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<#03:天使の今、その奇行>

「し、仕事を紹介してやりたいのは山々だが、お嬢ちゃん、昨日揉め事起こしたばっかで誰も組みたがらねぇんだよ・・・」


 目の前にいる困った客に対し、若干まだ怯えの残った様子で酒場のマスターは受け応えていた。


 酒場自体は朝から開いていた。だからと言って、朝っぱらから酒を売っているわけではない。この店は冒険者組合に加盟しており、腕自慢と称するロクデナシども、つまるところ冒険者向けに仕事の斡旋を行っているのだ。

 だが、それも午前中までだ。小さな街であるが故、冒険者の店だけでは生きていけないので、夕方からは酒場を経営しているに過ぎない。

 その酒場だって、冒険者用の依頼がなければ休みにすることもあるくらいだ。


 ゆるい働き方だとは思うが、それでもこれまで特に大きなトラブルもなく過ごしてきたのだ。

 だが、どうやらそれも昨日で終わりらしい。


 問題は突然、何の前触れもなくやって来た。取り合わせが悪かったのか、組ませた相手と不意に口論となり、酒場の前である意味派手にやりやった。結果は一方的だったが、悪目立ちしたことに違いはない。

 その事件の張本人がまさか、昨日揉め事を起こした現場に再度、乗り込んでくる度胸まで備えているとは思わなかったのだ。おまけに、仕事までせびってくる始末だ。


「だーかーら、今、お嬢ちゃん一人に任せられるような仕事は、残念ながらこの酒場には置いてねぇの!どっか別の店で下働きでもすんだな!」


 話はもうここで終わりだ。じっと見つめてくる少女に対し、腕組みしながら、なるべく直視しないようにそっぽ向いて強気に言い放った。酒場のマスター、精一杯の強がりだ。


 そんな態度に対して、少女は「そうですか」と短く答えただけで特にごねるような真似はせず、やっと諦めたかと胸を撫で下ろした。

 実際は、小さな街ゆえ噂はすでに広まっており、下働きでさえ雇ってもらえるかどうかわからないような状況なのだが、そこまで説明する義理はない。

 そんな状況なんだから、さっさとこの町から出てってくれと言うのが、酒場のマスターの本音であった。


 しかし、彼女の話は終わりではなかった。


「では、つかぬことをお伺いします。この町の近辺で、人が住めなくなった荒れ地ってありませんか?」


 懐から取り出した地図をカウンターに広げながら、今度はそんなことを聞いてきた。


「は、はぁ?そんなこと聞いてどうすんだよ!?」


 予想外の質問をされて 思わず声が上ずった。


「人が住まなくなって廃墟になった建物でもいいんです。何か心当たりはないでしょうか?」


 そんなマスターの疑問には答えず、彼女は話を進めた。


「遺跡とかじゃなくて?」「はい」


 酒場のマスターは、まるで二日酔いのような眩暈を覚えた。普通、一攫千金を狙って遺跡漁りをしたいというのであれば、遺跡の場所を聞くものだ。 

 ただ、それも一昔前ならありえた話なのだ。今ではほとんどの遺跡が発見されており、それも軒並み踏破されいるのだ。あとはもう、地図にも載っていないような世界の果てや、前人未到の地にでも行かない限り無理な話だった。

 そして幾らここが辺境の地とは言え、そんな場所は存在しないのだ。


 しかし、それがそうではなく、只の荒れ地や廃墟を探しているのだという。訳が分からない。

 いや、そういう場所に心当たりがないわけではないが、一体何のためなのか、まるで分らない。

 そうしてマスターが返答に困っていると、酒瓶の詰まった箱を持った青年が酒場へと入ってきた。


「マスター、おはようさん!朝の仕入れだよ!」


「おう、いつもすまねぇ。そこらへんに投げといてくれ!」


「あいよ!あっ、これ料金ね」


 仕入れ値の書かれた木札を手渡すと、マスターはこれ幸いとそれに飛びつき、仕入れの代金を用意するために見せの奥へと引っ込んでいった。

 青年は荷物をカウンターのわきに置いて、マスターが戻ってくるのを待っていると、見知らぬ顔の少女に声を掛けられた。

 少女がマスターに向けて尋ねた質問を再度、青年に投げかけると、


「ああ、それなら・・・」


青年は快く応じた。


 彼の話によると、街の少し外れにある小高い場所に呪われた土地があると言う。かつて、そこには小さいながらも教会があり、孤児院も併設されていたそうだが、十数年前に起きた戦争で両方とも焼失してしまったのだ。おまけにそれ以降、亡霊が夜な夜な彷徨うようになってしまい、建て直しも難しい状況なのだそうだ。

 もちろん、何度かエクソシストに依頼したものの、しばらくするとまた復活してしまうようで、今となっては街の人間は誰も近寄らない、曰く付きの場所なのだという。


「街はずれの教会跡ですね。教えてくださって、ありがとうございます。お仕事頑張ってください」


「おうっ!お嬢ちゃんもなんだかよくわからねぇが、頑張れよ!」


 大きな荷物を背負い直し酒場を後にする少女を微笑ましく見送っていると、入れ替わりでマスターが代金をカウンターの上に載せていた。


「ほれ、代金だ」


「毎度あり!いやぁ、かわいいお嬢ちゃんだったね!あの子、どこの子?」


「・・・おめぇ、あの子と話したのか?」


「そりゃぁ待っている間、ヒマだったからね。あれ、なんか悪かったの?」


 嫌な予感がしたマスターは、青年に少女に話した内容を問い質すと、『余計な事を言いやがって』と思わず顔を覆った。その様子に青年は、ただただ慌るだけだった。



 一方、レグニア=アーケナスは地図を携え、件の教会跡を目指し街道を進んでいた。

 日はすでに登り切っており、穏やかな風が街道を撫でるように過ぎ去っていく中、とある男二人組が彼女の後を付けていた。見つからないよう距離を取り、街道わきの草むらに身をひそめながら進むその姿は、さながら犯罪者のようだ。

 しかし、人さらいなどではない。


 この二人組は酒場のマスターの雇われだ。酒場のマスターが気になって、手すきの冒険者に駄賃を払い様子を見に行かせたのだ。すでに結構な時間が経っていたが、行き先がはっきりしているので追い付くのにそれほど苦労はなかった。


 そうして高台に差し掛かると、かつては道が付いていたのだろうが、今はもう草だらけになって分からなくなっているようだ。それでも、目を凝らすと道があったと思しき場所は草が低く、わずかばかり高台の頂上へ向かって筋が見える。それを目印に、少女は登っていくようだ。


 男二人組は、彼女がある程度、登り切るのを待ってから動き出した。勿論真正面からではなく、高台を回り込むよう慎重に頂上へと近づいていく。

 そうして登りきると、例の廃墟が姿を現した。と言っても、ほとんど原形をとどめておらず、一部の壁を残してほぼ土台しか残されていないようだ。それと、さすがに廃墟の周辺は草むらが薄く、見通しが良い。


 二人組はこれ以上の接近は難しいと判断し、少し離れた場所にある深い草むらに潜み、気配を殺して監視することにした。遠巻きに見ていると、すでに背負っていた荷物を下ろし、井戸の傍にある木にロープを括りつけているところだった。


 あの井戸は確か、十数年前の戦争で毒を投げ込まれて以来、使用されていないはずだ。焼失した当時は、使用できないように蓋が打ち付けられていたはずのだが、今は時間が経ち過ぎてすでに腐り落ちているようだ。石積みも、所々崩れている。


 あそこで一体何をしようと言うのか?

 そう思いながら見ていると、少女はおもむろに服を脱ぎだし、下着姿になるではないか!

 今から洗濯か沐浴でもするつもりなのか、だとするならばこれではまるっきり、ただの覗きではないかと、相方とああだこうだ慌てふためいていると、さらに驚愕すべき光景が飛び込んできた。


 彼女がロープを伝って、井戸の中に潜り込んでいくではないか!


 ただでさえ、亡霊が出るような危険な場所なのに、日の光の届きにくい井戸の底がどうなっているか、想像するだけでも恐ろしい。下手をすると上がってこれなくなるのではと、二人は慌てて駆け寄り井戸を覗きこんだ。


「「おーい、大丈夫かーっ!?」」


「大丈夫ですよ」


 男二人の必死の呼びかけを他所に、結構な深さの井戸の底から、なんでもない様子の声で返答が返ってきた。良かった、無事のようだ。

 二人が胸をなでおろしている間にも、彼女はロープを軽々と伝って井戸から上がってきた。


「一体何してんだ、こんなところで!?」


「井戸の底を掃除しています」


「いやいや、水が欲しけりゃ、街の水場を使えばいいじゃないか!」


「別に水が欲しいわけではありません」


「はぁ?じゃぁ、一体何のために・・・」


「それに見世物ではないのです。あなた方は、先ほどからあちらの草むらで」


 少女はその細い指を使って指さした。その方向を、まさかと思って目で追っていくと、直前まで二人が隠れていた草むらだ。監視していた場所をピタリと当てられると、


「しまっ、あっいや、それは・・・しっつれい、しやしたー!!」


 彼女が言い切る前に、二人は走って逃げだしていた。最初からバレているなど、思いもよらなかったのだ。頂上から転げ落ちるように逃げていく情けない姿を見送りながら、少女は水にぬれた革靴をひっくり返した。


 二人は必死に逃げて街道まで戻ったところで、ようやく立ち止まった。

 そして、息を切らしながらも先ほどまでいた高台の頂上を眺めて思い返していた。


 何故、一体どうして、いつバレたのか、まるで分らない。

 二人だって素人ではない。冒険者なのだ。この手のスニーキングも何度かこなしたこともある。だからこそ、酒場のマスターも二人に頼んだのだ。

 しかし、それでもあっさりとバレた。

 そして、あの井戸を掃除する意味や理由は一体何なのか、もはや彼らの理解を超えていた。


 街に戻るまでの間、彼女の訳のわからない奇行をどう報告すべきかと頭を悩ませながら、トボトボと街へ引き返していった。 

 そして、その報告を聞いた酒場のマスターもまた、彼らと同じように頭の中が疑問符で埋め尽くされたのあった。



 昼を過ぎた頃、町一番の商店はそれなりに賑わっていた。

 そんな中、カウンターには番頭と思わしき若い青年が立っており、小難しい表情を浮かべながら唸っていた。

 今朝、酒場へ配達に行った際、一体何が悪かったのか、酒場のマスターの機嫌を損ねたようなのだ。

原因はおそらく、その場にいたかわいい少女に話しかけた事なのだろうが、それの何がいけなかったのか、皆目見当がつかなかった。


 それともう一つ、店主の様子がおかしかったのも気にかかった。今朝、店主の顔を見ると見事なクマが出ており、何か悪い病気にでもかかったのかと心配したのだが、ただの寝不足だとしか答えなかった。

今、店主は仕入れに出ており、しばらく帰ってこない。途中で事故に遭わなければいいなと、不安に駆られながらも青年は店番を続けるしかなかった。


 しばらくするとドアベルが鳴り、反射的に「いらっしゃい」と出迎えた先にいたのは、今朝話したばかりのあの少女だった。少々驚いたものの、その様子を見ていると、少女は一度ぐるりと店内を見渡した後、真っ直ぐカウンターに向かってきた。


「やぁ、こんにちは!また会ったね!あっ、今朝会ったの覚えてる?」


「はい、覚えています。改めまして、こんにちは」


「それで何か物入りかい?探してきてあげようか?」


「はい。鍬とつるはし、それと薪の束2つ、下さい」


「鍬とつるはしね・・・。鍛冶屋に頼んだ方が安く済むけど、いいのかい?」


「はい」


 鍬とつるはしとか、農家でも始めるつもりなのかと疑問に思ったが、客の求めにはすばやく応じるのがこの店の決まりだ。裏手で作業している従業員に声をかけて注文を通すと、待っている間にまた少女に話しかけた。


「ちょっと聞きたいんだけど、君、今朝酒場のマスターのとこいたじゃん?何かあったの?」


「あったと言えば、ありました」


「ふーん・・・あっいや、マスターがさ、えらい不機嫌だったからさ、ちょっと気になって」


「その原因、わたしですよ」「えっ!?」


と、思わず聞き返したところで、丁度裏方から商品が届けられた。


「・・・えーと、鍬とつるはしは、合わせて大銅貨6枚、薪は二つで銅貨6枚ね」


「わかりました」


 代金の受け取りを済ませると、そういえばこれらの荷物をどうやって持ち帰るのか、ふと気になってカウンター越しに覗いてみた。

 すると彼女は、自分の荷物から麻紐を取り出し、素早く背負子に括り付けたかと思ったら、ひょいと軽く持ち上げ直したではないか!

 一体、その細い体のどこにそんな力があるというのか、まるで大した事はないみたいな様子で、おまけに鍬とつるはしまで自分一人で持っていってしまったのだ。


「まいどありぃ・・・?」


 その後ろ姿を呆れながら見送るも、青年は辛うじて礼の言葉を口に出していた。習慣とは恐ろしいものだ。

 そして結局、青年の抱いていた諸々の謎は、ますます深まるばかりであった。



 事の起こりはやはり、昨日と同じく夕方であった。

 見慣れた夕日に見慣れた街並み、いつもと変わらず仕事帰りの労働者が行き交い、街道がにわかに騒がしくなってきたところだった。


 衛兵達が三人の冒険者を抱えらながらも、酒場への道を急いでいた。うち二人は、見た目こそ満身創痍の状態だが、大した怪我はしていないのか、比較的足取りはしっかりしている。

 しかし、残る一人は内臓を酷くやられているしく、口からどす黒い血の泡を吹き出し、息も絶え絶えである。もはや、意識があるのかも怪しい状態であった。溢れたおびただしい量の血が胸から下を染め上げており、衛兵二人が必死で担ぎ上げて運んでいる。


 行き交う人々も、さすがにその様子には小さく悲鳴を上げ飛び退き、次々と道を開けた。街道沿いは一気に修羅場と化していた。



 依頼を受けたのが、3日前だった。

 珍しく近辺にマモノが出没したという目撃情報が入ったため、調査及び討伐を請け負った。装備を新調したばかりで、ちょうど肩慣らしがしたかったのだ。足跡を頼りに居場所を探り、森にいることを突き止めた。油断はなかったはずだ。

 しかし、遭遇したマモノは予想以上に強大な力を蓄えており、猛反撃を受けた仲間の一人が避け切れず、吹き飛ばされた。大の大人があっさり宙を舞い、木に打ち付けられた。結果がこの様だ。


 破れかぶれで放ったマモノ避けが、ヤツの鼻先に命中したのが幸運だった。匂いに悶絶している間に仲間を引きずって、命からがら逃げ帰ってきたのだ。



 ようやく、酒場が見えてきた。酒場の前には、マスターがすでに外に出てこちらを待っていた。彼らの只ならぬの様子を見て、誰かが急いで伝えたのだろう。倒れこむように地面に跪くと、すぐさまマスターが駆け寄って問い質す。


「ヒース、こりゃぁ一体どうしたんだ!?」


「す、すまねぇ、マスター!今すぐ金を貸してくれ!このままじゃ、サッパーが、サッパーが死んじまう!」


「ポーションじゃ手の施しようがねぇんだ!教会に行くしかねぇ!でも、教会に駆け込もうにも、金がまるで足りやしねぇんだ!!返す当てはねぇけど、この通りだ!頼む!!」


「ローマン・・・」


 泣きそうな表情でまくし立てながら土下座を繰り返す彼らを見て、酒場のマスターは思わず言葉を失った。


 そんな悲壮なやり取りをしている間にも、酒場の前は奇しくも昨日と同じく人垣が出来上がっていた。

皆が皆心配そうに見守る中、その後ろから野次馬の一人に話しかける一つの小さな影があった。野次馬がその陰に事情を話していると、『瀕死の重傷』という言葉を聞いた瞬間、大きく深呼吸したかと思ったら、


「『水蜘蛛!』」


足元から何かを吹き出すような音と共に宙を舞ったのだ。忽然と姿を消した影は、呆けた野次馬を飛び越して、空中で身をひるがえす。大きな荷物を背負っているにもかかわらず、まるで羽のように軽い身のこなしであった。

 そして、砂埃を巻き上げ、事件の中心へと降り立った。突然現れた小さな影に、誰もが驚愕で声を出せないでいた。


「そこをおどきなさい!」


 しかし、そんな事お構いなしに涼やかな声を響かせると、衛兵も冒険者も押しのけて、瀕死の男のもとに寄った。


「な、何すんだよ!?」「お、お嬢ちゃん!?」


 誰もが突然の来訪に戸惑う中、唯一傍から見ていた酒場のマスターは、その小さな影がレグニア=アーケナスであると認識できた。 


「一体な、うぉあっ!?」「黙りなさい!」


 彼女は、それまで見せたことのないような険しい表情で声を荒げる。

 そして、有無を言わさぬいよう荷物を放り投げて冒険者に渡すと、彼は重さに耐えきれず潰れるように受け止めるしかなかった。

 間もなく、少女は右手で天を指さし、左手を男の体に当て、言葉を紡ぎ始めた。


『天に召しますは偉大なる神の聖名において、祈り灯携えて、我、今、ここに願わん』


 その声には奇妙なほど迫力がこもっており、誰もその場を動くことができなかった。

 するとにわかに、彼女の左手から極彩色の炎が噴き出したが、しかしそれは男の身を決して焦がすことなく、むしろ柔らかな熱を与えているように見えた。


『彼の者の体蝕む数多の苦痛取り払い、その傷癒し給え』


『再び命の炎燃え上がらせ、彼の者を死の淵より遠ざけ給え』


『おお神よ、御身の御手たる癒しの力、今こそ顕現せり』


 そうして彼女が言い切ると、炎が体に吸い込まれるように収まり、同時に男の顔はみるみる生気を帯びた。程なく2、3度咳込むと、なんと男は意識を取り戻したのだ。


「うっ・・・こ、こは・・・」


「お、おいっ、目を覚ましたぞ!!」


「サッパー!?大丈夫か!?俺が分かるか!?」


「ほ、本物の『奇跡』だ!本物の・・・『治癒の奇跡』だ!」


 衛兵の一人が叫んだ。目の前で起こった出来事に、どよめきが走る。それもそのはず、カネを持っている者はいざ知らず、ほとんどの人間は『治癒の奇跡』を実際見たことがなかったのだ。

 周りが騒然とする中、男は、つい先ほどまで瀕死だったにもかかわらず、ゆっくりと起き上がろうとする。それを見た仲間の一人が、感極まって抱き着こうするが、それは少女によって止められた。


「待ちなさい!傷が癒えたとは言え、血と体力を失っています。今しばらくの静養が必要です」


「ああ、すまねぇ・・・」


 何にせよ助かった事に違いなかった。男三人はお互いの顔を確認しあい、そして大きく息を吐いて安堵の表情を浮かべた。気が抜けたのか、涙さえ見せている。

 そして、治療を施した彼女の方に向き直ると、


「ありがとう!ありがとう!本当に嬢ちゃんは命の恩人だ!もうダメかもしれねぇって、本気で思ってたんだ!」


「ああ、本当にありがとう!俺たちにできることがあったら、何でも言ってくれ!礼がしたいんだ!」


彼女の両手を握りしめて、そんなことを口走った。

 気の抜けたところで、不意にそんな言葉を聞いた瞬間、酒場のマスターは悪い予感に襲われた。


「ちょっとそりゃ、ま・・・」「それでは、今回の治療費なのですが」


 しかし、マスターの制止は間に合わなかった。一見すると柔らかな笑顔を浮かべて、彼女は己の要求を突きつける。

 その後に続く彼女の言葉に、昨日のやり取りを目撃した者たちは皆、『ああ、やっぱりな』と遠い目をするばかりであった。


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