとも、危機に応じて発火したことがあった。
それは――――――――――――意志と言えるかもしれない。
だが、あまりにも微弱。
魂と呼ぶにはあまりにもか弱く脆いそれに認められる?
「……無茶苦茶だな」
「ああ、そうだ」
しかし、やらなければならない。
勇者は関係ない。俺が、俺であるために。剣士が、剣士であるために。
人が、人であるために。
「……英雄之炎」
名を呼ぶと、意識がどこかへと飛んだ。
『ようやく来たか、黒き剣士』
「……お前が、英雄之炎か?』
『あー。そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるなぁ、この場合』
「俺に力を貸せ。……いいや……寄越せ!」
『ケッ、まぁ待てよ。いくつか聞かなきゃいけないことがあるんだよ』
「あ?」
『お前は、何度我慢するつもりだ?』
「……は?」
我慢、といわれてもピンとこない。
何か、あっただろうか。
『お前は、いつまで忘れる気だ!」
「忘れ――――――――――――?」
あの戦いで、《《何度死にそうになった》》?
何度気絶しそうになった?
何度吐血しそうになった?
何度身体が硬直していた?
思い出せよ。
「――――――思い、だした。……ああ、そういうことか。確かに……忘れてたわ。我慢してた」
そして、炎は言葉を続ける。
『お前は確かに成長しているさ。だが、身体はそれについてこれない。だって……お前に才能はなかったんだから』
分かってる。分かっていたさ、最初から。
「知ってる」
『なら、どうして戦うよ? お前は弱者だ。守られる存在なんだよ。それなのに、何故強者であろうとする! 何故、強者を頼らない!』
「俺は、英雄になる」
『……ハァ?』
今度は炎が呆ける番だ。
「俺が英雄にならなければ、世界は終わる。そう……思う』
『何言ってんだ、お前ひとりで世界が救えるはずないだろ⁉』
「キセキを起こしてやるさ」
『奇跡、だと……』
そんな言葉じゃ収まらないくらい、でかい壁。
そんなの、何度も超えてきたさ。
「強者とか弱者とか、カンケーないんだ。僕は、最後まで誰かの為に剣を執るさ――――――――――――たとえ敵わない敵がいたとしても、最後まで抗ってみせる!」
『……そうかよ。お前の意思は分かった。だが、まだ異界顕現は使わせられねぇ』
「なぁ⁉」
『慌てんな。《《まだ》》、だ。その時になったら渡すさ―――――その代わりといってはなんだが……お前に、最後の最強剣を教える」
「最強剣……⁉」