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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
38/43

《樹神バースデイ》


 まず狙われたのは、男の近くに立っていたエストレア。

 それを守るために飛び出したユーリ。

 瞬時に剣を抜き、向かってくる槍のようなものを斬り飛ばす。

 一本、二本、三本。

 流れるような剣さばきは速く的確であったが、銀光が輝く回数よりも、男の腕から生えた槍のほうが数多い。


 十本目を打ち落としたところで、切断面から先端が再生した一本目の槍が、ユーリの死角から回り込むように牙をむいた。

 すんでのところで身をかわすが、わき腹を浅く切り裂かれてしまう。

 血がシャツを濡らし、あっという間に染みが大きく広がった。

 エストレアの顔が青ざめた。


「案内人さん!」

「心配するな。かすり傷だ」


 舌打ちするユーリの周囲で、その奮闘をあざ笑うように、槍の切り落とされた先端が再生していく。

 正体不明のこの槍は、ただ腕から生えるだけでなく、自由自在に形を変えたり、元通りに復活する再生機能も有しているようだ。

 まともに戦っても、こちらがいたずらに体力を消耗するだけである。


 ユーリは油断なく周りに目を配りながら、男に尋ねた。


「聞くまでもないと思うが、おまえがバースデイだな?」

「そうだよぉ。僕が神様でーす。よろしくね、案内人ユーリ」


 ユーリの眉が片方、持ち上がった。

 初対面であるはずのバースデイが、なぜ自分の名前を知っているのか、怪訝に思ったのだろう。

 バースデイは、いったん攻撃の手をゆるめて腕を下ろし、くすくすと意地悪く笑った。


「どうして知ってるのかって? なんでも知ってるよぉ。僕は神様だからねぇ。この森のことなら、なーんでも知ってるんだ」


 その言葉の真意を探るより前に、エルフの戦士たちが動いた。

 殺気立った怒号を上げ、それぞれの武器を抜き放つ。


「おい、よせ――」


 ユーリの制止は、彼女らには届かなかった。

 五人の戦士たちは全員が年若い少女であったが、よく訓練されており、その剣筋は迷いがなく苛烈だった。


「父の仇!」

「邪神め、覚悟!」


 だが悲しいかな、ユーリの宣言した通り、彼女たちでは、バースデイにはかなわない。


 殺し合いの場には――そしてこれから自らの手で惨劇を作り上げようとしている張本人としてはあまりにもそぐわない、優美な笑みを浮かべたバースデイは、その白い指先を彼女らに向けた。

 

 上段に剣を構えた少女の喉を、槍の切っ先が撫でるように切り裂く。赤い血しぶきをまき散らしながら転倒すると、喉を押さえてもがき苦しみながら息絶えた。

 さらなる悪意が、蛇行しながら戦士たちに襲いかかる。

 そのスピードはさながら銃弾だ。

 優れた身体能力を持つユーリならば、なんとか対処して打ち落とすことも可能だが、一般の戦士たちに同じ芸当ができるわけがない。

 

 必死の形相を浮かべ、迎撃しようと振り回した剣は、まるで見当違いの空間を虚しく空振りしただけだ。


 槍の先端は、まず一人目のエルフの額を完全に貫通した。

 そしてまったく勢いを削がれることなくそのままの速度で二人目の額をも貫き、絶望の悲鳴を上げた三人目の額も、同様に刺し貫いて停止した。 

 悪夢の数珠繋ぎだ。

 絶叫が轟く。

 あろうことか、それは額を貫かれ、脳を破壊されて即死したはずの三人が上げたものであった。


 じゅるじゅると、コップの底に残った少ない水をストローで吸い上げるような異音が鳴った。

 三人の外見が目に見えて縮まり、皮膚から水分が失われ、眼窩が落ち窪む。

 中身を、吸われているのだ。

 白い槍の表面は滑らかで陶器のようだが、なんらかの器官でもそなわっているのか。大樹が根から地下の水を吸うように、エルフたちの水分を、血を、果ては臓器や骨までも奪っていく。

 ばきばき、ごぎゅ、という咀嚼の音。

 それは食事であった。


 想像を絶する悲惨な光景に魂を抜かれたのか、先ほどユーリと会話した女戦士は、武器を落とし、最初の気迫が嘘のように顔を青ざめさせて、後ろへ下がった。

 バースデイは、轟き続ける絶叫を心地よさそうに聞きながら、彼女に手招きしてみせた。


「さあ、きみもおいでよ」


 女のように端正な美貌が浮かべるその微笑みは、しかしこの状況にあっては心の歪んだ破綻者としか映らなかった。

 血の気の失せた顔で声にならない悲鳴を上げ、倒すべき敵に背中を見せて逃走する。

 逃げる彼女とすれ違う影。

 残像が生じる速度で突進する、ユーリ。

 喉から獣じみた咆哮が飛び出す。

 間合いを詰めて突き入れた一撃は、バースデイの胸を確実に貫いた。


 しかし心臓のあるべき箇所を破壊されたにもかかわらず、余裕のある表情を浮かべるバースデイ。

 ユーリの背筋を悪寒が襲う。

 得体の知れぬ感情に突き動かされるようにして、次々と斬撃を見舞った。

 バースデイは抵抗するそぶりも見せず、その刃を受け入れる。

 鋭い刃が、腕を、胴体を、首を斬り飛ばし、男をバラバラ死体に変えていく。

 だが、奇妙なことに、いくら切り裂こうとも、一滴の血も出ない。

 バースデイの身体の断面は、そこにあるべきはずのものが決定的に存在していなかった。

 すなわち、血と骨、肉。

 代わりに、生白いものが詰まっていた。

 

 ――これは、樹だ。


 自分の斬った物がただの人形と気付いたとき、背後で大地が爆ぜた。

 振り返ると、唐突に地面を突き破って、樹木が誕生している。

 それはまるで、エルフの女の逃げ道を塞ぐかのように現れた。

 

 いきなり目の前に出現した硬い樹木に衝突したエルフの女戦士は、半狂乱になりながらその横を迂回しようとする。

 だが、樹の表皮から生えた白い腕が、彼女の腕をがっしりと捕まえた。

 腕だけではない。

 まるでたちの悪いオブジェのように、バースデイの顔が、長い金髪が、脚が、その全身が、樹木の内部から透過したかのように、抜け出たのだ。

 その身体にはもちろん、先ほどユーリが斬りつけた際の傷など一筋もない。


「ジャンジャジャ~~~~~ン! ハッピーバースデェ~~~イ!」


 女を抱き寄せながら、片腕を広げて笑ってみせる、バースデイ。

 これにはさすがのユーリも戦慄を隠せなかった。

 

「……ババア。あいつは、何者だ」

「私にも分からないわ。ただひとつ言えるのは……あれは、化け物よ」

「そんなことは言われなくてもわかる」


 緊張に強張った顔。

 握り心地を確かめるように、柄を握り直す。

対してバースデイは、楽しげですらあった。恐怖に震える女の頬を撫でながら言う。


「そのしゃべる剣、いいねぇ」

「ふん。こいつが欲しいのか? 悪いが、やらんぞ」

「べつにいいよ。どーせ使わないし。――用事があるのは、それの中身だけだ」

「あ?」


 怪訝に思い、問い返す、ユーリ。

 

「第七階層から持って帰ったんでしょ、それ。僕はその中にいる女に、聞きたいことがあるだけさ」


 ユーリの瞳が険しい光を帯びた。

 硬い声で尋ねる。


「おまえ、本当に何者だ? どこまで俺たちのことを知ってる?」

「だーかーら、言ったじゃん。僕は神様だよ。なんでも知ってる。この森のすべては僕が作ったんだからね」

「この森を……作った?」


 ユーリの呟きに、バースデイは満足げにうなずいた。


「きみたちがここに降りてくるよりもずっと昔、もう五千年も前になるけどね。当時、なんにもないただの地下空間だったこの場所を、これだけの森林地帯に変えたのは、神様であるこの僕なんだよ」

「ありえないわね」


 クラティアが反論した。


「神ですって? どんな力を得て増長した愚か者か知らないけど、そんなことは不可能よ。どれだけの魔力があろうとも個人では限度というものがあるわ。これだけの規模の大地をすべて森に変えることは、どんな魔法使いにも絶対不可能。この森はおそらく、地上にたまたま開いたダウンホールから落ちた植物の種が、下層から漏れた熱と魔力によって成長した偶然の産物よ。断じて個人の作意によるものではありえないわ」


「それができるから、神様なんですけどぉお~~~~??」


 神経を逆なでする嘲笑が、クラティアの言葉を詰まらせる。


「まっ、だからなんだよねぇ、僕がユーリやクラティアのことを知っているのは。きみたちだけじゃないよ、この森で過去に起こったことや現在の状況もすべて把握している。森の木々が教えてくれるんだ。バクスター効果って知ってるかい? 木々にも意思や感情、それに見たり聞いたりする能力がある……。この森の造物主は僕。そして樹は細分化された僕自身だからねぇ。よく見せてくれるし聞かせてくれるよぉ。おかげで封印された五千年間、退屈しなかった」


 バースデイの指先が、可憐なる女戦士の額を小突いた。

 魔手に捕らわれし哀れなる蝶は、瞳から頬へ幾筋も涙を這わせ、膝を震わせている。その足下ではアンモニア臭のする暖かい水たまりが広がっていた。恐怖のあまり失禁したのだ。


「そう……退屈しなかった。五千年間、ずっと考えていたよ。卑しく小賢しい、恩知らずの奴隷種族ども……おまえたちにどうやって復讐してやろうかとね」


 軽薄な作り笑いを消し去った無の表情、そして抑揚のない声。

 双眸が、とてつもない底知れぬ闇をたたえてエルフの女を見下ろす。

 これが先ほどまでと同一人物なのかと疑うほどの変貌。

 常軌を逸した負の感情が、ほんの少し顔を出す。それだけで周囲の者を飲み込み、凍り付かせるプレッシャーを放っていた。


「ま、別にそれはもうどうでもいいんだけどねっ」


 バースデイはコロッと表情を変えると、ほがらかとさえ呼べる表情を再び浮かべた。

 捕まえていた女戦士も、あっさりと解放する。


「考えてみれば、いつまでもそんなつまらないことにこだわるなんて大人げないし……それに、ずっと面白そうなことも思いついちゃったしさ」


 そう言ったバースデイの傍らで、逃げる好機と見てじりじりと後ろに下がろうとしていた女戦士が、目を見開いてうずくまった。

 両手で喉を押さえて、苦しげな呼吸を繰り返す。

 丸まった背筋が、ボコッ! と、身体の内側から盛り上がった。彼女の内部からなんらかの物体が飛び出そうとしているのか、次々と、連続して盛り上がる。

 想像を絶する苦痛だろう。


 しかし自分の身に何が起こっているのかすら理解できず、その大きく開いた口を天に向ける。

 そこから吐き出されたのは、絶叫ではなく、植物の枝葉であった。

 緑の葉を生い茂らせた樹木が、彼女を苗床として生えたのだ。

 しかも、なんということか、瞬く間に果実まで実る。

 艶やかに黒光りする実をたわわに付けた葡萄の房だ。その瑞々しい輝きの代償に、木の根に養分を吸い尽くされた女戦士の肉体は干涸らび、骨と皮だけのミイラと化している。


 バースデイは腕を伸ばして房をひとつもぎ取ると、そのまま、ぞぶり、と食らいついた。


「うーん、うまい」


 種をペッ、と吐き出し、唖然とする皆の前で舌なめずりしてみせる。


「僕は《樹神》バースデイ。この世でもっとも偉大なる神様だ。エルフだろうと人間だろうと、僕のために供物を捧げてもらう」


 そして、一歩、前へ踏み出す。

 すべてを圧倒するプレッシャーを身に纏う、傲然たる覇者の歩みであった。


「ユ~~リィ。きみからはその剣をもらうよ。さっきも言ったけど、聞きたいことがあるんでねぇ。きみ自身は……そうだな……死んでいいよ?」

「調子に乗るな、トナカイ野郎」


 ユーリは恐怖する様子など微塵もなく、応じるように前へと足を踏み出した。

 その身に纏うは、猛り狂う餓狼のごとき鬼気。


「俺は死なないし、相棒もくれてやるつもりはない。何も手に掴めないまま、死ね」


 ゼロから一瞬でトップスピードへ。

 猛然と駆け抜け、間合いを詰める。


 バースデイは腕を持ち上げ、迎え撃った。

 本体に剣が届く間合いのはるか手前、白き槍の洗礼が、再びユーリを襲う。

 バースデイの攻撃は、前後左右上下のありとあらゆる方向、死角という死角から高速で迫り来る。いわば、数十人もの相手と一度に戦っているようなものだ。

 それに対してユーリの剣は、あらゆる方向からの攻撃に対応し、超高速の斬撃を迸らせて槍を斬り飛ばす。

 ユーリがすばやく身を躍らせる周囲で銀の光が瞬いているとしか見えない光景は、その実、おそるべきスピードで迫り来る槍衾を、それ以上の剣速で斬り刻む、人外の領域にある戦闘であった。


 だが。

 この戦い、両者は対等ではない――なぜなら、


「ねぇ、ユーリ。さっきからチラチラと見てるけど、そんなに気になるのかい?」


 バースデイが槍を伸ばすために使っている腕は、常に右腕だけ。

 左腕は、なんの変化も見せず、ただだらりと下がっているだけ。

 バースデイは、耳元まで裂けるように笑った。


「こっちの腕を、いつ使うのかって――さあ!」


 左腕から、右腕と同様に多数の白き触手が伸びる。

 ただしその先端の形状は槍だけではなく、剣や、鎚など、多種多様に変化していた。

 武器の見本市のような攻撃が、雨あられとばかり叩き込まれる。

 これにより、ユーリは一気に劣勢へと立たされた。

 じりじりと間合いを詰めていた足が止まり、無数に迫る攻撃への対応で手一杯となってしまう。


 単純に白き触手の数が倍加したこともそうだが、武器の形状が変化を見せたことも要因だ。

 たとえば相手が使う武器が槍なら槍への対処法、鎚なら鎚への対処法というものがある。

 それを見誤れば、事態はけっして好ましくない方向へと向かうのだ。


 槍による横薙ぎの一撃を自ら後ろへ倒れるようにして躱し、左右から挟み込む剣の斬撃を斬り飛ばす。

 背後から頭部を狙って振り下ろされた鎚を、剣の腹で受け止めた。

 強い衝撃に、腕が痺れる。

 動きが停滞したところへ、斜めに走る白き流れ。

 ぱっ、と血の華が咲き、二の腕に赤い筋が生じる。さらに、太股を槍が貫いた。貫通した先端はそのまま地面に突き刺さり、ユーリの身体を縫い止めるように固定してしまう。

 

 ユーリは怒りで痛覚が麻痺しているのか、ひるむことなく槍を斬り飛ばすと、勢い任せの乱暴な動きで脚から引き抜き、さらに前進した。


「小僧! 巻き込まれるなよ!」


 怒鳴り声を上げたのは、レンヴィクセンであった。

 老魔法使いがバースデイに向けて指を向けると、白い靄が発生した。

 急速に超低温状態と化した空間に、きらきらと輝くダイアモンドダスト。


「おやっ?」


 そんなバースデイの疑問の呟きすらも、凍り付く。

 顔も、皮膚も、手足も、霜で覆われ、氷に覆われていく。

 その腕から伸びた白い触手も影響を免れず、凍り付き、苦悶するようにギクシャクとぎこちない動きでのたうちまわった。冷凍されてしまっては、あのおそるべき速度と全方位からの攻撃も発揮できない。


「……我が師直伝の凍結魔法の味はどうだ? 動くことも出来まい! このまま永久に封印してくれるわ!」


 だが。

 勝ち誇るレンヴィクセンをあざ笑うかのように、霜で覆われたバースデイの右手が、あざやかな所作でパチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、神の全身と、触手を覆っていた薄氷が、バラバラに砕けて弾け飛ぶ。

 そして、長い金髪を優雅にかき上げた。


「――悪いけど、封印されるのはもう飽きたんだよねぇ」

「ば、馬鹿な」


 世界最強の魔法使いとの呼び声も高いレンヴィクセンは、氷の舞い散る美しい光景を、唖然として魅入っていた。


「最高位階の凍結魔法を、これほど容易く無効化するなど……ありえん!」

「人間の魔法使いか……まっ、なかなかのものだと思うよ? 人間にしては、ね」


 五百年の人生で一度も打ち破られたことのない最強の手札。それをあっさり打ち砕かれたことに衝撃を隠せない、レンヴィクセン。

 

「でもさぁ。おまえたち人間に魔法を教えてやったのは、僕らハイエルフだよ」

「なっ?」

「正確に言えば、僕らの奴隷種族だったおまえたちが、文明末期のどさくさにまぎれて技術を盗み出したんだけどねぇ。だから魔法で僕にかなうわけがないのさ。なんたって僕は、」


 黒き影が、凶悪な形相で襲いかかる。

 銀光の一閃がバースデイの首をはね飛ばし、空間ごと砕く苛烈な一撃が、胴体を縦に両断した。


「僕は、神様だからねぇ」


 宙を舞うバースデイの首は、それでも余裕の表情を崩さなかった。

 ボールのように転がる自分の首を拾い上げたのは、新たに出現したバースデイ。

 肩をすくめて鼻を鳴らすと、大地を力強く踏みつける。

 それに呼応するように、周囲の地面が激震した。


 一カ所だけではなく、ユーリたちを取り囲むように無数の木々が現れる。

 そしてそのすべてから、新しいバースデイが抜け出るようにして誕生した。


「さて……僕のたった腕二本でヒィヒィ言わされていたユーリくん」


 すべてのバースデイが、完全に声を重ね合わせて言う。

 悪夢じみた声の響きと光景。


「今度は、どこまで頑張れるかなぁ?」


 けたたましい、狂ったような笑い声と共に、バースデイたちは両腕から白い触手を無数に生やした。

 その総数は、もはや数えるのも無意味なほどに増加している。

 対策を練る時間など与えてくれるはずもなく、ユーリ、レンヴィクセン、エストレアを全方位から囲んで射出される白い殺意。

 斬るのでも突くのでもなく、線でも点でもなく、空間ごとギチギチに埋め尽くすような質量の暴力。

 斬り飛ばすことも、防御することも不可能、ましてや躱す隙間もない。


 ――つまり、まとめてすべて吹き飛ばすのが正解だ。

 不可視の、圧倒的な破壊の魔力が、ユーリたちを中心として爆発した。

 それはまるで、巨大な太陽に殺到する、無数の毒蛇。

 触れるそばから炎に灼かれ、蒸発していく無力な牙。

 轟然たる魔力の波動に、バースデイの顔から余裕の笑みが消えた。


「まったく、世話が焼けるわね、ご主人様(マスター)


 ユーリの傍らに現れたのは、クラティアだった。

 その栗色の髪と純白のドレスに、紫電のごとく弾ける魔力を纏わせている。

 ユーリたちを救ったのは、彼女の攻撃魔法であった。


 宙に浮き、腕組みしながら正面のバースデイを見下ろすその視線は、絶対零度に凍てついている。


「選手交代よ。おまえがあくまでも神を名乗るなら、教えてあげる。本物の魔神の力をね」


 睥睨する《魔神》。

 《樹神》は臆する様子もなく、芝居がかった仕草で腕を広げた。


「興味があるのは頭の中身だけなんだよねぇ。だって他人の力なんて興味がないもん。どうせ、僕より格下なんだから」


 《魔神》と、《樹神》。

 この第一階層を揺るがす決戦の火蓋が切られようとしていた。



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