その5
休み時間、唐突に背中を突っつかれる。びくっ、と反応はしていない筈なので、たぶん背中が弱いとは気付かれていないだろう……気づかれてないよな?
「ペットは抱きしめるものだと思うの」
「いきなりどうしたんだ津島さん」
「ミズキだよ?」
「……どうしたんだ、ミズキ」
「よろしい」
得意げに胸を張るミズキ。ぐぬぬ。だがユイカと違って普通に胸が盛り上がっているのでちょっと眼福でもある。なんというジレンマなんだ……!
「で、話を戻すけどさ。ほら、犬とか猫とかって抱っこしたくなるじゃない?」
「わからんでもないな、それで?」
「じゃあユイカちゃんも抱っこしなきゃいけないよね」
「どうしてそうなった」
きょとん、とした目を向けられる。いや、俺はおかしくない筈だ。無表情で見つめられると凄く自分が間違っているような錯覚を感じるが。
「で、結局どうしたいんだ?」
「いや、ユイカちゃんと今日仲良くなったばっかじゃん? 流石に抱かせて! とは言い辛い訳で」
「声がでかい声がでかい」
いきなり女子が抱かせて、なんて言うから奇異の視線がそこかしこから飛んできてる。まったく、非常識な女だ。
「おっと、ごめん。で、ユイカちゃんと仲がいいこーくんならいい案があるんじゃないかなーって」
「なんだその無茶振り。いや、出来るけど」
「出来るんだ」
すごーい、じゃあよろしく。気軽にそう言われるが、よく考えるとミズキにそんなことしてやる義理がないことに気付く。
いや、待て。このミズキという女はとても珍しいことにあのチビガリ陰気の三拍子が揃ったユイカを気に入っている……と思う。なら、アレの友達一号になってくれるかもしれない。
そうなれば、いかにも社交性の高そうなこのミズキの事だ。いくらユイカがチビガリ陰気なメカクレ女でも、一人くらいウマが合うやつは出てくるだろう。そして、ユイカ経由で俺も女友達が……。
「ユイカのためだ、任せておけ」
「う、うん……? なんでそんな乗り気になったのかはわからないけど、とりあえずよろしくね?」
「大船の乗ったつもりでいてくれ。フフフフフ」
「……大丈夫かなぁ。泥船にしか見えないけど」
ちょっと離れたユイカの席に向かう。ユイカは半泣きっぽい雰囲気で必死に鞄の中を漁っているところだった。大方、必要なプリントでも家に忘れてきた、というところだろう。俺も忘れたから気持ちはよくわかる。
「なあ、ユイカ」
「ふぇ? あ、こーくん……どうしよう、私プリント忘れてきちゃった」
「そんなことより話があるんだ」
「え、いやプリント大事なんだけど……何の話?」
「お前のためなんだ、抱かれてくれ」
「…………にゃっ?」
おっと、言葉を端折り過ぎたせいでなんだか妙な雰囲気に。周りの生徒が一気に無言になり、ユイカはボン、という音が聞こえるくらいに顔が真っ赤になった。
「抱かれ? 抱く? は? え、こーくん何言って……? にゃー? にゃー! にゃにゃー!!」
「混乱しすぎて猫みたいになってるな」
「こーくん何でそんなに落ち着いてるわけ!?」
「いや、ちょっと言葉が足らなかったな、って思ってるだけだしな」
「あ、うん……いや、何が足りなかったとしても抱かれてくれっておかしくない!?」
「ユイカ、ミズキに抱かれてくれ」
「女の子に抱かれろってどういうこと!?」
きゃーきゃーとユイカや周りの女子たちと一部男子が騒ぎ始めた。背筋がゾッとしたので振り返ると、ミズキが満面の笑みを浮かべていた。そして、ハンドジェスチャーで首切って○ね、という懐かしいものを見た。
「……何かマズったみたいだな」
「こんなことにしておいての感想がそれ!?」
「まあ、やっちまったもんは仕方ない」
「ホント、面の皮の厚さは異常だよね、こーくんって」
「はっはっは」
「ごめん、今無性に殴りたくなった」
「痛くないからいいぞ……待て、凶器は止めろ。その辞典を持った手を下ろせ、良い子だから」
この喧騒は教師がやって来るまでヒートアップしながら続いた。
なお、昼休みにちゃっかりミズキはユイカを抱きしめていた。思ってたより心地よくなかったとはミズキ談である。
まあガリガリだから骨っぽいし、髪がチクチク刺さるからな。俺もあんまり好きじゃない。