<#00a:天使の過去、その裏側>
レグニア=アーケナスは、己が家族を知らない。
最初から肉親の影も形もなかった。本当の父の顔も、本当の母の顔も分からない。覚えてもいない。
ただ周りには大僧正をはじめ、騎士の者たちしかおらず、家族と言えば騎士団そのものに等しかった。
レグニア=アーケナスは、己が出自を知らない。
生まれた場所がどこであるかなど分かるはずもない。物心ついた時には、すでに帝都にある大聖堂の保護下にあったのだ。
そして、何故かそこまでの経緯すらも不明だった。誰に聞こうとも、誰もが『女神様の思し召し』、としか答えなかった。
レグニア=アーケナスは、己が名前を知らない。
今あるこの名も、大僧正が過去に存在した聖人や天使に肖って付けた名だ。
もしかすると本当の名前があるやも知れぬが、それを知るものは誰一人として存在してはいなかった。
そうしてレグニア=アーケナスは、己を問うことをやめた。
まだ幼いはずのレグニア=アーケナスはしかし、周りが不気味に思うほど己の境遇を受け入れていた。
まさに天涯孤独の身ではあったが 寂しいとは一言も漏らさず、また夜な夜な涙でベッドを濡らすようなこともなかった。
幸運なことに騎士団の皆は優しく、だが同時に厳しかった。
それでも、必要なものは最低限満たされている事を、彼女は確かに理解していた。
朝の奉仕として、日課である大聖堂正面の広場の清掃を騎士団と共に行う。
黙々と働く騎士団を尻目に、早朝とは言えかなりの数の平民がせわしなく行き交い、それぞれ仕事に向っていった。
ここは大陸東側の覇権を握る帝国、その中心地であり、大陸最大の人口を誇る大都市だ。
そして、その帝都中心にほど近い場所に聳え立つのが、帝都大聖堂である。
一般公開されている礼拝堂は金銀宝玉でもって彩られ、祭壇には白銀に輝く女神像や天使像が据えられており、扉をくぐった瞬間、誰もが目をくらませるだろう。
参列者が座る長椅子も、黒檀に金縁の装飾が施され、床には足が軽く沈み込むような厚みの絨毯が敷き詰められている。
そして高い天井を見上げれば、写実的な壁画が一面を覆い、それが巨大なシャンデリアによって煌々と照らし出されているのだ。
もちろん窓も、手の込んだモザイク画のステンドグラスとなっており、柱には緻密な刺繍の施されたタペストリーが掲げられている。
外観も精緻な彫刻の刻まれた白亜の石が積み重ねられ、内装も贅の限りを尽くしたこの建築様式は、まさに賛美派の好むものであった。皇帝の住まう城でさえ、ここまでの贅沢はかけないだろう。
今まさに、教会の権力は頂点に達しており、気が付けば王権神授説のもと、大陸に存在するあらゆる国の王は教会の許可なくして玉座に就くことを許されなかった。
今でこそ安定しているが、ほんの十数年前までは大陸の東西を問わず戦争が絶えなかったのだ。
そこに付け込んだのが教会で、『神の奇跡は遍く人々にもたらされるべき』との教えのもと、王侯貴族をはじめ、敵味方の関係もなく治療の奇跡を振舞い、治療費を毟り続けた結果、莫大な富が集まる事となった。
さらには、そのカネを戦争で疲弊した各国に貸付を行うことで政治にまで介入できる状態を作り出すことに成功する。
そしてついには、影の支配者として大陸に君臨するにまで至ったのだ。
奉仕の帰り際、騎士団たちは大僧正の出迎えを受け、共に長い廊下を突き進む。足早にだ。
この廊下を通るたびに、大僧正はレグニア=アーケナスの目や耳を塞いだ。朝だというのに、嬌声がそこかしこからドア越しに響き渡るからだ。
それを知ってか知らずか、彼女も大した抵抗もせず大人しく従っていた。
もうすぐ朝餉の時間だが、直に食べきれないほどの豪華な食事が賛美派の聖職者達がいる部屋に持ち込まれることだろう。彼らのほとんどが贅沢太りに陥っており、部屋を覗けば肥満で脂ぎった醜い姿を晒すに違いなかった。
大僧正は自分も賛美派に属するとは言え、子供の教育にすこぶる悪い環境に気が気でなく、彼らとの接触はなるべく避けたいのが本音であった。
また、騎士団の面々も苦虫を噛み潰したかのような表情を隠そうともせず、できることと言えばなるべく食堂へと急ぎ移動することだけだった。
教会では、すでに腐敗が蔓延していた。あまりにも富と権力が集中し過ぎたために、裏では享楽に耽る聖職者が後を絶たなかったのである。
そもそも、聖職者には結婚が認められていない。
しかし、それを『責任を取る必要がない』と曲解し、あまつさえ逆に利用して肉欲の限りを貪っていた。
教会の名のもとに様々な手簡をもって連れてこられた乙女たちは、何も知らされず聖堂の奥へと連れ込まれ、それを彼らは何の躊躇もなく毒牙にかけたのだ。
年を取って衰えたり、飽きたり、あるいは子を孕んだり、要は邪魔になれば適当に金を持たせ放逐した。後は知らぬ存ぜぬだ。
そんなことを聖職者が平然と繰り返していた。
乙女たちの中には、精神を病むもの、世を儚み、自ら命を絶つもの、それどころか嬲られ過ぎて命を落とすものさえいる。
だが今の教会では、人殺しでさえ正当化される。如何に声を荒げようとも、参るべき人のいない墓が帝都の外に一つ増えるだけで終わるのだ。
堕落、怠惰、強欲、退廃・・・。
この世の地獄とは、まさにここにある。
そんな中、表では何も知らない敬虔な信徒が祈りを捧げるのだ。その姿は、もはや哀れを通り越して滑稽にすら映った。
大僧正は、己を顧みることのない彼らと、そしてそれを止めることのできない気弱な自分も同罪なのだと自覚していた。いつか下されるであろう神罰を恐れて、己の精神を保つためだけに、日々の祈りを欠かさずにはいられなかった。
人を救うべき立場である自分が救いを求めるなどお笑い草だと、騎士団に向けて皮肉を漏らすほど追い詰められていた。
それから何事もなく食堂につけば、賛美派からすればみすぼらしい、平民からすれば贅沢な食事が用意されていた。彼らは決められた通りにそれぞれの席へと着き、大僧正の言葉を待った。
今から長い食前の祈りが始まるのだ。
大僧正の声に続いて、騎士団達も復唱する。一言一句間違えることは許されない。全て暗記だ。大僧正にとっては最も緊張すべき一瞬である。
赴任したての頃は、いや、もともと期待していなかったのか、間違ったり詰まったりしても、騎士団たちは見て見ぬふりをした。
目下の者に気を使われた事は大僧正にとって、彼女に話せない恥ずべき過去の一つである。
そうして料理が半ば冷めはじめる頃になってようやく祈りを終え、食事となる。食事は大僧正、騎士隊長、上級騎士、下級騎士と順次目上の者からが手を付ける決まりだ。
勿論、レグニア=アーケナスは最後になる。
量も品数も全体的に控えめ目だ。本来おかわりなど存在しないが、育ち盛りの彼女に騎士たちはこぞって分け与えていた。
大僧正にとっても、騎士団にとっても、彼女の存在は数少ない癒しであり、現状唯一の希望とも言えるものだった。
かねてより教会は、賛美派と清貧派の派閥に大きく二分されていたが、今の教会の隆盛は賛美派のおかげということもあり、その力関係は大きく崩れていた。
大僧正と呼ばれるこの男は、レグニア=アーケナスの実質的な育ての親である。賛美派ではあるものの、大人しく気弱な性格が災いして半ば左遷されていた。宗教指導者としての肩書こそ立派だが、その実、形骸化した役職であり、実際の立場は低い。
清貧派である東の山岳神殿の神殿長に任じられたのも決して栄転などではなく、賛美派である大僧正を送り込み清貧派の力をそぐ意味合いであり、賛美派からの政治工作の一環であった。
本来、山岳神殿に赴任すべきなのに、ずっと帝都大聖堂にいるのもその関係だ。
一方、騎士団は清貧派に属する。というか、清貧派の支持母体が騎士団やその出身で固められていた。
本来、東の神殿騎士団の総本山は山岳神殿にあるが、帝都における拠点として大聖堂の一角を間借りしていた。各地に宣教に赴く宣教師などを護衛する使命を帯びている彼らが、いちいち山岳神殿から出立していては効率が悪く、修業を積んで騎士に任じられた後は、それぞれ各地の教会施設に派遣されるようになっているのだ。
以前は神殿騎士団と言えば、教会という組織の中でも憧れの存在であったが、現在では賛美派の利益を守るためだけの暴力装置に成り下がってしまっていた。
また、装備の質を維持するためにもかなりの金銭が必要なのだが、財布も賛美派に握られており、表立った発言が難しい状況に追い込まれていたのだ。
騎士団たちが行っている清掃などの下働きも、本来大聖堂を仕切る賛美派の聖職者がすべき事なのだが、放置されているのを見かねた騎士団が気弱な大僧正に直訴して押し切る形で代行しているにすぎない。
時には、食い物にされている乙女に騎士団が手を差し伸べることもあったが、その後乙女に待っていたのは賛美派による酷い折檻だった。
それを避けるには秘密裏に手助けするしかなく、結局満足な援助が難しいのが現状であった。
いっそのこと、実力で排除すべきなのかもしれないが、そうなると神聖なる大聖堂に少なからず血が流れるだろう。なによりそれは騎士団の戒律に反する行為であり、騎士団としても実に歯がゆい思いなのだ。
今の清貧派の間には閉塞感が渦巻いており、また同時に強い不満が燻ぶっていた。
大僧正は、レグニア=アーケナスの教育と訓練を一旦騎士団達に任せ、己にあてがわれた執務室へと向かった。部屋に入れば、机の上にはそれほど多くない量の書類しか載せられていない。
決済すべき書類が少ないのは、いつものことだった。平民からの嘆願など、賛美派が面倒でカネにならないと思った案件だけが大僧正には回されていた。
また騎士団に関する書類も、全て山岳神殿にいる騎士団長が決済しており、神殿長という肩書ながら手を付けることはできなかった。
よって、さしたる時間もかかることなく仕事を終えることができ、かといって結構な間が空いてしまうのは困りものだった。
以前は空いた時間で読書や神学の追求などを行っていたが、最近は彼女のことを考える時間が増えたように感じていた。
レグニア=アーケナスは、もしかすると他の聖職者と巫女との間にできた子なのかもしれない。はじめは単なる拾い子か、捨て子と考えていたが、違うのかもしれない。
だが、それを問い質すことは憚られた。彼らも赤子を手にかけることはなけなしの良心が咎めたのかもしれなかったが、その真実を知れたとして、誰も幸福にはなれない。
突如として、大聖堂の上役から赤子を押し付けられた。それが彼女との出会いだ。本音を言えば、自分も誰かに押し付けたかった。
だが、腕に抱えた彼女が天使のような笑顔を見せた時、何故か救われるような錯覚を覚えたのだ。
何にせよ、その時、自分には育てる以外の選択肢は用意されていなかったと感じてはいる。まさしく『女神の思し召し』というわけだ。
問題はその後だった。大僧正とは言え、所詮しがない聖職者に過ぎず、結婚もできない身ともあれば、子育ての右も左もわからなかったのだ。賛美派の聖職者たちが子育てに手を貸すなどあり得るはずもなく、結局頼れそうなのは清貧派の騎士団だけであり、やむを得ず彼らの手を借りている。
これも押し付けなのではないかとも思ったが、騎士団達は嬉々として取り組んでいる様子を見ると、
ほっと胸をなでおろすと同時に情けない話だとも思えた。
いつも何も知らないのは自分だけであり、常に教えを乞わなければならない状況は苦々しく、赤子である彼女と一体何が違うのかと思うと、なけなしのプライドが擦り減る音がした。
こうなってしまったのも元を正せば賛美派のせいであり、彼らへの憤りを禁じ得なかった。
しかし、自分にできることと言えば、退廃に耽る彼らが、一刻も早く病魔に冒されて早死にすることを願う事だけで、そしてそんな考えこそ、なんと罪深いことかと思い直し、かぶりを振るのだった。
世の理を乱すとして 神は病魔を治す奇跡はお与えになられなかった。その事が唯一の救いなど、馬鹿げている。
一方、食事を済ませた騎士団達は、大聖堂の裏庭に場所を移し朝の訓練に励んでいた。騎士の位を授かったからと言って、それは始まりに過ぎず、いついかなる時でも訓練を疎かにすることは許されてはいなかった。『日々の鍛錬こそ、神は見ているのだ!』と、騎士団長から嫌と言うほど脳髄に叩き込まれているのだ。
それに訓練がひと段落すれば、幼きシスター、レグニア=アーケナスが水の入ったコップを差し出してくれるのだ。否が応にも、気合いが入るというもの。
さらに言えば訓練を終わらさなければ、彼女の教育係りを勤めることはできない決まりとなっている。
そのため、中にはいち早く終わらせて教育係りを独り占めしようとするものすらいるぐらいだ。
今や彼女の存在は、騎士団にとって天から降り注ぐ一条の光なのだ。
突如として大僧正が泣きわめく赤子を抱えてきた時は、一体何事かと騒ぎになったが、いざ聞いてみれば子育ての仕方が全く分からなかっただけであり、普段物静かな団員も思わず失笑を漏らした。
騎士団達は、直ちに手分けして必要なものを揃えた。ヤギの乳をもらってきたり、そこらの乳母を捕まえてきたり、おしめ用の清潔な布を調達してきたりと、兄弟の多い団員などは子育てを手伝った者も多く、何をどうすればよいか、よく理解していた。
それに数こそ少ないが、女性団員も所属しているのだ。彼女たちは、実に面倒見が良い。
騎士団が様々な出身の者達を抱えていたのが功を奏した形だ。
夜泣きにも備えてローテーションを組み、交代で見守った。もともと騎士団は、不寝番の訓練もこなしてきたのだ。高々赤子一人の面倒など、苦にもならなかった。
そしてその様子を、大僧正は複雑な表情しながら眺めていた。
賛美派から送り込まれた大僧正は気弱で威厳がなく、なぜこのような男が賛美派なのかと訝しんだこともあったが、賛美派にとってもあると便利な駒の一つに過ぎないのだ。
騎士団にとっては、余計な口出しをしないだけでも、ありがたい存在であった。
そんな大僧正は賛美派とは言え、今の状況を憂うだけの善性を持っているのが実に不思議であった。
時折、思わず漏れ出る愚痴から、その人となりは騎士団も理解しており、不倶戴天の賛美派とは言え、彼個人を憎むほどではなかった。
レグニア=アーケナスを膝に座らせ、聖典を読み聞かせる時など、実に父親らしい顔つきを見せる事さえあるのだ。
大僧正と騎士団は、レグニア=アーケナスの健全な教育という点で一致しており、もはや両者を隔てるのは派閥の違いだけとなっていた。
この世の地獄と化した大聖堂にあって、彼女の存在はそれだけ大きく映っていたのだ。
何人かの団員が訓練を終え、彼女の指導に当たろうとしていた。大の大人たちに交じって、必死に小さな木剣を振るう姿は、実に微笑ましいものがある。
そんな様子を見ながら騎士団の誰もが、彼女の健やかなる成長を神に祈るのだった。