「お大事に」
なんで、俺がこうなってるんだ?
病院のベッドの上で、真っ白な天井を見上げながら自問してみる。答えは出ない。どこで間違ったのか。“手順”は、全て完璧だったはずなのに。
「小林さん、お加減はいかがですか?」
首を動かしてドアを見る。
ダメってわけじゃないが、期待したような白衣の天使ではないベテランって感じの看護婦さんだ。
「痛み止め、打ってくださいよ」
他に言うこともなくて、痛むってわけじゃないんだが、石膏で固められてるせいで余計に身をよじりたくなる左半身の感覚を切ってもらおうとそんな声を上げるも「朝打ったばかりじゃないですか」と、あっさりと却下されてしまう。
時計を見れば十時半。
まだ、昼食にさえ早い時間だ。
「暇で死にそうだ」
事故で、左腕も左足も左の肋骨もイっちまってるせいで、ゲームも出来なきゃ本も読めない。テレビはもともと期待してなかったけど、動作も見飽きてきた。
入院三日目。
ギブスが取れるまではまだまだ掛かる。その前にボケそうだ。
「後遺症は残らないんですから、縁起でもないこと言わないでくださいよ」
幸か不幸か。
そんな慰めを聞きながら、俺は頭の上に無事な右腕を乗せて、薄く目を瞑った。
なんで、俺が入院してるんだか。
予定通りなら、クラスの気に食わないチャラ男の三人がこうなるはずだったのに。
都市伝説なんて、所詮当てになりはしないってことなんだろうが――。
なら、なぜ俺がこうして夏休みをベッドで過ごす破目になってるんだ?
始まりは、一学期の期末試験後のクラスの噂話だった。答案の返却と答え合わせなんて、だるい消化試合の中、成績は出尽くしたのか、教師もおざなりにしか注意しない教室。
誰が言い出したのかは覚えていない。
しかし、誰もがどこかで聞いたことはある。そんな都市伝説。
スマホに【つぶやいやー】のアプリをいれ、適当にアカウントを作る。名前も、アイコンもヘッダーも、本当になんでもいい。噂の中には、それらを指定している場合もあるけど、それらは便乗商法だって聞いている。
そうして作ったアカウントで、五つの凍結済みのアカウント――死垢に向けて、順番に呟き掛けるのだ。
最初の一つ目には、不幸にあわせたい人物の名前をフルネームで。
二つ目には、不幸に会う日時。
三つ目には、不幸の種類。
四つ目に、不幸の結果として、対象がどうなるのか。
五つ目が、対価になにを差し出すのか。
ありがちといえばありがちで、馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しい。
しかし、その程度のことで嫌なやつが不幸になるのなら、ダメ元でも手を出してしまうものだろ?
実際問題として、来年に高校受験を控えているんだし、ガキの頃みたいに取っ組み合いの喧嘩をするわけにもいかない。いや、そもそもが、三対一だ。運動は得意でも苦手でもないから、相手にならないだろう。しかも、あの三人は馬鹿だから、喧嘩売ったら加減してこないだろうし。
呟き掛けるアカウントも、その順番も、複数人から裏を取ったし、動画サイトで実際に試してみて、上手くいった……もしくは、怪奇現象がしっかりと写ったと主張されているものを選び、慎重に慎重に調査を進め――。
確信を持って、俺はそれを実行した。
三人の名前、夏休みの最初の日付、交通事故、大怪我。対価には、怪我に相応の金額と記した。
夏休みだし、もし上手くいくようなら、盆の小遣いを適当に近くの神社の賽銭箱に入れるつもりでいた。
最後の呟きを終えた時、スマホが一瞬フリーズして……通知が鳴った。でも、通知欄を確認しても、なにも表示されていない。メッセージも連続して届いているのに、確認すればなにもなし。
怪奇現象が起こった決定的瞬間に、全てが上手くいったと確信していた。
これで、俺の好きな女の子は、あのバカ連中と夏に遊びに行くことは無いと……。
綺麗だけど派手な感じの女子で、ごく無難な俺にチャンスは無い。
それでも、男ってやつはやっぱり単純で、好みの容姿だから諦めるに諦められずにいたんだけど――。惚れた女子が、嫌いな奴と付き合う姿なんて見たくない。
精一杯の仕返しは、しかし、人を呪わば穴二つ、のような結果をもたらしていた。あわよくば、あの三人が事故で、暇をもてあました彼女と運命的な、なんて野心の塊だったのが、逆に笑えてしまう。
あーあ、と、良い事なしの中二の夏に、やさぐれた気持ちで適当にテレビをBGM代わりに流していたら、四十五分になって唐突にニュースが始まった。
……日に発生したひき逃げ事件の続報です。……県警は、……に乗り捨ててあった乗用車から、容疑者を。
左半身がまともに動かせない俺を世話していた看護婦さんの表情が不意に曇り、リモコンに手を伸ばしたので。
「あ、これ、俺のニュースか。いいっすよ、観ておきたいんで」
気を利かせて変えようとしてくれてるんだとは思ったけど、どうせこの時間なんてどの局も代わり映えしないんだから、そのままでいいと伝える。
看護婦さんは、でも、と、渋っていたけど、結局は諦めた様子で、リモコンを元の場所に戻した。
改めてニュースに視線を向ける。
『容疑者は無免許運転の未成年で……、危険運転……罪の適応をめぐって……、少年法の改正を』
はぁん、親の車を乗り回すような馬鹿に俺は当てられたってわけか。
面白くもねぇ。
と、そこで、モザイクが掛かっていたけど、どこか見たことのあるような校舎が映り――。
『なお、運転していた少年とその同乗者は、逃走中に速度超過で事故を起こしたようで、二人が依然意識不明の重態であり、事情聴取はまだ先との――』
言葉に詰まって、看護師さんを見る。
「加害者も、お若いのにねえ」
そういう、ことじゃない。
すっと、冷たい手が背中に差し込まれたような悪寒が這い上がってきた。四人って、まさか、あの三人と好きな子が出かける際に……。
俺は、怪我しか祈ってない、そもそもあの娘に関してはなにも。
『加害者は、元々素行に問題が合ったようで……』
でも、アナウンサーが伝える過去は、間違いなくその四人のことで。
「キミも、お盆も実家に帰れないで辛いだろうけど、二学期には元通りなんだから安心おしよ」
盆小遣いが対価でこんなことは……。
もしかして、俺以外にもあの噂に手を出してる人間がいて、その相乗効果ってことなのか?
驚愕で固まっている僕の耳に、部屋を出る看護師さんの声だけが響いた。
「お大事に」