続 遥か予想の斜め上
結婚式翌日の話を、書いてみました。
カーテンの隙間から、薄暗い部屋に朝日が差し込む中、私はすっきりと目をさました。慣れない空間にここはどこかと一瞬悩んだが思い出した。
私は昨日結婚した。
デロワ公国より、隣国イーラス王国マイヨール侯爵家嫡男エドワルド様へ嫁いできたのだ。 母が大公家出身で、イーラス王国にも親戚関係にあることで成立した結婚だ。
旦那様はまだ隣で寝ていた。髪は薄いブラウン、少し癖がある髪は柔らかそうだ。瞳は、何色だったか。寝る前は抱きしめられたが、今はこちらに背中をむけて寝ている。自分よりは大きいが騎士ほどには逞しいわけではない。男性が.ここまで近くにいるのは初めてで、不思議で気恥ずかしい気がする
なぜ、彼は子まで成した女性とわかれようとするのか、
かつて婚約破棄されたことのある行き遅れ令嬢の私は、ここで、幸せになれるのか。
「ふ。」
昨日、ベルナールが突撃してきたときのことを思い出し、笑みがこぼれた。 旦那様も、執事も、皆固まっていた。母が倒れた時は、私も気が遠くなった。だが、みな困ったり、オロオロしたりはしたが、誰も子供達を叱りつけたりしなかった。顔色を青くしたり白くしたりしながら、私に謝ってくれた。
驚きの連続だったが、嫌な気持ちにはならなかった。
「ふふっ。」
晩餐の席でも、ハプニングがあった。
またもや衝撃を感じたと思ったら、ベルナール様とレティ様だった。ベルナール様は小さい花束を手にしていた。
「あの、さっきはごめんなさい」
「おねー様きれー」
寝る前にどうしても謝りたかった、だから来た、と戸惑いながら、花束を差し出す姿はちょっと可愛いらしかった。レティは、何もかんがえてないようで、パーティの華やかな雰囲気を楽しそうに眺めていた。
晩餐の場に、子供が、しかも庶子が、入ってきて、正妻に挨拶するという珍事は、ほかの招待客にもバレて、旦那様だけでなく、侯爵様も奥様も、冷や汗ものだったろう。だか、何事でもないように、子供達を招待客に紹介し、執事に渡して退出させた。
内縁の妻がいて、子供がいて、そんな男のお飾り妻を、貴族の義務として果たすつもりで来たが、そんなに酷い事にはならないかもしれない。
モゾっと、隣の気配が動いた。旦那様も目が覚めたようだ。こちらを向いて、ちょっとびっくりした様子で、ああ、と息をはいてから、身体を起こした。私も、合わせて身体を起こす。
「おはようございます、旦那様」
「おはよう。…あまり寝付けなかった?」
「いえ、先程目が覚めたところです。」
「そう?」
旦那様はメイドを呼び、朝のお茶を指示した。
「デロワでも朝は紅茶だろうか?」
「ええ、同じです。」
濃いめに入れた紅茶にミルクは、実家のものとは異なるが、美味しくて目がさめる。
「その、昨日はすまなかった。」
ボソッと、旦那様が、紅茶カップをながめながら、おっしゃった。「子供達のことも、その、内縁関係にある妻エミリアの事も、君に紹介するつもりだったが、あのような形になる予定ではなかった。」
「いえ、昨日は、そのちょっと、驚きましたけど。思い返してみれば、印象深い一日でした。」
「母が倒れた時は、私も気が遠くなりましたけど。」
旦那様は手にしてたカップを脇に置くと、穏やかに笑った。
「君がしっかりとした人で良かったよ。…僕はエミリアとの関係は解消するつもりでいる。子供達は、僕が引き取るが。 僕は君と家族になって、侯爵家を支えていきたい。」
旦那様は、そう言うと、私の手を取り口付けた。
私は頬が赤くなるのを感じた。
「あ、の、あ、りがとうございます。私も、旦那様と家族になれたらと思います。」
「昨夜も言ったと思うけど、僕のことはエドワルドと名前で呼んでくれたら嬉しい。」
「はい、エドワルド様。慣れるまで、少しかかるかもしれませんが」
それから、朝食をとり、侯爵ご夫妻や侯爵家の執事等に改めて紹介され、国に戻る前の母と付き添いのチェシリー伯、ギルバートおじ様とサロンで過ごした。
父は仕事で国外にいて、参加していない。
「ドリーらしい結婚だったわねー」
母が面白そうにいった。ドリーは私の愛称だ
「お母様が勧めたお話だったとおもいますけど。」
「私、というより、ギルよね。」
「なんかキミにあうなーと思ったんだよね。フィーだって納得したじゃない。」
ギルバートおじ様と、母フィービーは、従兄弟同士だ。共に大公家出身ということもあり、ちょっと浮世離れしている感がある。二人とも大公家には多い金色の髪と青い瞳、肌は白くて、顔立ちはくっきりしている。どうして私にこれが遺伝しなかったのか。
「どういう事でしょうか?おじ様?」
「ほら、ドリーってば苦労性だから。」
おじはまだまだ女性受けする麗しい顔でにっこり微笑んだ。
「いい顔してるよ?悪くないって思ってるでしょう?」
苦労性、というか、私は自分が選ばれない人間だと思っている。または、ちょっと残念、と言うのがいいのかもしれない。
私の髪は、赤毛に近いブラウン。瞳もダークブラウン。ほぼほぼ父の特徴をうけついでいる。上二人の姉が母親譲りであったため、いつも「お姉さまはお綺麗ね」を聞いて育った。 だから、いつからか、自分はどこか駄目なんだ、という意識があった。それでも父側の縁で婚約の話が上がった時には、嬉しくて、顔合わせの日には、色々準備し、着飾って赴いた。だか、相手の目にがっかりした色がみえて、気が沈んでしまった。
それでも婚約は成立し、それなりのお付き合いはしていた。だが、ある日女性連れの婚約者とカフェで出会った。とても親しげで、見たことのない顔で、楽しそうだった。目が合ってしまい、私は動揺したが、彼はいつもの笑顔で軽く会釈をし、そのまま女性とすごした。女性に向ける笑顔と、私に向けるものは全く違っていて、私は頭が真っ白になった。
そして私は婚約を解消した。
婚約者からは、その後も普通に誘いがきた。けれど、あの感情の伴わない笑顔で、儀礼的にエスコートされて、無理だと思った。
「この間の事は、あなたが気にされるような事ではない。」婚約解消の話の場で、彼は少し納得がいかないように言った。
「いえ、こんな地味な私では、華やかなニクラス様の妻はつとまらないと思っただけですわ。」
そう言って、そのまま押し通し、婚約は解消された。
解消したつもりだったが、社交界では、私のわがままで婚約破棄されたとして伝わった。
なんだか色々と面倒になり、私はすこし社交界から距離をおいた。その間に父か仕事で国を開けることが増え、嫁いだ姉が二人目出産後体調が戻らず、伯爵家にしばらく戻る事になり、長兄が結婚し、子供ができ、と実家は慌ただしかった。母を助けつつ、姉や兄夫妻やその子供達とにぎやかにすごしていたら、立派な行き遅れとなった。
「まぁ、ドリーちゃん!あなたもう24歳じゃない!」
姉が婚家にもどり、伯爵家が落ち着きを見せ始めて、母が、現状に気がつき慌てた。焦った母があちこち相談して、持ってきた縁談がエドワルド様との結婚だ。
内縁の妻と子がいるが、年もさほど離れてなく、侯爵家嫡男。デロワでの私の噂をしった上で是非に、と言ってくれていると聞き、承諾した。国も違えば、もと婚約者と顔をあわすこともない、という考えもあった。
絵姿には、あまりこれと言って特徴のない男性が描かれていた。
「ドリーは、子供の相手がうまいから、いいとおもうんだよね。」
そう勧めてくれる叔父も、孫付きで我が家に来るうちの一人だ。姉の子、兄の子がいて、私(と、私づきの侍女ニーナ)という遊び相手がいる環境が大変お気に召したようだ。
「そうねぇ。愛人と子供つきって所は気になるけど、今のドリーなら大丈夫な気がするわ。」
「マイヨール家はね、侯爵家なんだけど、落ち着いた穏やかな家って聞くから、ドリーには合うと思うよ。」
そうして決まった結婚だった。期待するのは怖くて、これは貴族としての義務、とだけ、考えてやってきた。だ
が。
「そうですね。おじさまが穏やかな家、とおっしゃったのがわかる気がします。」
「だろう? 昨日も割とハプニング続きだったと思うけど、見ていて嫌な気にならなかったもの。むしろフィーが倒れた時の君の顔といったら!吹き出しそうになって、こらえるのが大変だったよ。」
「だって、ものすごい状況だったじゃない?ちょっと興奮しちゃって。コルセットを締めすぎのせいね、きっと」
コーフンして倒れたって、お幾つですか!お母様。
それからエドワルド様、侯爵様がいらして昨日の不手際について、母と叔父に詫びた。
そこに来客の知らせがあり、尋ねたところ、エミリア様だった。
「どうしたんだ」
エドワルド様が、慌てた風で対応する。
「エド様、本当にごめんなさい。私急いでプロキアに行きたくて。今日これから出ようと思うの。子供達をお願いします!」
エミリアの後ろには兄のロベルトがいて、子供二人を抱えていた。
「エミリア、落ち着いてなにがあったのか、説明して。」
「プロキアの工房に何かあったみたいで、予定通り出荷できないって連絡があったの。現地も混乱してるみたいで、すぐにきて欲しいって連絡があって。今回王家への納品もあるから。」
「そういうことか。」
「エド、俺もいく。こんな時に本当にすまん。」
「プロキア?もしかしてコルトレースを扱ってらっしゃるの?」
母が、会話に割りんだ。ので、旦那様、エドワルド様が紹介してくださった。
「こちらは、、、妻の母君のテロル伯爵夫人だ。」
「! 奥様、ご歓談中お騒がせしまして、申し訳ありません。 プロキアのコルトレースは、私どもの商会で手がけております。」
「まぁ、そうなのね!素敵なお品物よね。さいきん、デロワでも見かけるようになったわ。」
「ありがとうございます。もともとプロキアの庶民に伝わる端切れの再利用として伝わっていたものだったのですが、なかなか美しかったので、うちで商品化したのです。妹のエミリアが、担当しております。」
「うちのドリーは面倒見がいいから、大丈夫よ。安心して行ってらして?」
新妻の母が、あっさりと、そして侯爵家の方々よりも先にあっ許可をだしてしまった。皆様目をパチクリして驚かれている。ああ、全くもう!
私は座っていたソファから立ち上がり、エミリア様の元に向かった。
「アデリアーヌです。あの、至らない点もあるかと思いますが、責任持ってお預かりしますわ。」
「エミリア・ノートルです。昨日からご迷惑をおかけして、申し訳ありません。アデリアーヌ様のお心遣い感謝します。」
私が旦那様の方をみると私の方へ歩みより、ありがとうと言い、子供達を呼び寄せた。旦那様に抱かれるレティ様と旦那様のズボンを握りしめているベルナール様に腰を落として挨拶した。
「ベルナール様、レティシア様、お母様がお戻りになられるまで、ご一緒しましょう?よろしくお願いしますね。」
「ありがとうございます。奥様.エド。状況がわかったら連絡を入れる」
そういうと、エミリア様とお兄様は、再度礼をしてでていった。
その後母親がいなくなり、泣き出してしまったレティ様をなだめ、子供達の部屋を本邸に設け、そして母とおじを見送り、子供達と就寝前の時間を旦那様とすごし、部屋に戻ってきた私は、やっぱりくたくただった。
寝る前に夫婦の部屋で私はお茶を、旦那様はブランデーを召しあがった。
「あなたは、本当に子供の相手が上手だね」
「実家には、姉や兄の子がおりまして、私はかっこうのおもちゃだったので。お役にたてるなら、何よりですわ。」
「お母上は、ドリーと呼ばれていたね。私も、そう呼んでも構わないだろうか。」
「もちろんですわ。」
少し甘めの紅茶を飲むと、ほっとした。今日もやっぱり初夜なんてむり。延期をお願いしないと、と思っているうちに意識が遠のいた。今眠っては駄目!と思ったが、意識はズルズル落ちていく。
「君が嫁いできてくれて、本当に良かったよ、ありがとう、ドリー」旦那様の声が聞こえて、おでこに何かが、柔らかく触れた。私もです。エドワルド様、そう思ったが声には出来なかった。そして、それを最後に私の意識は途切れた。
旦那様は面白そうに、そして残念そうに、笑いながら私を抱き上げて寝室に運んでくださったこと、昨夜同様抱きしめてくださっていた事を私はしらない。更に、侯爵家の使用人の間で私達の初夜はいつになるか、で賭けがはじまることを私はしらない。
もういくつか、頭にある話があるので、形にできたら、投稿したいと思います