神と人
「来たか」
「やぁ、久しぶりだね……アード」
「おぉ、これはこれは。《賢者》ディンじゃないか、人気は未だ天井知らずの色男。さぁさぁ、キミはボクに何を見せてくれるんだい?」
「そうだね。……邪神に送るものは一つだろう?」
「あぁ、確かに!」
『死と絶望だ!』
二人の声が響いた瞬間、動き出す黒い影――――、
「アードォオオオオ!」
「おいおい、キミは獣かい? 黒き剣士くん」
「六花をどこにやった⁉」
「いるじゃないか、キミの目の前に」
「は‥‥?」
アルタイルさんの目の前には邪神アードのみ。彼女の姿はない。
「何を、言っている……?」
鍔迫り合いを演じながら戸惑う剣士を邪神は嘲笑った。
「彼女は取り込ませてもらったよ、クククッ。ああ、彼女は本当にキミを愛していた! その想いに嘘はない。ただし、もう不要なゴミ屑だがねぇ!」
「な、あ……ああっ………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼」
長き咆哮の後、剣士は双剣を振るった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
しかしその連撃は一本の片手剣に防がれてしまう。
「アード……絶対に、許さない!」
「許さなくて結構、僕は絶対悪であり、混沌だ。一人間が干渉していい存在じゃないんだよ」
「じゃあ、一人じゃなきゃいいのかい?」
その言葉と共に炸裂するのは一振りの短剣。まるで血のような装飾の短剣を握っているのはディン団長。こちらも最高クラスの剣士だ。
「アード、キミが権能を発動させようが僕らには無意味だ。それは分かっているだろう?」
「もう発動しているんだがね…………確かに意味はないだろう……」
「なら、潔く死んだらどうだ?」
「死ぬ? オレが? ハハハ、道化もここまでくると笑えるね。……自惚れるのも大概にしろ、生物風情が」
「――――っ」
奴の威圧感は正に神のそれ。しかし神々しさは皆無でただ純粋に黒く、怖い。
「そして、キミはいったいいつまで変装しているのかな? オトハナ・アラタくん」
「なっ……⁉」
そう驚くのはアルタイルさん――――いや、オトハナ・アラタさん。
「何故、お前がそれを――――!」
「彼女の記憶さ、何なら彼女が作ったメニューを全部言ってみようか?」
「……どういうことだい、アルタイル・アリエル君」
ディン団長の問いかけにアラタさんは黙る。しかしすぐに口を開いた。
「今まで秘密にしていて、ごめんなさい。オレが――――勇者なんです」
『⁉』
攻撃隊全体に驚愕が広がり、誰もが黙った。
「………そうか。君が、あの勇者なんだね」
「…………変身」
彼はあの――――本当の姿へと変身した。
「………なるほど、正体を隠していたわけだ」
「…………はい」
「オトハナ・アラタ」
邪神アードが語りかける。優しく、毅然とした声で。
「キミは分かっているのか? その名が、どれだけ重いのかを」
「……何を言っているんだ?」
アラタさんにはその意味が分からないらしい。無論、僕にも分からない。
「その名は、凡そ四十六万人の人間を救った英雄……彼が名乗り続けているものだ」
「英雄?」
アルタイルという名前で聞き覚えがあるのは《剣聖》だけ。他に英雄と呼ばれる人がいただろうか。少なくとも、有名な英雄ではないはずだ。
「まぁ、この世界では知る人は殆どいないだろうね。……たった一人、アリス・フリューレを除いて」
「……そこまで知っているんですね、アード」
アリスさんが前に出る。アードの眼はまったく動かず、彼女だけを見ていた。
「ああ勿論。ボクは神だ。全知全能だ。キミが彼とした冒険も、大罪も、幸福も、全て」
「………じゃあ何故、貴方はアルに拘るの?」
「拘る、か。言い得て妙だね。無論、彼が世界を救える英雄だからさ。そして彼以外の英雄では誰であろうと――――救えない」
「それは、どういう意味?」
「さてね……まったく話過ぎたよ。そろそろ――――死んでくれないかな?」
「…………お断りします」
「そう? なら殺すだけだよ」
【混沌支配】
紫の結界が形成され、そのタワーを覆う。
「………張りなおしたのか?」
「ああ、念のためにね」
「…………――――――――ッ!」
二刀流上位剣技 《ナイン・ストライク》。九連の斬撃が神を襲う――――、
「ああ、キミでは遅すぎる」