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蒼月の約束  作者: 狐嬪
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#03

「朱音、朱音!」


お母さんが呼んでいる。

朱音はゆっくりと瞳を開いた。

お母さんが、心配そうな顔をして朱音の顔を覗き込んでいる。


「こんなところで寝ていると、風邪ひくわよ?」


重い体を起こすと、見覚えのある実家のリビングにいた。

いつの間にか畳の上でうたた寝していたようだ。

置いてある茶色い長テーブルの反対側で、亜里沙が呑気にアイスを食べながらスマホをいじっている。その隣では、満おばあちゃんが静かに新聞を読んでいた。


「大丈夫?汗めっちゃ、かいてるけど」


亜里沙が目の前の朱音を見つめながら顔をしかめた。


「超怖い夢見た…」


消え入りそうな声で、朱音は呟いた。


「え、どんな夢?」


アイスの棒を口にくわえながら、楽しそうに身を乗り出す亜里沙。


「思い出したくもない…」


朱音は額の汗をぬぐった。


「朱音もアイス食べる?」


キッチンからお母さんが言う。


「うん、ありがとう」


朱音が立ち上がろうとすると、妹がぐっと腕を掴んだ。その力が強くで、朱里は一瞬ドキッとした。


「な、なに?」


「面白い夢の話してくれないと、離さない~」


声の調子は軽いのに、腕に込められた力はとてつもなく強い。


「ちょ、ちょっと痛い。ふざけないで…!」


「もう、一体どうしたの?」とお母さんが声をかける。


「亜里沙が…」


キッチンから顔を出したお母さんに助けを求めようとしたが、言いたいことが一瞬にして消え去った。お母さんが笑顔のまま槍を持って、朱音に向けている。


「お、お母さん…?」


「気を付けな、朱音」


いつの間にか隣に来ていた、満おばあちゃんも同じ槍を持ち、朱音に向けていた。


「お前の中の精霊を解放しなきゃダメだよ」


「な、なに言ってるの?ねえ、みんな、おかしいよ?」


この危険な状況からとにかく逃げようと、妹、おばあちゃん、お母さんから離れようとするが、いきなり声が出せなくなった。

いつの間にか、タオルが口に回されている。どんどん増えて行く槍が、一歩一歩自分の方へと近づいてくる。

朱音は、声にならない悲鳴を上げた。




今度こそ、朱音は目を覚ました。

全身にびっしょりと汗をかいている。肩で荒く呼吸をしながらも、自分がまだ生きていることを実感する。


「夢か…」


人生で一番、怖い夢を見た。目をつむると未だに鮮明に思いだせるあの状況。


「水…」


悪夢を見たせいか、汗はびっしょりかいているし、喉はカラカラだ。手探りで、メガネを探す。メガネをしたまま、寝ていたようで、掛布団の下を手探りで探すとすぐに見つかった。


「少し、曲がっちゃったけど…。いっか」


そしてメガネをかけてから、今度は本物の悲鳴を上げた。

いつの間にか、知らない部屋にいる。そして西洋の屋根に飾られているような石像のガーゴイルのオブジェが朱音を見つめていた。


なに、なに!なに!?


パニック状態に陥っている朱音はとにかくここから離れたいという一心で、ベッドから這い出すが、想像していたよりも高さがあったせいで、無様にも下に落ちる。

そしてちょうどそのタイミングで、悲鳴を聞きつけた人たちが、朱音の部屋をバタンと開けて入って来た。


「どうかされました?」


10人ほどのメイドたちが、ベッドから落ちている朱音を見て声を一瞬失ったようにみえた。


「あ…」


見知らぬ部屋。そして知らない人たち。


とにかく今しがた起きていることに、過剰に反応してたくても、人生一の悪夢からの、恐怖のオブジェは大きな打撃を朱音に残していたため、声が出てこない。

数人のメイドが朱音に駆け寄り、未だ滑稽な姿で倒れている朱音を抱き起す。その時に、見てしまった。

まるで絵画のように整った顔の美しい女性たちの耳が、自分の丸みをおびたものと全く違うことを。


「どうかしたのか?」


透き通るような、耳に心地よい声を響かせてやってきたのは、白いローブに金色の帯をした王子だった。

その瞬間、朱音は全てを思い出した。


あれは、夢じゃなかった…。


怖い夢だと思っていたことが、夢ではなく、実家で目覚めたことが本当の悪夢。

妹をかばったこと、水に引きずられてここにやって来たこと。槍を突き付けたられたこと。全てが一瞬にして記憶によみがえった。


「嘘でしょ…」


床に未だ座り込んだままの朱音を見て、王子は近くにいたメイドに「お茶を」と言い、朱音の腕を掴んで近くのソファーに座らせた。


「飲むんだ」


メイドが持ってきたお茶が、王子と朱音の真ん中に置かれたテーブルに用意されていく。不思議にカーブしているティーカップに、薄いピンク色のお茶が注がれていく。その中に、ピンクとうす紫が混ざった小さな花も浮かんでいた。

得体の知れないものに手を出したくはなかったが、皆の視線が痛いので、言われた通り一口すすってみた。

美味しい。

優しい甘さで、しかし後味はすっきりしている。今まで味わったことのない、お茶であることは確かだ。温かいものがすっと胃を通り、体全身に安心感がめぐっていく。

一杯を飲み終わった時には、自分でも信じられないくらい不安が消えていくのが分かった。


「あの、私は一体…」


落ち着いて余裕が出て来た朱音は、おそるおそる口を開いた。


「ここは、エルフの国グリーンフィールド。私は、その国の第一王子である」


王子がはっきりした口調で言った。昨日のように威圧的ではなく、耳に心地よい優しい話し方だった。

ぱっちりとした目は、スカイブルーに輝き、白に近い柔らかそうな金髪は、肩を流れている。血色のいい白い肌も陶器のように滑らかだ。細長い指が上品に膝の上で組まれている。

この世のものとは思えない美しさだ。

ぼーっと王子に魅入っていた朱音は、今しがた入って来た情報に我に返った。


「え、エルフ…?」


エルフって、あの?えっと、妖精ってことだよね?


ファンタジー映画のシーンを慌てて思い出す。仕事が忙しくなってから、ファンタジーの世界に浸かることが少なくなったが、小さい頃は貪るようにのめりこんでいた気がする。


「そうだ」


頷く王子と、その周りに行儀よく立っている人たちを観察する。

確かに人間とは思えない美貌を持ち、身長はほとんどが180㎝以上はありそうだ。そしてエルフを代表する、尖った耳をしている。男性も女性も全員髪の毛は、白みがかった薄い金色のストレートで、膝の裏まで伸びている。


「お前はおそらく、西の女王に召喚されたのだろう」


王子が呟くように言った。


「な、なんで…ですか?」


西の女王と言った、王子の顔が強張る。


「私たちの国はずっと女王に支配されている。しかし、最近、女王の力が弱まり始めたと聞いた。それがきっとお前に関係する」


「はぁ…」


先ほどからちくちくと視線が刺さるのが気になる。王子の話半分に朱音は、周りの人たちを見渡した。みんな美しい顔をしているにもかからず、表情は乏しく暗い。朱音と目を合わせるものは一人もいない。

居心地が悪い原因はこれだ…

朱音は、不快感を覚えずにはいられなかった。しかし理解は出来る。いきなり得体の知れない人種がやって来たのだから。


「あの…」


王子が話すのをやめたところを見計らって、朱音は口を開いた。


「私、どうやった元のところに帰れますか?」


一刻も早くここから離れたい。

エルフの国なんて、物語の中だけで十分だ。

美男美女で一生満足するくらい目の保養もしたし、あとは居心地のいい家に帰りたい。

しかし王子は、首を振った。


「女王が、お前の居場所を知ったら厄介だ。今、血眼になって探しているはず。女王の狙いは分からないが、お前が必要ということだけは、ハッキリしている。ここにいてもらう」


「ちょ…」


朱音は慌てて何か言おうとしたが、王子の側近の怖い顔をした男に手で制されてしまった。


「王子の言う事が聞こえただろう。お前はただ王子の命に従えばいいのだ」


王子は、有無を言わせない威圧的な視線を朱音に向けた。昨日と同じ強い瞳だ。黙らせる力がある。


「戻し方が分かり次第、伝える。しばらくは、この王宮にいろ。何不自由なくさせる」


そう言い残すと、多くの側近を引き連れて部屋から出て行った。それでも、朱音の部屋にはまだ10人以上の女エルフが残っていた。

人と関わるのが、あまり得意でない朱音は、ソファーに座ったまま息をひそめていた。


…早く、帰りたい。


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