施設を案内しよう
「おはよう、アザレア」
「おはよーおねーちゃん!」
はぁ、朝から癒やされる。
アザレアに名前を付けた後、私達2人は花びらを背もたれにして一緒に寝た。
可愛いお人形を抱っこして寝る気分だったわ。
「さて、朝御飯にしようか」
「あさごはん? そっか、ニンゲンゾクは食べ物が必要なんだよね」
「そゆこと。さ、一緒に食べましょ?」
「え? アザレアは御飯食べたことないよ?」
そうだよねー。
妖花族は、名前を持つ前は植物に近い。
光合成、土の養分と水分を吸収する事で今まで生きてきた筈。
逆に名前を持った後は人に近いという性質を持つ。
これからは光合成や吸収に加えて、摂食で生きる事も可能になったという事。
人間からすれば不思議な種族よねぇ。
「今日から食べれるようになったんだよ。大丈夫、まっかせなさい」
「う、うん!」
不安そうな顔も可愛いなぁ♪
さて、アザレア初の朝御飯だし、スープにしようかな。
お魚を小さく切って、昆布と塩で整えた簡単なだし汁に入れて少し煮込む。
その間に野草をざくざく切って、アクを取った鍋に放り込むだけ!
結構お手軽。
「これがごはん?」
アザレア用にスープを小さいボールに入れてある程度冷ましておいた。
不思議そうにスープを見てる。
「食べさせてあげるね、はい、お口開けて~」
ちょっと歪んだスプーンで飲ませてあげた。
うはぁ、たまんねぇ♪
「水と違う味がするよ。草とかも入ってるし、これがスープ?なんだか不思議~」
「大丈夫?草とお魚も食べれてる?」
「うん、変な感じだけど、もっと欲しい」
大成功!
今日のところは、この1杯を私が食べさせて、そのまま私も朝御飯。
いつもより美味しく感じるなぁ。
さて、同居人増えたし……。
「ムニエルー! ちょっと来てー!」
海岸の側でくつろいでるムニエルを呼んだ。
今朝もお魚を獲ってきてくれてたんだよね。
生け簀にはいつもより1匹多く泳いでた、ホント気がきくなぁ。
そのムニエルは私の目の前まで来ると、私とアザレアを交互に見はじめた。
いつも思うけど、キミ賢すぎないかい?
「とりあえず、今朝もお魚ありがとね」
ムニエルの体を撫でて本題。
「新しい仲間を紹介するね。この子はアルラウネのアザレア。昨日森の中に居たのを連れてきたの」
撫でられていた姿勢を正してアザレアを見るムニエル。
「アザレア、この子はムニエル。いつも海からお魚を獲ってきてくれるの」
「う、うん、よろしくね、ムニエル……」
ん?
「もしかして怖いの?」
「えっあっ! 違うの! 初めてで、人じゃなくて、分からなくて、えっと……蛇さんで……」
だんだんアザレアの声が小さくなっていった。
うん、おっけー理解した。私も貴女の可愛さの破壊力が怖いよ。
ムニエルを手招きして、アザレアの横に佇ませる。
「ほら、何もしないから体を撫でてあげて」
「……うん……」
アザレアはビクビクしながらも、ムニエルの体に手を添える。
不安そうな顔でムニエルの顔に視線を向けると、返事をするように目を閉じて頭を傾けてた。
うーむ、なんてイケメンな蛇なのかしら。
気づいたら、アザレアの目からは警戒の色が消え、今はただボーっとムニエルのことを見てる様子。
『美しい大蛇と花の少女』か、捗るなぁ。
っといけないいけない。
「アザレア、もう大丈夫?」
「うん、よろしくね! ムニエル!」
ムニエルが頷いた。
「よしよし。ありがと、ムニエル。もしかしたら必要なお魚の量増えちゃうかもしれないけど、そういうのって平気?」
大きく頷きながら尾を丸めてフリフリしてる。『まかせとけ』か。
ここ数日で少しずつだけどムニエルの意思表示がわかるようになってた。
ペットと同じで言葉が無くてもなんとかなるもんだねー。
「じゃあ任せるよ、無理だったり必要な事があったら教えてね。私の方はアザレアの面倒見ながら出来ることやってるから、拠点付近にいることが多くなると思うよ。ムニエルも気が向いたら私と一緒に行動してくれてもいいからね」
ムニエルって単独で動く事が多いから、日中は海か浜辺付近でのんびりしてる。
私の生活にお魚を提供してくれてるだけでありがたいから、好きにしてもらってるだけなんだけどね。
今度して欲しいことが無いか聞いてみようかな。
ムニエルからの意思疎通が私に通じにくいのが難点だけど。
私から一方的に何か言ってるようで、ちょっと悲しい。
「よし、紹介したし、まずはアザレアに案内するとこからかなー」
案内するほど設備とか無いけど……。
小さな住処だけど、一緒に住むんだからちゃんと教えてあげないとね。
ムニエルはいつの間にか家の上に昇って寛いでいた。
なぜそこに…? 別にいいけど。
「じゃあアザレア、順番に見ていこうね」
「はーい」
「まずは目の前のこれ、水場よ。上に海水を入れて、飲める水にしてからこの下の部分に貯めておくの」
「はぇ~、綺麗なお水だねー」
おおぅ、まさかの妖花族からのお墨付きを頂きました。
「これは使ったり飲んだりする水だから、アザレアも好きな時に飲んでいいからね」
「ほんと!?やったー!!」
サバーン!んぐっんぐっ
「ぅおぉぁっ!? そんな頭突っ込んでワイルドにっ!」
アザレアを引き上げてから、コップや桶の使い方をみっちり教えることになった。
なんかこの後もこんな感じの事が起きるような予感がする……。
「おねーちゃん、ここは?」
「ここは最近作った小さな畑よ。食べることができる草を育てようと思ってるんだけど…」
まだ成果は出ていない、始めたばっかりだし仕方ない。
「ふーん?」
アザレアが興味深そうに畑を見ている。
「私って植物を育てるのに慣れてなくって、いろいろ試そうとしてたんだけど。何か気になる?」
「うん、この子とこの子はこれで育つんだけど、あの子はちょっと無理かなぁ。それでね────」
びっくりした。さすが植物由来の妖花族といったところかな。
「す、凄いねアザレア。どれくらいの植物の育て方がわかるの?」
「えーっと、草と木と花ならほとんど……かなぁ?」
天然植物博士だった。
「おねーちゃんは食べるための植物が欲しいの?」
「そうだけど……あ、もしかして植物を食べるのって嫌だったりする?」
この子も半分植物だし、まずいことしたかな?
「ううん、平気。アザレアも植物は食べるよ」
問題なかったようだ。
「えっとね、ニンゲンが食べて平気な植物だったらきっとわかるよ」
「本当!?」
何この子超有能なんだけど!?
森の中に一緒に行ったり、一緒に畑で食べたいもの育てたり出来るじゃない!
「もぉ~なんて頼りになる子なの~!」
思わず頬ずりしながら頭をナデナデしちゃってた。
「えへへ~♪」
当の本人は嬉しそうに笑ってる。はぁ、幸せ。
「ここはトイレって言うんだけど、アザレアには不要なのかな」
続いてトイレの紹介…なんだけど、妖花族が排泄するという話は聞いたことがない。
さすがにその事を話すには、今日始めて食べることをしたアザレアには難しいかもしれないね。
「トイレ? 知ってる! ここでおねーちゃんがウン──」
「チェストオオオ!!」
ズボッ
私は急遽、トイレの入り口の木を1本引き抜いた。
「ぴゃっ!? どうしたのおねーちゃん!?」
「ふっ、なんでもないわ、突然運動したくなっただけよ」
うむ、我ながら謎フォロー。
「アザレア聞いて? 女の子には言うことが出来ない言葉があるの」
「言うことが出来ない?」
「そう、美少女たるアザレアがその言葉を言おうとすれば、必ず邪魔が入るでしょう」
「な、何で?」
意味が分からなすぎて困惑している。まぁ当然よね。
私がこの世の何処にいようとも全力で発言の完遂を阻止するし、私が居なくてもきっと何かが起こる。
宇宙の理には抗うことはできないのだ。
「怖がらなくても大丈夫。言えない事が起こるだけで、危ない事なんてないからね」
「うん、わ、わかった…」
分かればよろしい。
「で、話を戻すけど、私がここを使うのは普通として、アルラウネの貴女が使うかは分からないのよねー」
「そうなの? アザレアもここ使えるよ?」
「あら本当?どういうこと?」
アザレアの知識によると、妖花族には排出用の根があるらしい。
口から摂取したものは自身への栄養になり、不要な分は下半身の花で処理し、根から地中へと養分として還されるそうな。
他種族と暮らす中で土が無い場合のみ、トイレを使う必要が出るとか。
おぉぅ、謎は全て解けた。
しかもセルフで肥料作れるとか何それ、農家にとって神以外の何者でもないじゃん。
今の私も拝みたいわ。
それにしても、各所の妖花族と暮らしてる家がいつも草ボーボーだったのはそのせいだったのか……。
「アザレアって凄いのね」
「え?うん?そうなの?」
わかってない様子。まぁ、畑が出来れば自分の凄さが実感出来るだろうね。
「ま、いいわ。アザレアはトイレ使っても使わなくてもいいから、もし何か困ったら教えてね」
「うん!アザレアもおねーちゃんと一緒にしたいし!」
……?
「したいって、何を?」
「ウン──」
「どっせーい!!!」
ズドン!
私はずっと持ってた木の壁を元あった地面に思いっきり挿した。
「はにゃあっ!!」
「アーザーレーアー? 今の絶対わざとだよね?」
「……ごめんなさい♪」
ちょっとだけ申し訳なさそうに、このいたずらっ子は舌をペロッと出してウインクした………。
──どうやらこの宇宙の理にも私は抗えないようね……。