ルイド編 1
ルイド視点のお話です
番のいないワーウルフなんて半端ものじゃないか。
心無い言葉を投げかけられて、何度傷付いたか…もう怒りも通り越して、自分の番はこの世にはいないのだと半ば諦めかけていた。
番を得た知り合いに、どうすれば番に会えるのか?を問えば
「そんなもん、あ~あの人が番だ!としか分からん」
「町を歩いてて目が合った瞬間に分かったよ」
「匂いが漂ってくるんだよ」
「体に触ればすぐ分かる」
皆言う事がバラバラなのだが、ここに行けば必ず会える!という場所は無いらしい。それはそうか、そんな場所があるなら今頃、番の見付からない異種族達が押しかけているはずだ。
まさか世界中を放浪して周る訳に行かないし、オヤジの話では不思議と時期が来れば特に動かなくても引き寄せ合うように巡り合うらしい。
噓くさい…番の出来ない俺に対する慰めのつもりなのか?因みに俺の兄、ギリッドも番が見付からない。40代になっても番が兄弟2人共見付からないなんて、呪いの類ではないかと両親が疑って治療術師に相談したりもした。
「呪いはかかっていません。番がご兄弟共々見付からないのはただの偶然です」
診てもらった治療術師からそう言われ、その後も数人の治療術師に呪いではない、と断言されて流石に両親も納得したらしい。
両親の口癖は
「時期がきたら見付かるはず」
その時期を待ちすぎて、俺は52才、アニキは60才になってしまった。このまま2人共幼獣のまま朽ちていくのか…恐ろしすぎる。
ある日
勤めている冒険者ギルドでいざこざがあり、怪我をして…奴隷印まで入れられて奴隷商人に捕まってしまった。
非常に厄介な術で魔力が練れない。口を開いても言いたい言葉が出て来ない。とんでもない奴隷印だった。食事も取らないで、檻の中で籠城していれば気持ちが沈んで落ち込んでいく。
このまま餓死でも構わないかな…ギルドの仕事は面白いが、番の見付からない空虚さは中々埋められない。もうこのまま死ねばもしかしたら、既に亡くなっているかもしれない番と再び巡り合えることが出来るかもしれない。
意識は朦朧とし始めていた。檻の外から声をかけてくる人間の気配はするが、どれもこれも匂いが臭くて鼻が曲がる。
もういい…このまま放置しておいてくれ…また誰かに声を掛けられたが泣き叫び吠えて…意識が途絶えた時に体が温かい何かに包まれた。
気持ちいい…体中を良い匂いが包む。
目を覚ますとベッドの上だった。近くに人間の気配を感じる。誰だ?ちっ…奴隷印のせいか嗅覚が効かない…部屋の中を見回す。
全体的に可愛らしい装飾だ、これは若い女の部屋だ、急いで立ち上がった。
「ぐうぅぅ…」
体がふらつく…体力が落ちているのか…しかし魔力の方は体の中に潤沢にあるようだ。妙だな…試しに窓に近付いた。鍵を口で外して窓を開けてみた。
家の外周を障壁が貼ってある…障壁の弱い箇所を見つけ、そこから障壁を破って外へ飛び出した。
森へと駆け出したはいいが、想像以上に体力を消耗していた。一駆けしようにも足が上がらない。フラフラになりながら繁みを掻き分けていると後ろから人間の気配が近付いて来た。
「あなたの首には奴隷印が埋め込まれているわ!今は体力も落ちているから、逃げるのなら元気になってからにしなさい!」
若い女の声だった。聞いた途端、体が動かなくなった。奴隷印の束縛魔法だ…体を硬直させたまま声の主の方を見た。繁みを掻き分けて現れたのは、やはり若い人間の女だった。
金色のサラサラの髪に澄んだ空色の瞳…可愛いな。顔を見て真っ先にそう思った。女は笑顔のまま俺に近付かずに地面に膝を突いた。
女は体力をつけて奴隷印を消して…そして元気になってから好きなだけ逃げろと言った。それまでは好きなだけうちに居てくれて構わないから…と。変わった女だ。
物好きだな…おまけにふらついた俺に怯えること無く抱き付いて来て支えてくれた。良い匂いだ…あの部屋のベッドはこの女のものか…甘く優しい匂い…
女は再びあの部屋のベッドに俺を寝かせると世話を焼いてくれた。話かけながら自分の身元を明かしてくれる、治療術師…なるほど。体の魔力が戻っているのは治療してくれたのか…
だが今は奴隷印のせいで嗅覚や聴覚まで鈍くなっていて、いつものように動けない苛立ちで助けてくれた女につい当たり散らしてしまう。
気のせいかこの女の匂いを嗅いでいると、力が抜けてくるのだ。薬術師だし怪しい香でも焚いているのかしれない。
若い女の家に居候をして二日目…リレッタと薬草摘みに出かけている時、近くに複数の魔獣の気配を感じる…狙いは俺か…憑依系の魔物だな。弱っている生き物に憑依して取り憑き魔素を吸う魔獣か…俺に憑依されたら、ワーウルフの本能のままリレッタを傷付けてしまうかもしれない。
そんなリレッタは何も知らずに俺を風呂に入れて無邪気に喜んでいる…なんだこれ可愛い。
俺は魔獣の襲撃を引き付けようと夜中に森に逃げ出した。少しでもリレッタから離れた所に行かないと…
「ぐああっ…っく」
暫く駆けて、山の中腹辺りで全身に引き千切られるような激痛が走った。これが奴隷印の禁術の縛り…マジで痛い。これはマズイ…ここで死ぬのか…そう思った時、またリレッタが追いかけてきた。
リレッタは泣きながら俺に謝っていた。違う…悪いのはお前じゃない、弱い俺のせいなんだ。だからリレッタ泣くな。
リレッタはリレッタで悩みを抱えていた。俺から見ればなんて不用心な迂闊だ!と思ってしまう事をやらかして不逞の輩に狙われているようだ。しかし治療術師を狙う?もしかして…アレが原因か?
兎に角、俺が奴隷印をなんとかしてリレッタを守ってやらないと…そう思うと益々焦ってしまう。
次の日
リレッタから王都に行かないか?と聞かれて冒険者ギルドのことを思い出した。最近リレッタのことばかりに気が取られて、思考が纏まらない。これは奴隷印のせいなのかな…それとも何か他が原因なのか
リレッタにギルドの説明と俺が奴隷印を掛けられた状況を説明していると、リレッタが奴隷印が解術されているのでは…と言い出した。しかし、一部解術が出来ているがよく分からないと言っていた。
リレッタのご両親は有名な魔術師、リコランティス夫妻らしいので奴隷印の解術もしてくれそうなので俺的には物凄く安心した。
そしてリレッタとジャンデ村に行ったのだが…嫌な臭いの人間の雄がいた。こいつらリレッタに発情している!絶対に近付けるものかっ!やっぱりリレッタは不用心だ、あんな発情した雄を側に近付けるなんて…
取り敢えず冒険者ギルドで諸々の手続きを済ませて、ミツマメさんと話も出来たし一歩前進だ。リレッタは異種族の知識があまりないらしく、ワーウルフとドラゴンの生態の違いにいちいち驚いている。
ああ…可愛いな。最近リレッタを見ると舐め回したくなって仕方ない。この感情…何だろう?
折角王都に来たんだから飲みに行こうよ!というリレッタと酒場に行った。リレッタは酔いつぶれてしまい、上機嫌で謎の歌を歌っている。そんな酔っぱらったリレッタを担いで独身寮に連れて帰った。酔っぱらったリレッタは、ルイド君~ルイド君~と言いながら首にしがみ付いてくる。
精神力との戦いだった。
おまけに服を脱ぎだすし!今は若い娘なんだから、慎め!
また精神力との戦いだった。ただ、獣化しているからいいかな?と言い訳をして、寝ているリレッタの体を舐め回したことは一生の秘密だ…
ただその時に気が付いたのだ。リレッタの汗が…甘い?何度もリレッタの匂いを嗅いだ。甘い…ものすごく好きな香りだ。調子に乗ってまた色んな所を舐めてみた。
全身が甘い…舐めれば舐めるほど、体が疼く。そして呼吸が荒くなる……自分の体の変化に戸惑いそして気が付いた。
リレッタに欲情している。その時、雷に打たれたみたいに気が付いた。
俺の番はリレッタだ。
間違いない…!そうだ…リレッタの寝ている横に一緒に寝転んだ。体は疼いて仕方ないけど、今はこの高揚感を噛み締めたい。
ここに居た。
ずっとずっと探して探して…諦めていた番がここに居た。
皆の言う通りだった。勝手に惹かれ合い自然に巡り合うのだ。ペロペロとリレッタの頬を舐める。
ああ…可愛い。この人だ…涙が出てきた…無駄じゃなかった。俺が奴隷印をつけられて捕まっていなければリレッタに会えなかった。今はこの忌まわしき奴隷印に感謝すらしてしまう。
ああ、ワワシュオラ神よ…私にも番が見付かりました。やっと会えました…
翌朝
酔っていて憶えていない俺の番のリレッタは慌てまくっていた。
俺の番が可愛い。もう昨日と全然違う。リレッタを見ると可愛いや愛おしいしか浮かばない。
やばいな、これか…番が見付かると浮かれて正常な判断が出来なくなるぞ、ミツマメさんに言われていたことを今、思い出した。
確かに頭の中はリレッタのことでいっぱいいっぱいになる。
いかんいかん…リレッタに襲ってきた貴族の話をし、そしてドラゴンの万能薬の話をした。これだけはしっかりと説明してリレッタに理解してもらい…そして俺の最愛の人を守らねば。
ミツマメさんに事情を説明し、古代竜に会いに行けと言われた。ああ、会いに行くのはいいけどリレッタも連れて行くの?勿論離れるのはイヤだけど、危なくないかな…
リレッタと家の帰り道
またリレッタに欲情している人間の雄を見かけて、とうとう我慢が出来ずにリレッタに口付けた。
やべぇ…甘い。間違いない…コレだよ。番の味…めっちゃ腰にくるわ。リレッタに番だよ~と伝えたらちょっと慌てていたけど、受け入れてくれた。
人間って感覚で番が判り辛い生き物だっていうから心配していたけど、リレッタは俺の獣化の姿をめっちゃ好きみたいだからな。モフモフ?だっけ…俺もリレッタを触る一生の権利を得たのでそれはそれは浮かれていた。
そしてリレッタのご両親、リコランティス夫妻に会った。なんだか母親の方は妙な圧力を感じる人だった。そしてあっという間に奴隷印を解いてくれた。
めっちゃ優秀な術師だった。流石、俺の番のご両親だ。
ああ…やっぱり奴隷印が解けて良かった。解けた後はリレッタの匂いが一段と強く香る。近付いてリレッタを抱き締めると涙が出そうだ。今日からリレッタは俺だけの『番』になったのだ。
ルイド君は見た目アイドルですが、中身はオジサンです(笑)