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<#00c:天使の過去、その歓待>

 騎士団としては珍しく、馬車を借りて帝都大聖堂へと向かわせた。山岳神殿を訪問予定の二人、大僧正とレグニア=アーケナスがどちらも馬に乗れないためである。

 

 早朝、その馬車が大聖堂裏口に到着すると、間もなく二人とその旅装を担ぐ騎士がやってきて、手早く乗り込み出立した。まるで夜逃げでもするかのような手際の良さだが、賛美派の聖職者に目を付けられ難癖付けられる可能性もあるので、致し方ないことだった。


 レグニア=アーケナスにとっては初めての外出であり、すでに興味深そうに窓の外を気にしている。

 対して、大僧正も短い期間とは言え、大聖堂を開け帝都外に出るのは、就任後初めてのことであった。

自分がいない間の仕事だが、すべて放置する他なかった。もともと量が少ないので、帰ってきてもそれほど溜まっているとは思えなかった。それでもいくつか決済が滞るが、すでに騎士団を通じて根回しを済ませ、なるべく迷惑が掛からないようにしてある。

 こんな時こそ、賛美派が手助けすべきなのだろうが、退廃に耽る彼らがまともな仕事をするはずもなく、代理を立てる事ができず、只々悲しいとしか言いようがない状況だった。


 帝都東門を抜けると辺り一面農地であり、ここよりしばらくは帝都の人口を支える穀倉地帯が広がっている。帝都から山岳神殿までは馬車で3日程の距離があり、その間の道中は大聖堂と神殿からそれぞれ3名ずつ、合わせて計6名の騎士が同行する。一見すると物々しいようだが、これが巡礼における標準的な警備体制である。

 と言っても、それほど危険があるわけではない。人間の領域にいたマモノ達はとうの昔に駆逐されており、今では深い森や山奥にしか生息していない。

 また神殿騎士団の実力は大陸全土に知れ渡っており、盗賊達も巡礼者の列にはまず手出しをしない。

 それでも、教会に恨みを抱く者や、よほど追い詰められた者がいないとも限らないため、こうして警備を厳重にしているのだ。道中の宿場も全て抑えており、比較的快適で安全な旅となるはずである。


 いよいよ街道沿いに進むと、いくつかの丘陵や草原を抜け、順調に日程を消化していく。次第に傾斜が険しくなっていく道すがら、特段二人は馬車酔いにもならず、ゆっくりと変わりゆく風景を楽しみながら旅を楽しんでいた。


 そうして特に問題が起こることもなく、玄関口となる門前町に到着。一泊した後、大僧正御一行は山岳神殿へと出発した。高く険しい山々が連なる中、麓からも神殿までの道が細く長く続いているのが見て取れた。ここからは徒歩の移動となる。神殿までの道は急傾斜となっており、急な階段か、もしくはつづら折りの長い坂道しかないのだ。馬は通れても、馬車は通れない。


 途中、何度か大僧正がへばってしまい、その都度休憩を入れながら登ることになったが、余裕をもって出立したため、多少遅れても問題はなかった。

 一方、レグニア=アーケナスはまだ幼いため、騎士の一人が背負子でもって背負いながら登っていた。

体力の消耗がない分、眼下に広がる景色を楽しみながら過ごしている。

 なお、二人の荷物は、すでに雇っていたシェルパが丸ごと抱えて運んでいた。


 登り始めてから数時間後、ようやく辿り着いた先で待っていたのは、装飾の少ない、重厚感漂う大きな門であった。騎士団の質実剛健な気質を如実に表しており、目立つのは両脇に据えられている巨大な天使像だけだ。

 門前で誰何を交わし、扉が開かれると、中では整然と並ぶ騎士団が威圧的な雰囲気をもってひしめいており、


「「おかえりなさいませ!大僧正様!!」」


と、木霊が返ってくるほどの大音量で出迎えたのだ。それも惚れ惚れするような、綺麗にそろった敬礼付きでである。


「「我ら神殿騎士団一同、大僧正様の『ご帰還』、心より、お待ちしておりました!!」」


 その言葉を文字通り、浴びせかけられた大僧正は思わず顔を引きつらせた。のっけからの『大歓迎』である。


「ダイソージョーさまは、やっぱりすごいおかたなのですね!」


 そんな出迎えに、心なしかはしゃいでいる様子のレグニア=アーケナスは無邪気にそう返した。彼女の言葉にはっと我に返った大僧正は、無様な態度は見せまいと気持ちを持ち直して、歩を進めた。

 すると、騎士団の列は真っ二つに割れ、道を開ける。そんな彼らに大僧正は労いの言葉を掛けながら、神殿の中へと案内された。不思議と静謐な空気漂う廊下を抜け、騎士団長の部屋の前まで来ると、扉の前にはいかつい目つきの見張りが並んでいた。

 そんな彼らが扉越しに一行の到着を告げると、


「お通ししろ」


騎士団長の声が響いた。

 いざ扉が開かれると、極めて威圧的な雰囲気を滲ませながら正面に坐する騎士団長に加え、それを取り囲むように騎士とはまた違う白装束を着込んだ男たちが後ろに控えるように立っていた。明らかに歓迎の空気ではない。


「どうした?遠慮せず入り給え」


 酷く硬い口調で入室を促す。遠慮がちに部屋の中に入ると音もなく扉が閉められ、しばらくお互い無言のまま対峙することとなった。さすがのレグニア=アーケナスも空気に呑まれたのか、 大僧正の後ろに隠れて裾をつかんでいる。

 やがて騎士団長は、傍に控えている男の一人にに目配せすると、男は騎士団長のもとに近づき、何やら耳打ちをしはじめた。



・・・どうやら考え過ぎなようだったか。



 騎士団長は静かに頷くと、白装束達を下がらせる。そこで、ようやく緊迫した空気が和らいだ。


「いや、すまない。本来、値踏みするような真似は無礼に当たるのだが、山岳神殿に入るための通過儀礼みたいなものだと思って許してほしい」


 最初とは打って変わって、柔らかな声色でもって謝罪を述べた。


「彼らは?」


と、大僧正が訝しげに問うた。


「騎士団所属のエクソシストだ。専門家がいるだけでも違うのでな」


 騎士団長は、その言葉だけで区切った。『何故』と言う疑問には答える気はないようだ。明らかに疑られているというのは、大僧正にも分かった。

 しかし、それは仕方のないことかもしれないと思い、追及することは避けた。


「確か前に会ったのは、大僧正として赴任した時だったか」


「ええ、大聖堂でお会いして以来ですな」


「立ち話もなんだ、どうか掛けたまえ」


 騎士団長が促した事で、ようやく二人も腰をかけた。すると、すぐさま用意されていたカップにお茶が注がれた。

 落ち着いて部屋を見渡してみるとと、装飾の少ない単調な、しかし木目を生かした家具を中心に固められており、結果として全体的に調和のとれた雰囲気を醸し出しているのが分かった。まさに清貧派が好む様式だ。

 騎士団長は再度佇まいを整え、まずはレグニア=アーケナスの方に向かって話しかけた。


「はじめまして。騎士団長のバドウェルだ。気軽に『バド団長』とでも呼んでくれたまえ」


「はじめまして、バドダンチョー。わたくしは、レグニア=アーケナスといいます」


「ふむ、『再炎の天使』に肖った名か・・・良い響きだ」


「ありがとうございます。ダイソージョーさまがつけてくださいました」


「はっきりとした良い受け答えだ。ここまでの旅で疲れはないかね?」


「だいじょうぶです」


「それは重畳。おっと、折角用意したのだ。是非とも飲んでみたまえ」


「!・・・あまいのですね!」


「それは『甘茶』と言ってな、聖人祭など特別な日に出されるお茶だ。清貧派と言えども、これくらいの贅沢は許されている」


 そう説明されて大僧正が口を付けると、すぐさま渋い表情を浮かべた。大僧正に用意されていたのは、騎士団達の間で常飲されている苦茶だったのだ。


「言い忘れていたが、生憎と、客人として持て成すのは彼女だけだ。そうでなくては、示しがつかぬのでな」


 その表情を逃さず見ていた騎士団長は、用意されていた台詞を読み上げた。まるでいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべる騎士団長と、大僧正の反応を見比べて気が付いたのか、レグニア=アーケナスはそっと声をかけた。


「あの、ダイソージョーさま。こちらをのんでみますか?」


「おお!ありがと・・・あっ」


 小さな手で差し出された飲みかけのカップを、大僧正は思わず受け取ってしまった。気が付いたところでもう遅かった。騎士団長がいる手前、彼の方を見て数舜硬直したかと思ったら、結局はそれを受け取り一気に飲み干した。


「う、うむ・・・甘いな」


 若干顔を赤らめながらカップを返す大僧正を、騎士団長は目を細めながら見ていた。


「仲が良いのだな。羨ましい限りだ」


「は、はは・・・」


 そうして、しばらくぎこちない歓談を続けた後、おもむろに騎士団長は扉側で控えていた騎士の名を呼んだ。 


「エイレーネ!」「はっ!」


 彼女は呼びかけに即応じ、一歩踏み出し敬礼する。大聖堂分団所属の女騎士で、今回の訪問には無理矢理非番をもぎ取り、同行していた。


「私は大僧正殿と引き続き話がある故、先にシスター・レグニアの案内を頼みたい。見知った者の方が、気兼ねなく見て回れよう」


「畏まりました、バド団長殿!」


 『バド団長』の呼び方はお前には許可していないのだがと思いつつも、その言葉を飲み込んだ。

 案内を任された彼女はさっそく、レグニア=アーケナスに声をかけた。


「シスター・レグニア、お疲れではありませんか?」


「エイレーネさまこそ、つかれてないですか?」


「ふふっ、何を仰いますかシスター・レグニア。我ら騎士団、そんじょそこらの男とは鍛え方が違います故、これくらいなんてことはありません!むしろ誉れですよ!」


と、力こぶを作るように腕を曲げ、アピールした。しかもその間、わざとらしく大僧正の方をチラチラと視線を投げかけるのも忘れていない。

 その視線を受け取って、大僧正は小さくため息をついて『任せる』とだけ呟くと、彼女らは退室していった。


「なるほど。入れ込むのも無理はないというわけか・・・」


 騎士団長は、一人ごちる。レグニア=アーケナスは小さいながらも、端々に気遣いのできる優しさを持っているようだ。団員達が気に掛けるのも、納得と言うものだった。

 一頻り茶を一服した後、騎士団長は傍仕え全員下げさせると、改めて大僧正に向き直り話を切り出した。


「さて、凡そのことは聞いている。あの子がいては話し辛いのでな。外させてもらった」


「ええ」


 大僧正も佇まいを直し、頷いた。


「あの子を見ていて一つ、提案を思いついたのだが、レグニア=アーケナス・・・いっその事、こちらで引き取ってやろうか?」


「それだけはっ!・・・それだけは、ご勘弁していただきたいっ!」


 あまりにも突然の提案に、咄嗟に立ち上がり、絞るような声色で言い返していた。


「仮にも大僧正ともあろうお方が、そのように声を荒げるでない」


 縋るような目つきで見つめてくる大僧正に向かって、騎士団長は宥める様に言い放つ。大僧正は思わず先ほど彼女が座っていた椅子を見ると、しきりに自分の袖を引っ張る姿を幻視した。


「・・・失礼した」


「いや、冗談だ。真に受け取るな」


 その発言に一旦大きな息を吐き出すと、ゆっくり椅子に座り直した。


「だがそれも、あくまでも半分だ。遊び相手を探すのにも窮している状況というのは、決して良いものではない。それに帝都大聖堂は、もはや賛美派の巣窟だ。まさか、このまま不健全極まりない環境で育てて、まともに育つとは思ってはいまいな?」


「それは・・・」「手放した方が、あの子のためになるのではないのか?」


「・・・」


 大僧正は答えられなかった。考えなかったわけではない。問題に目を背け、考えないようにしていた。


「・・・最近は、民衆の不満を抑えるのもなかなか骨でな。騎士の間ですら、不穏な空気が漂いつつある。何が原因かなど言う必要もあるまい。戦争が終わってからこっち、教会の評判が下がり続けているのは知っておろう?」


 騎士団長は席を立ち、窓の外を眺めながら語り掛ける。


「そんな状況下で、大聖堂で育った彼女が恨まれないとも限らんのではないのか?」


 振り返りながらそう問いかけを投げかけた。

 だが、大僧正はただ俯くばかりだ。そのまましばらく間をおいて様子を伺ってみたが、変化がない。


「ならばこうしよう、大僧正殿。貴方も彼女と共に大聖堂を出れば良いのではないのか?」


 騎士団長は今一度椅子に座り直して、別の案を提示してみた。つまり賛美派を裏切れ、と言うことだ。

一瞬、大僧正は騎士団長の方を向いたが、結局俯き直した。拳を握りしめているのか、小刻みに震えている。


「大司教さ、殿には拾ってもらった恩義がある・・・それをお返しするまでは、あの方の元を去るわけにはいかん」


「義理立てするほどの人間だとは思えぬのだが?」


「それは・・・はじめは、決してあのようなお方ではなかった。それが、いつの間にか変わられて、しまわれたのだ・・・」


「貴方を利用するために隠していたとは思わぬのか?」


「・・・」


「大僧正殿。本音で話してほしい。本来ならば共に山岳神殿を治める身、対等の立場だと思うのだが違うか?」


 大僧正は、苦しくて堪らず目を瞑った。それならば、何故自分をこれほどまでに問い詰めるような真似をするのか?

 本音を言え?本当ならば、レグニア=アーケナスと、彼女と共に暮らせれば、それ以上何もいらないと叫んでしまいたかった。

 だがそれは、己の立場、責任、恩義、良心・・・それぞれが足枷となり辛うじて踏み止まらせた。


「大僧正殿。貴方の『正道』はどこにある?」


「・・・我ら神の僕なれば、『正道』を説くに能わず・・・私はただ、神の御言葉に従うまでだ」


「そうか・・・」


 どちらも苦々しい表情を浮かべながら、言葉を交わしていた。大僧正の言葉は、賛美派の常套句だ。己自身の言葉ではない。


 まさか、知らぬわけではあるまい。賛美派が己が利益のためだけに、神の御言葉を切り刻んでいることを・・・。中央から送られてきた今年度版の聖典を見た時は、すぐにでも編纂した者の顔に叩き返してやりたかった。

 だが、その怒りを目の前の大僧正にぶつけたところで何も変わらない。


 騎士団長は大きく息を吐き、これ以上の問答は時間の無駄だと判断した。


「・・・まぁ、いいだろう・・・大僧正がお疲れの様子だ。誰か、部屋までの案内を頼む!」

「はっ!お任せを!」


 備え付けのベルを鳴らし、案内のため騎士を呼び込んだ。

 大僧正は、『この疲労感は一体誰のせいだ!?』という言葉を飲み込んで、やってきた騎士の後に続いて部屋を後にした。

 そして、入れ替わるように入ってきた傍仕えが騎士団長に感想を問うた。


「どう見えました?」


「ふむ・・・色々と揺さぶってみたが、表と裏の顔を使い分けるほどの度胸も器用さもない、良くも悪くも中庸、と言ったところか。だが、賛美派でしかも大司教の紐付きともなれば、無条件での協力は難しいな。こちらに引き込むのもリスクが大きい」


 それが、大僧正に対する現時点での評価であった。


※『女騎士』という言葉が持つパブリックイメージって、怖いよね(ニッコリ

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