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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
29/43

《死を運ぶ蝶》



 リメイン治安維持局の本部に連行されたユーリだったが、正午過ぎには無事に釈放された。

 ファラーシャ率いる《白龍騎士団》による厳しい尋問が始められようかという段になって、唐突にエストレアが現れたのだ。

 彼女は自分の身分と事情を明かして、さらに大金を積み上げると、ほとんど無理やり引っ張っていくかたちでユーリの釈放を認めさせ、見事に救い出したのである。


 女騎士団長ファラーシャは凄まじい視線で睨みつけていたが、ユーリとラグファルの関係性と抜け荷に関わっていた証拠を見つけられなかったこともあり、指をくわえて見送るしかなかった。


 エストレアは、レナーテの報せを受けたフェアラートが送り込んだようだ。結局、フェアラートの依頼の通りにラグファルを捕まえることはできなかったが、それについては、たいして落胆していない様子だった。


「礼を言わなくちゃならんな、お嬢様」

「おほほほ。ではせいぜい、お仕事に力を入れてくださいな」


 白き塔の一階、高級ホテルのラウンジにも見まがう荘厳なる一室。

 大迷宮への入り口へ続く部屋にユーリ、エストレア、レンヴィクセンの姿があった。

 エストレアは、さすがにドレス姿で迷宮に潜るつもりではないらしく、いまは地味な色合いのジャケットと半ズボンに着替えている。探検家ルックとでもいうのか。大衆向けの冒険小説などの登場人物がよく着ている印象のある服装だ。帽子をちょこんとかぶっているのがかわいらしい。


「えー、松明と傷薬はいらんかねー。よく燃えて長持ちする特性の松明と、どんな怪我でもすぐ治る最高級の傷薬だよー」


 冒険者たちの荒々しい喧噪にも負けない、大きな声で商売している少年の姿があった。

 パンパンに膨らんだリュックサックを背負い、右へ左へと歩き回っている。

 ユーリはその顔に見覚えがあった。

 向こうもこちらの存在に気づいたようで、元気よく手を振ってくる。


「あっ、ユーリ! ひさしぶりぃ。元気してた?」

「ぼちぼちだよ。おまえ、まだこの町にいたのか」


 行商人のジャンである。

 輝く金髪と、少女のようなかわいらしい顔立ち。つぎはぎだらけのチュニックとズボン。

 ユーリにとってはすでにお得意さまとなりつつある客で、人食いエルフたちの里から宝を持ち帰って以来、何度か案内を引き受けた。

 ジャンはたったったっ、と駆け寄ってくると、不満げに頬を膨らませた。


「その言いぐさは酷いなあ。せっかくまた会えたんだし、もっと嬉しそうに言ってくれたっていいじゃん」

「なんでおまえと出会って嬉しそうにせにゃならんのだ」

「えー。こんなにかわいい男の子、めったにいるもんじゃないよ?」

「自分で言うな」


 ポーズを決めてみせるジャンに、ユーリはやれやれと言った。

 たしかに少女のようにかわいらしいが、黙っていれば、という注釈がつけられるだろう。


「おいら、しばらくこの町でやっていくことにしたよ。けっこういい儲け話がゴロゴロ転がってるんだもん」

「そうか。まあ、せいぜいがんばれ」

「うん。ユーリにもまた案内を頼むことになると思うから、そのときはよろしくね」

「ああ。まいどご贔屓にどうも。次は、前回より順調にいくといいがな」


 ジャンはまだ若いが、商売人として筋はいいらしく、金と信頼をケチったりはしない。

 ユーリは、少年だろうと誰だろうと、金払いのいい客は、歓迎する。

 

「かわいらしい商人さんですわね」


 横から見ていたエストレアが言った。

 ユーリが紹介する。


「こいつはジャン。行商人で、見ての通りのクソガキだ」

「はじめまして、お姉さん。……でっかいねぇ」

「うふふふ。はじめまして、ですわ。ジャンさん。なにがでっかいのですの?」


 帽子を押さえながら身を屈めて挨拶するエストレア。

 ジャンの視線は、もちろん、ジャケットの開けた前から覗く谷間へ釘付けだ。


「色気付くな、クソガキ」


 髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。「ぎゃひー」と悲鳴を上げるジャン


「どんな商品を取り扱っていますの?」

「よくぞ聞いてくれました。うちはね、これから危険な迷宮の奥深くまで潜ろうっていう冒険者に、とってもお役立ちの商品がいっぱいなのさ」


 リュックサックを背中から下ろすと、中身を引っ張り出して床に並べ始める。


「松明でしょー、傷薬でしょー、武器、防具、食べ物、水、寝袋、便所紙、着替えにお鍋」


 瞬く間に道具の山が築き上げられてしまった。

 いったいどうやって収納していたのかというほどの品揃えだ。

 

「ガラクタばっかりじゃねぇか」

「ガラクタじゃないですー! 大事なおいらの商品ですー!」

「松明などは必需品ではありませんの?」


 ユーリは首を横に振った。


「なんのために《暗視》の加護を付けてもらったと思ってるんだ。松明なんて、銀貨数枚支払うと飯代もなくなるようなルーキーの買うもんだぞ。大迷宮の魔物は火を見ても恐れずに近寄ってくるし、消耗品だから経済的によろしくない」

「傷薬は?」

「俺がいる限り、あんたらが傷つくことはないから安心しろ」

「もー。商売の邪魔しないでよー」


 ジャンはふてくされたように商品をさっさと片づける。

 ユーリは、悪いな、と苦笑した。

 

「じゃあな。俺たちはもう行くぞ」

「おいらも連れて行ってくれない? お金は払うよ」

「ただ乗りしようとしないところは感心だが、ダメだ。今回は第二階層へ続くエレベーターまで向かうからな。同行する人間は少ないほどいい。数が多くなれば、それだけ危険が増す」

「ちぇっ。しょうがないや。がんばってね、ユーリ。また会おうね」

「おう。そっちも達者でやれ」


 ジャンに別れを告げ、先へと進む。

 開け放たれた巨大な扉の奥から、すさまじい轟音と怒号が鳴り響く。

 左右に長机が置かれており、冒険者ギルドの受付嬢たちが、列に並んで入場する冒険者たちの素性をチェックしている。


 ユーリは顔パスでその横を通り過ぎると、いつものように衛兵たちの持ち物検査を受けてから扉の奥へと進んだ。


 熱風と空気の振動がユーリたちを襲う。

 男たちの怒号が飛び交う、大迷宮への入り口。


 原初のダウンホールが口を広げ、十基のエレベーターが並ぶこの部屋こそが、ある意味ではリメインの心臓部だ。


「ふわぁぁ。す、すごいですわ」


 エストレアは頬を赤らめ、きらきらと目を輝かせてその光景に魅入っていた。

 無理もない、いかに諸国を観光で遊び歩いた令嬢とはいえ、このような光景が他の国にあるはずがない。

 

 世界最新の魔法と製鉄工業技術の粋を結集して制作されたリメインのエレベーターは、魔導機械の滑車と鋼鉄線のロープによって上下運動する鋼鉄の箱。

 縦四メートル、横三メートルの巨大な鉛色の物体が人々を飲み込み、熱と光を帯びながら重々しい駆動音を発して地下へ降りていくのを目の当たりにすると、初見の人間はまず心奪われて夢中となる。


 エストレアはもちろん、レンヴィクセンですら心動かされたようだ。

感嘆のため息をつき、箱の様子を観察している。


「ここに来た甲斐はあったか、爺さん?」


 意地悪く尋ねると、ハッとしたように目を見開き、その後、誤魔化すように咳払いした。


「物珍しくはあるな。だが他国の人間にこうもやすやすと核心を見せるとは、警戒が足らないのではないか」

 

 たしかに、情報漏洩という点で見れば、ギルドのチェックはザルといってもいいだろう。

 最重要機密扱いとなっているエレベーターについて、冒険者を装った他国のスパイがまぎれこみ、ごく普通の利用者として内部から子細を観察されてもふせぎようがない。


 だがユーリは余裕の表情を浮かべていた。


「そいつは無理だろうな。エレベーターには、守り人がいる」

「守り人? なんだそれは」

「俺たちと同じ、迷宮で食い扶持を稼ぐ連中だ。案内人は冒険者の案内を、守り人は、エレベーターを守ることを仕事にしている。その業務には、スパイの発見と情報漏洩の防止も含まれていてな。奴らを出し抜くことは、まず不可能だ」


 各階層のエレベーターを守るという性質ゆえ、守り人は案内人と違い、ほとんど地上に戻ることなく、大迷宮で生活している。

 常に魔物や地形変動など迷宮の驚異に晒されており、命を落とす危険度は案内人や一般の冒険者と比べても桁違いに高い。

 ゆえにこそ高い能力を要求される彼らの実力は、案内人以上とも言われている。


 他国のスパイが紛れ込めば、不審な動きをただちに見抜き、迅速に始末する。彼らの完璧な仕事ぶりのおかげで、リメインのエレベーターの機密は今日まで、一度たりとも漏れ出たことはない。


「まあ、命が惜しければ、妙な真似はしないことだ。俺も、守り人とやり合いたくはないものでね」

「なぜ貴様が守り人とやらと闘わなければならんのだ? もしも我らがスパイであったなら、貴様にとっても都合の悪い存在だろう」

「それが俺の仕事だからだ。さ、乗った乗った」


 ユーリが先に立って歩き、ふたりを手招きした。


 三人を乗せ、エレベーターは数キロメートルにも及ぶ縦穴を下降し始める。

 鼻息荒いエストレアが大声で叫ぶ。、


「すっっごいですわ、これ!!」

「さっきからそれしか言ってないぞ」

「だって、本当にすごいのですもの!」


 ジャンより年下の少女のようにはしゃぎ回るエストレアの姿に、思わず笑みを浮かべる。

 そうこうしているうちに、エレベーターは地下第一階層へと到達した。


「またのご利用をお待ちしております」


 羽根つき帽子をかぶった鉄面皮の乗務員が、いつもと同じ言葉をのべて丁寧に頭を下げる。

 彼に見送られて外に出ると、そこは永遠の暗闇と濃霧に支配された森林の真っ只中だ。


「ここが、《乳白色の森》だ」


 ユーリが言った。

 エストレアは、目と鼻の先まで覆い隠す分厚い霧と漆黒の闇に息をのみ、レンヴィクセンは、鋭い視線で周囲を注意深く観察している。


「これから俺たちが向かうエレベーターは、あっちの方角にある。さっそく行くぞ」

「この迷宮では地形の変動がひんぱんに起こり、地図も役に立たんと聞いたが、どうやって案内するつもりだ?」

「それができるのが、案内人だ」


 答えにもなっていないような答えを返す、ユーリ。

 レンヴィクセンの眉間のしわが深く寄る。

 だが、実際、案内人とはそういうものだ。

 たとえ地図が役に立たずとも、たとえ地形がどれだけ変わろうとも、依頼人を無事に目的地まで送り届ける。

 それが、案内人だ。


 だが、進もうとした矢先、ユーリはその場に立ち止まった。


「どうしたんですの、案内人さん?」

「いや、あいつ……」


 怪訝そうに眉根を寄せるユーリ。

 視線の先にいるのは、ひとりの男だ。

 周囲に張り巡らされた堅牢なバリケードの向こうから、こちらに歩み寄ってくる。

 ただその足取りはふらふらとしており、焦点の定まっていない目つきといい、ぼろぼろの服装といい、明らかに様子がおかしい。

 迷宮で魔物に追われて疲労困憊というなら分かるが、それだけではない不気味さがある。


 出入り口付近で、守り人たちが待ったをかける。

 獣の皮をなめした鎧を身にまとい、槍を手にした屈強な男たちだ。


「そこで止まれ」

「入ることは許さん」


 男は、青ざめた表情で、朦朧としながらも応えた。


「なんでだよ……入れてくれよ……俺も……帰りたいんだよ……地上に帰るんだよ……俺は帰るんだ……入れてくれよぉ……」


 よだれを垂らしながらぶつぶつと呟く。

 独り言のようでもあったが、ときおり大声で叫んだりもする。

 明らかに異常な様子を見て、周囲を行き交う冒険者たちも足を止めてそちらを注目する。


「帰らせてくれよおおおおお!!!」


 男は、守り人たちの制止を無理やり突破しようとした。

 だが、無慈悲な守り人は、それを許さない。

 警告なしの鋭い槍の一撃が、男の腹から首までを切り裂いた。

 男は衝撃で後ろに吹き飛び、背中から倒れる。

 奇妙なことに、内蔵まで達する深い傷でありながら、血はほとんど流れ出ていない。


 突然の凶事に、その場が静まりかえる。


「やはりな」


 守り人が言った。


「カタラ蝶だ。焼却を急げ」


 守り人がそう言ったとたん、周囲が騒然となった。


「カタラ蝶!?」

「嘘だろ……ついてないぜ」

「おい、油断するなよ。まだこのあたりに飛んでいるかもしれん」


 歴戦とみられる冒険者たちがざわつき、落ち着かぬ様子で視線を泳がせている。

 事情を知らぬエストレアは困惑するばかりだ。

 いきなり人が殺されたこともそうだが、彼らの動揺がまるで別のことに向かっているのが不気味でならない。


「案内人さん。これはどういうことですの?」

「カタラ蝶だよ。あいつは、それにやられたんだ」


 ユーリですら、どこか緊張を滲ませた声をしていた。


「見かけは白くて小さい蝶だ。地上を飛んでる連中と変わりない。だが尻の先に小さな針が生えていて、それを生き物の肌に突き刺す」


 針の正体はカタラ蝶の産卵器官だ。

 蝶は、これと定めた生き物が眠ってる隙などを狙い、肌にふわりと舞い降りると、悟られぬよう静かに針を突き刺す。

 針の内部は極細の管となっている。それを通して生物の血管に送り込まれた目に見えないほど小さな無数の卵は、血流に乗って瞬く間に全身へと拡散し、肉体の内部のいたるところに付着して、息をひそめるように孵卵の瞬間を待ち続ける。


 産みつけられた卵がかえるまでの時間は、およそ一晩ほどだという。

 宿主の体温であたためられたカタラ蝶の幼虫は、殻を破ると蛭のように血を吸って急成長する。

 この時点で、哀れな宿主は、突如として全身の内側から肉を食い破られる激痛に耐えきれず、発狂してしまうことがほとんどだ。


 貪欲な彼らは我が儘に血液、筋肉、脂肪、皮膚を咀嚼する。

 充分に栄養を吸い取って肥え太った幼虫は、蛹となり、変態を経て、もはや骨と皮だけとなった宿主の皮膚を突き破って顔を出す。

 そして骨のように真っ白い羽を元気いっぱいに広げると、今度は自分が卵を産みつける宿主を求めて、森の暗闇へ羽ばたくのだ。


「お、おそろしい……ですわ……」


 エストレアの顔は青ざめていた。

 レンヴィクセンのような魔法使いはともかく、貴族の令嬢には、白い悪霊とも呼ばれるカタラ蝶の生態は刺激が強すぎたらしい。


「……いまさらだが、確認しておくぞ。ここでは俺の言葉にすべて従ってもらう。ドラゴンも、邪悪な魔法使いも、この迷宮には存在しているが、それと同じくらい厄介な殺し屋が、いくらでも羽ばたいているんだ」


 うなずく、エストレア。


 全員の注目を集める死体が、花を咲かせたのはそのときだった。

 仰向けに倒れた男を埋め尽くす、満開の白き花弁。眼窩、耳、鼻、口などの穴はもちろん、皮膚に走る亀裂からも咲き誇り、もぞもぞと蠢いている。それはひとつ残らず、宿主の皮膚を食い破って這い出てきた蝶の羽だ。


「出てきやがった! カタラ蝶だ!」


 冒険者の悲鳴じみた声が上がる。

 守り人たちの顔にも焦りが見えた。

 ひとりの宿主から一度に生まれるカタラ蝶の数は、数万匹ともいわれる。

 それらが一斉に飛び立ち、こちらを襲えば、防ぎきるのは至難の業だ。


「はやく火を持ってこい! 蝶ごと死体を燃やせ!」

「だ、だれか攻撃魔法を使えないのか!」


 カタラ蝶に寄生された人間はもう助からず、周りの人間に被害が及ばぬようにするためには、生きているか死んでいるかに関わらず炎で跡形もなく処分するしかない。

 油をまいてから火を着けるか、それとも炎の攻撃魔法で焼き尽くすか。 だがどちらにしても、間に合いそうもない。

 忌まわしき蝶たちは今にも飛び立とうとしているのだ。


「案内人さん、どうしますの? あれを放っておきますの!?」

「あれを片づけるのは、俺の仕事じゃないからな」


 ユーリは冷静だった。

 見かねたレンヴィクセンが手を出そうとする。この老魔法使いならばカタラ蝶を一瞬で焼き付くせるかもしれない。


「騒がしいな」


 重々しい男の声が響いた。

 とてつもない威圧感が、全員の身体にのしかかる。

 ずしん、という地響きのような歩み。

 守り人の詰め所から現れたのは、身長二メートルを一回りも越える巨人であった。

 

 筋骨隆々とした肉体の肌は石炭のような真黒。逆立つ髪は白く、眼球には黒目が存在していない。上半身は裸で、下半身には腰布を巻き付けている。骨を砕いて溶かした染料で全身のいたるところに紋様を描いていた。 この世の者とは思えぬ姿ゆえ、年齢さえ定かではない。

 岩盤を切り崩して形作ったような顔立ちが、怒りのような形相を常に浮かべている。


 この異形の巨人こそが、ユーリの落ち着きの理由だ。


「儂に任せるがいい」


 黒き巨人は草履を履いた脚で死体の前まで歩いていくと、やおら腕を伸ばした。

 黄金の腕輪をはめた腕に血管が浮かび、白き紋様が鮮明な光を帯びる。

 その分厚い手の平から生じた、目に見えない波動が、カタラ蝶ごと死体を包み込む。


 異変はその直後に生じた。

 男の死体はもとより、その衣服や装飾品までもが濃い灰色に変色していくのだ。しかもただ変色するだけではなく、石のように硬化すると細かな亀裂まで走り始めた。それは、今にも飛翔しようと羽を動かし始めていたカタラ蝶も同様だ。


 石化。 

 巨人の伸ばした腕の先で、すべてが石と化し砕けていく。

 おお、という冒険者たちの感嘆の声。安堵のため息をつく者もいる。


「……馬鹿な。石化の術を詠唱もなく使うだと」


 レンヴィクセンが、驚愕したように目を見開いていた。

 エストレアが尋ねる。


「あの大きな方は何者ですの?」

「守り人、《石のムゲン》。この第一階層の《守護神フロアマスター》だ」


 守り人とは、エレベーターを防衛するために選りすぐりの人材を集めた組織だが、その中でもさらに突出した能力の持ち主は、《フロアマスター》と呼ばれ、ひとつの階層につきひとり以上配置されている。

 各階層の守り人を束ねる、幹部といえる存在だ。

 強烈な個性と能力を有し、魔物も災害も打ち砕き、どんな強固なバリケードよりも確実にエレベーターを守り抜く。

 《石のムゲン》も、そのひとり。

 石化を操るその能力は、十傑案内人をも凌駕すると噂されている。


 ムゲンは用が済んだといわんばかりに身をひるがえすと、何事もなかったかのように兵の詰め所へと戻っていってしまった。

 周囲の守り人や冒険者たちも胸をなで下ろし、それぞれの生活を再開する。


「俺たちも行くぞ」


 ユーリが言った。

 エストレアは戸惑いながらもそれにうなずく。


 あの男の死体は、無数のカタラ蝶と砕けて混じり合い、森の地面に散らばっていた。


 

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