サキュバスとマーメイド
「アザレアただいまー、終わったよー」
「おねーちゃんっ!おかっ、おかえりなしゃ~い!」
アザレアはすぐに駆け寄ってきた。
やっぱり泣いてたのね。
顔が濡れてるよ。
「よく我慢してお留守番できたわねー、偉いよアザレア♪」
「ふえぇぇぇん!」
「よしよし。もう大丈夫だから、泣くことはないよ」
ナデナデ
「…ぐすっ……うん……」
はー可愛い、このまま抱きしめて一眠りしたいよ~。
まぁ外であんまり待たせちゃ悪いし、アザレアを落ち着けて向かうとしますか。
「アザレア、実はね、あのお魚から出てきた人がいてね、外で待ってもらってるの」
「ふぇ? おねーちゃんが助けたの?」
「んー、まぁ助けたことになるのかな。お腹から出てきたときはびっくりしたよ」
丸呑みされる人もそうそう居ないし、そもそも食べられて生きてるのも凄いし、あの2人は運が良いのか悪いのか……。
「それでね、今からその人達とお話するんだけど、アザレアもおいでよ」
「うん、一緒にいく。でも先にお顔洗いたいの……」
「おっけー、じゃあキッチンで洗っていこっか」
キッチンにある水でアザレアの顔を洗い流した後、コップ4つにお茶を入れて、外へ向かった。
外に出た私達を迎えたのは、サキュバスとマーメイドの驚愕に満ちた顔でした。
「え? おねーちゃん? この人達どうしたの?」
「さ、さぁ……あの、おふたりとも?どうしました?」
カチコチに固まってる2人の前に腰を降ろした私とアザレア。
丸太テーブルも用意して、お茶を出しておいた……んだけど……。
その間、2人の顔はずっとこちらを見ていた。
なんか怖いんですけど………。
……というかアザレアを見てる?
「あのー………」
おかしな2人に声を掛けると…。
「か…かか……」
か?
『かっわいいぃぃぃぃぃ!!』
「ぴゃぁっ!?」
いきなり同時に叫んだ! なにごと!?
「なんですのこの子!? こんな可愛らしいアルラウネ初めて見ましたわ!!」
「や~ん、お人形さんみたいなのです~! お近づきになりたいのです~!!」
サキュバスさんは立ち上がってアザレアに駆け寄り、マーメイドさんは立つのが難しいので座ったままクネクネして叫んでる。
うんうん、アザレアは超可愛いよねーその気持ちよ~~~く分かるよ。
………っておい!
「そこまでーっ!可愛いのは分かるけどお触り禁止ですよー。戻ってくださーい」
私は急いでアザレアからサキュバスさんを引き剥がす。
「あーん、アルラウネちゃ~ん」
サキュバスさんは残念そうに剥がされた後、渋々座り直した。
「もー、この子が怯えちゃってるでしょう。さっき色々あって不安定なので大人しくしてください」
そう言って、サキュバスさんに怯えて震えるアザレアを撫でて落ち着かせる。
「も、申し訳ございませんわ……」
「ごめんなさいです……」
やれやれ……。
「ようやく落ち着いてお話ができるようになりましたねー。お昼過ぎからバタバタしててもうヘトヘトですよ。ふふっ」
なんだか疲れ切った自分に苦笑しながら、お茶を一口。
「重ね重ね申し訳ございません……せめて魚の処理を手伝うことが出来ればよかったのですが、いろいろ驚きすぎてしまいまして………」
「私は陸上では役に立てないのです……」
まぁ自分たちの食料の為にやってた事だし、そんなに気に病む事はないんだけどなぁ。
「おねーちゃん、おつかれさま。今日はもうゆっくりして欲しいな」
「あ~ん、ありがとぉ~♡ 本当はこのまま寝たいのー♡」
アザレアのナデナデ攻撃と優しい言葉に、ついうっかり正直に言ってしまった。
「うっ…羨ましいのです……」
「うっ…羨ましいですわ……」
なぜかサキュバスさんとマーメイドさんがハモりながら私を恨めしそうに見てくる。
おねーちゃん特権ですよーだ。
「ま、疲れたのは本当ですけど、助けた相手を放置ってのは流石にしませんよ」
座り直し、気を取り直して2人を見て自己紹介をしようと……。
「ではアタシ達から自己紹介をさせて頂くと致しましょう。ドロシー様はその間、ゆっくりなさってくださいまし」
「ですね」
先に言われた。まぁここは有り難くお言葉に甘えよう。
「ドロシー様とは少々面識がございますが、名乗るのは初めてとなりますわね。アタシはメルルーナ・ジェイドルク、見ての通り、夜魔族のサキュバスですわ」
そういってサキュバスのメルルーナさんは悪魔の羽を広げた。
「はぁ~夜魔族の方だったのですか」
「えっ、気づいてなかったんですの?」
お魚のお腹の中から一緒にいたマーメイドさんは、メルルーナさんの種族は分からなかった様子。
まぁ分からなかったというよりは、知らなかったんだと思うけど……。
「あ、はい。海の中には夜魔族の方は住んで居ないので初めて見たのです」
ほらね。
「いや、まぁ、それはそうですわね……。仕方ないですわ」
メルルーナさんは困った顔で納得した。
地上に生きる者の殆どは海中で生活することは出来ない。
だからマーメイドさんは他の種族に会うという経験は皆無の可能性がある。
もしかしたら『夜魔族』という言葉を知ってるだけでも運が良いのかもしれないね。
それよりもメルルーナさんの名前で気になる事があった。
『ジェイドルク』って……。
「メルルーナさん、貴女の家名ってもしかして……」
私の問いに、メルルーナさんは微笑みで答えた。
「流石ですわね。でもここで聞かせて差し上げたいようなお話ではございませんの」
そういってメルルーナさんはアザレアをチラっと見た。
なるほど納得。
250年程前、領主の娘が魔法で夜魔化して飛び回り、王族から貴族平民奴隷の男どころか犬猫の雄まで、片っ端から襲い続けたという。
その結果、大規模な家庭崩壊騒動が勃発し、国が崩壊。
発端である領主の娘は何処かへ消えたと言われている。
そんな恥ずかしい意味で歴史に残る領主の家名が『ジェイドルク』。
もちろん娘に襲われたおかげで家庭崩壊し、社会的に復帰できず、いつの間にか国ごと滅んでいたという。
で、目の前にいるのが夜魔化した領主の娘ってわけね。
見た感じ20歳くらいの美女。興味本位で夜魔化しちゃったらそりゃヤりたい放題だよ。
その事件が起こった頃からはずいぶん落ち着いているようで、今は問題無いっぽい。
こんな話、幼いアザレアには聞かせられないもんね。
「気になるのです、どうやったら聞かせてもらえるのです?」
事件を知らないマーメイドさんは気になるご様子。
「そうねぇ……仲良くなったらそのうち教えて差し上げますわ。水棲族のお友達って今までいませんでしたの」
「ホント!? 私も地上のお友達は初めてなのです!」
「それでは次は貴女の事をお聞きしたいですわ」
メルルーナさんはかなり自然な感じで自己紹介をマーメイドさんに繋げた。
さすが元貴族、かなりのやり手だ……。
「私の名前はミラ! 水棲族のマーメイドなのです」
友達が出来るということで、なかなかテンションの高い自己紹介が始まった。
「地上に来たのは初めてで、実はすっごく興奮してるのです」
「あら、ということはアタシが第一地上人でしたの?」
水棲族は基本的に海の底で生活するから、テンション上がるのは当然だよね。
「そうなのです!初めて見た時は鱗もヒレも無くてびっくりしたのですよ」
おぉ……これはアザレアとは違う意味でというか、正真正銘の無知なのでは……。
「た、確かにそうですが……ミラさんは地上についてお勉強とかなさいませんでしたの?種族の違いなどは───」
「おべんきょう………ってなんなのです?」
「え゛っ…………」
ミラさんの余りの言葉に、メルルーナさんはギギィっと顔をこちらに向け、どういう事?的な視線を送ってきた。
まぁ理由は知ってるけどもね……。
「メルルーナさん、私達が勉強をする時は、どうやってします?」
「それは本を読んだり、学んだ事を書いたり……」
「それではその本を持って海底で読むことはできますか?」
「…………ぅ………。成る程、理解しましたわ………」
メルルーナさんはがっくりと、そして完全に納得した。
水中には様々な知識を詰め込んだ『本』というものを持ち込むことは不可能な為、地上にある知識や常識は、海には殆ど存在しないという事を。
そしてそんな社会だから、ミラさんは海中で見聞きしたことしか知らないという事を。
「友達の私達がいろいろ教えてあげないとね、メルルーナさん」
「そうですわね、ドロシー様」
仕方ないけど……といった感じで、私とメルルーナさんは顔を見合わせて苦笑した。
「本ってなんなのです?」
まぁきっと何も知らない本人は、新しい発見に喜ぶだけだろうね。