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彼は迷宮の案内人  作者: あすてか
第一章《乳白色の森》
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《依頼の完遂》

 アリシアが片膝をベッドに乗せても、ユーリは口を閉ざしたまま手を出そうとすらしなかった。

 裸の美女が股を濡らしながら迫ってきても微動だにしないなど、男としてはありえぬ反応だ。それこそ不能か同性愛者でない限りは。

 アリシアは意外そうに眉根を寄せる。


「どうしました? わたしの体、魅力がありませんか?」

「そんなことはないさ。極上だ」

「よかった」


 口元を淫靡にほころばせる。

 そしてそのまま、ユーリに覆い被さるようにして、紅い唇を寄せた。

 が、その余裕に満ちた表情が、不意にこわばる。


「だが、殺気の隠し方はお粗末なもんだ」


 ユーリの腕はいつの間にかアリシアの後ろに伸びており、分厚い手のひらが華奢な首をがっしりと掴んでいた。

 冷酷な瞳。

 剣がないことは、ユーリの戦闘力を奪うことにつながらない。

 鍛え抜いた肉体は、無手であろうと凶悪な武器と化す。

 アリシアは大声を出すこともできず激痛にもがき苦しみ、なんとかしてユーリの手を振り払おうと腕を伸ばすが、ごつい指先が柔らかい肉にめり込み、頸骨を粉々に破壊するほうが速かった。

 

 胸の悪くなる音と共に首が不自然な箇所から折れ曲がり、白目をむいて脱力するアリシア。

 ユーリは死体を無造作にベッドへ転がしながら立ち上がった。


「あら。お楽しみの最中だったかしら?」


 テントの入り口を開いて現れたのは、白いドレス姿のクラティアと、その手を引かれて連れてこられたジャンだった。

 クラティアが投げた愛剣を受け取り、ユーリは仏頂面で答える。


「んなわけあるか。行くぞ、もう茶番は充分だ」

「そう。見張りに立っていた村人は始末しておいたからすぐにはバレないでしょうけど、私たちが逃げ出したことに気付かれるのは時間の問題よ」

「あ? だれが逃げるって言った」


 ユーリは、凶悪、としか形容しようのない笑みを浮かべた。


「追ってこられても面倒だ。ここで片付ける」

「やっぱりね」


 クラティアは腕組みしながら、予期していたようにあっさりと言った。

 ジャンが手を挙げた。


「えーと。状況がよく理解できないんだけど」


 おそるおそるといった様子でクラティアを指さす。


「なんでクラティアさんがここにいるの?」

「気にするな。そいつは神出鬼没がモットーなんでな」


 肩をすくめる、ユーリ。

 クラティアは「だ、そうよ」と言った。


 続いてジャンはベッドの上を指さした。


「……なんでアリシアさんが素っ裸で死んでるの?」

「ユーリが助平だからに決まっているでしょう」

「おい。なんでそうなる」


 抗議の声を上げるユーリに、クラティアは冷たい視線で睨みつけた。


「殺すつもりなら、服を脱ぐ前でもよかったじゃない。それをわざわざその田舎女が準備するまでご丁寧に待ってあげて、いやらしく鑑賞していたんでしょう。なめ回すように! 胸とか尻とか! なめ回すように!」

「濡れ衣だ。ちょっと静かにしろ。村中の連中をたたき起こす気か」


 うんざりしたように言ったユーリは、目尻をつり上げてぷるぷると震えるクラティアの頭に手を置いて、優しく撫でてやった。


「肝心なことに答えてもらってないんだけど」


 ジャンが、苛立ったように言う。


「つまり、どういうことなの?」

「人間に友好的なエルフなんて、そうそういるもんじゃない」


 ユーリが言った。


「奴らは、かつて人間に迫害されて、この地下迷宮に閉じこめられたとされている。いまだにそのことを恨んでいる連中がほとんどだ。だから人間が自分たちの領域に足を踏み入れると追い出そうとするし、殺そうとする」

「この村も、アリシアさんもそうだったってこと? でも、あんなに歓迎してくれたじゃない」

「そうだな。……だから人間に優しくするエルフってのは、おおよそ二種類に分かれる。人間と仲良くできると思ってる間抜けか、利用できると考えているクズか」

 

 ユーリはテントの入り口をゆっくりと開いた。

 周囲の気配の有無を確認してから、


「この村がどっちなのかは見当がついてる。静かに動くぞ、俺から離れないようにしろよ、ジャン」


 周囲の闇も、得体の知れぬ空間と化した村の雰囲気も恐れることなく、外へ出る。


「えっ、クラティアさんは?」


 ジャンが周囲を見渡すと、あの可憐な天使の姿はどこにもなかった。


「神出鬼没がモットーなんだよ。だいいち、あのドレスでフリル振り回しながら歩き回られても目立つだけだ」


 と、言ってから、ユーリは動きを止めた。


「隠れる必要もなくなったようだがな」


 二人を中心としてぐるりと取り囲む、数十の気配。

 いずれも手に槍や剣を持った、この村のエルフたちだ。

 殺気が肌に触れ、体温の上昇を感じる。

 円陣から進み出てきたのはエルフの長老であった。


「おやおや。どこへ行こうというのですかな、お客人」

「ちょうどよかった。あんたに用事があったんだ」


 ユーリは鞘から剣を抜いた。


「盛大にもてなしてくれた礼をしたいと思ってな」

「なんと。それはありがたい。ぜひとも貰い受けましょうか。その血肉を」


 長老はその油っぽい唇を舌なめずりして湿らすと、耳元まで裂けるような笑みを浮かべた。


「健康そうな男は、身が引き締まっていて美味い。見目麗しい少年の肉は柔らかくてとろけるようだ。とくに尻の肉がね。あなた方は最高の供物ですよ」

「人喰いエルフどもめ。人間なんぞ食ってどうしたい?」

「かつて我らの先祖は、人間たちの卑劣な魔の手によって先住の地から追いやられ、この地の底にたどり着きました。現在の我ら、誇り高きエルフ族は、先祖が人間に敗れたがために、途方もない年月を、辛酸を舐めながら過ごす羽目になったのです」


 怒りのためか、身を震わせていた長老は、突如として目を見開くと、手に持っていた杖を高く掲げた。


「ならば! 我らのなすべきことはひとつ! 人間への復讐! 憎みてあまりある人間を殺し、血を飲み干し、肉を喰らい、骨を噛み砕く! そうして人間の持つ力を糧とすることにより、この身に取り込む! いつの日か、偉大なる力をたくわえて、復讐を成し遂げるために!」


 夜闇に響きわたる大声。

 周りのエルフたちも、熱狂的に武器を振りかざし、長の言葉をほめそやす。


「なんという深謀遠慮!」

「さすがは俺たちの長だぜ」

「長老! どこまでもついて行きます!」

「人間など、力を得た我らの敵ではない!」

「誇り高きエルフ族に栄光あれ!」


 ユーリは冷ややかに言った。


「鳥を食べれば翼が生えてくるのか、おまえらは? おめでたい連中だ。そら、御託はいいからさっさと来いよ」


 無造作に手招きしてみせる。

 エルフたちは、一様に嘲笑を浮かべた。


「愚かな人間だ。食事にたっぷり毒を混ぜられていたことにも気付かずに。もうじき、からだの自由がきかなくなる頃合いだろう」

「そうなの? なんともないけど」


 自分の体をぺたぺたとさわる、ジャン。

 毒を飲まされたというわりには、なんの不具合もなさそうだ。


「ババアに感謝しておけよ」


 ユーリが言った。


「ちなみに、俺は大概の毒には耐性がある。味の違和感からして、おまえらが飲ませたのはベリの実の汁だろ? あの程度の量じゃどうにもならん」


 余裕を浮かべていた長老の表情が崩れた。

 苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……アリシアはどうしたのだ……彼女を抱いたなら、その体はすでに……」

「どうなったのか気になるなら、自分で聞いてこいよ。すぐに向こうへ送ってやる」


 皮肉げに口の端をつり上げる悪党そのものの表情で、ユーリは言った。

 老いたエルフは歯茎をむき出しにして叫んだ。


「このクズどもを殺せっ。娘のかたきをとるのだっ」


 それを合図として、エルフたちが怒号を上げた。

 砂埃を上げて走るエルフたち。

 包囲網が瞬く間に小さくなる。


「舌を噛まないように気をつけろ」


 ユーリはそう言うと、ジャンの襟首を掴み、疾走した。

 人間離れしたスピードで距離を詰めてきたユーリに、前方のエルフたち三人が仰天して立ち止まる。

 次の瞬間、彼らの首は同時に宙を舞った。

 周りのエルフは、「うあっ」とか「わっ」と声を上げ、硬直した。

 その隙を見逃さず、鋭い突きでさらに二人、心臓を貫いて絶命させる。

 武器を持っているとはいえ、動きが完全に素人のそれだ。戦闘のプロではない。

 反撃に対して容易に陣形を崩し、対応が遅い。

 獲物を毒で弱らせてから集団でリンチにかけて殺すことしか考えてこなかったのだろう。

 それではユーリにかなうはずがない。


 背後から突いてきた槍を見もせずに難なくかわし、半回転するように一閃。首が飛ぶ。

 罵声を浴びせながら切りつけてきた男の剣は、かわすまでもなくユーリに届かなかった。間合いを計り間違えたのだ。鼻先の空間をかするのみで終わった剣を退屈そうに見送り、相手の心臓を一突き。男は呆然としながら崩れ落ちる。


 左右に剣を振って、二人の男を胴から真っ二つに断ち切った。


「ただのカカシだな。つぎはどいつだ?」


 ユーリは剣を肩に担ぐようにしながら、冷たく言った。

 ほんの数分間で包囲網を構成するエルフは半分以下に減り、地面にはおびただしい死体が転がっている。


 近付けば殺される、という事実をまざまざと見せつけられたエルフたちの顔には、もはや恐怖しか浮かんでいなかった。

 先ほどまでの、数の暴力に頼った圧倒的優位ゆえの凶暴性は叩き潰され、非力な卑怯者が持つ本来の無力さが浮き彫りとなった。


「ば、化け物だ」

「勝てるわけがない……」

「冗談じゃねぇ、こんなやつ相手にしてられるか!」


 エルフたちは震えた声で吐き捨てると、武器を放り投げて一目散に逃げていく。

 示し合わせたようにほとんどの者がそれに続き、最後に残ったのは地面に両膝をついて愕然としている長老だけだった。

 

「ど、どうか、命だけはお助けください」


 観念したのか、長老は、這いつくばって額を地面にこすりつけている。

「あなた方の命を奪おうとしたのが愚かでした。ですがこの老いぼれがここで生きていくためには、それ相応の知恵と行動を示す必要があったのです。そのために人間様の血肉を目的とするのが一番だったのです。どうかご理解ください……この哀れな老人に、どうかお慈悲を……」

「殺そうとしておいて、タダで見逃してもらおうとは思ってないよな?」「もちろんです。この村の倉庫に、今までに集めた宝石や金貨などが隠してあります。それをすべてあなた方に差し上げます。ですから……」


 ユーリは剣を鞘におさめた。


「いいだろう。案内しろ」

「あ、ありがとうございます。寛大なるお方!」


 ばっ、と顔を上げた、長老。

 杖の先端を、ユーリに向ける。


「馬鹿がっ。死ねぃっ」


 かちり、という音が鳴ったかと思うと、杖の先に空いた小さな穴から、極細の針が凄まじい勢いで射出された。

 ユーリはそれ以上の速度で剣を抜き、刀身で針を弾いた。

 跳ね返された針は、長老の眉間に突き刺さった。


 くぐもった声を上げ、青ざめた長老は、みるみるうちに全身の肌が土気色となり、その場に倒れてぴくぴくと痙攣しはじめる。


「ち……くしょっ……人間ごときが……お、おまえら、これで勝ったと思うなよ……わしらの守護神、ハエレティクス様が、きっとかたきをとってくださる……ひひ、ざ、ざまみろ……ぐえええっ」


 老いたエルフは緑色に変色した血反吐をぶちまけて動かなくなった。


「ユーリ。もーいいかげんに離してよぉ」

「おう、悪い」


 あやうく窒息するほど振り回されて顔を青くしていたジャンを地面におろす。

 二人はそれから村を探索して回り、目当ての倉庫を見つけた。

 頑丈な錠前をユーリの剣で切断すると、金庫から出てきたのは、冒険者たちから奪ったとみられる、金貨や宝石、魔晶石などの財宝だった。


「これ、おいらたちがもらってもいいの?」

「たち、じゃなくて、おまえのだ。気にせずもらっておけ。お宝は、どんな経緯をたどろうと、地上に持ち帰った奴が所有する権利を得る。それがここのルールだ」


 ユーリは目を輝かせるジャンの肩を叩いた。


 ユーリとジャンは、すぐに地上へのエレベーターを目指した。

 とてつもない重量を苦もなく背負うユーリだったが、これも案内人の仕事のうちだ。


 幸運に恵まれたのか、たいした傷害もなくエレベーターが見えてきた。

 不運だったのは、その前に、三十人ほどの男たちが立ちふさがったことか。


 静かな殺気を身にまとう、黒装束の男たちだ。

 正面に立つ男が、氷を想わせるような冷たく低い声で言った。


「その小僧をこちらに渡してもらおう」

「断る」


 ユーリは即答した。

 男たちは、滑るような足の運びで、迅速にユーリたちを包囲する。

 プロの動きだ。あのエルフたちとはわけが違う。


「われわれはバルト商会に雇われた者だ。その小僧が商会から盗み出した金貨を返してもらう」

「ああ言ってるぞ。返してやれよ、ジャン」

「無理だよ。もうほとんど使っちゃったもん」


 ジャンはユーリの背中に隠れながら言う。

 黒装束の男は言った。


「どちらにしても貴様はもう終わりだ。金があろうとなかろうと商会に連れ帰り、バルト一家の前に転がすのが私たちの仕事だ。たっぷり拷問してくれるだろう、楽しみにしていろ」

「やだあああああっ。たすけてユーリぃぃぃぃ」

「話を聞く限りだと、おまえが悪いとしか思えないんだが」


 泣きじゃくるジャンに、冷たい視線を向ける。

 黒装束の男は鼻で笑う様子を見せた。


「そこの貴様には用がない。さっさと消えろ」


 その鼻面に、巨大な皮袋が直撃した。

 金貨や宝石がずっしりと詰まった、重量百キログラム以上の砲弾だ。

 顔面が潰れて首がおかしな方向に折れ曲がった男は、皮袋と共に転がって、それきり動かなくなった。


「聞いてもないのに依頼主のことまでべらべらしゃべるド三流が」


 片手で皮袋をぶん投げたユーリは、身軽になったとばかり首の骨を鳴らして腕を回すと、剣を抜いた。


「おまえらとこいつの事情がどうだろうと知ったことじゃない。依頼人を無事に地上へ送り届けるまでが案内人の仕事だ」


 たとえ、だれが依頼人であろうと。

 たとえ、だれが敵だろうと。


「いったん引き受けた依頼は完遂する。ほら、来いよ、カカシども」


 群がるように襲いかかる男たち。

 ユーリは喜々として剣を振るった。








行商人のジャンのお話はとりあえずここで一区切りということで。

次回は新たな依頼人。

バイオレンスなお話になりそうです


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