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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
39/43

《樹神と魔神》



「誰が出てこいって言った、ババア。すっこんでろ」


 ユーリが低い声で言う。

 クラティアは、バースデイから視線を外さないまま応えた。


「下がっていなさい。この男はあなたの手に余るわ」

「……ッ」


 歯ぎしりの音。

 クラティアの助けがなければ、先ほどの攻撃で全員の命が奪われていた。そしてバースデイの底知れぬ実力に、ユーリではかなわない。その事実について、他ならぬ彼自身がもっとも痛感しているのだ。


「あなたでは、まだ早いというだけよ。――だから、ここは私に任せなさい」


 やわらかい視線を、ユーリに向ける。

 ユーリは、渋々といったふうに、舌打ちしてから頷いた。

 矜持が傷つけられたどころの話ではないだろう。

 だが、駄々をこねて事態を悪化させる無能ではない。


「ねえ、話は終わった?」


 バースデイが言った。

 《樹神》は、その両腕から伸ばした無数の触手を蠢かせ、獲物を品定めするかのように楽しげに言った。


「――じゃあ、もう殺していいかな?」

「――ええ。もう、殺すわ」


 《魔神》の笑みは、これから破壊の限りを尽くす快感に酔っているかのように、楽しげだった。


 二柱の亜神の対峙は、それだけで周囲に甚大な被害をもたらす。

 際限を知らず高まり続ける、両者の強大すぎる魔力は、大地に亀裂を走らせ、空間を軋ませた。

 目を閉じ、神経を集中させたクラティアの全身を、紫電が覆う。ショートボブの髪が重力に逆らって浮かび上がり、左右の手の平には特に膨大な電力が膨れ上がりつつあった。

 バースデイたちは、全員で一斉に攻撃を仕掛ける瞬間をうかがっているようだ。


 先に仕掛けたのは、クラティアだ。

 腕を広げ、左手と右手の五指、都合十本の先から電撃を放つ。

 メガボルト級の発電をそのまま攻撃に使用した雷撃魔法。

 それはバースデイたちの胸の中央を正確に貫くや、直後にその体中の水分を沸騰させた。

 反撃することもままならず、目玉が飛び出し、開いた口から絶叫と火花が散る。


「やったな!」


 ぷくーっと頬を膨らませたバースデイは、その腕をクラティアに向けて伸ばした。

 残った他のバースデイたちも、同様に腕を伸ばす。

 無数の触手が、剣や槍に姿を変えてクラティアを襲った。


「ぬるいわ」


 冷淡に告げたクラティアの周囲で、空間が陽炎のように揺らめいた。

 金属の刃同士が擦れ合うような、風を切り裂く甲高い音。

 優美なる栗色の髪が、突然発生した風の流れに靡く。

 風切り音は無数に生まれ、鼓膜が痛みを覚えるほど反響し合うと、外へ向けて放たれた。

 目には見えない鋭い牙、真空の刃だ。

 全方位を蹂躙する不可視の刃は、絶大な威力で触手の群れを無残に切り裂いた。再生が追いつかないほど細切れにし、一本残らず叩き落とす。


 クラティアはさらに、その右手の人差し指を天に向けて掲げた。

 指先の空間に、小さな紅い点が輝く。

 その輝きは瞬く間に膨れ上がると、巨大な業火の球体と化した。

 生き物のごとく荒れ狂う、幾重もの炎の螺旋の集合体。

 落ちていた樹の破片や、家の壁などが、炎に触れたわけでもないのに勝手に発火した。

 かつてセラフィーナが唱えた火炎魔法とは、桁違いの熱量。

 まるで地獄の罪人を焼き尽くすための炎を、そのまま取り出したかのようだ。

 ユーリたちが熱さを感じていないのは、クラティアの魔力で守られているからだろう。


 身構えるかのように膨張した火球が、破裂した。

 幾多にも分裂し、ひとつひとつが強大な破壊力を誇る火炎弾となって、バースデイたちを襲う。

 高速で着弾した火炎弾は、砲弾をも凌ぐ威力で、凶悪な災禍を撒き散らした。

 轟音と共に地面を深々と抉り、そこにあった物体を跡形も残さず蒸発させる。

 あの炎に焼き尽くせない物質など、この世にあるまい。


 目に見える限りの場所から、バースデイの姿が消えた。

 これで終わったのだろうか?

 《樹神》と《魔神》の戦いは、《魔神》の勝利に終わったのだろうか?

 こんなにもあっけなく?

 戸惑う、ユーリたち。

 その答えは、険しい表情を崩さないクラティアが持っている。


 ――轟音。

 町長の館が、中央から真っ二つに割れた。

 ウエハースのように粉々に砕け散り、倒壊する館を押しのけるように、巨大すぎる人影が姿を現す。

 緑色の、太い蔦で覆われた四肢。

 身長十メートルはあろうかという、樹の巨人だ。

 頭部にあたる部分は、包帯でぐるぐる巻きにされているかのように、蔦が渦巻いている。

 その額の中央から、バースデイの上半身が突き出していた。


「けっこうやるねえっ! じゃあさぁ、これはどう!?」


 巨人は、腕を大きく振りかぶる。

 ぎちぎちと硬く密集する蔦の拳。

 十メートルの高みから逆しまに繰り出される、圧倒的質量攻撃。

 先ほどのクラティアの火炎魔法と同じく、やはり、これを受け止められる生物など存在しまい。


 ――まさかその拳を、指先ひとつで受け止めようとは。

 たいして力を込めているとも思えない、白魚のごとき華奢な指先が、拳の落下を支えていた。

 単純な腕力などではありえない。

 これも、魔神の驚異的な魔力のなせる業なのか。

 指先で発生した斥力が、巨人だけを一方的に吹き飛ばす。

 たたらを踏んで姿勢を大きく崩した巨人。

 クラティアは、指先をそのまま下へと向けた。


 まるでその動きに操られたかのように、巨人が膝をつく。

 あまりの質量の落下に耐えきれず、地面が陥没し亀裂が走った。

 それだけではない。

 巨人の身体は、立ち上がろうとする意思に反して、より無様な格好で膝を屈し、両腕までも地に落としている。

 その周囲の限定された空間だけ、重力が増しているのだ。

 地面だけでなく、小石や建材の破片までもが重圧に耐えられず粉砕され、細かな破片となっていく。

 重力操作。人間の社会では遙か昔に失われ、禁忌として伝わる系統。


「あっばばばばばっ。やーめーてーよー」


 いったいどれだけの重さが加わっているのか。蔦の手足がグシャグシャに潰れ、見るも無惨な姿へと変わり果てていく。

 もはや身動きすらとれなくなったバースデイが、泣き言のように抗議をした。

 だがもちろん、クラティアはまったく聞き入れることなく、駄目押しとばかりに両腕を高く掲げる。


 頭上で、暗雲が不気味な胎動の音を響かせた。

 この第一階層の上空にはどす黒い色合いの雲が常にたまっており、雨が降ることもある。

 もちろん、雷もだ。


「あ、ありえん……なんだこの、馬鹿げた魔力は……。完全に常識を越えている!」


 レンヴィクセンが喉を鳴らし、愕然として上空を見上げた。

 雲が、クラティアの頭上の一点に集まろうとしている。

 ユーリたちの衣服に、バチバチと青白い静電気が弾けた。

 空気中のイオンが異常に増加している。

 頭上の雲は雷雲と化し、ゴロゴロという重苦しい低音と共に、あたりを照らす稲光を発生させていた。


「終わりよ。――豪雷(モルニアトルス)


 直後、ひときわ強い稲光が、階層全体を真昼のように照らした。

 雲の中で無数に生じた静電気が桁外れのエネルギーを発生させ、行き場を求めて荒れ狂う超大電圧は、最終的な捌け口を真下へと定める。

 禍々しい輝きを帯びた光の束が大気中を走り、バースデイを直撃した。


 稲妻が巨人の全身を駆け巡り、破壊し尽くすと、手足を破裂させる。

 真っ二つに引き裂かれた巨体の断面から炎が生まれ、瞬く間に燃え広がった。


 雷とは、古くから、畏れ多き者の象徴として扱われることが多い。

 人間は、自分たちの理屈では説明のつかない現象を恐れ敬い、擬人化して祀る。

 特に雷は、天から来たる絶大な災厄として、神の怒りの顕現、または神そのものの降臨と認識される例がある。

 人々は、荒れ狂う風雨をともない、強い光と共に地上を焼き払う稲妻に、真の恐怖と絶望を見た。

 やがて、それを神と見なすようになった。

 神を象徴する雷が、神を名乗る男を討ち滅ぼす。これほどの皮肉もあるまい。


 バースデイは、もはや軽口すら叩けず沈黙している。額から二つに裂けている上に、身体が炭化しているのだから当然だ。


「やったのか?」


 ユーリが言った。

 クラティアは険しい表情のまま口を開こうとした。


「すごいねぇ~~」


 遮ったのは、間延びした軽薄な声だ。

 振り返った先に、ダメージらしいダメージを受けた様子のないバースデイが立っていた。


「すごいすごい。たいした魔法だ。普通のハイエルフなんて相手にならないね。僕の部下にハエレティクスってのがいるけど、そいつ以上かもしれないなあ」

「しつこい男だこと。まだ殺され足りないようね」


 強い殺気を纏う、クラティアの瞳。

 バースデイは、へらへら笑って首を振った。


「いや、もう充分だよ。さすがにいつまでもやられっぱなしじゃあ、神様の沽券に関わるんでねえ。そろそろ、本気を出して反撃しちゃおっかなーと」


 ずん、と。

 地響きがユーリたちの足下を襲った。

 否、それはこの町全体に広がる規模での地震だ。

 なにか、とてつもなく大きな物が、地下で蠢いているかのような。それもひとつやふたつではない、無数の物体が一斉に轟き始めている。

 

 クラティアは、すぐさまバースデイへ向けて手の平をかざした。

 なにをするつもりなのか知らないが、それを実行する前に叩き潰せば問題ない。

 すべてを切り裂く真空の刃が、弾丸以上のスピードでバースデイに放たれる。


 だが、必殺のはずであった真空魔法は、バースデイの指先に触れるや否や、そよ風と化して霧散してしまった。

 《樹神》の不気味な薄ら笑い。


「もう、無駄だよ。《生命の樹(セフィロト・ツリー)》の稼働率を、五十パーセントまで上げちゃったもん」


 町のあちこちで、この世の物とも思えぬ悲鳴が聞こえ始めていた。

 この町に暮らしていた住民たちの身に、異変が起こっているのだ。

 同時に、いたるところで家屋を突き破って樹木が姿を現し、地面がひび割れ、陥没していく。


「さーて、小手調べはここまでだ。……僕がどうして神様なのか、教えてあげるよ」


 神とは。

 恐怖と絶望の象徴である。

 それこそが、神なのだ。



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