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第2話

 幼子を抱え、傷だらけになった女の目の前が突然開け、見上げるような巨木が現れた。その異様なほどの巨大さに女は息をのむ。下から見上げても、その木の上にあるはずの空の片鱗すら見いだせない。


 カサッという小さな音に、すぐに女は背後を追ってくる存在を意識する。

 まだ、追手からは距離があるはず。それでも、女は慌てて、その巨木の足元にかけよった。この巨木の周辺にはいくつもの大きな石が倒れている。正確には、石を使った柱が倒れて風化した物、だが。ここは古い遺跡の跡のようだった。


「……どこ……入口、入口……」


 女は巨木の幹の周りを触りながら、『入口』を必死に探した。ぐるりと半周をした頃、ちょうど裏側に崩れ落ちた神殿の跡のような物が、巨木に踏みつけられているように残っていた。


 女は、真っ青になりながら、神殿跡に駆け寄る。辛うじて内部に入れそうな入口を見つけると、ゆっくりと中へと入っていく。壊れかけの神殿の隙間から、外からの僅かな光が零れ落ちている。女は幼子を抱えなおすと、左手の指先を前に差し出した。


「灯せ」


 小さな呟きとともに、女の指先にとても小さな青白い光が現れた。その灯りでは彼女の足元くらいしか照らすことは出来なかったが、彼女はその灯りの中、暗闇を進んでいく。


 しばらく進むと、岩のドアが崩れた場所に突き当たった。その隙間に身体を潜り込ませた彼女は、中を見てホッとする。そこには彼女の求めていた『入口』があった。大きな石碑の足元には、畳一畳ほどの大きさの石造りの水飲み場のようなものが、綺麗で透明な水を湛えていた。その底は踝ほどの浅さだ。ずっと放っておかれたはずなのに、そこには苔すら生えていない。

 女は水飲み場に駆け寄ると、その前に白い布で包まれた、眠ったままの幼子を置いた。


「……無事に生きて」


 目に涙をためながら、女は幼子の右手の掌に口づける。唇がふれた場所に、小さな光が瞬く。唇が離れると、そこには火傷のような赤い跡が残った。しかし、痛みがないのか幼子は眠ったまま。


 女はクッと水面に目を向けると、大きく手を開き、ブツブツと祈りのようなものを呟き始めた。額には汗が滲み始め、女の目は必死に水面を見つめ続ける。少しずつ水の色がくすんだ緑色に変わっていく。女はその変化に笑みを浮かべる。


 水の底も見えないくらいに色が完全にくすんだ緑に変わった時、中央に小さな黒い点が浮かびあがった。それがゆっくりと大きくなっていく間、女の詠唱は止まらない。


「ここかっ!」


 突然、怒りの籠ったくぐもった声が神殿の入り口の方から聞こえてきた。

 女は目を大きく見開くと、詠唱の声の力を込めた。それと同時に黒い円が幼子よりも少し大きいくらいまでに一気に広がった。女は幼子を抱きながら、黒い円へと進もうとした時。


「いたぞっ!」

「逃がすな」


 大きな声が背後に迫った。女は後ろを振り返らずに、そのまま幼子を円の中に放り込んだ。


「……っ! 生きるのですっ!」


 幼子の名前を叫ぶ女の背後に、女と同じように白銀の髪に耳の尖った、肌の黒い男たちが駆け寄ると、一人はグサリと女の背中に刀を突き刺し、もう一人は幼子が包まれていた白い布の端を掴んだ。

 しかし、時すでに遅く、その布の中には何も残されていなかった。


「まだ、『入口』は開いている。追いかけて抹殺するのだっ」


 リーダーらしき男がそう叫ぶが、その先に進もうとする者はいない。


「怖気づいたかっ。お前、行ってこいっ」

「ひっ」


 手近にいた手下の襟足をつかみ、円の中に放り込むと、絶叫とともに円の中に入った肉体が消え、黒い煙となって消えていく。


「くそっ!詠唱者が一人のせいかっ」


 男は忌々しそうに、青い血を流し倒れている女を睨みつけるが、これ以上、彼らに出来ることはなかった。男は、伝令役らしき男を呼びつけた。


「急ぎ、都に戻り、誰でもいいから詠唱者を連れてこい」

「はっ」


 男たちの会話に、すでに息も絶え絶えだった女は、カッと目を見開いた。


「宝玉を……消させは……しない」


 そう呟くと同時に、女は最後の力を振り絞って叫んだ。


「四柱の神よ、我が命と引き換えに、業火を持って滅せよっ!」

「何っ!?」


 男たちは女の叫びに振り向こうとしたが、それよりも先に、遺跡の中を一気に炎が溢れた。男たちの叫び声は業火に飲み込まれたが、炎はすぐに消え去った。

 静かな遺跡の中に残る業火の跡は、いくつかの黒焦げの死体だけ。




 水飲み場は相変わらず、透明で綺麗な水を湛えていた。

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