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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第一章《乳白色の森》
15/43

《ユーリの休日》




 頭頂藍天。


 脚踏清泉。


 懐抱嬰児。


 両肘頂山。


 ようするに物を掴む形にした両手を、右は天、左は地に向ける。

 両足は五指で地をつかむように土踏まずをへこませる。

 そして、頭頂はまっすぐ天へ向けておく。


「これが両儀式。馬歩の姿勢から肘を立てた基本の形よ」

「なんか、ゆるーい感じだな」

「それが大切なのよ。余分な筋肉の力みは、エネルギーを伝えるのに邪魔なだけ。拳を打つ瞬間の緊のために、肩腰をゆるめる。全身の間接、筋肉から余分な力を抜いて呼吸を整え、丹田に意識を集中させて気をコントロールする」


 一面に広がる青々とした芝生。

 二人は、庭に出て向かい合っていた。

 ユーリはやや離れたところからクラティアの挙動に注目している。


 クラティアは動きやすい服装に着替えており、スポーツブラとスパッツという組み合わせだ。いつものドレス姿とはうってかわって、汗を流すのに適した、快活な雰囲気。


 呼吸はゆっくりとしていて、口を閉じて鼻で行い、丹田に意識を集中しながら足の五指で地面をつかみながら深く吸い込み、すこし止めてから足指をゆるめて静かに吐き出す。


 踏み込んで、腰を落とし左沖捶(胴体への突き)。

 さらに右沖捶。

 右足を引き戻して上げる。

 一気に両足で大地を踏みしめると共に腰を落として両肘を開き、左から踏み出して横打。

 流れるように無駄のない動きである。


「ここまでが套路。つまり型。分かった?」

「……ゆるっ。もっとこう、型にはまらず動き回ったほうがいいんじゃないか」


 ユーリが言うと、クラティアはあきれたようにため息をついた。


「不招不架にして就是一下を上乗となし、招架を混鑽するを中乗とし、閃転騰揶するを下乗となす」

「はっ?」

「跳んだり跳ねたり動き回りながら戦うのは初心者のやること。達人は構えず一発で相手を倒す、という意味」

「おまえ、やってることと言ってることが矛盾してるぞ。構えなんて必要ないんだろ?」

「無形にいたるためにこそ、有形の套路を練習することが欠かせないのよ。基礎から始まり、基本技、套路などの外面的練習。さらに、呼吸、発頸、意念の内面的練習。これらすべてを長い年月をかけて極めることが、内外合一の完成、無意無形へのただひとつの道なの」


 ユーリは、がっくりと肩を落とした。


「めんどくせぇ」

「はいはい、そう言うと思ってたわよ。でも学んでみたいと言ったのはあなたでしょ」

「なんかの役に立つと思ったんだがな。その、ゆるーい踊りと、ヘンテコなポーズ」

「拳法とヨガを馬鹿にしないでくれる? 特にヨガがもたらす効果は精神、肉体、ともに絶大であることは言うまでもないわ。間接が柔らかくなることによって使われる筋肉量も増えて代謝も上がるのよ。近いうちには、今までやったことのない、難易度の高いポーズに挑戦するつもりだわ」


 ふふふ、と自信満々に言う、クラティア。


「まあ、せいぜい、俺が助けなくても自力で体を解けるようなポーズにチャレンジしてくれ」

「なっ、ちょっ、ち、ちがうわよ。あのときはたまたま調子が悪くてっ」


 クラティアは顔を真っ赤にしてユーリに詰め寄り、胸板をポカポカ叩いた。

 なだめるように頭を撫でてやってからユーリは言った。


「わかったわかった。……暇なら歌劇でも見に行くか?」

「えっ。ほんとう?」

「おまえが気に入ってた劇団が来てるらしいぞ。どうする」

「行く! ああ、あのソロのアリアはすてきだったわ。待っていて、すぐに準備するから」


 クラティアは飛び上がって喜ぶと、家の中へと駆けていった。



 ◆



「前もって言っておいてくれたら、お弁当を用意したのに」

「さっき思いついたんだよ」


 馬車に揺られながら歌劇場を目指す二人。

 ユーリは、普段より洗練されたダークスーツ。

 クラティアはうんと着飾り、白いドレス、長手袋、つばの広い真っ白な帽子をかぶっている。

 

「楽しみだわ。燃えるようなアリアと重厚なオーケストラの調べ」


 クラティアはうっとりとして言った。

 ほどなくして、迷宮都市唯一最大の歌劇場が見えてきた。


 荒くれ者どもの町にそびえ立つ、五階建ての壮大にして華麗な建築物。

 リメイン歌劇場が建てられたのは二百年前。

 以後、世界中の名だたる歌劇団を招き入れ、一日たりとも休むことなく、延々とオペラやバレエを上演し続けてきた。

 迷宮攻略を志す冒険者ばかりが目立つリメインだが、莫大な富が動き、無数の珍品が取り引きされる現場であるゆえ、他国の貴人も多く訪れる。名高き大迷宮に足跡を残したいとやってくる貴族も珍しくない。


 ゆえに、そんな高貴な顔ぶれが暇を持て余さぬよう、彼らに向けた商売も盛んに行われている。

 この歌劇場が造られた理由も、そういったことによるものだ。

 今日も、歌劇場の周りには、すばらしい歌劇で胸を満たすために、多くの人々が集まっている。


 馬車から降りたユーリはクラティアの手を引いてやった。


「ちゃんとエスコートしてちょうだいね、あなた」

「へいへい」


 かなり身長差があるので、腕を組むのはむずかしい。重ねる程度に手をつなぐ。

 御者に見送られながら歌劇場の入り口にたどり着くと、初老の痩せた男が進み出た。


「お待ちしておりました、ユーリ様。クラティア様」


 この歌劇場の支配人である。

 周囲の群衆がざわめいた。


「ユーリ? 案内人のユーリ殿か?」

「本物だ。はじめて見たぞ」

「支配人がわざわざ出迎えるなど、ただごとではないな」

「あの少女は? どこの貴族の令嬢だ?」


 このリメインの顔といってよい案内人のトップであるユーリと、とてつもなく高貴な存在感を放つ白き少女。

 由緒ある歌劇場の支配人ともなれば各地の名族にも顔がきき、絶大な影響力を誇る。それほどの男が使用人のごとく頭を下げて迎え入れるのだから、ユーリたちが他の客の視線を集めるのも無理はなかった。


 ユーリは困ったような顔をして言った。


「おい、俺が頼んだのは席の予約だけだぞ」

「はい。ですが十傑案内人のユーリ様に失礼があってはと思いまして」

「わかった。いいから案内してくれ。居心地が悪い」


 かしこまりました、と言い、支配人はうやうやしく礼をした。


「では、こちらへ。おおせの通り、特等の貴賓席をご用意させていただきました」


 言葉を発さずとも、群衆が道を開ける。

 支配人に続くようにして二人は廊下を歩いた。


「今日、思いついたのよね」


 意地悪く、にやにや笑いながら、視線を向ける、クラティア。

 ユーリは小さく舌打ちしてから「そうだよ」と言った。


「まあ、あなたにしては、悪くないプレゼントだわ」


 クラティアは、無骨な手の平を愛おしそうに握ると、


「ありがとう」


 と、微笑を浮かべた。



 ◆



 歌劇場を拍手が満たすと共に、演劇が開幕しようとしている。

 そのとき、まったく別の場所、リメインの片隅に建つ安酒場に、風変わりな客が訪れていた。


 フードを目深にかぶり、真っ黒なローブをまとった男。

 海を渡ってこの都市にたどり着いた、ラスヴェートだ。

 かたわらには、ゆるやかに波打つ銀髪が美しい、隻眼の少女セラフィーナが、頭巾をかぶった尼僧服を身にまとい、寄り添うように立っている。

 見慣れない二人組の登場に、客たちは珍しがるように視線を向けたが、顔ぶれの入れ替わりが激しいことは日常なので、すぐに興味を失って仲間との談笑や酒を飲むことを再開した。


 ラスヴェートはゆっくり歩くと、カウンターの奥にいる店主に声をかけた。


「なんでもいい、一杯もらいたい。妻にはミルクを」

「あいよ。ミルクはあるが、うちに弱い酒は置いてないぜ」


 店主は慣れた手つきでコップをふたつ、ラスヴェートとセラフィーナの前に置いた。

 ラスヴェートに差し出された酒は、アルコール度数のたいへん高い火酒と呼ばれる種類であったが、彼は水のごとくそれを飲み干した。

 店主は驚くと、にやりと笑った。


「いい飲みっぷりだ。気に入った。あんた、冒険者か?」

「そのようなものだ。聞きたいことがある」


 ラスヴェートは懐から皮袋を取り出すと、銀貨を何枚かカウンターの上に置いた。

 コップ一杯の酒に対しては支払いすぎと思われる金額だ。


「迷宮に潜りたい。案内人を、紹介してほしい」

「だったら、ギルド本部に行くといい」


 店主の表情から笑みが消える。

 ラスヴェートはもう一度、繰り返すように言った。


「案内人を紹介してほしい」


 フードの奥に隠された素顔を探ろうと、店主の視線が鋭さを帯びた。

 口元を引き結んだ彼は、ラスヴェートの意図を慎重に読み取ろうとしているようだ。


 そのとき、乱暴に扉を開ける音と、下品な笑い声が上がった。


「ひゃっはぁ~~~~! ようおまえら、今日も元気にやってるかぁ?」

「どけどけ、道を開けろ! 殺されてぇのかぁ?」

「だ、だ、《ダンジョン・スネーク》のお通りだぁ! じゃ、邪魔するんじゃねぇよっ!」


 三人組の、素肌の上から獣の皮をまとった屈強な男たちだった。

 彼らは店外に響くほど大きく口汚い罵り声を上げながら、のしのしと我が物顔で店を歩き、椅子や、他の客、ウェイターなどを蹴飛ばして、カウンターまでやってきた。


「おいおっさん! なにをボサッとしてやがる?」

「酒だ、酒! さっさともってこいよ! とびきりクールな一杯をな!」

「の、の、のろま! こ、こっちは客だぞ! だ、《ダンジョン・スネーク》、なめてんのか!?」


 三人組のうち、リーダーとみられる黒髪リーゼントの若者がドスをきかせた罵声を浴びせると、金髪の優男と、スキンヘッドの大男がそれに続く。


 店主はラスヴェートから目を離すと、迷惑そうにそちらを見た。


「前回の代金をまだ支払ってもらってない。飲むなら、その前に、ツケを払ってからにしてくれ」


 店主とて、今まで数十年と荒くれ者を相手に商売を続けてきたのだ、この程度では怖じ気づいたりしない。

 三人組は、互いに顔を見合わせた。

 そして、盛大に笑い始めた。


「今なんて言った、このおっさん?」

「あ? よく聞こえなかったが、もしかして、ツケを払ってくれ、とか言ったのか?」

「う、う、う、うけるぅ~~~~!」


 次の瞬間。

 ぴたり、と笑うのをやめたリーゼント頭が、いきなり抜きはなったナイフを、カウンターテーブルに勢いよく突き刺した。

 殺気を飛ばす、つりあがった鋭い目つきで、店主を睨む。


「殺すぞ、おっさん」


 店主のこめかみから脂汗が流れた。

 周りの客たちやウェイターは居心地悪そうに震えてしまって動こうとしない。


「俺たち《ダンジョン・スネーク》に酒を出せないってことは、殺されても文句は言えないってことなんだぜ?」

「そ、そ、その通り! さっさと出せ! つ、ツケなんざ、知るか!」


 彼らは、この場を支配していた。

 なぜなら、彼らは持っているから、だ。

 古来より、我を通すために必須とされてきた要素。

 財力、権力……それらよりも、もっともっと原始的で、かつ絶対的な要素を。


「それとも、逆らうつもりか? ギルド所属のA級冒険者、俺たち《ダンジョン・スネーク》によぉ」


 それは、暴力。

 逆らう者を力ずくでねじ伏せて言うことを聞かせる、弱肉強食のファイナル・アンサー。


 ギルドは所属している冒険者をランク付けして管理を行っている。

 最下位から順番に、E、D、C、B、A、S、SS。

 ダンジョン・スネークを名乗る三人組のランクは、いずれもA級。かなりの腕利きといっていい。実際、この三人は、なかなかのスピードで第一階層の攻略を終え、第二階層へと足をかけている。

 

 彼らは、腕っ節で我が侭を通すつもりだ。

 だれも逆らうことはできない。

 この場に、彼らを上回る暴力の持ち主でもいない限りは。


「ひゃはははは! そう、俺たちはこのリメインでもっとも強く、もっともクール、もっともヤバい!」

「そして、もっともセクシィなトップチームぅうう~~~!!」

「だ、《ダンジョン・スネーク》、最強ぉおお~~~~!!」


 店主は、悔しそうに歯ぎしりしながら、酒を用意して差し出した。


「最初からそうしてりゃいいんだよ、ばーか」


 リーゼントは、鼻で笑いながら、うまそうに酒を飲む。

 そこで初めて気付いたように、目を丸くした。


「おっ? なんだなんだ? いい女がいるじゃねぇかぁ!」

「マジじゃねぇか! ひゅ~~う! こいつはめったにお目にかかれない上玉だぜぇ!」

「お、お、おんな! いいおんな!」


 彼らは、セラフィーナに目を付けたのだ。

 たちまち酒のことなど忘れたように、にやにやと笑いながら取り囲む。


「お姉ちゃん、どうしたのよ、こんなところで?」

「女がやってくるような場所じゃないぜぇ? 暇か? 暇なんだろ? どうよ、これから俺たちと遊ばない?」

「こ、こいよ、ま、満足させてやるぜぇ!」


 セラフィーナは、片目で、嫌悪感をあらわにしていた。

 それに気付かないリーゼントは、色欲の塊と化して、よだれを垂らしながら、手を伸ばそうとする。


 その手をはたき落とす、ラスヴェート。

 妻をかばうようにその前に進み出ると、静かに言った。


「妻に手出しすることは、ゆるせない」


 低い声は、剣呑な響きを含んでいた。着火した導火線のように。

 リーゼントは、赤く腫れた自分の手の甲を見るや否や、こめかみに血管を浮かび上がらせて叫んだ。


「てっ! てめぇええええ!! よくもこの俺に!」

「俺たちが誰だか分かってんのか!? 死んだぞテメェ!」

「ぶ、ぶ、ぶっ殺してやる!」


 一触即発の雰囲気。

 ラスヴェートは、ゆっくりと腕の力を抜き、腰を落とした。冷たい殺気を帯びた、フードの奥の瞳が、酷薄に獲物を見定める。


 が、ラスヴェートが動き出すことはなかった。

 それよりも前に、野太い声が上がったのだ。


「黙って聞いてりゃ、ずいぶんと好き勝手やるじゃねぇか」


 三人組がそちらを見やる。

 声のした方向、店の片隅のテーブルに陣取った巨漢の姿があった。


「メシがまずくなる。さっさと失せな、クズども」


 この言葉に、《ダンジョン・スネーク》の怒りは一気に沸点を超えたようだった。

 リーゼントは、ナイフを。

 金髪は、ロングソードを。

 スキンヘッドは、戦斧を。

 それぞれ構えて、怒声を浴びせながらそちらに駆け寄り、


「なんだ。やろうっていうのか? ま、いいけどよ」


 のっそりと立ち上がった巨漢の姿を見て、彼らは、言葉を失った。

 大きい。

 大きすぎる。

 身長二メートルを軽く超える、桁外れの図体。

 ざんばら髪と無精髭、頬を斜めに走る古傷。

 上半身は裸だ。


 第一階層アルマッレーク案内人、《怒濤の剛拳》ジグルド。


 《ダンジョン・スネーク》は硬直した。

 手に持った鋭利な武器が、ただの玩具と化したかのように頼りない。

 実際、ジグルドにしてみれば、彼らの剣やナイフは、その程度だった。


「やめておけよ。痛い目を見たくなければな」

「ふ、ふざけんじゃねぇっ! 俺たちは、最強なんだああああっ!!」


 リーゼントは狂ったようにわめき散らすと、ナイフを素早く横に走らせた。

 その切っ先は、ジグルドの胸板を切り裂くかと思われた。

 数え切れぬほど繰り返してきた、獲物の肉を切り裂く動作。

 だが、リーゼントの感じた手応えは、岩。巨岩に切りつけたような、硬い感触。

 

 気付けば、ナイフは跳ね返って吹っ飛び、店の隅に転がっていた。

 手に残ったのは、痺れと、空洞。


 呆然とするリーゼントを、ジグルドは悠然と見下ろした。

 彼の体には傷ひとつない。


「そんなへっぴり腰で、俺を切れるとでも思ったのか?」


 直後、店内を揺るがす轟音と共にリーゼントは吹き飛び、きりもみ回転しながら天井にぶちあたると、落下してテーブルの上に叩きつけられた。

 ただの平手打ちであったが、たった一撃で、リーゼントは腕や足、あばら骨などがへし折れ、意識を失っていた。


 優男とスキンヘッドが、絶句して、武器を持つ手をだらりと下げる。


「だから言ったろ、痛い目を見るぞ、ってな」


 ジグルドは手を伸ばすと、優男の手からロングソードを奪い取り、その刀身を、木琴楽器のような歯と強靱な顎でバキボキと噛み砕いた。

 小便を漏らす二人の前で、難なく鉄の破片を嚥下して、ぎろりと睨みつける。


「そいつを連れて失せろ。二度と顔を見せるな。さもないと、今度は頭から喰っちまうぞ」


 優男とスキンヘッドは無様な絶叫を上げ、急いでリーダーの体を抱えると、我先にとばかり逃げ出した。

 騒動が終わったと見るや、客たちが歓声を上げる。


「さすがはジグルドだ!」

「すげぇ! あんなの初めて見たぜ!」

「俺たちは見てることしかできなかったのに。尊敬するよ!」


 店主も、ホッとしたように胸をなで下ろしていた。


「ありがとよ、ジグルド。あんたのおかげで助かった」

「いいってことよ。だが店が傷ついちまったな、すまん」

「どうとでもなるさ。あいつらには困っていたんだ」


 まるで、物語の主人公のように、悪漢どもを撃退してみせたジグルドに、周囲からは惜しみない賞賛が与えられる。

 ラスヴェートも、軽く頭を下げた。


「礼を言わせてほしい」

「あんた、俺の助けなど必要なかったんじゃないか?」


 ジグルドは、ラスヴェートのまとう鬼気から、おおよその実力を感じ取っていた。

 ラスヴェートは、首を横に振った。


「妻を危険な目にあわせずにすんだ。それがもっとも大事だ」

「ま、なんでもいいけどよ。俺は案内人のジグルドだ。あんたは?」

「ラスヴェート。こちらは、妻のセラフィーナ」


 セラフィーナは、ぺこりと頭を下げる。


「案内人といったが、それは本当かね」

「ああ。さっきマスターとなんか話してたな。……だが、悪い。これから別件の案内があるから、あんたの依頼を引き受けることはできねぇんだ」


 ジグルドは申し訳なさそうに言う。

 ラスヴェートはすこし落胆したように、「そうか」と言った。


「だが、待ちな。知り合いの案内人を紹介できるかもしれねぇ」

「それは、信頼できる人物かね」


 ジグルドは豪快に笑い、胸を叩いた。


「おうよ。俺よりもはるかにすごい案内人だ。大船に乗ったつもりで任せてみな!」



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