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昏き宮殿の死者の王【Web版】  作者: 槻影
第二章

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第十五話:逃亡

 痛みを忘れ、ひたすら夜を駆ける。

 目標の街などはない。ただひたすらカイヌシから遠ざかる事だけを考える。


 一度立ち止まり、一通りの治療は行った。センリの容態は多少安定していた。毒などを受けていなければ死にはしないはずだ。

 だが、身にまとった祝福は変わらない。ぶ厚めのローブで包んでも、僕の受ける痛みは全く変わらなかった。だが、立ち止まっている暇などない。

 

 僕にはタイムリミットがある。既に輝く月は真上に達していた。後数時間もすれば夜明けが来る。そうなれば、僕は陽光をなんとかしてやり過ごさなくてはならない。


 数ある吸血鬼の弱点の中でも最大の弱点は、太陽なのだ。

 あの恐るべき吸血鬼狩りがその弱点を突かないとはとても思えなかった。


 穏やかな草原を駆け抜け、視界に大きな黒い山が入る。

 山中の方が身を隠すのに最適か――もしかしたら、洞窟が見つかるかもしれない。今の状況だと、センリが目を覚まさない内に朝が来たら……アウトだ。外には魔物だって生息しているのだ。


 だが、山も危険がないわけではない。山には山の魔物がいる。それも、草原や荒野などに生息する魔物とは異なる知恵ある魔物だ。中には人語を解し、己の王国を作っている種もいるらしい。


 自然界の君臨者、魔物の王――俗に言う、魔王と呼ばれる存在だ。彼らは人と敵対し、人間の街の外に広い縄張りを持ち多数の魔物を配下にしている。御伽噺に登場する敵の中で、半分は死霊魔導師とアンデッドだが、もう半分はそういった魔王である。人の持たぬ力を持ち、人とは相容れないルールで生きる、油断ならない存在だ。


 この近くには魔王はいなかったはずだが、彼らは人間の都合なんてお構いなしなので勢力を広げている可能性もあるし、新たな魔王が現れる可能性だってある。


 足を動かしながら考える。しかし、葛藤は数秒だった。僕は進路を山に変えた。


 戦うのならば吸血鬼狩りよりも魔物の方が勝率が高い。何より、木々が生い茂り直射日光を遮ってくれる山中ならば太陽が出た後も限界まで活動できる。食べ物だって、山の中の方が豊富だろう。火を起こすのも、平原より山の方が目立ちにくい。


 ただ、生き延びる事だけを考える。少しでも可能性の高い方に行く。夜の結晶はちゃんと懐に入っている。


 夜の山、緩い傾斜を駆け上がる、道はなかった。だが、枝葉や藪程度で僕に痛みを与える事はできない。

 水の匂いを追っていく。魔物はほとんど現れなかった。数度すれ違ったが、僕に襲いかかる事はなかった。


 もしかしたら、野生の本能で僕との力量差を感じ取ったのだろうか。意識のないセンリを食らうというメリットを、僕と戦うというリスクが上回ったのか。吸血鬼狩りのように弱点を突かずに、吸血鬼にかなり近い身体能力を持つ僕を倒すのは至難だろう。


 藪を踏み越え、ただひたすら獣道を進んでいると、腕の中にいるセンリが不意にその目を薄く開いた。

 力なく、紫色の瞳が僕を見上げる。


「エ……ンド…………?」


「ッ……よかった……本当に」


 できれば祝福を切って欲しいのだが、そんな余裕はないだろうか。もしかしたら、祝福が彼女の傷を癒やしている可能性もある。

 まぁ……いい。僕はまだ我慢できる。しっかり落とさないようにセンリを抱えると、僕は更に速度を上げた。



§



 結局、僕が立ち止まったのは小さな渓流の近くだった。


 夜は間もなく明ける。いつまでも走っているわけにもいかない。

 センリをそっと地面に下ろすと、ふらつきながらも自分の足で立ち上がった。痛みが消えてほっとする。


「何時間……眠っていた?」


「一晩は明けてない」


「…………嘘」


 センリが頭を擦り、大きく服をまくりあげて自分の腹部を確認する。月明かりに照らされた白い肌は少し神秘的だ。

 アルバトスに空けられた傷跡はほとんど残っていなかった。血もしっかり拭き取られている。


 センリがお腹を押さえ、唖然としたように言う。


「……服が変わってる」


「着替えさせたんだ。いつまでも血を流しているセンリを抱えたら僕が我慢できなくなりそうだった。下着は脱がせてないよ」


「…………どうして、傷が治っているの?」


 センリの受けた傷は深かった。どんな攻撃を受けたのかはわからないが、布で強く押さえつけたところで止まるようなものではなかった。頭の傷だってそうだ。僕はそうせざるを得なかった。


 平静を装い、答える。


「…………舐めたんだ。別に、我慢できなくなったわけじゃない」


「…………」


「ほら、噛み跡ってすぐに消えるだろ? だから、吸血鬼の唾液には傷を癒やす力があるのかなーと……それに、流れる血も、ちょっと勿体なかったし…………センリのためだった」


 官能的な体験ではなかったかと聞かれれば、イエスになる。

 服を脱がせて意識のないセンリの肌を、傷跡を舐め取るのはそりゃとても気持ち良かったし、多少の興奮はあった。だが、それだってセンリのためにやったことなのだ。それに、僕の力も、牙を突き立てた時程ではないが上昇した。一石二鳥の策だったのである。


 僕の予想通り、腹の傷はすぐに塞がった。流れた血は恐らく再生していないので絶対安静だが、窮地は脱したのだ。


「もちろん、舐めた後は水で洗い流したよ。僕の魔法が早速役立ったってわけだ」


「…………」


「牙を突き立てたりはしていない。治らなかったら……突き立てるつもりだったけど」


 なんか言い訳すればするほど墓穴を掘っている気がする。

 センリはしばらくジトッとした視線をこちらに向けていたが、小さくため息をついて、服を下ろした。白い肌が隠れてしまう。


「ありがとう、エンド……助かった」


「いやいや、お礼を言うのは僕の方だ。また必要になったらいつでも言ってよ…………ならないのが一番だけど」


 流れた血は甘かった。保存した血や死体の血を飲んでも衝動は収まらないと聞いていたが、どうやら流れてすぐならば話は別らしい。


 膨大な魔力にものを言わせ、無理やり無属性魔法を使う。

 まだ学びはじめて数日だが、魔法の扱いもだいぶうまくなっていた。僕の持つ魔力は一般人と比べてずっと多いので、練習できる回数も多いのだ。これならばすぐに生活に困らなくなるかもしれない。


 ちらちらとしょぼい火の粉が舞い散り、それを利用して葉っぱに火をつける。煙が風に流れていく。


 ぽつりとセンリが言う。その小さな拳が強く握られている。


「油断した……あのアルバトス、呪いつきだった」


「呪いつき?」


「貴方の、亜種みたいなもの。吸血鬼ほど強くはないけど、代償と引き換えに力を手にする、恐るべき相手」


 確かに、テーブルを片手で軽々と投げつける様は明らかに異常だった。アルバトスはあまり身体が大きくないし、腕も細かった。筋肉があるようには思えない。

 なるほど、その特性は確かに吸血鬼の僕に似ている。僕の身体はもうちょっとごつごつしているが、テーブルを片手で投げつけられるような筋肉があるようには見えない。


 だが、代償がなんだかは知らないが、カイヌシと一緒に吸血鬼狩りをしているのだから吸血鬼ではないのだろう。

 そして、事情はどうあれセンリに重傷を与えたのも間違いない。


「逃げるのが……精一杯だった。不甲斐ない」


「終焉騎士は闇の眷属を狩るのが専門だからしょうがないよ」


 慰める僕に、センリがむっとしたように僕を見返す。首元を擦って言う。


「…………エンド、貴方が血を吸いすぎたせい。力が、出なかった」


「!? センリが良いって言ったんだろ。心配だからちょっと多めに吸っていいって」


「吸いすぎ。嫌だって言ってるのに……しばらく止めてくれなかった」


 センリが僕に責めるような目を向ける。


 久しぶりの首からの吸血だったのだ。僕は酒を飲んだ事はないが、あれが酩酊というものなのだろうか。

 首だけの時は味わっている余裕などなかったのだが、今回は何もかもが違った。充足感や快感も桁外れだったし、そんな事を言っているセンリもあの時はとても気持ち良さそうに身を震わせていたのだ。

 嫌だとも言ってなかったよ……「やっ」とは言ってたけど。


 途中でしっかり止めたのだから、許して欲しい。もう一回吸いたい。


「次は…………負けない。エンドが、沢山血を吸わなければ勝てる」


 訓練の時も少し思ったが、センリは負けず嫌いのようだ。

 懐から、小指の爪の先ほどの大きさの夜の結晶を取り出し、言う。


「次の機会なんてしばらくは来ないよ……『夜の結晶(ナイト・クリスタル)』は手に入れた。後は身を潜めればいい」


「……そう。でも、隠れるにしても、場所は選ばないと……彼らは、負の気配に頼らない追跡術を身につけているはず」


 問題はそこだ。彼らが僕をどうやって追ってきたのかはわからない。

 もちろん、正体を隠しきれているとは思っていない。僕はともかくセンリの姿は特徴的だし、夜に入ってきた者に絞って探せば僕たちまでたどり着くのは不可能ではないはずだ。


 だが、カイヌシの行動はあまりにも早すぎた。相当距離を離していたはずなのにたった数日で部屋まで突き止めるとは、尋常ではない。

 こちらも普通に逃げていただけでは駄目だ。


 迷いはある。恐怖だってある。だが、決断に時間を掛けてはいられない。

 センリの体力を一刻も早く回復させねばならない。ずっと山の中で過ごすわけにもいかない。

 僕は真面目な顔を作ってセンリに提案した。




「生前の家を……頼ろうと思うんだ」



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