英雄疑念
三年前、アースリア全体を震撼させた戦いがあった。
【大都市戦】。それは都市の中でも大きかった勢力同士の戦争。正義、中立を司る神の派閥【リーフィア・クラン】。悪、理不尽を司る神の派閥【アード・クラン】。それらは方向性の違いから衝突することが多かったが、爆発したキッカケはアードが引き起こした【ゲート破壊】。緊急時に神が降臨するのを手助けする設置である【ゲート】を破壊したことで、世界全土を敵にまわした【悪の派閥】。
結果的にこれは、【アード・クラン】VS全ての冒険者の構図になる。
物量の差から【正義】側が有利と思われたが、敵の主神アードが受肉することでこれを逆転。
あまりにも戦闘向きな権能【混沌突破】を用いた蹂躙は多くの冒険者の心を折った。
そこで神々が聖職者に一時的に受肉することで正義側についた。それだけアードがやったことは大きかったってことだろう。そこで冒険者達は息を吹き返し、悪の派閥を殲滅した。
しかしその主神であり邪神【アード】だけはまだ生きている。この地のどこかで。
***
「……こんなとこかな、私が言えるのは」
冒険者になって一か月後。僕がギルドにて報告をしている時、担当の職員さんに質問した。何故アリアさんが【英雄】を求めるのかを。自分で一ヶ月考えてみても分からなかったから。
その職員さんは元冒険者で、かなりガタイのいい中年男性。
「アリア・フリューゲルが冒険者になって一年後の事件だったんだけど、その時に彼女の育て親が死んじゃったんだ」
「え、死んだ……?」
想像もしてなかった答えに驚愕する。親が死ぬ――父さんが死んだときを思い出して胸に痛みが走った。
「冒険者同士がバチバチにやり合ってた時代だからね、何回か波があったんだけど、確か最後の戦いで――――」
「そう、ですか……」
僕の落ち込んだ顔を見た職員さんはこう言った。
「けど、アリアさんがそういう質問をするのは中々聞かないよ。チャンスあるんじゃない?」
「えっ、えぇ……?」
「色恋沙汰がホントにない人だから。彼女に告白した人は軒並み玉砕だよ!」
「…………」
玉砕。――それ以前に僕みたいな小さい存在では釣り合ってないような気がする―――。
(いやいや、可能性がゼロじゃない限り諦めない方が――)
マイナスな自虐を振り切り、職員さんの方に顔を戻す。
「それにシン君はかなり成長も早い方だし、モテるよ~?」
「主神様にも言われましたけど、僕って早いんですか?」
(職員さんはそういう期待させる冗談は言わないと思うけど…………)
「かなり、ね。私も長く冒険者をやってたけど、ここまで急成長はしなかったよ」
「そ、そうなんですか⁉」
自信持って、というアドバイスを受けながら、思わずガッツポーズ。
良かった……。才能に埋もれてずっと弱いままとかならなくて本当に良かった………!
「そういう世代の話はもっと若い方に聞いたらいいよ。誰かいないかな……あっ、アルタイルくーん!」
職員さんはテーブルから身を乗り出し、通りかかった黒髪碧眼の青年に声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「ごめんねアルタイル君、呼び止めて。急ぎの用事あるかい?」
「いえ、今日は報告に来ただけです」
「それならちょっと彼に話を聞かせてやってくれないか」
青年はこちらを見て「君は?」と問いかけてくる。それに僕は「シン・ホワイトです」と答え、軽く頭を下げる。
「彼はアルタイル・アリエル君。冒険者の中で唯一〝クランに所属しない〟Aランクだよ」
「えっ、どういうことですか………?」
クランに所属しなければ【恵印】を受けられずに成長も碌にできないはず…………。
「彼は何故か、他の冒険者を上回る成長スピードを持っていたんだ。だからステイタもAに届いたんだよ」
「なんか、恥ずかしいですよ………」
照れる青年に職員さんが「今更じゃん」とツッコんだ。すると、青年が口を開いた。
「それで、何の話を聞きたいんだい?」
「えっと、大都市戦のお話を……――」
「そうか、君は新人か………じゃあ話そうか、僕が見た景色を」
***
あの時、俺はアードと直接戦っていた。もちろん、仲間達と共にね。
アードの権能で魔法とスキルを封じられたことでアタッカーの俺達の負担も大きかった。
それでも必死に戦ったんだ、俺達は………。でも、奴らは違った。
笑いながら戦い、まるで遊んでいる子供のようだった。街の人を傷つけ、建物を壊す。
そんな奴らとの戦いで精神が壊れかけても、大切な人のために戦った。
遂に来た最後の戦い、それは地獄だったよ。何人も死んで、冒険者の三割が引退した。
―――そして、俺の大切な人の感情が壊れたんだ。
***
「感情が、壊れた…………?」
「文字通りの意味さ。今の彼女には俺を認識することすらできない。……だから俺は、アードを追っている」
青年は壁に掲示された【邪神アード】の張り紙を睨みつけた。
「…………」
「軽蔑するかい? 復讐に走る、俺のことを」
「…………いえ。きっと僕も、同じことをすると思いますから。………大切な人は、替えが効くようなものじゃありませんし。僕は、英雄になりたいんです」
「………君は、優しいなぁ。……俺みたいな恨みの感情を持たずに……」
「えっ」
「冒険者に向いてない………英雄の心だね」
「…………英雄の、心?」
「今日は話せてよかったよ。そうだ、今から一緒に来てくれないか?」
「…………分かりました」
青年の用事が済んだ後、僕たちはそこに向かった。
僕たちが足を運んだのは【病院】。そこにはこの街で傷ついた多くの人達が。
「………彼女だ」
青年に案内された部屋には、一人の少女がいた。
見た目は黒い髪に不思議な目の色――雪のような――をしていた。
「白雪六花。俺の…………大切な人だよ」
「この人が………」
その目には生気がなく、本当に心がないようだった。
どこかアリアさんに似ている気がすると思った。顔は似てないけど、同じく美少女。それに似た雰囲気を纏っている。
「六花、今日はお客さんがいるんだ。シン君って言うんだよ」
「…………」
もちろん、彼女は私の答えない。
「………彼女とは、少しの間離れ離れだったんだ」
「…………?」
「ようやく再会したって時に、事件が起きたんだ」
「……アルタイルさん…………」
「ごめんね、こんな話ばっかりで。僕はちょっと手続きしてくるけど、君はどうする?」
「ちょっと………トイレに…………」
「ふふっ、ああ。廊下を右に曲がった先にあるからね」
「はいっ………失礼します」
僕は廊下を早歩きで駆け抜け、トイレに飛び込んだ。
「ふぅ」
用を済ませ、リッカさんの個室を通り過ぎようとした時。
「―――でね」
「―――ふふっ」
誰かの話し声が聞こえた。彼の声でもない。それに、一人じゃない。男女の声――?
「…………?」
そっと開いた扉から覗き込むと、リッカさんと一人の好青年が楽しそうに談笑していた。
(えっ……リッカさん、感情が壊れてるんじゃ………⁉)
しかしどう見ても、彼女の口には笑みが浮かんでいる。その瞳にも生気があった。
そして、その男の顔を、僕はついさっき見ていた。
冒険者ギルドの壁に掲示されていた、手配書で。闇のように漆黒の髪、そして灰の瞳。
「それでね、あいつったらもうドジすぎてさぁ」
「あまり悪く言ってはダメですよ? 悪の神でも悪口はいけません」
「キツイねぇ。……ゴメンよ、僕の為にみんなに嘘をつかせちゃって」
「大丈夫です。私は―――くんを守るためなら、なんでもします」
「そう言ってもらえると助かるよ」
***
僕は病院を飛び出て、路地裏を走っていた。
(くそ、くそ………くそっ! なんで、なんでなんだ!)
どうして【リッカさん】は、自分を傷つけた【アード】と一緒にいる!
なんで、なんでリッカさんはアルタイルさんに話さない!
なんで、なんで、なんで………アルタイルさんが戦っているのは、無駄だって言うのか!
(僕はっ、僕はっ、僕はっ、僕はっ!)
訳が分からなくなった僕はダンジョンに潜った。
そこで魔石を砕いて砕いて砕きまくった。アリアさんに教えてもらった技術で殺しまくった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――っ!」
刺して、斬って、蹴って、殴って。
そして気がつけば僕は、第十階層にいた。
「…………」
(初めて来たな…………)
次の朝になるまで、いや、それを過ぎた頃に外に出た。
「…………」
この時、僕のステイタスは飛躍的に伸びていた。
しかしそれをゼウス様に確認せず、僕は仮宿の自室、ベッドに飛び込んだ。
記念すべき100話ですが、かなり暗い雰囲気になってしまいました。
次回をお待ちください。




