季節の女王
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
「冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない」
~冬の童話祭2017プロローグより抜粋~
お触れは国中に出されました。
それを見た人々は、冬の女王と春の女王を交代させようと、塔に集まってきました。
「どうして冬の女王様は塔から出てこないのだろう」
「どうして春の女王様は塔へやってこないのだろう」
人々はいっぱいいっぱい考えました。
何日も何日も考えました。
気がつくと、みんなに雪が降り積もっていました。
「これではいけない」
旅人が雪を払って立ち上がりました。
「冬が終わらないと私たちも雪の中に埋もれてしまう。そうだ、私が春の国に行って春の女王様を連れてこよう」
旅人はそう言うと、春の国へ旅立っていきました。
残った人々は旅人を待ちました。
何日も何日も待ちました。
気がつくと、みんなに雪が降り積もっていました。
それでも冬の女王は下りてきません。
春の女王も現れません。
「そうだわ」
歌い手が雪を払って立ち上がりました。
「私の得意な歌で楽しくしましょう。冬の女王様はきっといっしょに歌いたくなって塔から下りてきてくださるわ」
歌い手はそう言うと、楽しそうに歌いました。
冬の厳しさとその中の温もり、春の暖かさと楽しい気分。
人々もいっしょに歌いました。
歌に合わせてみんながワイヤワイヤと踊ります。
輪になったり手をつないだり、はしゃぎまわってワッハワッハと笑いあいます。
「ああ楽しい。楽しすぎてお腹とおしりがひっくり返ってしまいそう。こんなに楽しいのにどうして冬の女王様は降りてこないのだろう。春の女王様は現れないのだろう」
何日も何日も歌いました。
気がつくと、みんなに雪が降り積もっていました。
それでも冬の女王は下りてきません。
春の女王も現れません。
「ようし」
料理人が雪を払って立ち上がりました。
「私の得意な料理を作りましょう。冬の女王様はきっといっしょに食べたくなって塔から下りてきてくださるに違いない」
料理人はそう言うと、チャキチャキと料理を作りました。
焼きたてのパンは香ばしい匂いをほんわかとただよわせます。
串に刺した肉は火にくべられて、ジュウジュウ脂の焼ける匂いと香草の匂いが、そばにいる者の口の中をよだれでいっぱいにします。
一口ほおばると、ほどよく焼けた肉を脂がしっとりと包みこみ、香草のピッシャンとした香りが鼻を抜けます。
フカフカのパンをちぎって口に入れると、ねっとりとした口の中がすっきりとしてふんわりと小麦の香りが漂ってきます。
「ああ美味しい。なんて美味しいんだろう。あまりの美味しさにほっぺたが落っこちて、落ちたほっぺたが坂を転がっていってしまったくらいなのに。こんなに美味しいのにどうして冬の女王様は降りてこないのだろう。春の女王様は現れないのだろう」
何日も何日も料理を作りました。
気がつくと、みんなに雪が降り積もっていました。
それでも冬の女王は下りてきません。
春の女王も現れません。
「それなら」
魔法使いが雪を払って立ち上がりました。
「私の得意な魔法を使いましょう。冬の女王様はきっと魔法におどろいて塔から下りてきてくださるに違いないわい」
魔法使いはそう言うと、つぎつぎと魔法を唱えました。
草木の魔法をかけると、つるが一斉に芽吹いて塔に絡みつきました。
ですがすぐに寒さで枯れてしまいました。
炎の魔法をかけると、焼けるような暑さになりました。
ですがすぐに雪で冷やされてしまいました。
枯葉の魔法をかけると、塔の添え木が枯れてボロボロになりました。
ですがすぐに氷で固まってしまいました。
「これだけの魔法をかけてもおどろかないなんて。みんなは目をシロクロギョロギョロしているのに、どうして冬の女王様は降りてこないのだろう。春の女王様は現れないのだろう」
何日も何日も魔法をかけました。
気がつくと、みんなに雪が降り積もっていました。
それでも冬の女王は下りてきません。
春の女王も現れません。
そこへ旅人が戻ってきました。
「大変だ大変だ。春の国へ行く道が氷の壁でふさがれているんだ」
旅人が言うには、おおきなおおきな氷の山が空のずっとずっと上の方まで続いていたというのです。
「それでは春の女王様は塔までたどり着けないぞ」
「ああ弱ったどうしよう」
人々は困り果ててしまいました。
それでも雪が降り積もります。
「だったらみんな、こうしよう」
建築家が雪を払って立ち上がりました。
「私が得意な改築をしましょう。冬の女王様を春の国へお連れしよう」
建築家はそう言うと、いろいろな図面をシャッシャと書きました。
「みんな手伝って。えいこらしょ」
いろいろな機械を使って塔を持ち上げます。
ジリジリと、それでも少しずつ、塔が持ち上がっていきました。
「さあ今です。どっこいしょ」
少し浮いた塔の下に、大きな車輪が付けられました。
「もう片方も。えいこらしょ」
掛け声と一緒にもうひとつの車輪が付けられました。
「さあ引きますよ。どっこいしょ」
太くて頑丈なロープを結びつけて、みんな一斉に塔をひっぱります。
「えいこらしょ。どっこいしょ」
リズムに合わせて歌い手が掛け声をかけます。
みんな楽しそうに声を合わせます。
「えいこらしょ。どっこいしょ」
お腹がすいたら料理人が美味しい料理を作ります。
みんなお腹いっぱいで力がわいてきます。
「えいこらしょ。どっこいしょ」
おおきなおおきな氷の山に魔法使いが炎の魔法をかけます。
とろりとろとろ、氷がとけて川になって流れていきます。
ふきのとうがちょっこりと頭を出しました。
もうすぐ春の国です。
「えいこらしょ。どっこいしょ」
みんなが塔をひっぱります。
「ああ暖かくなってきた。もう春が来たのね」
冬の女王が塔の上から顔を出しました。
「冬の女王様、冬の女王様。どうして今まで塔の中におられたのですか」
人々が聞きました。
「私は毎日、季節の移り変わりを考えていました。私たち女王が季節を司り、王様がいてくださるのでいつも世界は明るいのです。ですが、それでは皆が疲れてしまうのです。冬になると動物は眠りにつきます。みなさんも眠るようにしたらいいのです」
「冬の女王様、冬の女王様。眠るとはなんですか。眠りとはなんですか」
「みなさんはずっと歌ったり、料理を食べたり、おどろくようなことをしています。ですが、休むことなく続けているといつかは倒れてしまうのです」
「冬の女王様、冬の女王様。楽しい楽しいと思っていました。美味しい美味しいと思っていました。びっくりおどろき面白かったです。でもそれだけだと疲れてしまいます。元気がでなくなってしまいます」
「あなたたちに眠りを与えましょう。冬の眠りを与えましょう」
冬の女王が塔から降りて、人々に眠りと安らぎを与えようとしました。
そこへ春の女王がやってきました。
「冬の女王よ、それはいけない」
「どうして、春の女王」
「人々は私たちのように強くはない。冬の眠りを与えてしまっては命が尽きてしまう。二度と目覚めなくなってしまう」
「それではどうしましょう」
女王たちが悩んでいると、話を聞きつけた王様がお城からやってきました。
「みなよくやった。冬の女王は塔から下り春の女王も塔に来た。これで冬から春へ季節は廻る。みごとであった褒美を取らす。何なりと好きなものを言うがよい」
人々は悩みました。女王たちも悩みました。
人々はいっぱいいっぱい考えました。
何日も何日も考えました。
そしてひとつの望みを決めました。
「それでは王様、私たちに夜を与えてください。私たちは昼に働き夜に眠ろうと思います」
「そうかそれはいい考えだ。私も一日の半分を休むとしよう。私が休んでいる間は女王たちに世界を任せよう」
女王たちも、それはいいとうなずきました。
そして王様は四人の女王たちを集めました。
王様は塔に上ると、季節の女王たちも上るように言いました。
「さあ我らはこれより天と地を分け、昼と夜を作り、季節を廻らせるとしよう」
王様たちが上った塔は、人々の目の前でキラキラとまぶしい光を出して、上へ上へと飛んでいきました。
「わあ、王様と女王様たちが空へ上がっていく。私たちとどんどん離れていく」
人々が塔を見上げます。
塔はどんどんと上がっていきます。どんどんと離れていきます。
いつしか王様たちを乗せた塔は、人々から見えなくなってしまいました。
天に昇った王様は太陽として昼を司り、女王たちは夜を司るようになりました。
そして、それぞれの女王が星座となり、その季節の夜をいろどるようになったのです。
地上に残った人々は昼に働き夜に安らぐようになり、大地は人々が暮らす場所となりました。
これは昼と夜の始まりと、季節の移り変わりの物語。
まだ天と地がひとつだった頃のお話です。