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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
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《嵐が過ぎて》




 大いなる脅威たるバースデイが去った後、バブローの町に残されたのは、さんざんに破壊し尽くされた町並みと地形、そして失意のどん底にたたき落とされた住人たちであった。


 植物の猛威によって瓦解した家の前などに座り込み、絶望の表情を浮かべてうつむいている彼ら。

 肉親の亡骸と思われるものを抱き抱え、咽び泣いている姿もあった。


 ユーリはそんな彼らに、慰めの言葉をかけてやるということはしなかった。

 途方もない理不尽によって住む家やかけがえのない大切な人を失った者に、部外者の分際で気安く言葉をかけられるほど無神経ではない。

 ただ、この惨劇の元凶たる男は必ず滅ぼす、と決意した。

 それは、彼らのための敵討ちというわけではなく、理由としては自分自身の仕事のためにすぎず、結果として仇を討つことに繋がるだけではあったのだが。


「その聖都とやらは、どこにある?」

「……今から向かうつもりか?」


 シェラザードは目を見開き、驚いたように言った。


「当たり前だ。大事な客を目の前で奪われたんだぞ。あの姫さんが傷物にされる前に取り戻す」


 ユーリは怒りもあらわにして、吐き捨てるように言った。


「だがすぐに動くのは不可能だ。町がこのような状態では、まず復興作業に何日かかるか……」

「ああ。あんたらは、ここに残ればいい。行くのは俺だけで十分だ」

「それこそ無茶だ! 相手は神だぞ。一人で突入するなど、みすみす殺されに行くようなものだ。ユーリ、たしかにお前は強いが、ここは私たちと連携して――」


 その先を続けようとしたシェラザードを、ユーリの手の平が制した。

 眼には、剣呑な殺気が灯っている。


「もういい。行き先だけ教えろ。神だかなんだかしらんが、あのサイコ野郎ぶっ殺してやる」

 

 と。

 出し抜けに、げしっ、と、ユーリの頭を横から蹴る脚があった。

 いつの間にかユーリの肩に立っていたクラティアだ。

 

「なにすんだよ、ババア」

「落ち着きなさい。この愚か者」


 睨みつけてくるユーリを冷ややかに見下ろし、クラティアはその肩に腰掛ける。


「完全に頭に血が上ってるわね。すこしは冷静になってみればどう?」

「うるせえ。どうしろってんだ」

「まずは頭を冷やすこと。手伝ってあげましょうか?」


 クラティアの指先に、輝く冷気が渦を巻いた。

 ユーリは舌打ちして悪態をつく。


「……ユーリ。その少女は何者だ? あのバースデイと互角に魔法を操るなど、ただ者とは思えないが」


 説明を求めるシェラザードの表情は緊張でこわばっていた。

 彼女にとってクラティアはいきなり現れた未知数の存在。あの暴虐の悪神と壮絶な魔法戦を繰り広げた、強大な力の持ち主。しかも、敵か味方かということすらあやふやなのだ。


「おそらくは、魔神の一柱であろうな」


 老いた魔法使いレンヴィクセンが、シェラザードの隣に立った。

 その皺深い表情もまた緊張を浮かべている。

 いや、ただそれだけではない感情を含んだ眼差しで、クラティアを見上げている。


「魔神……?」

「左様。神話の時代、この世界を神と二分して争っていたといわれる種族だ。強大な魔力を持ち、天変地異を引き起こす魔法さえ自在に操ったという」


 ならば先ほどのバースデイとの戦いは、まさに神話の再現だ。

 神と魔神――両者の魔力は地を揺るがし、落雷をも引き起こした。


「私たちや人間と、変わらない姿のように見えるが」

「まったく違う! 確かに形だけならそうかもしれん。しかしその本質はまさしく次元違いだ。あの奇蹟を見たか? 大気に異常な量のマナが満ちあふれ、それらが彼女の意志に従いまるで生き物のように流動していた。あんな現象は見たことがない!」


 現在の人間社会において、魔法という技術は著しく衰退してしまっている。

 たとえば攻撃に用いられる火の魔法でいえば、一般的な魔法使いの扱う魔法では暖炉の薪に火をつけるぐらいの威力が関の山。

 戦闘を専門とする冒険者の魔法ならば、人間ひとりを丸焼きにすることもできるかもしれない。

 しかしそこから先にたどり着ける人間は数少ない。

 世界有数の大魔法使いと謳われるレンヴィクセンでさえ、その炎魔法の威力は、クラティアが放った火球の足元にも及ばない。


「わずかに現存している文献を紐解いただけでは半信半疑だったが――確信した! 魔神とは魔力と魔法そのものなのだ! 我らが呪文を紡ぎ、複雑な魔法陣と儀式を用いてようやく発現させられる魔法という解を、彼女はただの指先の動きひとつ必要とせず! その意志のみで操り、解き放つことができる! まさに魔法の神! こんなにすばらしいことがあるか!?」


 レンヴィクセンは熱っぽく饒舌に語った。

 あっけにとられるシェラザードをよそに、ずいっ、と身を乗り出す。

 乾いた皮膚から飛び出さんばかりに見開いた眼球が、並々ならぬ精気を放っている。


「まさかこうして目の前に現れてくれるとは。こんな僥倖は二度とあるまい。小僧、その魔神はおまえの剣に宿っているのだな? 私に譲るつもりはないか? むろんタダとはいわん。私が帝国に持つ領地と私財をすべてくれてやろう」

「交渉は下手くそか? 悪いが釣り合いがとれてないな、爺さん。で、冗談はともかく、これからどうする。俺はあの姫さんを奪い返しにいくが、ここで待ってるか?」

「もちろん同行する。まぁエストレア殿なら心配はいらんだろうがな。この地がこれほど驚きに満ちているとは思わなかった。五百年も何をしていたのだ私は! ――しかし、何者なのだ、あのバースデイという男は。魔神と互角に渡り合うなど……まさか本当に、神だとでもいうのか?」


 思案する様子のレンヴィクセン。

 クラティアは冷めた視線を送る。


「まさか。今も昔も、神を名乗るのは詐欺師と愚か者だけ。あれはただの異常進化した個体にすぎないわ。――たしかに、世が世なら神を称してもおかしくない力を持ってはいるけれどね」


 通常のエルフは、耳が長くて尖っている、やや長命であるという点を除けば、せいぜい人間と変わらない程度の能力しか有していない。

 魔法に関しても同じだ。その魔力量や魔法への適正は、人間のそれと大差ない。

 そのエルフでありながら神話の戦いを再現し、クラティアと同等の力でぶつかり合ったバースデイの魔法力は、なるほど、仮に地上世界で発揮されたならば神を自称するにふさわしいだろう。

 天才の中の天才。

 異端の中の異端。

 おそらくは、そう位置づけられる存在なのだ。あの男は。

 悲劇でしかないのは、それほどまでに才に恵まれた男の精神が、もはや他と平和的に共存するなど不可能なほどに醜く歪んでしまっていることだ。

 おのれを頂点と信じて疑わず、その他すべてを虫けらと断じて踏みにじることに躊躇がない独裁者――そのような者に神のごとき力を与えてしまったのは、皮肉なことに、真の神の気まぐれなのかもしれない。

 

「勝算はあるの、ユーリ?」


 邂逅して一戦を交えたことで明らかになったバースデイの能力は、いくつかある。

 森全体から魔力を吸い上げておのれのものとする、圧倒的な魔力量。

 全身のいたるところから槍のように枝を伸ばして攻撃する手数の多さ。

 そして、どれだけ斬り飛ばしても何の意味もないかのように、次々と新たなバースデイが登場し無限に増殖していく現象。

 

 特に、最後のひとつがもっとも厄介な要因だろう。

 どれだけ強靱な敵だろうと、斬ることさえできれば倒すことが出来る。しかし斬っても斬っても無意味というのでは、醒めない悪夢の中で戦っているようなものだ。


 ユーリは、たいして深く考えた様子もなく即答した。


「ねーよ、そんなもん」

「……は?」

「少なくとも剣でどうにかなる相手じゃないのかもな。だが、だからってイモ引くわけにはいかんし、他にどうしようもない。だったら、やるだけやってみるだけだ」


 小細工を労する男ではないし、クラティアでさえ翻弄されたバースデイの魔技に対抗策を思いつくほど知能に秀でているわけでもない。

 だがそれでも臆した様子も見せず闘志を漲らせるのは、筋金入りの負けず嫌いなのか、それともただの馬鹿なのか。

 おそらくは両方だろう――クラティアは苦笑いを浮かべた。


「でしょうね。あなたはそれでいいわ。足りないところは、私がなんとかしてあげる」

「おう」


 ユーリは短く返事をして頷くと、再びシェラザードに視線を向けた。


「そういうわけだ。行ってくるから場所だけ教えてくれ」

「……そういうわけにはいかない」


 シェラザードはその瞳に硬質な決意を灯していた。


「本来ならば部外者であるお前だけを向かわせるわけにはいかない。私も同行する」

「そいつは助かるが……いいのか?」


 町を見渡す。

 瓦礫の山と化したこの町には、復興を指揮する者が必要だろう。

 シェラザードは、隣に立つ戦士をちらりと見上げた。


「ルエンを残しておく。有能だし、人望も厚い男だ。私の代わりとしてみんなをまとめ上げてくれるだろう」


 だがルエンは眉間に皺を寄せ、その言葉に難色を示した。


「お言葉ですが、シェラザード様。私は父君より、あなたの世話役を仰せつかっております。私の目の届かぬところで御身に何かあれば一大事。そのようなご命令には従いかねます」

「だが、町はどうする? 放っておくというのか?」

「私の部下に指揮を任せましょう。その程度のことならば十分に果たせるはずです」


 ユーリが口を挟む。


「それで決まりってことでいいか? さっさと出発しよう。時間が惜しい」


 ルエンはじろり、とユーリを睨みつけると、くるりと向きを変えた。


「すこし待て。部下に指示を与えてくる」



 ◆



 誰の目も届かない廃墟の影にやってくると、ルエンは呟いた。


「これでいいのか、ティベリウス」


 建物の影から、真っ白な髑髏の面が浮かび上がる。

 おぞましき邪教の司教、ティベリウス。


「たいへんけっこうでございます、ルエン殿。あとは手はず通りに……子細な部分はお任せします」

「ふん。わざわざ聖都まで案内してやる必要があるのか? 神の目的はあの剣なのだろう。面倒な真似をせずとも、俺が力ずくで奪ってしまえば簡単だと思うがな」


 不敵な自信を見せつけるルエン。

 ティベリウスは、やや声を低くした。


「あらゆる事態は慎重に運ぶのが肝要ですよ。力に頼るなど下策でしかありません。大いなる神の御心に背くなど、万が一にもあってはならないのですから」


 枯れ木のような細い腕を伸ばし、ルエンの額に触れる。


「よろしいですね、ルエン殿。くれぐれも慎重に。すべては神の御心のままに」

「……わかっている」


 その指先を振り払うようにきびすを返し、ルエンは言った。


「貴様こそ分かっているだろうな、ティベリウス。すべてが終わったら、俺の好きにさせてもらうぞ」

「ええ、もちろん。それが私たちの契約なのですから」


 そうして、ルエンの背中を見送ったティベリウスは、


「地上世界の王となる、ですか……なんと下らない」


 唾棄するかのごとく呟いて、影の底へと消えていった。


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