その6
夕方である。
クラスメイト達が我先にと教室を出ていくのを見送って、ユイカのうなじをつっつく。
ふぇっ!? とか変な声を出したユイカは、注目を集めていることに気付くと恥ずかしそうに身を縮めた。
「ど、どうしたのこーくん?」
「いや、別に」
「だったら変なことしないでよぉ……」
「それより早く支度しろよ。今日は部活の見学に行くんだろ?」
「私の邪魔してるのはこーくんじゃない」
「なんだ、また髪の毛わしゃわしゃしてほしいのか」
「そんなこと一言も言ってないから!」
手を伸ばそうとすれば、警戒してる犬のようにぐるぐると唸っているユイカである。
反抗されると余計にぐしゃぐしゃにしてやりたくなる。が、話が進まないので勘弁してやろう。ありがたく思うんだな。
なんて考えていると、ユイカも帰り支度を終えたらしい。
「なんかまた変なこと考えてない?」
「考えてるよ」
「やめてよこーくん……」
「冗談だって。それで、どこの部活行くか決めたのか?」
「うーん。せっかく高校生になったし、運動部とかもちょっと気になってるんだけど」
「却下」
言うに事欠いて何を考えているんだこのメカクレモンスター。
ユイカという女は何もない所でも平気で転ぶくらいの運動音痴である。運動が苦手ではなく、運動が出来ないと言っていいレベルである。というかその長すぎる前髪が運動の邪魔になっているのは一目瞭然だった。
体つきも小柄で、体力も少ない。その上、辛いことがあるとすぐに泣きだす始末。体育会系とは縁遠い見た目と精神をしているのだから、運動部とかどう考えても無茶だった。
「いきなり否定しなくてもいいでしょ」
「馬鹿が馬鹿なこと言ってるんだから馬鹿にするくらいは許せよ」
「ねえ、三回も馬鹿って言うとかちょっとひどくない?」
「だってお前、自分が運動できるとか思ってるの?」
「むー」
「むーじゃねえよ。出来ないだろ? どうせ入っても三日坊主……三日続くかも怪しいな」
「そんなに貧弱じゃないもん」
「へたれ」
「へたれじゃないですー」
「へたれっ娘」
「へたれっ娘じゃないですぅー!」
ふくれっ面のユイカを適当にあやしながら考える。
ちなみに、ユイカが部活に入ること自体は賛成だった。何かしらのコミュニティに参加して、友達の一人や二人は作るべきだと考えているからだ。
俺? 俺に友達が出来るわけがない。そういう意味だと、ユイカにちゃんと友達が作れるかも怪しいが、まあ俺よりはまだ望みはあるだろう。女だし。
「という訳でほら、さっさと部活入って友達作れよ。あの抱きしめ女以外の」
「津島さんのこと?」
「ああ。ちょっとあの女は苦手だから別の友達をだな……」
「ミズキだよ」
「うおっ!?」
どっから出てきたこの女。
いつからそこにいたのか、抱きしめ女こと津島ミズキはにこにこと笑っていた。
「津島さんどうしたの?」
「ミズキって呼んでほしいな。ユイカちゃん」
「うん、わかった。えっと、ミズキちゃん」
「それで、何の用だよ津島さん」
「ミズキ」
「……ミズキ」
「よろしい」
勝てる気がしない。
「教室に戻ってきたのは忘れ物したからだね。ちなみに、私は水泳部志望だよ」
「となると、同じ部活にはならないってことだな。よかったよかった」
「コウタくんってば意地悪さん。じゃあ、二人はどこの部活にするつもりなの?」
「こーくんがひどいこと言うから悩み中」
「ユイカと同じとこ」
なんて口にすると、二人の視線がこっちに向いた。変な事言ったわけじゃないのに。
ユイカはどこか安心したような素振りで、ミズキは興味津々といった様子である。
「ふーん」
「何だよ」
「そっかあ……」
「だから何だよ……?」
「ねえねえユイカちゃん、手芸部なんてよくない? 先輩の男子ゼロって話だよ」
「ちょっと待て、わざわざ針の筵に連れて行こうとするな」
「でも、私裁縫とかあんまり得意じゃないんだ」
「いいじゃない。最初は苦手でも上手くなるために部活やるのも普通でしょ」
「そうかな? そうかも」
「あの……聞いてる?」
気づけば蚊帳の外に追いやられている。
居心地の悪さを感じながら、二人がきゃあきゃあ騒ぐのを眺めていた。