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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
31/43

《歪曲地獄の昏き旋律》




 人生とは、選択の連続だ。

 日常のさりげない場面にもそれは必ずつきまとう。

 その日最初の一歩を、右足から踏み出すのか、左足から踏み出すのか。目的地への道筋、なにを食べるのか、ちょっとした会話の受け答え。

 人間はいつでも選択を迫られている。

 選んだ答えによって、人生は変わるかもしれないし変わらないかもしれない。

 その答えが正しかったのかどうかすら、知るよしもない。

 もしかしたら今朝、最初の一歩を右足ではなく左足から踏み出していれば、巨万の富を手にしていたのかも……しかしそれは、他人に話せば笑われてしまうほどの些細なもしもだ。


 そう、意味のない仮定だ。

 ああすればよかったのかもしれない、こうすればよかったのかもしれない。

 そんな仮定の話には意味がない。


 人間にできることはただ、矢継ぎ早に差し出され続ける目の前の問題に対して、全力でぶつかっていくことのみ。

 瞬するまでの間に、瞬きした後のことを考えて。

 そして出した答えが正しかったのか否かは、瞬きした後の自分だけが知るのだ。


 ユーリは選択しなければならなかった。

 目の前に、突如として降ってきた肉の巨体に対して――

 戦うのか、それとも逃げるのか。


 明確な殺意を放射しながらこちらへ突進してくる敵との距離は、みるみるうちに縮まっている。凄まじい速度だ。


「逃げるぞ!」


 ユーリは、選択した。

 魔法使いレンヴィクセンはともかく、エストレアにはあの怪物と戦う手段はない。 

 未知数の敵であった。

 ユーリもこの森で仕事を始めて長いが、あのような怪物は初めて目にする。

 その戦闘力、特性、目的、すべてが不明。


 ならば、なによりも守るべき対象である依頼人を同じ場に置いたまま足を止めて戦うのは、あまりに危険すぎる。

 戦いに巻き込み、負傷させてしまうことも考えられるのだ。

 正しき選択肢は、いったん逃走を選び、エストレアの安全を確保すること。

 あの怪物と戦うにしても、それからだ。


 ユーリは左手に剣を持ったまま、右手でエストレアを担ぎ上げた。


「きゃあ!?」

「舌を噛む、口を閉じてろ!」

 

 隣のレンヴィクセンに目配せしてから、脱兎のごとく駆け出す。

 柔らかい絨毯の上を、風のように失踪した。


「いやぁん、降ろしてくださいまし!」

 

 ばたばたと足掻くエストレア。ユーリの顔の横で、形のいい大きめの尻がぷりぷり揺れる。彼女は今、進行方向とからだの前後が逆になるかたちで担がれているのだ。


「黙ってろ! こうするしかねぇだろうが!」

「ひぃん」


 ユーリの怒声をあびて、涙目で黙る。

 老体とは思えぬスピードで併走するレンヴィクセンが、大きく声を上げた。


「小僧! あれはなんだ!」

「わからん! あんなもの見たこともない!」


 後方から、石壁を吹き飛ばす破壊音と地響きが、鳴り止まぬ警報のように轟き続けている。

 

「追ってきてます! まだ追ってきていますわよ! すっ、すごい速度ですわぁ!」


 振り返って確認する余裕もないユーリたちに代わって、つねに尻を前に向けるエストレアが悲鳴じみた声で実況した。


 左手で握る剣に問いかける。


「ババア! あの化け物はなんだ!?」

肉人形フレッシュゴーレムよ。生き物の死肉を原材料とした、変わり種のゴーレムね」


 冷静な声で答える、クラティア。

「あら、どなたの声ですの?」と、きょとんとするエストレア。

 目をむいたのはレンヴィクセンだった。


「小僧! その剣、しゃべったぞ! まさかインテリジェンス・ソードか? アーティファクトの中でもまた格別の――」

「今はそんなことを話してる場合じゃねぇぞ、爺さん!」


 肉人形は、鈍重そうな外見、廊下を狭しと埋め尽くす巨体でありながら、まるで壁を傷害とせずウエハースのように破壊し、一瞬たりとも停滞せずユーリたちを追い上げている。

 すこしでも足を止めれば、すぐに捕捉されてしまうだろう。

 ユーリは怒号を飛ばしながら、さらに続ける。


「でっ? 倒すにはどうすりゃいい! 普通に斬って殺せる相手か?」

「難しいでしょうね。なにせもともと死んでいる肉を魔法でつなぎ止めて動かしているだけの存在よ。脳や心臓といった急所、それどころか命という概念すらありはしないわ。あれの制作者に、EMETHと記すだけのかわいげがあれば話は別だけど……あの趣味の悪さからして望みは薄いわね」

「つまり、逃げるしかないってことか?」

「そのようね。それとも、一瞬で微塵に切り刻んでみる?」

「ばか言うな。あのスピードと質量だぞ。吹き飛ばされるだけだ」


 仮に一刀両断することができたとしても、慣性の法則がある限り、肉人形はその勢いのままユーリたちを押しつぶすだろう。


「ならば、奴の足を止めればいいということか?」

「できるのか、爺さん?」

「私を誰だと思っている。たやすいことだ」


 レンヴィクセンは走りながらぶつぶつと呪文を唱えると、振り向きざまに肉人形へ向けて指先を向けた。

 その瞬間、肉人形の進行方向にある空間に白い靄が生じ、急速に温度が下がった。

 靄の中できらきらと星屑のように輝く無数の光は、このような状況でなければ見とれてしまうそうになるほど美しい。

 だがその輝きの正体は、極低温によって一瞬で凍り付いた空気中の塵や水蒸気が光を反射、屈折したことによるダイヤモンドダストだ。

 

 超低温状態にある空間に、無防備なまま頭から突っ込むことになった肉人形は、その愚かさを後悔する暇も与えられなかった――もっとも、死肉を魔法で操られているだけの存在に、そんな知能や感情など与えられていないが。


 ぬらぬらと濡れたような質感を帯びていた巨体の表面が、足下から白い靄に覆われていく。

 張り付いた霜はまるで蟻の大群が這い上がるように全身へと広がり、埋め尽くした。

 人間なら肺まで凍り付いているであろう状況で、痛みも寒さも感じない肉人形は、それでも前進しようと試みる。

 ぎくしゃくとしたぎこちない動きには、先ほどまでの勢いは見る影もなく衰えている。


「やるじゃねぇか、爺さん」


 エストレアを降ろし、ユーリが飛び出した。

 身長を超えるジャンプを生み出すけた外れの脚力。

 苛烈な斬撃は、動きの停滞した巨体を、頭頂から股間まで真っ二つに切り裂いた。

 ユーリは、凍結魔法の巻き添えを食わないよう、すばやく後ろへ跳ぶ


 右と左に分かれて倒れる、肉人形。

 断面ですら凍り付いていく。

 重々しい音を立てて転がった肉の塊は、もう動き出す様子はない。


「あっけなかったな」


 剣を鞘におさめ、ユーリが言った。


「先ほどの質問に答えていないぞ、小僧。その剣は――」

「その剣、ではなく、クラティアよ。よく覚えておきなさい、小僧」


 クラティアは鼻を鳴らし、やれやれと仕方なさそうに言った。

 レンヴィクセンは目を丸くする。


「こ、小僧だと? 私は五百年を生きた魔術師だぞ」

「なんだ、私の十分の一も生きていないじゃない。やっぱり小僧だわ」

「恥ずかしいから歳の自慢はやめろよ、ババア」

「だれがババアですって! ユーリ、いつも言っているけどあなたは私のことを軽々しく――」


 声を荒げるクラティア。

 近寄ったエストレアが、興味深そうにのぞき込みながら指で鞘を突いた。


「ほんとうに剣がしゃべってますわ。案内人さん、これ、どういう仕組みですの?」

「俺にもよくわからん」

「エストレア殿。これはインテリジェンス・ソードといって、極めて高度で希少なアーティファクトですぞ。私も文献でしか見たことがない。ただの魔剣とは明らかに異なる。無機物に意志を与えて喋らせるとなると、地上の魔法使いに制作できる者は皆無でしょうな。まさに遺産だ」

「世界一の魔法使いと呼ばれる、お爺さまでも不可能ですの?」

「……口惜しいが、そうなりますな。私だけではなく、東のウーアンシアンや西のアルセフルにもできないでしょう。あの肉人形のようにただ物体を命令通りに動かすだけではなく、意志を与えて自由に行動させるというのは、それほど困難なことなのです。それは、神の領域、命の制作にも似る。このインテリジェンス・ソードを創り出した魔法使いは、戦慄を禁じ得ない神業の使い手だ」


 レンヴィクセンの口振りには若干の羨望と嫉妬さえ滲んでいた。

 魔導の世界に生きる者として、第一人者と称されることも少なくない人間が、おのれの五百年を賭けてもまだ足下にも及ばぬ所業を見せつけられたのだ。


「当然よ。――この世の最初と最後に語られるお方なのですから」

「なに……?」


 クラティアの言葉の意味を、レンヴィクセンが問いただそうとする。

 そのとき、前触れなく響きわたった音楽が、全員の耳に流れ込む。


 美しいが、救いがたい昏さを秘めた重低音の旋律は、パイプオルガンによるものか。

 この城のどこかに設置されているであろう大型鍵盤楽器から紡がれた大音響が、まるで幾億もの悪霊の嘆きのごとく廊下を反響し、闇と鼓膜を震わせる。


 困惑から言葉も出ない三人に代わり、クラティアが呟いた。


「……バッハの小フーガ、ト短調578番」

「あ? なんだそれ」

「気をつけなさい。その肉人形どころではない脅威が、まだこの城にはいるようだわ」


 その瞬間、世界がひび割れた。

 石壁だけでなく、なにもない空中も含めて、視界に映るすべての物に音もなく亀裂が走る。

 ユーリは咄嗟にエストレアへ腕を伸ばしたが、その手は彼女に触れることすらできず空を切った。まるで幻影のように、すり抜けたのだ。


 まるでユーリだけを世界から切り取ったかのように、ほかのすべてがモザイクのごとく砕けていく。

 そして、浮遊感。

 気づけば、ユーリの姿は、宙に浮いていた。

 周囲にいっさいの光が存在しない、完全な暗闇。

 もがくように伸ばした腕は、なにも掴むことができずに空振りするばかり。


 得体の知れない状況下、頼ることができるのは、相棒だけだった。


「落ち着きなさい、ユーリ。この城を持ってきたときと同じよ。あなただけ空間ごと切り取られて、別の空間に移動させられようとしている」

「そうか。で、この状態はいつ終わる? 俺の客はどうなった?」

「さあ? その質問は、これから会う者にすればいいわ」


 再び、空間に亀裂が走った。

 不規則な放射状の光の筋が、闇の空間を覆い尽くす。


 ユーリの全身に重みがのしかかる。

 それは重力。

 高所から落下する感覚に、身構える。

 

 闇が砕け、周囲に色彩あふれる光景が戻ると共に、バランスを崩すことなく軽やかに着地した。


 再び流れ出す、パイプオルガンの旋律。

 その大音響の発生源は、目の前にあった。

 ここはいうなれば、謁見の間なのか。

 この城の主がために造られたと思われる広大な一室。赤い絨毯が敷かれており、天井は見上げるほど高い位置にある。

 その天井を貫くほど長大な金属製の筒が並列する、巨大な楽器。


 部屋の奥で階段状となった箇所の頂点、玉座の代わりに鍵盤楽器が鎮座していた。

 背もたれの高い椅子に座った人影が、暗黒のメロディを今もなお奏で続けている。

 あの奏者こそが、この城の支配者。

 ユーリたちをこの場に呼び寄せた張本人ということで間違いあるまい。

 こちらに背を向けた状態なので、その顔すら伺い知ることはできない。


「いろいろと言いたいことはあるが……」


 ユーリは、抜いた剣で肩を叩きながら、一歩、前へ踏み出した。


「俺の客を返して、とっとと失せろ。死にたくなければな」


 軽い口調とは裏腹に、殺意のこもった視線だ。

 背中越しにこれほどの殺気を向けられたなら、誰であろうと生きた心地がしないだろう。


 だが奏者はなおも鍵盤を叩く。その両手の指は繊細かつ大胆に、闇のメロディを生み出している。

 高らかな笑い声は、女のものだった。

 ――そして、続く声は、男のものだった。


「黙って聞いていろ。姉上は葬送曲レクイエムを奏でておられるのだ」


 いつの間に現れたのか。

 先ほどまで誰もいなかったはずの背後から声を発したのは、腰まで届く金髪を伸ばした優男である。

 長身痩躯で、鈍い光沢を放つラバースーツのようなものを着ており、やけに手足が長い。

 病的に白い肌と紫色の瞳、血を塗ったように赤い唇。そして異様に長い犬歯。

 思わず肌が粟立つほどの圧倒的な鬼気から察するに、間違いなく、吸血鬼だ。


 ユーリは振り返らなかった。

 背後の男から発せられている鬼気は、たしかに警戒すべきものだ。

 しかし、それを上回る脅威を、パイプオルガンの奏者から感じ取っているのも事実。


「自分達のための葬送曲を自分で奏でるとは、変わった奴もいたもんだ」


 それでも恐れはないのか――ユーリは嘲笑混じりに言った。


「――噂通り、虫けらの分際で不遜な男よな」


 最後にひときわ大きく鍵盤を叩き、演奏を終わらせた奏者が、ゆらりと立ち上がると、ようやくこちらを振り向いた。


 ボリュームのある銀髪を豊かに結い上げた妙齢の貴婦人。すこしきつい印象の顔立ちだが、充分に絶世の美女と呼べるだろう。蠱惑的な曲線を描く肢体に、ぴったりと張り付くような闇色のドレスを身にまとっている。その胸元は大きく開いており、はちきれんばかりの双丘がいまにもこぼれ落ちそうだ。

 やはり生気の宿らぬ肌色をしており、どす黒い夜の王者たる風格を漂わせている。彼女もまた吸血鬼なのだ。


 女は、ほっそりとした腕を胸の前で婉然と組むと、毒の滴るような、侮蔑に満ちた嘲笑を浮かべた。


「我が名はネフリティス。夜の血族においてもっとも誇り高き至尊の座、闇の六王が一柱。《断ち切る者》ネフリティスである。ようこそ、我が居城、歪曲地獄ツィステッド・ネザーへ」

「そして私は同じく六王が一柱、《深く潜る者》ザバルガド。ようこそ虫けら、歓迎するよ。身に余る栄誉と思いたまえ……貴様はいま、夜の世界で並ぶ者なき至高の存在を目の当たりにしているのだ」


 ユーリは、ふたりの自己紹介を聞くふりをして、その隙をうかがっていた。

 一瞬でも早くこの吸血鬼姉弟を倒し、エストレアとレンヴィクセンのもとへ戻らなければならないのだ。

 だが思惑に反して、ネフリティスとザバルガドは隙を見せない。

 

「……その気高いおふたりが、俺なんかにどんな用事だ? わざわざ俺だけここに飛ばしたのには理由があるんだろ」

「もちろん」

 

 優雅な足取りでユーリに近づきつつ、ザバルガドが言った。

 長い人差し指を立てて、にやにやと嫌みに笑う。


「先日、貴様が殺した吸血鬼。覚えているかね?」

「……ああ、あのハゲか」


 ユーリはちょっと間を置いたものの、記憶の奥底からその過去を引っ張り出すことに辛うじて成功した。


「いや、あれ自体はとるに足らない下等種なのだ。我らと同族と呼ぶのもはばかられるほどのね。だが、あれは私たちの派閥に属していた……」


 ザバルガドはやれやれとため息をつき、片手で顔を覆ってわざとらしく首を振る。


「派閥というのは厄介なものだ。微妙な力関係、パワーバランスというものが大切なのだ。そして、それは我ら六王にも存在する。ひとたび崩せば取り返しのつかない波紋となって広がるだろう。保たれなければならない……ほんの些細な傷だろうと、見過ごすわけにはいかないんだよ」


 紫紺の瞳は殺気に満ちていた。

 ユーリはザバルガドに背を向けたまま、振り返りもせず言った。


「なるほど。つまり下っ端を殺されて面子が危ういから、見せしめに俺を殺すと。そう言いたいわけか。なんだ、簡単な話じゃないか。――で? 俺の客はどこにいる?」


 その言葉に応えてネフリティスが、上品な所作で指を鳴らした。

 すると、ユーリとネフリティスの上空にある空間が球体状に歪む。

 ユーリは思わず息を呑んだ。


 そこには、この城のどこかにある廊下で、あの肉人形に追いかけ回されているエストレアとレンヴィクセンの姿があった。

 レンヴィクセンはエストレアを横抱きにして懸命に逃走しているようだが、追いつかれるのは時間の問題であるように見えた。

 ユーリの全身から、怒りのオーラが立ちのぼる。


肉人形フレッシュゴーレムが、あの一体だけだと思ったかい?」

「残念であったな、虫けら。あれの材料となる死肉など、いくらでも手に入る。……我らに血を捧げ、糧となり、無様に泣き叫びながら死んでいった貴様の同族がのう」


 吸血鬼姉弟は、高らかに笑う。

 ユーリも、笑った。


「吸血鬼ってのはいいな。どいつもこいつもクズばかりだ。……気持ちよくブチ殺せそうで助かるよ」


 ネフリティスの表情が豹変する。

 端正な口元を歪め、長い牙をのぞかせた。

 ユーリは剣を構え、唾を吐き捨てる。


「生前葬がすんでいるなら、遠慮はいらないな。心おきなく、あの世へ逝け」


 身をひるがえし、背後のザバルガドへ突進する。

 金髪の吸血鬼は、残像すら生じるユーリのスピードに対応できないのか、棒立ちだ。

 そして、抵抗もできぬまま、切っ先に胸を刺し貫かれる。

 あまりにあっけない最期だ。吸血鬼にとっても弱点である心臓を、苛烈な刺突で破壊されたのだ。もはやその身は灰と化すのみだろう。


 が、敵手をしとめたというのにユーリの表情が曇った。

 それは、ふたつの理由によるものだ。

 あれほどの存在感の持ち主にしては、死があっけなさすぎるということ。

 そして、剣を握るおのれの腕に、なんの手応えもないということ。


「虫けらにしては、いい腕だ」


 ザバルガドは、心臓を貫かれたまま、平然と笑っていた。

 あろうことか、拍手さえしてみせる。

 乾いた音を立てる腕が、刀身をすり抜けていた。


「――だが、私は《深く潜る者》。我が能力の前では、無粋な鉄の刃など無意味にして無価値なのだよ」


 ザバルガドの姿が瞬間的に消失した。

 気配は、前後左右、上空、いずれでもない方向へ流れる――


「足下よ、ユーリ!」


 クラティアの声が飛ぶ。

 ユーリは即座に横へと転がっていた。

 寸前まで立っていた床から、すりぬけるようにして、ザバルガドの姿が飛び上がる。

 その五指には、鋭い鉤爪が円弧を描いて伸びていた。まるで肉食獣のそれだ。あれに切り裂かれたなら、ただではすむまい。


物質透過能力ダイバー・ダウン……! ユーリ、この連中はただの吸血鬼ではないわ。異能の血が流れる真祖デイ・ウォーカーよ!」


 クラティアの声には、これまでにない危機感が滲んでいた。



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