何でもとは言ってない
「ここが私達の寝床だよ」
「へぇーなんか色々置いてあるねー」
住む部屋がこことキッチンしか無いから、どうしても不必要な道具や失敗作などを置くことになる。
まだ倉庫とか作る程でもないから構わないんだけど。
「おねーちゃん、あの草はなーに?」
「あぁ、あれは私とムニエルのベッドだよ。いつもはあの上で転がって寝てるの」
森を進んでる時に雑草が大量に手に入ったから、寝るのも結構快適になってたんだよね。
ムニエルの分も作ったら、毎晩使うほど気に入ってくれた。
「そっかー、ニンゲンは転がって寝るんだったね」
アルラウネは転がれないから鎮座して寝るという。
抱き枕に出来ないのか、残念。
「うーん……それなら……これで……」
アザレアが草ベッドを凝視して、なにやら真剣な顔でブツブツ呟いている。
どうしたんだろう?
「アザレア?」
「………」
聞こえてない……なんだか分からないけど真剣だし、待っててあげよう。
しばらくして───
「あっ! ごめんね、おねーちゃん! 退屈だった?」
我に帰ったアザレアが慌てて、座って待ってた私の元へ寄ってきた。
私はその間、アザレアの真剣な横顔をじっくり堪能。ゴチになりました。
「ん、平気だよ。何か考えてたみたいだけど、もういいの?」
「うん! ばっちりだよ!」
何かしてた訳じゃないのに自信満々だなぁ。気になる。
「なんだか分からないけど、何かやるなら手伝おっか?」
「ううん、大丈夫。任せて!」
なんだろう。大人しく楽しみにしてた方が良いような雰囲気。
「じゃあ楽しみにしてるね」
頑張ろうとしてるし、何も言うまい。
ニコニコしてるアザレアの手を取って、次はキッチンの案内だ。
「ここはさっき朝御飯を作ってた場所だよね?」
「そうだよ、食べ物を置いたり作ったりする場所なの」
外の焚き火で焼くだけだったあの頃が、すでに懐かしい気がする。
「料理をする時は火を使うから、アザレアは特に気をつけてね」
「火……気をつける……うん」
さっきまでの元気から一変して顔色が悪い。やっぱり火は怖いのね。
こればっかりは植物としての本能だし、仕方ない。
「大丈夫よ、料理は私がやってあげるから」
「えっ、いいの?」
「いいのいいの、アザレアには他に出来ることをお願いするから」
人には得手不得手というものがあるから、無理に不可能な事をやらせるのは良くない。
まぁ、1人の時はそんな事言ってられなかったけどね。
「うんっ、頑張る」
やる気は十分だし、安心して任せられるのはやっぱり畑かなー。
あとは………。
「おねーちゃん、あの水場の横にあるお部屋はなーに?」
アザレアはそう言って、昨日急遽作った部屋を指した。
「ああ、あそこはお風呂場なんだけど、まだ使えないの」
「おふろ? 体洗う所のこと?」
「興味あるの?」
「うーん、おねーちゃんと一緒なら大丈夫だと思うけど、熱いお湯に長く入ってるとふやけちゃう気がするの」
一瞬、茹で野菜を思い出した。
「じゃあ長くなければ大丈夫ってこと?」
「うん、少し入ったり浴びるくらいなら平気だよ」
「そっか、じゃあお風呂が出来たら一緒に洗おうね」
「わーい!」
おねーさんが丹念に洗ってあげよう、デュフフ…。
私が一人で悶々としていると、アザレアがお風呂場の方に近づいていった。
「どこまで出来てるのかなー? 早く洗いっこしたいなー」
あ、マズイかも? 今お風呂場にはアレが………。
「ひゃっ!?」
お風呂場を覗いたアザレアの悲鳴。あ、ちょっと引いてる。
あちゃー……。
「アザレア!大丈夫!?」
顔を見ると、緑色の頬がかなり濃い色になっている。
あ、これ人間での『顔が真っ赤』に当たるやつだ。
「あの、おねーちゃん……これ、その……」
うおお!? めっちゃ恥ずかしそう! 滾る!
──じゃなくて。
「えっと…なんて言ったらいいのか……」
一体どう説明したらいいんだろう。
貴女の体液です?アザレア汁です?
困ったぞ……。
「これって……あのその……蜜……」
顔を真緑にして俯きながら、声を絞り出そうとしてる。
そういえば以前会ったことがあるアルラウネも恥ずかしそうにしてたなぁ。
そうなると、アザレアが恥ずかしがってるポイントは……。
私はアザレアの逃げ道を無くすように、壁を使って挟み込む。そして耳元で一言。
「これはアザレアが出したとっても甘い花蜜よ」
カァァァァァ
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
首から上を思いっきり濃い緑色にして、両手で顔を隠すアザレア。
あぁ、いいわぁ。
わざと『アザレアが出した』事を強調して言ったけど、大正解のようね。
あまりに可愛いので思わず頭ナデナデ。
「もう! おねーちゃんのバカバカバカぁ! いじわるぅ!」
ごめんねー、お詫びにぎゅーってしてあげるからねー。
おっといけない、鼻血が。
案内しながらキャッキャウフフしてたらお昼になっていた。
楽しすぎるのが悪い。
「アザレア、お腹空かない?」
「んー、よく分かんないけど、お腹がキュッてなってるような…」
よしよし、ちゃんと空腹を感じるようになったのね。
「それじゃあ、お昼御飯にしよっか」
「…………うん」
あらら、さっきの事でちょっと拗ねてらっしゃる。
機嫌を直してもらうにはー……。
「ね、アザレア。さっきのお詫びにまた食べさせてあげよっか?」
「はぅ?」
「ホントはスプーンとか使って慣れて貰おうと思ってたんだけどね、さっき意地悪しちゃったお詫びにアザレアがして欲しいって思う事をやってあげようかなって」
アザレアの為なら何でもしてあげたいのよー、なんでも。うふふ。
ってそれはさておき、良い子過ぎるのは流石に心苦しいよ。
「ん〜〜……」
アザレアが悩んでる間に、朝作ったスープの残りを温めておこう。
そういえば一緒に食べる為のテーブルとか欲しいなぁ。
後で作ろう。
チラリとアザレアの方を見ると、私の方を見て考え込んでいる。
なんだろう、真剣な眼差しが突き刺さる……。
「アザ──」
ジーーーッ
口を開いた瞬間、視線の圧が強くなった。
え?何?私の顔に何か付いてる?
なんか前のめりで真剣だから怖いんですけど?
アザレアは喉をゴクリと鳴らすと、何か決心したように頷いた。
何を思いついたのやら。
「さぁ、スープ温めたよ、私はどうしたらいい?」
「う、うん。本当にアザレアの言うこと聞いてくれるの?」
基本的に大人しい子だからね、私への要求を言いづらそうにするのも無理はないかな。
少し手伝ってあげるか……。
「じゃあ練習。『スープ食べさせて』って私に言ってみてよ」
「あ……ぅ……、おねーちゃん……スープ、……あの……食べさせて…ちょうだい?」
はいよくできました。
「どうぞ。お口あーんして」
「あー……はむっ」
はあぁ……可愛い子に食べさせるって幸せ……。
「どうだった?」
「おねーちゃんが本当に言う通りにしてくれたの。ドキドキしたぁ」
よーし、ドキドキついでに教育でもしておきますか。
「今みたいにやりたい事、やって欲しい事があったら言うのよ?」
「言ったら何でもしてくれるの?」
「全部は無理よ、アザレアだって私に『火を付けて』って言われても出来ないでしょう?」
「うん……」
物分かりが良すぎるのは良い子の証拠だけど、その主張の無さは不幸だと、私は思う。
「私はもっとアザレアの事が知りたい。だから少しくらいワガママになって頂戴?」
アザレアがこくりと頷いた。
「よろしい。じゃあ本当に私にやって欲しい事言ってみるといいよ。何か思いついたんでしょ?」
「……うん」
「遠慮なくどうぞ。これはさっき意地悪したお詫びなんだし、なんだってやっちゃうかもよ〜♪」
アザレアの初めての『ワガママ』が楽しみで仕方ない。
この良い子は一体何をおねだりするんだろう。
「あのね───」