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ある昼休み

ある昼休み


 学校の昼休み、信はある場所へと訪れていた。

 最上階の五階より、さらに上にある隠された場所。それは屋上に出る扉が設置された狭い空間だった。当然、鍵が掛かっているため、外に出ることは出来ない。しかし、その不必要な空間を好んでいる者もいるようだ。


「よう、水島。こんな場所で何をしているんだ?」


 地べたに座り、壁にもたれ掛る少年。先日、宇佐見にちょっかいを出されていた水島だ。

 彼は信を見ると、すぐに目を伏せる。


「そう迷惑そうな顔しないでくれよ。これでも傷つく」


「……聞いたよ。星川くん、手首切って輸血したんでしょ。大丈夫?」


「ああ、心配かけたな。もう大丈夫だ」


 彼の右手首には厚手の包帯が巻かれている。とても大丈夫そうには見えない。入院もせずに、すぐに登校できたのは、彼の気力と根性あってのものだ。


「一応言っておくが、リストカットじゃないからな。事故だ」


「分かってるよ。星川くんみたいな人が、自殺なんてするはずないし」


 成績優秀、クラスでも頼られている委員長。そんな彼が、自殺をすることなど決してありえない。水島はそう思っているのだろう。

 そんな彼の言いように、信の心に少々の蟠りが生じた。


「俺なんて、まだまだだよ。委員長になったのも、皆に推薦されたからだ」


「それが凄いんだよ。星川くんは皆から信頼されてる。僕とは違う」


「お前にはお前の良いところがあるだろ。そう自分を戒めるな」


「僕に良い所なんてないよ」


 キッパリと言い放つ水島。だが、信はその良い部分を事前に調べていた。


「そうか? お前が投稿したアニメ動画、ネット上で評判らしいじゃないか」


「…………」


 硬直する水島。なぜ、委員長がその事を知っているのか、理解出来なかったのだろう。


「……は!? え!? なっ……何で知ってるの! 公表した事ないんだけど!!」


「悪い、調べさせてもらった。まあ、委員長特権で許してくれ」


 水島にとってパソコン上の行動は、全て現実と切り離されたもの。それをこの学校生活に持ってこられたのは、初めての事だろう。

 だが、ネット上の世界、現実の世界、そんなことは信にとってどうでもいい。そこに評価点があるのならば、どうであろうと絶賛する。


「動画も拝見させてもらったぞ。凄いな。一コマ一コマしっかり書き込んである。俺はこの作品の元を知らないが、高い技術なのは一目で分かる」


 歌に合わせて少女が戦う動画。全て手書きによって動かされたアニメーションだ。何の才能もない者が、これほどの大作を作ることなど出来るはずがない。


「だが、歌が聞き取りづらいな。誰が歌っているんだ?」


「それはボーカロイド! 音声ソフトに歌わせているんだ。常識だよ!」


「む……そうか、すまん」


 人の歌と、コンピューターの判別が出来ないほど、信は音程に疎かった。しかし、妹の凛は合唱部に入っている。双子だが、二人の能力は相反しているのだ。

 少しの間、水島はそのボーカロイドについて語る。信はそんな彼の話しを熱心に聞いていた。彼が人を引き付け、委員長に推薦されたのは、こういう部分が評価されての事だろう。人の話しをよく聞いてくれる者は、非常に付き合いやすい。


「今度はそのお勧め教えてくれよ。見てみたいからさ」


 一通り、水島の論議を聞いた信はそう言った。今度という事は、次があるという事だ。

 水島は恥ずかしそうに笑う。その表情は、心なしか嬉しそうだった。





 話しを終え、信は水島を追って教室へと戻ろうとする。しかし、そんな彼の前に一人の男が立ち塞がった。男は信に向って眼を飛ばし、その通行を妨げる。


「こうやって、周りの信頼を掻っ攫っていきやがる。怖えー、怖えー」


「盗み聞きとは、趣味が悪いぞ」


「はっ、元々あの場所は俺の物だ。センコーがいねえからな」


 ピアス穴の少年、宇佐見。どうやら彼は、あの場所を陣地にしていたようだ。誰の目にも届かず、好きなことが出来る場所は、不良のたまり場にはうってつけなのだろう。


「それで、水島に手を出したわけか。なるほど、結果としてあいつに助けられたわけだ」


「……は?」


 言葉の意味が理解出来ない宇佐見。信は人差し指を立て、説明していく。


「あの場所、近々調べるに入るところだったんだよ。煙草の臭いがするって噂があってな」


「マジかよ……」


 彼はポケットから消臭スプレーを取り出すと、それを宇佐見に向かって吹きつける。あたり一面に、甘い花の香りが広がった。


「運が良かったな。校内での喫煙はやめておけ。臭いでばれる」


「ちっ、分かったよ」


 顔にもかけられた消臭スプレーを振り払い、宇佐見は渋々了承する。流石に、これ以上の問題は起こしたくないのだろう。

 話しを終えた信は、再び教室に戻ろうと彼に背を向ける。だが、宇佐見は何かを思い出し、そんな彼を呼び止めた。


「ああそうだ、あのイラつく女。この前、俺に喧嘩吹っかけた……」


「日比野蜜柑か?」


「そう、その女だ。あいつがお前を探してたぜ」


「この前の事だろうなあ……」


 この昼休憩は、ずっと屋上の前で水島と話していた。おそらく、彼女は教室まで出向いていたのだろう。悪気はないが、結果として逃げる形となってしまった。


「どうでも良いが、顔出した方が良いんじゃねえか? また機嫌悪くなって、てめえに当たり散らしそうだぜ」


「そうだな、あいつならやりかねん」


 彼女がいないのをいい事に、滅茶苦茶なことを言う。だが、噂をすれば何とやらだ。


「失礼ね。そんな理不尽なことしないわよ」


 偶然か聞きつけたのか、日比野はこの場所を突き止め、二人の前に姿を現す。これには宇佐見たちも素直に感心した。


「凄いな。こいつ、自力で見つけたぜ」


「よほど、動き回っていたんだろうな。必死な奴だ」


「だから、ほんと失礼ね! ちゃんと考えて探したわよ!」


 何をどう考えたのか、信はあえて聞かなかった。おそらく、確実性のない方法で見つけ出したのだろう。無鉄砲な日比野らしい方法だ。


「放課後、話しに付き合ってもらうわ。逃げたら、家まで向えに行くから」


「強引だなあ……」


 やはり、自宅を知られたのは不味かった。こうなったら逃れようがない。彼女は地獄の底までついてくるだろう。

 女子に付き纏われるのは気分が良いが、相手はあのお節介少女だ。今後も面倒な事に付き合わされるのは、火を見るより明らかだった。

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