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メカクレもの  作者: メカクレスキー
9/11

その9

 放課後である。

 手芸部と茶道部は生憎と今日は活動をしていないらしく、見学は後日となった。

 そこで、ミズキから聞いた三つ目の部活動を見学するため、校内を散策している最中なのだ。


 ちらり、と視線を右下へ向ける。屋内ということで手は繋いでいないが、何かあればすぐ助けられるよう距離は近い。だが、その間隔が今は普段よりも遠く感じる。

 ユイカは朝から依然として怒ったままだ。機嫌を直すために色々と手を尽くしては見たものの、どうにも効果はないようである。正直、困惑しきりだった。

 そもそも、ユイカが怒っているのは確かなのだが、その度合いは大したことではないのだ。それこそ、昨日ユイカの部屋で壁ドンしてからかった時の方が怒りは激しかった。

 なんだか目の前にいる生物が突然自分の見知ったものではなくなってしまったかのようで、強い不安に襲われる。見た目と合わせて、新種のUMAか何かではないかと真剣に疑いを持ち始めた。


「なあ、ユイカ……」

「なに?」

「いや、その……なんでもない」

「そう」


 声をかけてみれば家族ほどに聞きなれた声が返ってくる。ただし、つっけんどんな態度のユイカに対し、普段の勢いが出せないせいか言葉が続かない。髪に手を伸ばして無理矢理自分のペースに引き込むことはできるだろうが、今のユイカを更に怒らせては本末転倒であろう。

 結局のところ手の打ちようがなく、とぼとぼとその背を追うばかりである。なんだかみじめな気持ちすらしてくる。

 ため息を一つ。考えていたって事態が好転するわけではない。とりあえず会話をすべく話題を考える。


「あのさ、今向かってるのどこなんだ?」

「話してなかったっけ? 数学部の部室だよ」

「数学部っていうとパソコン室か?」

「ううん、そっちはパソコン部が使ってるんだって」

「うん?」


 元々通っていた中学ではパソコン部のことを数学部と呼んでいたが、この高校では違うのか。


「じゃあ何やってるんだろ。文字通り数学の勉強か?」

「そうなんじゃないかな。後はほら、数学オリンピック?」

「名前だけは聞いたことはあるな……ってことは、授業が終わっても勉強する部活か。よくやるわ」

「宿題とか授業の予習復習とか、ちゃんとやらないとダメだよ」

「わかってるって。つーか、お前の方こそ一度くらい俺にテストの結果で勝ってみせろよ――っと」


 口が滑った。恐る恐るユイカの横顔を確認してみるが、特に気にしている様子はない。

 気を張り過ぎなのだろうか。というか、一々発言に気を遣うのが息苦しくてしょうがない。


「なあ」

「なに? さっき、っていうかずっと変だけど」

「あー、まあ、そうだな。それで、うん。」

「……本当にどうしたの?」

「ごめんな」


 謝罪の言葉を口にすると、ユイカは足を止め、少し考えるような素振りを見せた。

 朝の事? と問われ、頷く。


「うん、いいよ」

「あれ、いいの?」

「別に怒ってた訳じゃないし」


 あまり同意できない言葉だったが、流石にここでそれを指摘するほど空気が読めない訳ではない。


「こーくんが酷いことするのなんてほんっとぉーにいつものことだからね。偶にはきちんと怒らないと増長しちゃうもんねー」

「いや、まあ……すまん」

「ふーんだ。つーんつーん」


 愚痴を言ってはいるものの、とげとげしさは大分抜けていた。この調子なら、苦笑しながら受け流していればそれで済む。

 ほっとしたのも束の間、忙しなく動いていたユイカの口がピタリと止まる。そのままくるりと反転して小走りに駆け出したため、疑問符を浮かべながら追いかける。

 程なくしてユイカは足を止めた。部屋のプレートを見上げれば、第三特別教室の文字が見える。ここが目的地、という事なのだろう。

 つまるところ、話すのに夢中になっていたせいで通り過ぎていたらしい。ぷい、と顔を逸らしてこちらに表情を見せようとしないユイカだが、真っ赤になった耳が感情をわかりやすく表していた。


「……ぷっ」

「……!!」


 思わず漏れた笑い声に反応して、びくんとその身体が跳ねる。このままいじるのも悪くはないが、推定数学部の部室の前で騒ぐのも迷惑だろう。勉強の邪魔をするのは気が引ける。

 ユイカの背を軽く叩き、部屋を空けるように促す。頭を振り、深呼吸をした後、失礼しますと扉を開けた。

 そして、その光景に目を見張る。


「おや? 先生かと思ったら、見慣れないのが二人というのは……ああ、そうか」


 部屋の中にいるのは一人だった。他の部員は出払っているのだろうか。一組しか準備されていない机と椅子の存在がその想像を否定する。

 一人読書に耽っていた彼女が、栞を挟んで立ち上がる。眼鏡の奥の視線は鋭く、表情は穏やか……とはどう見ても言えない。


「こんにちは、新入生君たち。ようこそ、私の部へ」


 向けられた歓迎の言葉に、はあ、と気の抜けた声が漏れるばかりである。

 まだ何も話していないけれど、嫌な予感だけはたっぷりと感じていた。

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