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青の道化師

青の道化師


 螺旋階段の最上段、信はその場所でイルミネーターを発見する。視界に日比野はいない。

 異形の影は階段の手すりにもたれ掛り、少しずつ灰となって消えていく。あれほどの攻撃を受けたのだ。もう長くないことは、すぐに分かった。

 信はゆっくりと近づくと、その影の前に立つ。そして、強い眼差しで彼に語りかけた。


「……言い残すことはあるか? 俺で良いなら聞いてやる」


「…………」


 イルミネーターは突然立ち上がると、悪あがきのように少年に襲いかかろうとする。だが、それは無意味だった。


「無駄だ。生憎俺は、魔力や特別な力をまるで持っていない。お前の糧にはならないさ」


「…………」


 彼は動じなかった。異形の化け物が、今まさに自分を襲おうとしている。そんな状況でも、まったく顔色を変えない。

 死から目を逸らしたくない。故にただ真っ直ぐに、イルミネーター見つめる。動揺したのは、そのイルミネーターの方だった。


「怖ク……ナイ……ノカ……?」


「俺は魔法少女に対抗するために、心身ともに鍛えている。それに、死ぬ覚悟だって出来てるしな。怖さなんて我慢できるさ」


 突然、言葉を放つイルミネーター。それを前にしても、彼は平常心を崩さない。イルミネーターとは、既に何回か会話をしている。今のような状況になったのは、これが初めてではなかった。


「なあ、お前は一体何者なんだ? 人類の敵だとか、世界の悪意だとか、そんな事を聞いてもパッとしなくてな。どうも理屈が足りないように思えるんだ。魔法少女はお前たちイルミネーターを詳しく知らずに、一方的に倒すべき敵だと見定めている。俺にはそれが我慢ならない。お前の真意を聞きたい」


「僕ハ……人間ヲ襲ウ……」


「なぜだ。お前たちの行動には意志が見えない。明確な理由を言え!」


 信の疑問はもっともだ。理由のない犯行に、何の意味があるのか。

 表情の無いイルミネーターが、心なしか困惑しているように見える。影はその場に座り込み、考えるかのように言葉をこぼした。


「分カラ……ナイ……」


 イルミネーターは必死に考える。だが、どうしても答えが出てこない様子。ただ何度も、「分カラナイ……分カラナイ……」と言葉を繰り返す。

 信は以前にもイルミネーターから真意を聞き出そうとしている。が、結果は彼と同じ、「分からない」の一点張りだった。


「そうか……ありがとう」


 彼が素直に礼を言うと、イルミネーターは完全な灰となり、どこか満ちたりた様子で宙へと消えていく。少年は目を瞑り、小さく頭を下げた。

 真実には程遠いだろう。しかし、少しずつ彼らに近づかなくてはならない。いつか必ず、魔法少女でも届かない場所に行けると少年は信じていた。


「おかしいわね……なぜ普通の人間が眠っていないのかしら」


 突如、哀愁に浸る信の耳に聞きなれない少女の声が入る。動揺しながらも戦闘態勢に戻った彼は、瞬時に声の方へと振り返った。

 階段を上りきった先。本棚に挟まれた狭い空間。その場所に、一人の少女が立っていた。

 まるで道化師のような、パジャマ姿のような青い服装。髪をたくし上げ、二股に分かれた帽子ですっぽり覆っている。左頬に刻まれた月は、彼女が魔法少女だと証明していた。

 少女はわざとらしく首をかしげると、信に向って疑問を投げる。


「貴方……今、イルミネーターと話したでしょう? 何を話したの……」


「単なる世間話だ。気にするな青いの」


 適当に受け流す少年。だが、彼女は退かなかった。


「私が納得すると思ってるの?」


「退けよ。俺は今機嫌が悪い」


 特殊警棒を伸ばし、構える信。だが、傷は深く、今にも倒れそうな状態だ。これで戦闘など出来るはずがない。倒される前に、倒れてしまうだろう。

 突如現れた三人目の魔法少女、どんな魔法を使うかも謎だ。それでも、信が彼女たち相手に屈服するはずがない。少年は傷ついた体を引きずり、少女の懐へと走りこんだ。

 彼女はため息をつくと、ステッキを信に向って振り落す。日比野の時と同じだ。互いのステッキが打ち付けられ、鍔迫り合いとなる。そう信は思った。が――


「……っ!」


 彼の武器は弾かれ、宙を舞う。攻撃を防げない。相手は微塵も動揺していないのだ。

 ただの人間が魔法少女に抵抗姿勢を見せれば、動揺し、魔力を乱すはず。実際、その方法で日比野に対抗していた。しかし、道化師はポーカーフェイス。ただ冷たく、信を見下す。ようやく、彼は自分の置かれている状況を理解した。


「俺は健全な一般市民で怪我人だ……まさか、正義の味方が手を上げるはずがないよな」


「どうかしら……このまま脅すだけじゃ、貴方の思う壺。それは面白くない……」


 彼女の言葉は的を射ている。信は自分がただの一般市民だからこそ、魔法少女相手に強気に出ている。ただ、相手の正義心を利用しているだけだ。本人が偉いわけではない。

 その事実を読まれた以上、相手も手を抜くはずがなかった。ステッキを首元に当てられ、じりじりと追い詰められる信。この魔法少女は本気だ。

 しかし、彼にはこの状況を打開する策がある。策と言っても、それは他人頼りかつ、馬の良い話なのだが。


「相手が一人とでも思ったか? 青いの……」


「……!?」


 瞬間、信の言葉と共に一筋の光弾が少女の元へと放たれる。彼女は攻撃を軽やかに避け、後方へと退く。そして、攻撃が放たれた方に視線を向けた。

 攻撃の正体は日比野、彼女は瞬時に信の前に立ち、守るようにステッキを構える。なんだかんだ言っても、やはり彼女は頼りになった。

 日比野からして見れば、勝手に話が進んでいる状況。彼女は困惑した表情で、信に問う。


「えっと、状況が分からないんだけど……この子、あんたの知り合い?」


「いや、知らんな。新手の魔法少女だろ」


「あー、なるほどね……」


 青い魔法少女は、二人の会話をジト目で見つめていた。

 自分と同じ魔法少女が、ただの人間と共闘している。この少女から見れば驚くべき事だろう。渋ることなく、少女は信に疑問を投げる。


「貴方、彼女の何……?」


「恋人」


「……本当?」


「まあ、嘘だけど」


「…………」


 ムッとする青い魔法少女。こんな状況でも、信は彼女に対する挑発をやめなかった。当然、日比野が口をはさむ。


「信、あおるのはやめて。本当に死ぬわよ」


「大丈夫だ。だいぶ楽になってきた……」


「それ、大丈夫じゃないから!!」


 意味のない漫才。二人が仲良く話せば話すほどに、青い魔法少女がイラついていくのが分かる。彼女は再び大きくため息をつき、ステッキを収めた。


「私は望月夢子。貴方と同じ魔法少女よ」


「じゃあ、あんたも私たちと一緒に戦って……」


「勘違いしないで、私は貴方たちの敵よ。イルミネーターを招き入れたのも私、全部貴方の実力を測るため……」


 全ては青色の月、望月の計画通り。日比野はまんまと嵌められたのだ。

 だが、信の存在だけは彼女にとって想定外だろう。その点は彼にとって気持ちのいい話だ。それに加え、少年は魔法少女に新たな動きが加わる事も読んでいた。桃色と黄色の魔法少女が揃ったのは、二人揃わなければ乗り越えられない運命が待っているから。想定通りなのは彼も同じだ。


「ほら、二人揃った意味があっただろ?」


「呑気なこと言ってる場合!」


 読みが当たって気分は良いが、体調の方は頗る良くない。このまま望月との戦闘が再開し、命の危機が及ぶのは信自身。尚且つ、相手の考えが全く分からない。魔法少女と敵対する理由も不明で、何を仕出かすかも予測不能だ。それが何よりも怖い部分と言える。

 そんな信の疑問を日比野が代弁し、言い放つ。


「あんた、何で私たちと戦うのよ! 意味が分からないわ!」


「世界の運命を確定的にするため、魔法少女の選択すべき理を導く。すなわち、不穏分子による混沌に介入し、私自身が運命の礎となる……」


「余計意味が分からないわよ!!」


 望月が何を言っているのか、彼女はさっぱり分からない様子だ。勿論、信にも理解できるはずがない。

 彼は何らかのヒントを求め、望月を頻りに観察する。彼女の顔は帽子に隠れ、はっきりと見えない。だが、これこそがヒントだ。この顔を隠す行動には、何らかの意味があると信は予測する。


「…………」


「なに、人の顔をじろじろ見ないで……」


「お前……」


「……むぅ」


 帽子の下から僅かに見える白い肌、青い瞳。彼はそれを見逃さなかった。慌てた望月は帽子を深くかぶり直し、捨て台詞のように言葉を放つ。


「今日のところは引き下がってあげる。黄色の太陽、貴方の実力も知れたし……」


 実力が知れた。彼女の言葉に対し、信はムッと口を曲げた。

 彼は今回の戦いで、日比野の実力には可能性があると確信した。彼女の心には焦りや慢心が見え、それらが戦いを厳かにしているからだ。

 しかし、望月はろくに戦いも見ずに、実力を判断した。それが、信には許せなかった。


「望月、この借りは必ず返す」


「そう、楽しみにしてるわ……」


 望月は空中へと飛び上がり、階段を使わず一気に一階まで降下する。本棚を掻い潜り、出入り口まで華麗に飛ぶ。そして、そのまま悠々と図書館を飛び去って行った。

 彼女が去ったのを確認した瞬間、信に今までの疲労が襲う。そもそも、彼は怪我人なのだ。少年は立っている事すらままならなくなり、その場に座り込んだ。


「ちょ、大丈夫!?」


「大丈夫じゃないな……早く病院に…………」


 腕に結ばれたハンカチは真っ赤に染まり、そこから大量の血が流れ出ていた。大丈夫のはずがない。今まで無理をしていたに決まっている。

 体中の感覚が徐々に鈍くなり、それと同時に意識が遠のいていく。信の体は限界だった。

 日比野は彼の肩を掴み、ゆさゆさと揺らす。そして、大声で名前を呼びかけた。


「信! しーん!!」


 その乱暴なきつけと共に、信の意識は完全に消える。明らかに逆効果だった。こんな事が続いていれば、彼の体はいくらあっても足りないだろう。

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