生まれたばかりの赤ちゃんが死神として働いているんだが
俺は死神だ。
小坂賢介って名前で、日本の首都で生まれ育った若者だった。
だったって、過去形で言うのは、ぽっくり死んじまってるからだな。
道に落としたスマホを拾おうとしてたら、バランスを崩して、車道にすってんころりん。
そこに運悪く、おっきな車がやってきて、お陀仏しちまったってわけさ。
常識で考えればそこで俺の人生はジエンドのはずだったんだが、そんな事はなかったらしい。
次に目が覚めた時は、あの世という第二のライフステージ?に立ってたのさ。
そんな成り行きで、あの世に生を受けてから俺は、ずっと死神として働いている。
死んだ人間は、あの世でもういっぺん生まれて。そこで生きるってのが基本みてーらしい。
で、俺みたいな奴は、死神になってあの世で働く事になるってわけだ。
そういう奴は大抵、前世で罪を犯した人間らしい。
まあ大体の人間が、罪を清めるためにこういった仕事をするんだっていうから、過剰に卑下する事はない。
救いようのない奴は、死神じゃなくて直接地獄に送られるらしいからな。
反対に良い奴は逆に天国行きだってさ。
ま、百人に一人もいないらしいけど。
とりあえずぶつくさ言っててもしゃーない。
俺は今日も、文句言わずに真面目に働くぜ。
死神の仕事は、死期が近い人間の傍にひっついて、魂を回収する事だ。
だから俺はその日も現世に降りて、死にそうな人間の前を探し出すぜ。
ストーカーみたいだなって?
しゃーないだろ。
死んだ瞬間に魂を回収して、あの世に持ちかえらないと幽霊になっちまう事があるんだから。
未練とかない奴だったら、自力で成仏してくれるらしいけど、そんなん稀だしな。
今日の仕事は大変だったな。
なかなか死んだ事を認めやがらねーから、死体から抜けでた魂と追いかけっこするはめになったぜ。
すばしっこすぎんだろ。
苦労して捕まえた時は、半日も経ってたよ。
はぁ、疲れた。
死神に疲れなんてあるのかって思うが、一応あるみたいだわ。
なんでこんなところだけ、生前(前世?)とおんなじなんだよ。
魂を回収した魂かご(鳥かごみたいなもん)を見つめながら、ため息はいてたら、視界に違和感。
目の前を、ハイハイしている赤ちゃんが通り過ぎていった。
「ばぶ!」
「ん?」
死神に配布される外套(幼児サイズ)をはおって、鎌(これも幼児サイズ)を背中にくくりつけながら。
なんか、同業者と出会ってしまった。
いや、これ。どうぎょう、しゃ?
「ばぶ!」
そいつはツヤツヤの肌に、まるまるの瞳をした。
ばぶちゃん!
つまり生まれたばかりの、赤ちゃん!
だった。
いや、なんでだよ!?
赤ちゃんが死神やってたんだけど、この現実ナニ?
つーか、赤ちゃんって死神できるの?
死神って罪をあれこれするための職業だよな?
ってことはつまり?
何か罪をお犯しで?
そんな、ばぶばぶしたナリで、どんな罪犯したの?
信じられない気持ちで見つめていると、ばぶちゃんが道路に横たわっている瀕死の人間へ近づいていった。
交通事故があったみたいだな。
そしてばぶちゃんは、その場で交通事故の被害者が息を引き取ったのを見届けると。
「ばぶぅ!」
器用に背中の鎌をつかって、体にくっつこうとしている魂を切り離していた。
たまに体の中に戻ろうとする奴がいるから、ああいう時鎌を使うんだ。
そしてばぶちゃんは、キラキラおめめで死体から抜け出た魂を回収。
そして浮遊して上空へ、あの世へ帰ってしまった。
おれいま、なにみたん?
その日から、たびたび俺の職場で「赤ちゃんの死神の噂」が流れ始めた。
目撃したの俺一人じゃなかったんすね。
他の死神たちも現場で目撃した時「え?」「あれ、赤ちゃん」「幻覚?」とか困惑していたようだ。
ほんとにいるんだ。
実在するんだ。
ええー?
悪行成すより、悪行される方が多い赤ちゃんが、いったいどんな罪を犯したっていうんだろうか。
不思議に思っていた俺は、数日後にその真相を知る事になる。
「よし、今日の仕事は比較的楽だったな。今時ないくらい達観した人だった」
その日の死神の仕事はすぐに終わっていた。
死んだ魂はあっさり死んだことを受け入れたようで、すぐ俺に回収されてくれたからだ。
すげぇな、どんな聖人だよ。
きっと天国行きなんだろうな。
今日はいつもより早く終わったから、のんびり帰るかなと思っていたら。
噂のばぶちゃんを発見!
ばぶちゃんは路地裏で休憩していた。
そして、こっちを見て一言。
「ばぶぅ……、あーだりー。何見てんだよ」
きゃぁぁぁぁ!
しゃべったぁぁぁぁ!
赤ちゃんしゃべったぁぁぁぁ!
人生に疲れた野郎みたいな口調で喋ったぁぁぁぁ!
心臓が口から飛び出るかと思った。
赤ちゃんって喋るっけ。
喋っていいの?
喋れる生命体なの?
驚いて有名な名画のような顔で、頬に手をあてながら絶叫している俺に、ばぶちゃんは隣を指示した。
ぺちぺち。
かわいいおてての音がなった。
「うるせーな。まあ、座れよ」
でも、喋る声音はおっさんだった。
衝撃なファーストコンタクトを引き起こしたばぶちゃん。
俺は、そのばぶちゃんと世間話をすることになった。
草束実さん(享年50)こと、ばぶちゃんと。
そんなばぶちゃん曰く。
おっさんは、生前転生者だったらしい。
「そういや、稀にいるんだよな。前世の記憶を持ったまま生まれてくる奴が……」
おっさんの記憶を持ってうまれてきたばぶちゃんは、しゃーねーから第二の人生ばぶちゃんから生きなおすかとなったのだが。
そこでうっかり罪を犯してしまったらしい。
うっかりで罪犯してたまるか。
「しゃーねーだろ。子供虐待するような家だったんだからよ」
あっ、当然だった。
で、そのおっさん転生者は、虐待親にやり返した時に自分もまきこまれ、さよなら人生ーーしてしまったのだとか。
ちなみにお亡くなりになられた時は、若月樹里安(0歳)だったとか。
おっさんのその第二の人生、悲惨すぎじゃない?
「生まれ変わったら死神かよって、なったわな」
うーん、第三の人生(死神生)もあれだよな。
見た目が悲惨だな。
赤ちゃん死神だし。
こう、あってはいけないものを絵としてお出しされてるような気分になるわ。
「ここで話したのも何かの縁。今後とも一つよろしく頼むわ。ばぶ」
「はぁ」
赤ちゃんから社交な挨拶を受け取る日が来るとは思わなかったな。
人生なにがあるか分からない。
いや、死神だしあの世で働いてる身だけど。
とりあえずばぶちゃん(おっさん)とはたまに挨拶する関係になった。
担当している区域が近いという事もあって、仕事の合間に世間話をする回数も増えた。
死神は浮遊能力があるから、ばぶちゃんでも移動に難がないのがいいよな。
浮かばないと天空にあるあの世に帰れないから当然なのかもしれないけど。
そんな中、ばぶちゃん(おっさん)は衝撃の出会いを果たしたようだった。
「ばぶ。生きてた」
後日出会った時、衝撃の顔でその出来事を教えてくれた。
「え、どちら様が?」
「親だよ」
「え」
「第二の俺の親」
なんという事でしょう。
このばぶちゃん(おっさん)が儚い命を散らして現世にバイバイしたにも関わらず、くそ親は一命をとりとめていたらしい。
あんまりだろ。
現実ひどくないか?
ねぇひどくない?
ひどいよねー?
そんでその両親は性懲りもなく子作りをして、第二の赤ちゃんを虐げライフしてるらしい。
許せん。
今度の赤ちゃんは転生者じゃないらしい。
だから、親のうっぷんを受け止めるしかできない。
やり返すなんてできるわけがない。
まずい。
これはまずいぞ。
おっさんは、兄弟となってたかもしれないその子の事を心配しているようだ。
でも、出来る事がなくてはがゆい思いをしている。
死神は、生きてる人間には関われない。できるのは死んだ人間の魂を回収する事だけ。
くそっ、どうすればいいんだ。
悪いのはくそ親どもだろ。
なんであいつらが死ななくて、何も悪くないやつが死ななくちゃいけないんだよ。
その後、俺達は仕事の度にその家庭の様子を気にかけるようになった。
赤ちゃんはみるみるうちに痩せて、傷だらけになっていく。
なのに俺達は、見ているだけで何もできないだなんて。
歯がゆい思いをしながら、くそ親にエアパンチかましたり、赤ちゃんに励ましのエールをおくったりするくらいしかできなかった。
そんな中、俺達にかせられたノルマ、死神としての全仕事が終わったらしい。
今なら、次の人生に向けて再スタートを切る事ができるようだった。
つまり、転生できるらしい。
けれど、俺達には気がかりな事があったから、そんな事できやしない。
もっと仕事下さい、としか言えなかった。
まだ仕事してるうちは、見守る事が出来るからな。
見守る事しかできない、とも言えるけど。
しかし、そんな俺達を見て、死神の上司がある提案をしてきた。
死神の仕事を二倍にするかわりに、少しだけ現世に蘇らせてやろうという提案だ。
転生するのは遅くなるけど、俺たちにとっては渡りに船。
即答で了承したよ。
俺とばぶちゃん(おっさん)は、顔を見合わせて頷いた。
やる事は一つだ。
これで、あの子を助けに行けるぞ。
その日、若月真綾は不機嫌だった。
年若い見た目を生かし、バーの従業員として忙しく働いているその女の、機嫌のよい日などあるかどうか分からなかったが。
常連客は誰も彼もが社会の裏で人を騙す商売をしている者達。
神経をつかいながら接するその仕事は、真綾の心を荒ませる事はあっても、安らがせる事はなかった。
そんな真綾は身の回りの事がまったくできない女だった。
自分を着飾る事はできるものの、家の中の掃除や家事などはからっきしだ。
自分ひとりの面倒を見るのも大変な彼女に、人の面倒を見る事など不可能なのはその女自身にも分かりきっている事だった。
にもかかわらず、真綾は深く考えない事が多いため、衝動的に男と付き合ったり、子供を作るような行為を簡単に行う。
一番初めに産んだ子供は、女が気が付くのが遅かったため、おろす事ができなかった。
忌々しい思いで体の痛みに耐えながら出産するほかなかった。
生まれたなら、世間の目があるから、放置しておくわけにもいかない。
そう思った女は、邪魔くさく思いながらも、まがりなりに世話をしていた。
赤子は可愛く、無邪気な笑顔は仕事に疲れた真綾の心を一時や癒したからだ。
しかし、夜泣きや世話の忙しさで、すぐにその感情は消え去る。
赤子はその世界に産み落としてやった女の恩を仇で返してきた。
それが、女の認識だった。
それだけならまだしも、赤子はタバコの火を使って火事を起こしかけたのだ。
燃えやすいものがある家の中、火の存在は脅威になるしかない。
重いやけどこそ追わなかったものの、女と当時いた赤子の父は、入院を余儀なくされた。
そして、追い打ちをかけるように、女にとっても不幸は続く。
その時できていた父役の男と別れる事になったらだ。
結果、女はもう二度と子どもなんか作るもんかと決意した。
しかし、次に女にできた男が金持ちだった。
子供をつくる事で男を繋ぎとめられると思ったため、女は嫌々ながらも二番目の子供を出産したのだ。
しかしその男は、浮気性で女癖が酷かった。
子供が生まれた後は、女の事をまったく相手にしなくなった。
そのため女は、日常生活の不満を子供に向けるようになった。
自分の人生は、常に散々な目にあってきた。
そのストレスは、どこかにぶつけても決して減る事はない。そう知りながらも。
女が泣きやまない赤ん坊の世話をやめて、どれくらいの時間が経っただろう。
泣き喚く赤子の存在に嫌気がさした女は、ついに踏み越えてはならないラインを踏み越えようとしていた。
大きな椅子をその手にして、泣いている赤ん坊へ振り下ろそうとしていた。
しかし、
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
女の耳に、何者かの声が聞こえた。
不法侵入発生だった。
若い男で、知らない人間だった。
不法侵入の男はまるで最初から知っていたかのように土足で馴れ馴れしく家にあがりこみ、どこに何があるのか分かっている風に家の中を進む。
女は驚いて、その場から逃げ去ろうと考えた。
しかし不法侵入者は、女の子供を抱いて連れ去ろうとしているようだった。
それを見て、女は動きを止める。
子供など、可愛くなどない。愛なども抱けない。
しかし、邪魔でしかなかったその子供は金持ちの男を繋ぎとめるための、道具だった。
だから、渡すわけにはいかなかった。
女はとっさに子供を取り返そうとした。
けれどその時、ありえない存在が目に入った。
どこからか侵入してきたのか、赤ん坊が足にまとわりついていたからだ。
邪魔に思って、視線を向けた瞬間、女は度肝をぬかれる。
その赤ん坊は、一番目の子供にそっくりだった。
怨霊だ。
怨霊が蘇ってきたのだ。
女はそう思った。
赤ん坊が「よくも殺してくれたな」と怨嗟の声を上げた。
それを聞いた女は悲鳴を上げて、意識を手放していた。
くそ親家庭から、子供を救出しました。
いやぁ、大変だった。
想像以上に現世で活動できる時間が少なくて、施設とかに子供を届ける暇がなくてな。
でも、道を歩いていた親切な人に託せて良かった。
「虐待です!」って叫びながら、突然知らない子供を渡してごめん。
ついでに目の前で幽霊みたいに消えちゃってさらにごめん。
めちゃくちゃ驚いてたな。
だけど、これできっと大丈夫だ。
ばぶちゃん(おっさん)の子供は、これからはくそ親から引き離されて健全な環境で生きられるはずだ。
親の庇護は受けられないだろけど、強く生きて欲しい。
赤ちゃんのまま死んじゃうなんて、当人には悪いけどおっさんだけで十分だ。
「ふぅ。今日もお仕事終了」
後は、二倍の死神の仕事を終えるだけだな。
っていう感じで、今日もお仕事に精を出すぜ。
ばぶちゃん(おっさん)もばぶちゃんな見た目のまま、仕事を続けてる。
よちよちした動きしかできないけど、経験をつめば意外と不便しないそうだ。
おっさんになるまで生きた一番目の人生の経験が生きたとかなんとか。
「ばぶ。なんだ若造。もう仕事終わりか」
「いい加減慣れたけども、その見た目で若造呼ばわりはギャグみたいだよな」
「どうでもいいだろ。細けぇ事気にすんなよ、愚痴つきあえよ」
「愚痴たまってる時点で、絶対おっさんの方が細かい事気にしてるだろ」
そんな俺達はたまに、あの赤ちゃんの様子を気にかけながら、毎日死神のお仕事を続けていく。
赤ちゃんはちゃんとした人の元で健康をとりもどしながら、すくすくと育っているようだった。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
「あら、どうしたの。もうご飯の時間? それともおむつ? 変ねぇ何もなさそうなのに」
「たまにあるんですよね、その子。ぼんやり宙を見つめて泣き出す時が」
「過去に上のお兄さんがいたみたいだから、ひょっとしてそのお兄さんが見守ってくれているのかもね」