マケンのあくま 短編ver2
女というのは面倒くさい生き物である。男から女になったオレが言うのだから、まず間違いないだろう。
まずこのバカみたいに長い髪は、洗うのに時間がかかる上に、シャンプーの消費量がハンパない。乾かす時間も考えれば、ドライヤーの消費電力は相当なものだ。長い髪は男にとって女らしさの象徴ともいえるが、女になったオレからすれば、ショートカットのほうが楽でいい。
加えてスカートというやつは、気を抜けば見えるし冬場は寒いだろうし、胸は大きいだけ肩がこるし、動くとき邪魔になる。
「あー、女って面倒くせえ……」
学校を目前にして、早くも帰りたくなった自分がいる。元に戻れるまで休んじゃうか、とも一瞬考えたが、それがいつになるかわからない以上、現状維持でなんとかやっていくしかないのかもしれない。
「おはようございます、春賀先輩!」
「え? ああ、おはよう」
知らない女子生徒に声をかけられた。一年生だ。手を振りながら笑顔で去っていくのをみると、それなりに仲はいいのかもしれないが……オレに覚えは無い。
「春賀ちゃん、おはようー。今日も可愛いね」
「おはよう、ございます?」
今度は上級生の男子だ。こんなチャラい奴、知らない。昨日までのオレなら、とりあえず爆発しろと思うようなリア充そうなイケメンだ。
その後も校門にたどり着くまでに数人の生徒たちに声をかけられて、戸惑う。昨日まではこんなことなかったのに、どうして。
「遅いよー、ゆうちゃん」
「あ、てめえ真子!」
真子が校門の前で手を振っていたので、詰め寄ると逆に真子のほうから腕に抱きついてきた。
「ほらほら、そんな汚い言葉使わないの。今のゆうちゃんのキャラとかけ離れてるよー」
「それだよ。オレ、さっきから知らない奴に声かけられまくってるんだけど、何でだよ」
「ああー。そりゃそうだよ。だってここは平行世界なんだもん。ゆうちゃんが男の子だった時の世界とは違う人間関係が築かれてるはずだよ」
「え。ていうことは、今までの交友関係は……」
「なかったことになってるんじゃないかな。クラスメイトの男子とも声をかけたことすらないかも。逆に、今まで話した事の無い女子と親友だったり、とかね」
「余計面倒くせえ! くっそ、この世界のオレってどんな奴だったんだ?」
「あー、それならゆうちゃんがのんびり歩いてる間に、情報収集しときましたよ」
「ほんとか!? 早く教えろ!」
「まあまあ、とりあえず場所変えよ。ホームルームまでまだ時間あるし」
ということで、オレと真子はいつもの第二図書室へ向かった。
「で、この世界の……女のオレってどんな奴なんだ?」
イスに腰掛けて、足を組んで真子にせかす。
「その前にゆうちゃん、白いパンツが見えてますよ。男子からすればものすごいサービスカットだけど、女の子にとっては赤面ものだからね?」
「う、ああ。気をつけるよ」
確かに昨日までのオレなら、白いの見えたぜ、ラッキー! だがいざ当人になってみれば恥ずかしいもんだな。
教室で気をつけないと。
「えーとね。ゆうちゃんのことなんだけど、クラスメイトに色々聞いてみたところ」
「うんうん」
「同時期に10人の男子と付き合って、1日で全員振ったとか」
「超絶ビッチじゃねえか!」
「ていうのは、もちろんウソなんだけど」
「ウソでもそういうこというなよ!」
この野郎、顔色1つ変えずにさらっとそういうこと言うなよ。
「確か……そうそう、先生の前では語尾に「にゃん」って付けてて、テスト前になると先生にボディータッチしながら、上目遣いで誘惑するとか」
「やっぱり超絶ビッチじゃねえか!!」
「ていうのも、もちろんウソなんだけど」
「ウソでもそういうこというなよ!」
「2年2組の『姫』。誰にでも優しくて男女ともに憧れの的。成績優秀、スポーツ万能、将来の夢はお嫁さん。付き合った人はまだいない。こくられても片っ端から断ってるらしくて別名、難攻不落の春賀ちゃん」
「……今度はウソじゃないだろな?」
「いやいや、ほんとの話。ウキペディアにのってるもん、ぐぐったら一発だったよ」
「マジかよ!」
「だからさ、本当気をつけたほうがいいと思う。ゆうちゃんが普段どおりに振舞ったら、イメージ崩壊しちゃうよ。余計な苦労したくなかったら、女の子らしく振舞わないと、ね?」
「あ、ああ。でもなあ……」
「大丈夫。こっちの世界では私とゆうちゃん、同じクラスだし、なんとかフォローするから」
「うーん、任せるぞ?」
「おけおけー!」
とりあえず、真子の言葉を信じてみるか。なんのかんので頼りになる奴だし。
それからオレと真子は昇降口に向かい、下駄箱で靴を履き替えた。
「ん? なんだ」
靴箱の中に大量の紙が挟まっている。試しに一枚引いてみると雪崩のように紙束が床に崩れ落ちてきて、びっくりする。
「なんじゃこりゃ……」
一番上の紙を拾って読み上げてみると、それはいわゆるラブレターで……差出人は下級生の男子だった。
「生まれて初めてもらったラブレターが男からかよ、泣けるぜ……」
「ゆうちゃん、こっちは1組の栖本さんからだよ。『一目見たときから好きでした。私のお姉さまになってください』だって! どうする? オレの覇王炎殺拳の暴走を止める器がお前にあるならば、抱いてやろうって返す?」
「オレは何者だ! さっきお前が言った難攻不落の春賀ちゃんはそんな返しをするのかよ!」
「ううん、しないよ。でもその方が面白いと思って」
この野郎、相変わらず顔色1つ変えずにさらっと言うなよそういうこと。
「ていうか栖本さんっていや。学年2番の美少女じゃないか。今まで何の接点もなかったのに」
ちなみに学年1番の美少女は、目の前で『覇王炎殺拳弐の型、空蝉!』とか抜かしてる女だったりするが、それを言うと調子に乗るので言わない。
「あ、それ違うよゆうちゃん。栖本さんは学年3番。私は2番ね」
「じゃあ誰だよ一番は」
「ゆうちゃん」
「は?」
「ちなみに学校1の美少女だよ、やったね!」
「オレが学年1ね……喜んでいいのかフクザツな気分だな」
「芸能事務所からアイドルにならないか? って電話もあったとか」
「マジかよ」
「うん、マジ。昨日かかってきたから『オレの覇王炎殺拳の暴走を止める器がお前にあるならば、抱いてやろう』って返しといたよ」
「勝手に電話とった上にへんな返ししてんじゃねえ!」
「いや、それがさ。ぜひ今度の日曜うちの事務所に来てくれって、プロデューサーに言われちゃった。やったね、ゆうちゃん! これで君もアイドルだ!」
「よくねーわ! どんな芸能事務所だよそれは!」
とにもかくにも、女のオレがいかに周囲に愛されているかがわかる出来事だ。
ボロを出したら面倒なことになりそうだな。くそっ。
床に落ちたラブレターの類をカバンにつっこむと、オレと真子は教室に向かう。そして扉の前で一度立ち止まり、真子の顔を見た。
「さて。ここから先は、戦場だよゆうちゃん?」
「何をバカなこと。ただの教室だろ」
「のんのん。最初の一歩が肝心。間違ってもいつも通り、『うーす』とか、『おっす』とか言ったらダメ。女の子らしく、ね?」
「ち。めんどうくせえ。おら、行くぞ!」
扉に手をかけ、一気に引いた。
「お――」
「きゃああああああ! 春賀さんよ、春賀さんがいらしたわよ!」
「春賀さん、おはよう!」
「おはっす。春賀っち」
「春賀さん、こっちむいてー!」
挨拶をする前に、クラスメイトたちが一斉にオレに向かって詰め掛けてきた。なんだこりゃ、宗教か? っていうくらいにみんなの視線が熱い。男子も女子もみんなこっちを見ている。
「あは。みんな、おはよー」
きゃぴぴっ。と、自然にぶりっ子してしまう自分に驚いている間もなく、オレは女子の輪の中に強制的に引き込まれてしまった。
「ねえねえ、昨日あゆみと一緒に買い物いったんだけど、その時さー」
「ビッグニュースビッグニュース!! 1組の原さんと真柴くん、付き合ってるんだって!」
「現国の宿題見せて、お願い春賀っち!」
「二時間目の体育、マラソンだって! だるいよねー、さぼろうよー」
うおお。なんだこの連続攻撃は! 目が回る!
おまけにボディータッチが激しい! 何か触られまくってる!? 息ができん!
「おーい、そろそろホームルーム始めるぞー」
女子にもみくちゃにされていたところ、担任が来たことで開放された。
先生、助かったよ。今ほど先生がいてくれて嬉しかったことはないぜ。
「出席とるぞー、男子からな。相田ー」
昨日まで出席番号男子10番だったオレは、もうすぐ呼ばれることになるのだが、今は出席番号女子12番。まだ当分先だな。
「春賀ー、春賀祐希」
「あ、は、はい!」
その後、ホームルームはあっけなく終わり、一時間目が始まった。
さらに一時間目が終わって休憩時間。
「ねえねえ、春賀さん。トイレ行こうよ」
隣の席の女子に声をかけられ、オレはいつも通りの感覚で答えた。
「へ? あ、ああ。ツレション?」
その瞬間、明らかに教室の空気が凍ったのだ。どうやら回答を間違えたらしい。
「もー。ゆうちゃんてば、ツレションだなんて、面白いボケだよー! ね、みんな?」
「あはは。だよねー。春賀ちゃんおもしろーい」
「うけるうける!」
と、オレのピンチを救ってくれたのは真子だった。一瞬で凍った空気は砕け、変わりに華やかな笑い声がこだまする。
「は、あはは」
「ていうか次、体育だし。移動しちゃおうよ」
「そだねー、いこっか」
席を立つと同時にオレは真子に腕をつかまれ、ものすごい勢いで廊下に連れ出された。
「ちょっとゆうちゃん! ツレションって何! 美少女の口から出る単語じゃないでしょーが!」
「あ、ああ。わりい」
「んもう。しっかりしてよ? 次、体育なんだし」
「おう。大丈夫だ。体育くらい屁でもねーぜ」
「言葉遣い!」
「ん、ええと。……大丈夫ですわ。体育くらい、屁でもなくてよ? で、いいのか?」
「……心配だナー。とにかく時間ないから、着替えに行くよ。ほらこっちこっち!」
「お、おう」
教室から着替えをもって更衣室を目指す。やがて男子更衣室の前に立つとオレは扉を開いた。
むわっと異臭が鼻をつく。この臭いは……そうだ、これは汗とカビの臭いだ。思わず顔を背け、鼻を押さえる。
「うわあ!? は、春賀さん!? なんで男子更衣室に!?」
「へ?」
男子の視線がオレに集まっている。まるでオレが異物のような感覚だ。
下を向くと、スカート。それを見て思い出してしまう。
――って、そうだった。今オレは……。
「ちょ! そっちじゃないでしょ! ゆうちゃんはこっち!」
「って、ああ。そうだったそうだった」
やばい。いつものクセがついつい出てしまった。
「ごめんなさい、間違いました!!」
オレは勢いよく男子更衣室の扉を閉めて、女子更衣室に入った。
「う……おお!?」
この世に楽園があるとすれば、それはおそらくここをおいて他にない。
女子更衣室で体操着に着替える女子は、ある種の神々しさを放っていた。
神様、オレ幸せです。この世に生を与えてくれてありがとうございます。
「真子。オレ、生きててよかった……」
「もう、何いってるのゆうちゃん。今ゆうちゃんもその女子なんだからね! ほら、こっちこっち!」
「何でオレの考えてることが読めるんだよ」
うーん。なんだかいい匂いがするな。男子更衣室は汗とカビの臭いしかしなかったのに、こっちは華やかな匂いがするぞ。
「また胸大きくなってさー。新しいブラ買わないといけないなあ」
ほ!
「うわー、真冬かわいいパンツはいてるー。さわっちゃえ♪」
「ちょっとー。やめてよー」
ほ!!
「ちょっとゆうちゃん。せっかくの可愛い顔が台無しになってますが?」
「あ、ああ。いや。楽園の天使たちの歌声に酔いしれていたんだよ」
「ずいぶんと詩的な表現ですねー。反応はオヤジだったのに」
「う。うるせえ。しょうがないだろ、こんな会話聞かされて何も反応しない男がいるかよ!」
「今のゆうちゃんは女の子です!」
「わかってるよー、ああ。にしても、面倒くさいな、女子の着替えって」
セーラー服とスカートを脱ぎ、体操服を手に取ると、それをしばらく見つめたまま考えた。
うちの女子の体操着は、ハーフパンツだ。ブルマではない。非常に残念であるが、ブルマではないのだ。
「くそー、女子の体操着がブルマだったらなー。いい目の保養になるんだが……ん、待てよ!」
ちょうど真子が体操服の上を着ているところだ。つまり、今奴の視界は0。
チャンス!!
こっそりと真子の持ち物の中から魔術書を取り出し、小声で望みを口にした。
(この学校の女子の体操服をブルマにしてください)
瞬間、オレの目の前で着替えていた女子たちのハーフパンツがブルマに変わった。
「おお、成功だ!」
「ちょっと、ゆうちゃん。もしかして今……魔術使った?」
「あ、ああ。えっと……そのハーフパンツをちょっと、な。ブルマに変えた……てへ☆」
めいっぱい可愛らしく、てへぺろをやってみた。
「んもう。まあ、今のゆうちゃん可愛かったから許す。それに……フフ」
真子は悪魔のような笑みでオレの足元の体操着を指差し、ケラケラと笑った。
「ゆうちゃんのブルマ姿、楽しみだしね」
「……あ」
男子にとって夢の衣類、ブルマ。そのシルエットから浮かび上がる曲線に心奪われる。まさしく聖衣と呼ぶにふさわしい。
――というのが、昨日までのオレの認識だった。が、今は違う。
「……これはくの? オレが?」
「だって、そういう世界にしたのゆうちゃんでしょ? あー。楽しみー、ゆうちゃんのブルマ姿!」
「ぐぐぐぐぐ!!」
時間が無い。やばい。もうすぐ体育が始まる。
けれど恥ずかしいだろ、これ!! スカートですら抵抗あるのに、これはいて人前にでるだなんて、無理ゲーだよ!
「ゆ・う・ちゃ・ん。お着替えしましょうねー」
「お、おいこら、やめろ! オレは男なんだ! 男がブルマなんてはくか!」
オレの必死の抵抗もむなしく、着替えが完了する。
「くそ、なんだよこれ! めちゃくちゃはずいぞ。はいた感じがしない!」
「女子はみんなガマンしてるんだからね。もう、これにこりたらヘンな魔術したらだめよ?」
「あー、もう。わかったよ。この授業終わったら、絶対元に戻してやる!」
「っと、待った待った。ゆうちゃん髪長いんだから、結っておいたほうがいいんじゃない? 運動のときうっとうしいよ?」
「あ、ああ。そうだな。真子、頼めるか?」
「おけおけー! じゃあ、これがゆうちゃんのツインテールデビューだね」
「ぐ、ブルマの上に、ツインテールかよ……」
真子に髪をいじられ、オレはブルマ姿のツインテール美少女にされてしまった。
ちくしょう、屈辱だ。ブルマは確かに最高だが、当事者になってみれば女子の気持ちもわかる。
「さあ、行こうかゆうちゃん」
「お、おう……くそ、はずい!」
真子に手をつながれ、グラウンドに出る。ゆらゆらと左右の髪が揺れ、多少のうざったさがあるが、致し方ない。
「春賀さん、可愛い~! ツインテールも似合うよね~」
グラウンドに着くやいなや、数人の女子に囲まれもみくちゃにされるオレ。
「家に持って帰りたいよね~」
「妹にしたいよねー」
どうぞどうぞ、もって帰ってください。
「ゆうちゃん。なに『どうぞどうぞ、もって帰ってください』って顔してるの? それ、うざいんですが」
「してねーよ!」
ちくしょう、真子め。オレの心を読む魔術でも会得したのか!?
「とにかく、授業始まるから。整列しとくよ!」
「あ、ああ」
それから先生がやってきて、体育の授業が始まった。準備体操は2人1組で柔軟……真子と強制的に組まされ、ちょっとドキドキしながら背中を押したり押されたりと、ただの柔軟でこんなに興奮したのは初めてだった。
「はーい。それじゃあ、少し学校の周りを走ります。みんな、先生についてきてねー」
「はーい!」
女の先生の後にくっ付いて、みんな一塊になって走り出す。
前後左右でコイバナが始まり、真面目に走ってる生徒は皆無だ。速度もすごいゆっくりだし、やる気ねーだろこれ。
スローペースで走り出した一団はやがて校門にさしかかり、学校周辺を走り出す。
にしても……。
「目のやり場に困るな」
目の前の女子のお尻が上下しているのを見ると、なんともいえない気分になってくる。
オレは何故か罪悪感にさいなまれ、目を逸らした。
「はーい。それじゃ、クールダウンして今日は解散ー」
学校に戻ってきて体育の授業が終わる。
……疲れた。マジ疲れた。へんな気を使ったせいで、精神的に疲労してしまった。
「ゆうちゃん。次の授業ってなんだっけ?」
「ん、ああ。えっと……情報処理じゃね?」
「そっかー。少しは楽できるね」
「そうだな……」
気が滅入る。また更衣室で着替えて、それからのことを考えると……ちくしょう、早くオレを男に戻してくれ!