20240710
秘密結社への出向を命じられた.そこで営業部長をせよという指示だ.
辞令が出たのはコンサルファームに勤めてもうすぐ10年になるという頃だった.規模の大きな案件をパッとしない形で決着させた私に待っていた次の仕事は,自社が株式を保有し経営の管理もしている関連会社の立て直しだ.
「あそこで結果を出せばきっと本社に呼び戻されますよ!」
と周りは言うが,それはあまりに希望的な観測である(もちろん彼らもわかって言っているのだろう).役員として出向するのであればまだ挽回する機会を与えられたとも捉えられるが,私の役職は営業部のトップに過ぎない.これまで行ってきた苛烈な出世競争への再挑戦権に釣り合う成功をもたらすような権限は決して与えられないだろう.
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事例を受けた後すぐに秘密結社の営業部に連絡をしたが,あまりにのんびりした空気感に膝の力が抜けた.
「あいにく,活動内容も構成員も外部の方にはお話しできません.何せ弊社は秘密結社ですから」
詳しいことは実際に着任なさってからお伝えします というのが一年余後に定年退職を控えた前任者の佐藤さんによる頼りない返事だ.彼は部長補佐として引き継ぎと私のサポートすることになっている.
出向先では,新規顧客の開拓が足を使った飛び込み営業のみに頼って行われており,私はその現状を打開することを期待されている.事前にわかったことはそれだけだった.
「他社の事例を学んで取り入れようともしたのですが,うちは秘密結社なんでね...... 大々的にセミナーを開いたり広告を打ったりということが自由にできないんですよね」
と佐藤さん(もちろんこれは偽名だ.秘密結社の構成員は非公開なのである)は話す
「ですからあなたのような人に,じっくりと現場を見て中から変えていただくしか方法がないと思うんですよね」
新卒入社してからこなしてきたストレスフルなタスクに比べたらあくびの出るような仕事だ.でも佐藤さんに相対すると,不思議とやる気が高まって行くのを感じた.同僚との競争によって支えられていたこれまでのモチベーションとは全く違う,どこか懐かしさを覚える感情だった.彼の眼差しが"こいつは仕事のできる人間なのか?"とか"敵か味方か?"といった値踏みを一切含んでおらず,ただ純粋な私への期待に満ちていたからだ.彼出世競争から脱落できたということに,負け惜しみでなくホッとしている自分もいた.
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さて,今日は初出社だ.