その4
ストックはここまで
翌朝、教室で机を挟んでユイカと向き合う。
「友達を作ろうと思う」
「昨日は恋人作ろうって言ってなかった?」
「馬鹿、いきなり恋人とかハードル高いだろ。そんなこともわからねーとかマジで処女だなお前」
「どーてーのこーくんに言われたくないです。乙女心のおの字もわかんないくせに」
「なんだとこら、髪の毛ぐちゃぐちゃにすんぞ」
「髪が女の子の命って聞いたことない? そうやってすぐ人の頭触るこーくんがモテるわけないじゃん」
「お前以外にするわけねーだろ」
「うっ……」
いきなりぐるんと顔を逸らすユイカ。理由はわからないが表情を見られたくなかったのだろうか。そんなことしなくても前髪が邪魔で見えないというのに。
しかし、ユイカの言葉にも一理あるのではないだろうか。生物学上はコレでも女である。十五年間童貞を守り通してきた俺よりも女心は理解しているだろう。俺はコイツが女子と交流してるところをほとんど見たことがないが。やっぱり駄目な気がしてきた。
未だにぷるぷるしてるユイカを冷めた目で見ていると、背中をちょんちょんと突かれる。振り返ると、見知らぬ女子がニコニコしていた。
「ねえねえ」
「えーと……どちらさん?」
「酷いなぁ、昨日自己紹介したじゃん。まあ私もキミの名前分からないんだけどね」
「なんじゃそりゃ」
「というわけで自己紹介。同じクラスの津島ミズキだよ。よろしくね」
「瀬戸コウタだ、よろしく。そこのは三好ユイカな」
「うん、そっちはわかるよ。なんか可愛いよね」
なん、だと? この女は頭がおかしいんじゃないだろうか。あるいは目が腐っているのだろうか。
「いや、可愛い……? 可愛く見えるのか、この年中前髪で顔隠してるアホの子が」
「え、可愛いじゃん。なんて言うの? ペットにしたい感じ」
「なるほど」
人としてじゃなくペットとしてなら納得できた。俺がユイカを構うのも、たぶんそんな気持ちが理由だからだ。
「それで、津島さん。何か用事でも?」
「え、用事がなきゃ話しかけちゃダメだった? それと、ミズキでいいよ。堅苦しいのキライだもん」
「いや、そんな事もないが……あと女子の下の名前を呼ぶのは恥ずかしい」
「ユイカちゃんは呼び捨てにしてるのに?」
「いや、ユイカだし。あと、なんだかんだで付き合い長いからな」
「ふ~ん」
なんか見透かされてるように感じる。とても居心地が悪い。なのでまだトリップしたままだったユイカの頭を叩いて正気に戻した。照れ隠しなどでは決してない。
「痛っ! え、なにこーくん? あとこの人は?」
「同じクラスの女子だよ。お前もしかして名前わからないとかないよな? 昨日自己紹介してたし、当然わかるよな」
「え? えーと……確か、津島ミズキさん、であってたよね?」
少し考える素振りを見せると、普通に答えを言うユイカ。
「正解! ユイカちゃんはコウタ君とは違うねー」
「へ? まさかこーくんわからなかったの?」
「ちょ、待て津島さん」
止めるが、聞こえないかのようにスルーされる。
「うん、悲しいことに忘れられちゃってたんだ。ヒドイよね」
「私にはわかって当然、みたいな聞き方した癖に。ひどいよこーくん」
「いや、その……」
「大体こーくんってば言うことに責任がなさすぎるんだよ。ほら、昨日もいきなり恋人がどーのってくどくどくどくど」
何だこの状況は。何故俺がユイカに追い詰められなければいけないんだ。津島さんに助けを求めるが、ニコニコしたままガン無視される。
「つ、津島さん……?」
「ミズキ」
「え?」
「ミズキだよ?」
「ミズキ、さん……」
「ミズキ」
「……ミズキ」
「よくできました。花丸をあげるね」
でも結局喧しいユイカから助けてはくれなかったので、いつも通りユイカの髪をぐちゃぐちゃにして対処した。その一部始終をニコニコしながら見守る津島……ミズキが非常にいやらしい。エロイという意味ではない。
この女、苦手だ。出会って数分で俺は深く理解した。