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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
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《エストレアのハルバード》




 起床したユーリが身支度を整えて部屋を出ると、なにやら館の外が騒がしいことに気がついた。

 複数人の声と、鋼と鋼が打ち合う音。

 怪訝に思いながら中庭に出てみると、なぜかエストレアがエルフ相手にぶんぶんとハルバードを振り回しているところにでくわした。


 ハルバードとは、ポールウェポンと呼ばれる竿状武器の一種であり、その完成形である。

 斧と槍、鉤を組み合わせた形状をしているこの武器は、斬ることも突くことも、あるいは鉤爪で引っかけることや柄で打つこともできる、多彩な攻撃方法を秘めている。


 上段に剣を構えるエルフの女戦士に対し、エストレアはその顔めがけて突きを入れる素振りを見せた。

 しかしそれはフェイントだ。

 上に剣を構えた者は、突きに対しての反応が過敏になる傾向がある。

 エルフが突きを防ごうと慌てて剣を振り下ろした。

 エストレアは武器を引いて素早く横へ踏み込みつつ、軽やかな槍さばきで剣を引っかけ、エルフの体勢が崩れたとことろで、その喉元に切っ先を突きつけた。


「ま、まいった」


 ごくりと喉を鳴らし、潔く降参するエルフ。

 エストレアはにっこり笑って武器を引いた。


「いい勝負でしたわ。またお相手をお願いしますわね」

「なにをやってるんだ?」


 ユーリが近づくと、振り向いたエストレアは無邪気な笑顔を見せた。

 冒険家ルックから着替えており、鮮やかな青のチューブトップとジーンズという組み合わせの衣装であった。動きやすいよう、複数の縦ロールを後頭部で纏めている。


「あら、案内人さん。おはようございますですわ。……地上はいま夜なのでしょうか? この場所では、時間の感覚が狂ってしまいますわね」

「地上でも、ちょうど夜が明けた頃合いだろうな」

「あら、そうなのですの? よくお分かりになりますのね」

「まあ、長いこと上と下を行ったり来たりしていれば嫌でも体で理解できるようになるさ。……それより、そんなものを振り回してどういうつもりだ?」


 ユーリは腕を組んで、エストレアの持つハルバードに顎をしゃくった。 エストレアはなぜか自慢げに、豊満すぎる胸を張る。


「エルフの戦士さんからお借りしましたの。お願いして試合してみましたが、なかなかの業物ですわよ、これは」

「いや、そういうことを聞いているんじゃなくてだな。なんでそれをあんたが持つ必要があるのか知りたいんだが」


 嫌な予感が頭をよぎり、ユーリは思わずこめかみを手で押さえた。

 エストレアは不思議そうに首を傾げる。


「戦うためには武器が必要なのですから、当然でしょう?」

「……誰と戦うつもりだって?」

「もちろん、罪もない民を苦しめる悪神に決まっていますわ!」


 ユーリは、頭痛でも覚えたように軽い呻き声を上げた。


「いつの世にも悪がはびこり、か弱き人々を苦しめるのが常ですわ。ならばその巨悪を倒すため勇者が立ち上がるのも常。そう、この身は高貴なる生まれならば、相応の義務を果たさなければなりません。それがノブレス・オブリージュ!」


 ハルバードを天に掲げて高らかに宣言する勇者エストレア。

 ユーリはその場にいたレンヴィクセンに助けを求めた。


「どうにかしてくれ、爺さん。たいしたもんだぞ、お嬢さんの仕上がり具合は」

「どうにもならん。このじゃじゃ馬の手綱を引けるものならとっくにそうしている」


 渋い顔を作り、皺をさらに深くする。

 彼にとってはエストレアの行動は普段と変わらないものであり、制止しても無駄だと諦めているのだろう。常日頃の苦労をうかがわせる瞬間だ。 しかしユーリにとってはそうはいかない。

 依頼人が危険な戦いへ自ら踏み入ろうとしているのに、はいそうですかと認めることはできないのだ。


「気合いを入れてるところ悪いが、あんたの出番はない。バースデイだかバーボンだか知らないが、そいつは俺が片付ける。すぐ帰ってくるからあんたはここで待ってろ」

「ええっ!? そんなのってないですわ。せっかくわたくしの英雄譚に輝かしい一ページを加えるチャンスですのに。待っているだけだなんてあんまりですわ」


 ぶー、と頬を膨らませるエストレア。

 ユーリはため息をついて、はっきりと告げた。


「俺は侯爵に雇われて、金を貰ってあんたの案内を引き受けたんだ。何があろうとあんたの安全を守らなくちゃならない義務がある。だが肝心のあんたが自分から戦いたがってると、守れるものも守れなくなるんだよ」

「むぅ。わたくし、足手まといになるつもりはありませんわよ。これでも幼い頃から武芸一般の手ほどきを受けて参りましたわ。同年代との試合で負けたことはございませんの」

「そういうことを言ってるわけじゃない。……ああもう、めんどくせえ。試してやるから、かかってこい。一発でも俺に当てられたら、認めてやる」


 この条件に、エストエアは一気に乗り気になったようだ。

 好戦的な表情を浮かべると舌をぺろりと出し、唇を舐める。


「シンプルでわかりやすいですわね。望むところですわ。でも、よろしくて? 一発でも当たれば怪我をしますわよ」

「当たるわけないから心配するな。ほら、さっさと来い」


 ユーリは剣を抜くこともなく、片手をだらりと下げ、もう片方の手で手招きした。

 エストレアの双眸が輝きを帯びる。

 脚を前後に開き、腰のあたりでハルバードを構えると、素早い動きで洗練された一撃を繰り出した。

 電光石火の刺突。

 ハルバードの切っ先を、ユーリは体を傾げるようにして難なくかわした。

 長柄のポールウェポンにとって永遠の課題と言える点だが、突いてしまうと引き戻して再び突くまでにわずかなタイムラグが発生する。これはどんな達人だろうと同じだ。もちろん訓練によってその時間を縮めることは可能だが、その隙はユーリという男を相手にあまりにも致命的。

 エストレアは、武器を引くのではなく横に薙ぎ払い、斧の部分を使って斬撃を見舞った。

 これも、ユーリは姿勢を低くして避けてみせる。

 風を唸らせ、エストレアの頭上で旋回するハルバード。

 そしてその勢いをすべて乗せ、続けざまに振り下ろされた斬撃は、硬い大地を粉々に砕き、破片を飛び散らせた。


 ユーリが並みの男なら、脳天から縦に切り裂かれていただろう。

 だが実際は、かすり傷すら受けることなく、地面に突き刺さったハルバードの柄に靴裏を乗せている。エストレアの表情に動揺が浮かんだ。必殺を期して繰り出したはずの一撃が、こうも簡単に見切られたのだから。


「悪くないが、動きが素直すぎるな。実戦では使い物にならん」


 嘲るでもなく淡々と言うユーリ。

 エストレアは、きっ、と眼差しを強めて、歯を食いしばった。

 突き刺さったままのハルバードを、おもいきり持ち上げる。

 ユーリはその力にあえて逆らわず、むしろ柄の弾力をもバネのように利用して跳躍した。

 

 くるりと回転しつつ降り立ったのは、エストレアの背後。

 互いの呼吸さえ聞こえそうな間合い。

 振り回す距離ではないと瞬時に判断したエストレアは、引き戻す力をすべて逆方向へと集約した。柄の尻部分にあたる石突きがユーリを襲う。

 それすらも予測していたかのように、体を半回転させてひらりとかわす、ユーリ。


「それが、素直すぎるって言ってるんだよ」


 鞭のようにしなった腕が、令嬢の尻に平手打ちを食らわせた。

 ぱぁん、と、大きくよく響く音が鳴る。


「きゃあんっ!?」


 エストレアは悲鳴を上げ、思わずハルバードを落として、両手で柔尻を押さえながらその場にへたり込んでしまった。

 目尻のつり上がった瞳にキラキラ光る涙を浮かべ、ユーリをかわいらしく睨みつける。


「お、乙女のお尻を叩くだなんて、無礼ですわよ! 非常識ですわ!」

「じゃじゃ馬の躾には、尻叩きが一番だろ。これで俺の勝ちだな。約束通り、おとなしく留守番しておいてくれ」


 納得がいっていない様子のエストレアは、むー、と唸った。


「だ、だって、エルフの戦士さんには勝ちましたわよ。わたくしだって貴重な戦力になりますわ」

「言っちゃ悪いが、弱い奴に勝っても自慢にならん」


 ユーリの態度には、取り付く島もない。

 エストレアの懇願を、どうあっても聞き入れるつもりはないようだ。


「それは聞き捨てなりません」


 強い語調で抗議したのは、先ほどエストレアに敗北したエルフの女戦士だった。

 金髪をポニーテールにした、凛々しい顔つきの少女だ。


「私たちは誇り高き森の戦士。森の民の平和を脅かす、いかなる強敵にも打ち勝つことができるよう、今日まで訓練を重ねてきました。もちろん、神が相手であろうと臆するつもりはありません。その私たちを弱いと?」

 少女の眼差しは強く、まるで敵を見るようであった。

 いや実際、彼女にとってユーリは敵に等しいのだろう。

 シェラザードが連れてきた客人とはいえ、エルフにとって心穏やかではない種族、人間。しかも戦士を弱き者と評したのだ。

 ユーリは、面倒くさいことになった、とでもいわんばかりの顔をして、頭をかいた。


「実際、弱いだろ?」

「……っ」

「誇り高いのも、努力を重ねてきたのも結構なことだと思うがね。結局は、結果がすべてだ。弱い奴は強い奴にはかなわんよ。おたくらが頑張って勝てる相手ならいいが、そうでもないんだろ、神ってやつは」


 少女は、くやしげに唇を噛み、うつむいた。

 握りしめたその拳は震えている。

 ユーリの言葉は、図星を突いたのだろう。

 周囲のエルフたちも同様に、沈痛な表情だ。


「悪いが、優しい言葉をかけてやれるほど器用な性分じゃないんでな。……まあ、安心しろ。頼まれたからには俺が片付ける。すぐに終わらせてやるさ」


 そう言ったとき、ぱん、ぱん、と、乾いた音が連続した。

 拍手であった。


「ん~~~~、かっこいいねぇ。かっこいいよぉ~~~」


 間延びした声。

 軽薄な笑みを浮かべる男が、いつの間にか立っていた。

 金髪を足首まで伸ばし、下半身にはシルクの腰布を巻き付けている。その頭には二本の角のように枝が生えており、額には銀河の渦巻く第三の瞳。

 異形の風采が際立つ男の出現は、あまりにも唐突であった。


 そう、ユーリでさえ、男がいつの間に現れたのか悟ることができなかった。

 獣じみた鋭さを誇るユーリの五感を出し抜いて接近することなど、常人には不可能。

 それができるとすれば、――ユーリよりも強い者だけだろう。

 言葉もなく凝視した。

 一瞬で、全身から脂汗が浮かぶ。


「……? どなたですの?」


 のんきな顔をして首をかしげるエストレア。

 いかなる場合においても、危機感の欠如とは、即死に繋がる。


「馬鹿野郎! こいつが敵だ!」


 ユーリが令嬢を突き飛ばすようにして立ち位置を入れ替えるのと、異形の男が腕を持ち上げるのはほぼ同時であった。


「僕かい? 僕はねぇ……神様なんだよぉ」


 どうということもない軽口と共に、凶器が飛び出す。

 腕から伸びた幾筋もの白き槍が、弾丸すら凌駕する速度で獲物に襲いかかった。








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