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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第一章《乳白色の森》
20/43

《ヨルムガルド》



 傭兵の、傭兵による、傭兵のための、唯一の王国。

 傭兵国家、ヨルムガルド。

 その歴史はおよそ二百年前に始まった。

 

 当時のリメインは、都市の歴史が始まって以来の窮地に追いやられていた。

 その理由は、周辺諸国による、リメイン包囲網の構築。

 幾多の国々が結託し、大規模な連合軍を結成。

 数の力にものを言わせて、リメインへと攻め寄せてきたのだ。

 

 彼らの目的は言わずもがな、地下大迷宮の所有権を奪うことにあった。

 地下迷宮から採掘することのできる黄金や宝石は極上の品質。そこに住む魔物からはぎ取ることのできる鱗や牙は、比類なき力を秘めた武具の材料となりうる。それらを無尽蔵にたくわえている地下迷宮はまさに無限の富を生み出す夢の装置。

 リメインはこのときすでに三百年の歴史を経て、地下迷宮の第四階層まで発見することに成功しており、そこから得られる利益は、都市を異常な速度で肥え太らせ、繁栄の極みを謳歌させていた。

 このような状況を、各国が黙って見逃すはずがない。

 

「人類が共有すべき財産を傲慢に占有するリメインには、ただちに裁きの鉄槌が下されるであろう」


 ひとつの勢力が独り占めするのではなく、みんなで共有しようというのだ。

 もちろん、どの国の首脳部でも腹の底では、地下迷宮を自分の国で独占したいと考えている。

 よだれを垂らしてご馳走を狙いながら、隣の国の動きに目を光らせ、しかし表面上では笑顔で握手を交わし「ともに悪のリメインをやっつけましょう!」とうそぶくのだ。

 連合軍の圧倒的な戦力でリメインを蹂躙した暁には、戦勝国同士での醜い争奪戦が行われることは明らかだった。

 とはいえ、それまでは、仲間だ。

 彼らはみんな仲良く、リメインを八つ裂きにするために肩を並べて進軍した。

 その数、二十万人以上。

 この時代、この大陸において、かつてない大軍勢。

 

 滅びの日をおとなしく享受するリメインではないが、戦力差は歴然としていた。

 常備軍といえる、都市防衛のための組織は、せいぜい数千人規模。

 普段は血気盛んに武勇伝を語っている冒険者どもは、すでに半数が逃げ出しており、あとの半分は迷宮にこもって出てこない。

 いざというときは冒険者を兵隊に仕立てればいいと考えていたリメイン首脳部の当ては完全に外れたかたちとなった。

 それもそのはず、ここにやってきた彼らの目的は地下迷宮で得られる宝物なのであって、都市そのものに命を捨ててまで守ろうという忠誠心などかけらもあろうはずがないのだ。

 リメインが滅ぼされれば、勝った連中に尻尾を振って迷宮探索を続けさせてもらおうという腹積もりなのだろう。


「このままでは破滅だぞ! 連合軍はもう目と鼻の先まで迫っておる!」

「だから! そのための対策を話し合おうというのではないか!」

「冒険者どもを引っ張り出せ! 無理矢理にでも戦わせろ!」

「ばかな! そんなことをすればもう二度と冒険者はこの都市に寄りつかん! 奴らをうまく使わねば、地下から富をくみ出すのにどれだけ労力がかかるやら!」

「では、どうすればいいというのだ!」


 評議会は、連日、口やかましく議論を闘わせている。

 しかし、老人たちがどれだけ喧々囂々と対策を練っても、いっこうに光明は見えてこない。


「守り人どもは使えないのか」

「……奴らはただエレベーターを守るだけの機関だ。長が、その役目を放棄して地上に出てくるとは思えない」

「都市が壊滅するのだとしてもか!?」

「そうだ。ダブルは地上のことなど歯牙にもかけておらん」

「ばかげておる! では、では……妥協するというのはどうだ。各国に使者を送り、利益の共有を申し出るのだ。すべてというわけにはいかんが、おこぼれぐらいくれてやれば、奴らもあきらめるのではないか」

「すでに送ったよ。使者は、首だけになって返ってきた」

「勝手なことを! なんのための会議だ!?」

「リメインのことを思っての判断だ!」

「ふざけるな! どうせ自分の命かわいさであろうが!」

「なんだと!」


 評議員たちの会議は、こうやって徐々に醜い内輪もめへと発展していき、自然消滅のような流れで解散するというのが常であった。

 だが、この日は、違った。


「四面楚歌、内憂外患とはこのことだな」


 落ち着いた、低い声。

 評議員たちは、はっとして部屋の出入り口に目を向けた。

 その男は、いつの間にか扉に背をあずけて立っていた。


「リメイン評議会のお歴々。さぞやお困りのことだろうと、心中お察し申し上げる」

 

 白髪を短く刈った巨漢。精悍な顔つきに浮かんだ、この世のすべてを皮肉るかのような笑み。白のダブルスーツとコート、白ずくめの出で立ちをしている。


 しばし呆然としていた評議員の面々だったが、すぐに我を取り戻して叫んだ。


「な、なんだ貴様は!?」

「どこから入ってきた? 衛兵は何をしている!」


 男は、すっ、と手の平をかざした。

 たったそれだけの動作で、評議員たちは言葉を失う。

 ただ手の平を向けられただけで口を閉ざしてしまうほどのプレッシャー。

 言葉にされずとも無意識的に従ってしまう、神秘的なカリスマの持ち主。


「お初にお目にかかる。俺はベーゼ。ヨルムガルド傭兵団を統べる者だ」


 ベーゼ、と名乗った男は、そう言って慇懃に一礼した。

 社交界で一流の名士と称しても不自然ではないほど、それは洗練された所作であった。


「ベーゼ? ヨルムガルド傭兵団?」

「聞いたこともないぞ。おまえはいったい!?」


 評議員たちは当然の疑問をぶつける。

 ベーゼは、薄い笑みを崩さぬまま、窓のほうへ歩み寄った。


「知らないのも無理はない、まだ旗揚げしたばかりだからな。だがすぐに大陸全土、いや、この世界の隅々にまで知れ渡ることになるだろう。正義の使者、愛と平和の象徴、不殺の義勇兵として」


 ベーゼは窓の外を見下ろす。

 そこにはリメインの日常があるはずだった。

 公園で無邪気に遊ぶ子供たち。

 のどかに談笑する老人たち。

 愛を語り合う男女。

 だが、そういった日常風景は、もう久しく見られない。


 都市は冷たく閑散としていた。

 迷宮探索とは無縁の一般人、闘う力を持たないか弱い人々は、攻め寄せる戦争の気配を感じ取り、安全と信じる我が家にひきこもってしまった。

 連合軍が押し寄せてくれば、彼らとて蹂躙される運命にある。男や老人は殺され、女は犯されるだろう。それが戦争、そして敗北者の運命だ。それでも彼らにはいまさら外国へ逃げ出す処世術もなく、ただ震えながら不安に駆られる日々を送ることしかできない。


 ベーゼは、かなしげに目を伏せた。


「なげかわしいな……。なんの罪もない人々が、これからやってくる忌まわしい戦争の影におびえて、満足に平和な日常を生きることすら取り上げられてしまっている」

 

 こぶしをわなわなとふるわせ、悔しげに唇を噛む。

 そして力強い眼差しと言葉で、評議員たちに訴えた。


「俺は許せないのだ。なぜ彼らの平穏が理不尽にも奪われなければならない? 無辜の民が苦しめられ、虐殺されようというのに黙って見過ごすことなどできない。そのために俺たちは立ち上がった。ヨルムガルド傭兵団は、か弱き人々を守るための、正義の軍団だ」


 その言葉の正しさ。

 金色の後光を背負っているかのようであった。

 

 評議員たちは渋面をつくる。


「ならば、それ相応の戦力をそろえているのであろうな」

「千人というところかな」


 怒号が上がった。


「千人だと? たかがそれっぽっちで!」

「よくも大層なことをほざけたものだな!」

「連合軍の規模がどれほどのものか知らぬのか? たったの千人でどうにかできるなら、とっくに我々自身で解決しておるわ!」


 評議員たちの罵声は苛烈であった。

 だがベーゼはあえてそれを受け止め、ひとしきり声を上げた老人たちの怒りが静まったところで、安心させるように説いたのだ。


「数は、問題ではない」

「なんだと?」

「大事なのは信念だと俺は思っている。どんなに非力だろうと、平和を愛する心がある限り、何度でも立ち上がり、前進する。たとえ相手が数十万、数百万の大軍であろうとも、恐れることはない」

「……たいした理想論だな。だがここでは現実の話をしてみせろ。たった千人で、どうやって二十万の軍勢を倒すというのだ!」


 ベーゼは、ふ、と笑った。


「倒す? 誰がそんなことを言った?」


 誰もが耳を疑った。

 

「では、どうするというのだ」

「もちろん、説得する。戦いとは、握り拳や剣を振りかざしてやるものばかりではない。人間には、心がある。言葉がある。言葉を駆使してお互いに理解を深め、心に訴えて和睦することは可能なはずだ。諸君、考えてもみろ。敵を剣で斬れば血が流れる。流れ出た血の海は何を生み出す? 恨み、憎しみだ。殺された側は殺した側を憎み、殺し、そしてそれを繰り返す。復讐などむなしいだけだというのにな。人々が傷つけ合うたびに正義はなくなり、憎悪だけが大きくなり、混沌が渦巻き、悲劇の連鎖が永遠に続く。そして、世界は歪んでいく……むなしい、そう、むなしいだけだ。俺は誰にもそんな気持ちを味わってほしくない。だからこそ武器を捨て、平和を求める本当の人間らしい心、慈愛の精神をぶつけることで、この争乱を治めようと思う」


 誰も殺さず、殺されず、血の一滴すら流さずに事態を解決してみせる。

 

 ベーゼはそう言って、評議員たちの前から立ち去った。

 老人たちは半信半疑であった。

 そんなことが本当に可能なのか?

 できるはずがない、不可能だ。

 いや、しかし、もしも可能ならば。

 それは、どんなにすばらしいことだろう。


「まさか、そんなことが……」

「だが……」

「ああ……あの男の顔は、嘘を言っているような顔ではなかった」

「信じてみようではないか……愛と平和の義勇兵とやらを」

「ふっ……。わしらはどうやら、欲におぼれて、大切なことを見失っていたようだの」

「うむ。……少年時代の信念……だれもが笑って暮らせる都市のためにこの身を捧げようとしていた、あのときの心を……」

「憎しみを捨て去った本当の心……剣に頼らぬ言葉の力……」

「平和と愛、か。……若造などに教えられてしまったわい……」


 富と欲望、保身のために澱んだ瞳が、かつての清らかな輝きを取り戻していく。

 評議員たちはまるで少年のように胸を躍らせて、この都市の未来をあのベーゼという男とヨルムガルド傭兵団に託してみようという気持ちになったのだった。



 一ヶ月と経たずに、大陸は血の海に沈んだ。



 ベーゼの率いるヨルムガルド傭兵団は、比喩ではなく一騎当千の猛者の集団。

 その突撃は、十倍の軍勢であろうとたやすくねじ伏せた。


 彼らは、人の心を持たなかった。

 倒した敵はけっして逃さずその場で殺し、内蔵を引きずり出してむさぼり食った。

 腕を切り飛ばし、脚を切り飛ばし、もがき苦しむさまをたっぷりあざ笑ってから首を切り飛ばした。


 圧倒的な強さで連合軍を蹴散らし、諸国に足を踏み入れると、もはや彼らの虐殺と蹂躙を止めることのできる者はどこにもいなかった。


 男はもちろん皆殺し。

 首をジャグリングして遊んだり、性器をもぎとって並べた。

 命乞いする者は横一列に並べて順番に弓矢の的にした。


 女を見つけては強姦に及び、犯して殺し、もしくは殺して犯した。

 妊婦だと分かれば生きたまま腹を裂き、赤子が男子か女子かで賭けを楽しんだ。


 子供を見つけては、親の前で見せつけるように殺した。

 その反対に、子の前で親を殺すことも特に好んだ。


 この世のありとあらゆる残虐、無慈悲を、彼らは思うがままに楽しんだ。


 破壊と混沌の神、悪神カムイの紋章を旗印として、ヨルムガルド傭兵団は外道ですらない無道を突っ走ったのだ。


 とりわけ、頭目たるベーゼの行いは、その傭兵団の面々でさえ目を背け、顔が青ざめるほどだった。


 ベーゼは、とある国の王を捕らえると、その眼前で、彼の実の娘を食った。

 隣国にもその噂が届くほどの美姫は、衣服をはぎとられた姿でテーブルに縛り付けられた。そして無慈悲なるベーゼは、姫の指先やわき腹、乳房、尻と、やわらかい箇所をナイフで切り取り、フォークで突き刺して、ゆっくりと口元に運んだ。


 激痛と恐怖のあまり獣のような絶叫を上げる、姫。

 その声も味を楽しむためのスパイスだといわんばかりに、ベーゼは食を進めた。


 やがて目をくりぬき、耳と鼻を削ぎ、唇にかじりつき、原形をとどめぬまでに破壊し尽くされ、それでも生きている姫の、性器をフォークで指し示して、「食うかい?」と、真っ赤に染まった口で王に尋ねた。

 その時点で、王はすでに泡を吹いて憤死していた。

 ベーゼは美姫の純潔を散らし、手足をもぎとって達磨にすると、わざわざ丁寧な延命処置をほどこし、長らく手元に置いて鑑賞したという。


 大陸全土が足の踏み場もないほどの死体で埋め尽くされた、と、後世の歴史書は語る。

 そして、とにかく、リメインの危機は回避されたのだ。


 だが、不殺とは、愛と平和とは、言葉とは、なんだったのか。


 帰還したベーゼが手土産として持参した麻袋の中身、大量の目玉を床にぶちまけたとき、リメイン評議員の老人たちはようやく悟った。


「約束通り、一滴の血も流さなかった。愛と平和の勝利だ」


 この男は、鸚鵡オウムだ。

 世の中には、存在するのだ。

 言葉を知りながらも言葉を解さない化け物が。

 ただどこかの誰かが口走った、聞こえのいい台詞をそっくりそのまま真似て、人間のふりをしているだけ、人間の皮をかぶっただけの、忌まわしく邪悪な鸚鵡。

 その翼を広げ、自在に飛び回り、知った風な口で人々を欺いては、破壊と混沌をまき散らす。


 神の鸚鵡。


 それが、ベーゼという男の本質だったのだ。


 ベーゼは、救国の英雄でありながら、なにも見返りを要求しなかった。

 だが、恐怖し尽くしたリメイン評議会は、我先にとヨルムガルド傭兵団に恩賞を与え、さらには、破格の条件を提示した。


 それは、地下迷宮の独占権。

 次に発見された階層、すなわち、第五階層を丸ごとヨルムガルドに差し出し、そこから得られる利益を永久的にヨルムガルドが独占することを許可するというもの。


 百年後、その約束は果たされた。

 現在から百年前、第四階層で新たにダウンホールが見つかり、エレベーターが建設された結果、もっとも肥沃な理想郷、第五階層は、ベーゼの統べる、ヨルムガルド傭兵団の支配下に置かれた。


 リメインを守る最強の狂った軍集団、傭兵国家ヨルムガルドは、こうして誕生したのである。



 ◆



「じゃっ、あそぼーか」


 まるで子供のように無邪気で、軽い声だった。

 ツァールは素早く両腕を左右に伸ばし、近くに立っていた騎士の頭をつかむと、膝を曲げた。

 めきめきと脚の筋肉が膨張する。

 次の瞬間、ユーリに向けて爆発。

 凄まじいスピードで肉薄してきたツァールに対して、ユーリは本能的な直感で横に跳んだ。

 目の前で、騎士の脚が旋回する。

 ツァールはその怪力を駆使して、騎士そのものを武器のように扱っているのだ。

 強固な金属に包まれた人体は、相応の力で振り回せば、凶器となる。当たれば鈍器で殴られたように肉が裂け、骨が折れるだろう。

 ただし当然、当てられた側だけではなく、武器にされた側も、ただではすまない。

 頭部をつかむ鬼のごとき握力に、ふたりの騎士は悲鳴を上げている。


「泣くな、泣くなYO! 漢が泣くぜぇ~~~♪」


 笑いながら、ツァールは、反対側の手で掴んでいた騎士を垂直に振り下ろした。

 ユーリはそれを後ろへ跳んでかわしたが、ぐしゃ、ぼぎ、という胸の悪くなる音と共に騎士の全身の骨は砕け散り、絶命した。


 さらにツァールは、次の一撃を、横殴りに繰り出す。


 ユーリは姿勢を低くして急加速した。

 ツァールの攻撃の下をかいくぐり、斬撃を放つ。


 鋭い剣の筋は見事にツァールの左手を手首から切断し、さらに踏み込みながら狙い定めた刺突は、心臓のあるべき箇所を正確に貫いた。


 頭部を握りつぶされた騎士の死体が、重々しい音を立てて地に転がる。

 それを背後で聞きながら、ユーリは、同時に、不愉快な笑い声をも耳にした。


「あんた、るねぇ~~~♪」


 心臓を刺し貫かれながら、ツァールは笑っていた。

 そして野太い腕を回し、ユーリを抱きしめる。

 

「気に入ったよ。ハグしちゃうZE♪」


 ユーリは腕を開いて抵抗しようと試みたが、ツァールの腕力は想像を絶していた。

 万力のごとき抱擁。

 一瞬で骨がきしみ、悲鳴を上げた。

 人体を力づくで切断する、死のベアハッグ。

 

 死神の鎌のような蹴りがツァールの頭部を急襲していなかったら、ユーリは胴体の部分でふたつに分かれていただろう。


「わるいな」


 窮地を救ってくれたラスヴェートに礼を言い、剣を構え直すユーリ。


「奴は危険だ。息を合わせよう」


 ラスヴェートの攻撃を食らって吹き飛んだツァールは、のっそりと立ち上がっていた。並の人間なら頭蓋骨が砕け、首ごと挽き肉になっていてもおかしくない威力であったにもかかわらず、それを受けて、なんの痛痒も感じていない様子だ。


 それどころか、先ほどユーリが貫いた胸の傷がふさがっており、左手首の切断面もピンク色の肉が急速に盛り上がりつつある。

 たいして時間もかけずに、骨が生え、それを肉が包み込み、五指を形成してしまった。

 つい数十秒前に手首を失ったのだと言っても、誰も信じないだろう。

 吸血鬼に匹敵、あるいは上回るかもしれない再生力だ。


「ば、化け物か……」


 バルナウルが震え声で言った。

 騎士たちも、もう、ツァールを味方として見ていない。

 その目にあるのは、得体の知れない男に対する畏怖、嫌悪、恐怖。


「だから言ったろ。あんたはとんでもない奴を雇ったんだよ」


 ヨルムガルドの傭兵が最強とおそれられるゆえんは、その異常なまでの不死身さにある。

 彼らは、剣で斬られても、炎で焼かれても、どれだけ痛めつけられても死ぬことなく立ち上がり、笑いながら進撃を再開する。

 

 笑いながら、いくらでも人を殺せるのだ。


「強い、強い。おもしろいねぇ~~~~」


 興奮した調子の声で、ツァールは笑った。


「こんなに楽しいのは久しぶりだ。俺様ちゃん、ちょっと本気を出しちゃおうかなぁ~~~~?」


 そう言って、腰を深く落とし、力む。

 気迫が、大地を揺るがし、木々をざわめかせる。

 全身に筋肉の繊維や血管が浮かび上がり、一回りも膨張したように錯覚した。


「ふんッッッ!!」


 ――錯覚などではない。

 実際に、ツァールの肉体が膨れ上がっている。

 ただでさえ図抜けた体格であった男の身体は冗談のように体積を増し、三メートルを超えてもなお肥大化し続ける。

 それに合わせて頭部も巨大化したのか、ラバーマスクが内側からの圧迫に耐えきれず、ぶちぶちと音を立てて千切れ飛んだ。

 

 全員が、あっ、と息を呑む。

 

 ぼろくずと化して落ちたラバーマスクに隠されていたツァールの素顔は、豚であった。

 何重にも脂肪のヒダを作る皮膚、垂れた耳、突き出た鼻の穴、牙の並んだ口。

 人間ではなく、豚の頭が、巨躯の上に乗っていたのだ。

 不明瞭な声の響きは、ラスヴェートと同じく、発声器官を人間と異にしていたからだったのか。


 その身長、四メートル。

 もはや巨人と呼ぶべき大きさにまで成長したツァールは、欲望をたぎらせた双眸で、ユーリたちを睥睨した。

 

「お楽しみはここからだよぉん。さあ……踊るぜベイビィ!!」




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