その2
特筆すべきこともなく人生三度目の入学式が終わった。周りの生徒の流れに従い、俺とユイカも新しい自分のクラスに向かう。
「また同じクラスだね、こーくん」
「知ってる。クラス表見たし」
「ま、また一年間よろしくね」
「ああ」
「……こーくん、そっけない」
「知るかよ」
「うぅ……」
ちょっとした会話を流しただけで意気消沈するユイカを面倒がりつつ、さて、と自分のこれからに思いを馳せる。
俺は友達が少ない。今流行のぼっちやコミュ障ではないが、非常に少ない。友人と呼べるやつなんて、ぶっちゃけて言えばユイカ一人である。もちろん、そんな現状がいいと思う訳もなく、友人を作ろうと努力はした。
結論から言えば友人は出来なかった。恋人? わざわざ言う必要があるだろうか。当然だが、俺とユイカは恋人ではない。
今年こそは友人が出来るはずだ。そう考えるだけなら簡単だが、長年ずっと出来なかったものが勝手に出来るだろうか。イエス、と楽観することは流石に出来ない。
そもそも、俺は友人が欲しいのだろうか。足を止めずに振り返り、少し間隔を空けながらついてくる幼馴染を見る。なんとなく、半分しか見えない表情の動きから困惑は伝わって来た。
「何、かな? 私、ヘンなとこ、ある?」
「髪」
ノータイムで返すと、ユイカは一歩下がって警戒を露わにする。が、後ろを歩いていた同級生にぶつかってしまったため、平謝りしていた。笑って気にしなくていいと言った相手に何度も頭を下げて見送った後、頬を膨らませて睨みつけられた、気がした。前髪が邪魔で表情が読み取りづらいのだ、コイツは。
「むー!」
「何怒ってるかわかんねーよ。日本語喋れ」
「こーくんのせい」
「何でだよ」
「私の髪が変とか言うから」
「変だろ」
「こーくん、ひどい」
「客観的な事実だろ」
「むー!」
自覚はあるのか、また口ごもって唸り始める。そんな幼馴染の姿を見ていると、なんとなく。
「……恋人とか、作ろうかな」
「ふぇっ?」
「なんか、うん。そんな気分」
「え、えっ? こ、こーくん……?」
一転しておどおどしだしたユイカを尻目に、人気の少なくなった廊下を歩き出す。気づけば結構な時間を浪費していたらしく、急がなければ最初の授業に遅れるかもしれない。少し足を速めようとして、後ろを振り返って元の速度に戻した。
「で、でも……こーくんもてないじゃん」
「失礼だなお前。事実だけど」
ぐりぐりと髪をかき乱してやれば、うにゃーと喚く。一瞬チラリと見えたその瞳は、動揺に染まっているように見えた。すぐに手を叩かれた。
叩かれたところを軽く撫でながら、ぼんやりと思う。ユイカと一緒にいるのは悪くない。悪くないが、依存に近い現状は決してよろしくないだろう。二人だけで完結する現状には新しい何かが必要だ。そのために一番手っ取り早いのは、新しい友人を作ることだ。しかし、友人作りは既に失敗している。
そこで、だ。恋人を作る。もちろん簡単な事じゃないだろうが、別に失敗したところで現状に不利益が出るわけでもない。高校生なんて恋に飢えている時期の筈だし、意外とどうにかなったりするかもしれない。
何より、恋人が出来れば――
「俺と波長が合うような女なら、こいつとも仲良くなれるだろ」
「何か言った?」
「何でもない。と、ほら、もうすぐ教室だぞ……何でそんな髪ぐしゃぐしゃにしてるんだ?」
「こーくんがやったんじゃん!」
「そうだっけ」
「そうだよ! もお、こーくんはおばかさんなんだから」
「成績は少なくともお前より上だが」
「そういう問題じゃないし。だからおばかさんなんだよ。ばーかばーか」
むかついたので今以上に髪をぐちゃぐちゃにしてやった。ユイカは半泣きになった。