その7
結局、「まだやりたいことが決まらないし、時間も遅くなったから」ということで部活動見学はまた後日ということになった。
もうちょっと気楽に行ってみればいいと思うものの、手芸部のような女の園に入られてしまうと一緒に入る俺の方が困るので口出しはしない。
部活については別に興味がない分野でも構わないのだが、ナンパな気持ちだと思われるのは釈然としないのである。
「そう、目指すは恋人作りだからな。軽薄な気持ちじゃないんだ」
「…………」
突然の俺の発言に、ユイカはその邪魔くさい前髪の下からでもわかるじと目をして、かける言葉もないと言った様子で立ち止まった。
「どうした?」
「べつに、なんでもないよ」
「何もないならいいや。それで、どこか寄ってくか?」
「うーん……って言われても、特にやりたいことないからいいよ」
「そうか。なら、飯の時間までは暇だな」
ぶらぶらと通学路を歩いていく。
帰宅途中の人々が横を抜けていき、時折ユイカとぶつかって転びそうになるのを手を引いて助ける。何もないところでも転びかけるのでやっぱり助ける。いつもの光景である。
しばらくして家に到着する。ずっと繋いでいた手を離して、門の外から家目がけて荷物を投げた。新品の学生鞄が玄関前を転がって壁にぶつかる。片付けは後でやるからひとまずこれでいい。
「あんまり乱暴にしたらカバン壊れちゃうよ」
「平気だって。ほら、早く鍵開けてくれよ」
「もー……おばさんに怒られても知らないんだから」
扉の鍵を開けたユイカに続いて、三好家の門を潜る。
そのまま部屋の前までついて行って、ドアノブに手をかけたユイカが振り返る。
「それじゃあ、着替えるからちょっと待ってて」
「はいはい」
正直なところユイカの着替え姿なんて見ても興奮するわけがないと思うのだが、そこは年相応の恥じらいというやつがあるのだろう。昔から変わらない発育不良な体だから、むしろ不憫に感じてしまうかもしれない。
さほど経たずに声がかかる。ドアを開けると、ベッドに腰かけたユイカが出迎えた。部屋着なのもあってか、少女趣味全開の幼さを際立たせるピンクな服装である。下手に女子高生らしいオシャレをするよりも似合っているというのが悲しい話だ。
「お待たせ」
「相変わらず小さいよなお前」
「なんでいきなり酷いこと言うの……?」
ちょっと涙ぐんだような声音のユイカに気まずくなる。ぽんぽんと頭を撫でて誤魔化していると、えへへと笑いながら頭を擦りつけてくる。どうやら一本取られたらしい。イラっとしたのでそのままわしゃわしゃと手を動かす。ひゃーと悲鳴を上げながらも、軽い抵抗だけに留まっていた。
しばらくそんなことを続けていると、どちらからともなく距離を取った。見るも無残なことになった髪の合間からは、穏やかな瞳が顔を出している。
「ふふっ」
「何笑ってんだ?」
「ううん、なんでもないよ」
よくわからないが、楽しそうな様子のユイカである。どうせやることもないし、つまらなさそうにしているよりはいいだろう。
そう思いながらも、一人で納得しているのがなんとなく気に入らない。微笑んでいるユイカの肩を軽く押し、ベッドに寝転ばせる。されるがままに倒れるユイカだが、馬乗りになるようにすると、きょとんと首を傾げた。
「こーくん……?」
答えることなく、右手をユイカの顔の側に勢いよくつく。衝撃でベッドのスプリングがたわみ、ユイカの体が一瞬ビクつく。前髪が枕の上に散らばり、露わになった表情に困惑を浮かべるユイカに対し、ニヤリと笑ってみせる。
「なに、するの?」
「壁ドン」
「……え?」
「ほら、なんか女子はこういうのが好きなんだろ。男にされるとドキドキするらしいじゃんか。お前もした?」
「……何で今?」
「なんとなく。ほら、感想はよ」
なんてドヤ顔で言い放つと、ぷるぷると震えた後で、みぞおち目がけた膝蹴りを食らう。ごふっと息を吐いてベッドから落ちて痙攣する俺に、げしげしと追撃のキックが続く。床の上で転がったまま見上げれば、ユイカは興奮して顔を真っ赤にさせていた。
「こーくんはイケメンじゃないからドキドキなんかしなかったよ!」
「なんだとこのメカクレ女! 前髪切るぞ!」
「そんなことしたら瀬戸のおばさんに言うんだから! こーくんに乱暴されたって!」
「お前母さんに言うのは反則だろ、って痛ぇ! ユイカお前どこにこんな力隠して、痛いって言ってるだろ!?」
「ばーかばーかばーかばーかこーくんのあほー!」
ユイカが静かになるまで、優に十分は暴虐に耐え忍ぶことになるのだった。