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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第二章《樹神の聖都》
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《闇市場》




 案内人にとって最大の禁忌は依頼人を殺してしまうことだが、それと同列に扱われるほどの罪に、抜け荷というものがある。

 たとえば、ある商人が、迷宮内の宝石やマジックアイテムなどを手に入れたいと考えたとする。

 自分で迷宮に潜るのはたいへん危険をともなうので、案内人を雇うことに決めたのはいいが、迷宮から地上へ帰る際に、取得した物品の五割から七割を、探索税としてリメインへ支払わなければならない。

 手元に残るお宝は、当初の半分にも満たないのだ。

 案内人を雇うための契約金、加工費などの諸経費を計算に入れると、お宝を無事に売りさばくことができたとしても、うまみは激減してしまう。

 そこで、ずる賢い依頼人は、案内人の特権に着目する。

 階級に応じた階層で取得した物に限り探索税を免除される案内人に、裏取引をもちかけるのだ。

 小金を渡され、取引を承諾した案内人は、単独で迷宮に潜る。そしてお宝を持ち帰り、探索税を合法的にすり抜けて、依頼人に渡すのだ。

 こうすることで、依頼人は、目的の物品を丸ごと手に入れることができる。これが抜け荷の流れだ。


 リメインとしてはもちろん、この抜け荷についてまったくおもしろく思っていない。

 迷宮を中心として金が動く都市において最大の収益源は、地下深くに潜った冒険者たちに課した探索税という税収だ。

 抜け荷の横行を許せば、莫大な利益をみすみす逃すことに直結する。


 ゆえに、抜け荷を依頼した者、実行した案内人、それに荷担した関係者にいたるまで厳罰によって処される重罪である。


 ラグファルという三階層案内人は、その抜け荷を幾度も繰り返してきたという。


「ここに、そいつの隠れ家があるんだな?」


 ユーリは、かたわらに立つレナーテに尋ねた。

 こくり、と無言でうなずく少女。

 

 ユーリの周囲には、傲然と立ち並ぶ巨大な建造物。

 頭上にはそれらの倒壊を防ぐためお互いを繋ぐ梁が、まるで天空の架け橋のごとく無数に交差している。

 そして日当たりの悪くなった大地には、這いずり回る虫けらのような人間たち。

 彼らはここで自分たちの店を構え、商売に精を出している。

 地面や木箱の上に並べられた品物、木造の粗末な骨組みに屋根代わりの襤褸をかぶせただけの露店が軒を連ねる光景は、ちょっとした市場のようだ。

 貿易都市としての顔も持つリメインには、評議会が認可した大市場の他に、こういった路地裏に広がる無認可の市場も数多い。

 いわゆる、闇市場ブラックマーケットだ。


 扱っているのは、都市の統制から外れたいわくつきの商品ばかり。

 大通りの相場から外れているため安価で物品を入手できる場合もあるが、その逆に、とほうもない法外な値段をつけられていることもある。

 だがそういった場合、リメインが取引を禁じているために表のルートでは入手困難な品物ということがほとんどであるため、闇市場に足を運ぶ人間は後を絶たない。


 取り扱いを禁止されている違法薬物、危険な武器、ギルドから横流しされた表舞台には出せない宝石類や呪いの付与されたアイテムなど、ここでしか手に入らない薄暗い物品はいくらでもある。


 そう、抜け荷の常習犯が君臨する場所としては最適だ。

 ラグファルは違法行為で得た物品をこの闇市場に流し、金と権力を同時に手に入れたのだ。


「そいつの居場所は?」


 レナーテは首を横に振った。

 この闇市場を根城にしているのは確かだが、その詳細については分からないらしい。


「まあ、すこし調べれば分かるだろ」


 楽観的に言って、歩き出す。

 人通りは多い。

 貧困街の住人や、最低ランクの冒険者といった顔ぶれが主だが、フードや仮面で顔を隠した人間などは、表舞台でも顔を知られる人物かもしれない。

 ぶつからないよう、かきわけるようにして進み、闇市場の奥へと足を踏み入れていく。


 しばらく歩いたところで、ふと気付く。

 先ほどまで後ろを歩いていたはずのレナーテの姿がない。

 周囲を見渡してみると、露店の前にしゃがみこんでいるのが見えた。


「どうした」


 近づいて声をかけると、なにやら地面に並べた商品のひとつに視線を落としている。

 闇市場にしては毒気のない小物類を中心とした品揃え。

 黒猫をモチーフにしたペンダントが、特に気になるらしい。


「……欲しいのか?」


 尋ねると、首を横に振る。だが、視線は外さない。

 ユーリはひとつため息をついた。


「いくらだ、それ」


 値札に書いてある金額を財布から取り出し、店主に渡す。

 ペンダントを拾い上げて、レナーテの首にかけてやった。

 レナーテは驚いたように目を丸くして、自分の首からぶら下がるペンダントを見つめている。


「満足したか?」


 レナーテは申し訳なさそうに目を伏せた。

 その頭をなでる。


「いいんだよ、気にするな。ほら、せっかく買ってやったんだから、もっと嬉しそうな顔をしろ」


 にぃ、と笑ってみせる。こういう風な顔をしてみせろ、と。

 レナーテは戸惑ったようだったが、無表情のまま、指で口の端を持ち上げて、にぃ、と笑ってみせた。


「旦那。べっぴんさんの彼女だねぇ」


 にやにやしながら言う店主。

 ユーリは憮然とした。


「そんなんじゃねぇよ。それより、こんなところでのんびりしてていいのか? 俺の聞いた話じゃ、昼過ぎには巡察執行士が押し掛けてくるらしいぞ」

 

 店主の顔色が変わった。

 巡察執行士とは、評議会直属の組織である、治安維持局に所属する戦士たちのことだ。

 彼らはリメインの平和と安全を守るためならば手段を選ばず、都市に仇なす存在を発見次第、徹底的に殲滅するための能力を権限を保持している。

 このような闇市場など巡察執行士にとっては蛆虫のわいた肥溜めにも等しいだろう。

 彼らの苛烈で容赦ないやり口は、知らぬ者とていないほど悪名高い。

 犯罪者は、原形をとどめぬほど顔面を破壊される程度ですめば、まだ幸運だ。


 案の定、青くなった店主は、震えながら小声で尋ねてきた。


「ほ、本当かよ、それ」

「ああ。仕入れたばかりの情報だ、間違いない。俺はそれをラグファルに伝えようと思ってここにきたんだ。奴はどこにいる?」

「あ、ああ。あの人なら、いつもの事務所だよ。ほら、あの奥の」


 店主が指さした先に、建物の裏口らしき扉があった。その両脇を強面の守衛が固めている。

 ユーリは店主の肩を叩くと、優しく言った。


「ありがとよ。おまえもさっさと逃げたほうがいい。奴らに捕まったらタダじゃすまないからな」

「わ、わかった」


 店主は礼を言うと、手際よく店を畳み、そそくさと逃げ出してしまった。

 さて、と、ユーリが思案したのは、あの建物へ入る方法についてだ。

 場所が分かったのはいいが、ああして固められていたのではそう簡単に中へ入ることはできそうもない。

 この闇市場そのものへは誰でも簡単に立ち寄ることが可能だが、中心となる場所の守りはきっちりと鍵をかけているようだ。


「どうする? 回り込んで別の入り口でも探すか?」


 そういった場所があったとしても、見張り役の守衛を配置していないというのはありえないだろうが。


「ババア。いい知恵はないのか?」


 と、腰から提げた剣に声をかけてみるも、返事がない。

 いつもと違う様子に困惑していると、レナーテがシャツをくいくいと摘んで引っ張る。

 その指さす方向に、屋台風の露店の前に立つ少女がいた。

 後ろ姿だけでもはっきりと特徴を主張するふんわりとした栗色のショートボブと純白のドレス。

 外見は十二歳ほどの可憐な少女に見えるが、その正体はユーリの剣に宿る古き魔神。いつの間にか実体をあらわしていたクラティアである。


「何をやってるんだよ、おまえは」


 呆れながら近づいていって声をかけた。

 クラティアは答えを返さず、露店に並べてある商品をじっと力強く眺めている。

 白猫を象ったブレスレットが、特にお気に召したようだ。


「……おい」


 もう一度呼びかけても返事はない。

 ユーリは、肩を落として低く唸ってから財布を取り出した。

 差しだしてきた腕に、ブレスレットを着けてやる。

 クラティアは満足そうにほほえんだ。


「ありがとう、あなた。大切にするわね」

「ああ。そうしてくれ」


 財布をしまいながらうんざりしたように言う。

 クラティアは余裕の表情でレナーテを見ると、ふふんと鼻を鳴らした。

 おまえだけ特別だと思うなよ、と示すかのように。

 そしてレナーテは、どこか不満そうに唇を尖らせているようにも見える。やはり無表情なので本当のところは分からないが。


「よくって? これが夫婦の絆というものよ。わざわざ言葉にしなくともお互いの意志が伝わるのだわ」


 髪をかきあげ、偉そうに言う。

 ユーリはその頭をぐしゃぐしゃと撫でて、「大人げないことするな」と戒めた。


「あん、もう」


 乱れた髪を整えるクラティア。

 ユーリはやれやれと言いつつ、例の事務所へ目を向けて――


「いいこと思いついた」


 にや、と。いたずらっぽく笑った。







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