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我こそは委員長

我こそは委員長


 彼、星川信にとってそれは日常だった。

 ある日突然、非日常に巻き込まれたわけではなく、数年前からそれが当然になっていた。

 いつものように彼はカーテンを開け、少女の部屋に朝日を入れる。眩い光は彼女の顔を照らし、その眠りを妨げた。


「おい、朝だぞ起きろ」


「うー……まだ眠いよ」


 真白いベッドに横たわる一人の少女。日本人には珍しい栗色の髪に、ピンクのパジャマ。彼の妹、星川凛だ。

 二年生となり、中学生活にもすっかり慣れているはずだが、彼女の寝起きの悪さは変わらない。それもそのはず、凛の睡眠時間は普通よりも短い。彼女には学校生活以外の仕事があるからだ。


「毎度毎度、夜更かしするからだ。自業自得ってやつだな」


「あはは、そうだね……」


 少年は彼女の仕事について知っているが、知らないふりをしている。それが彼なりの『優しさ』だ。もっとも、それ以外にも理由はあるのだが。





 信は毎朝、自分と家族の朝食を作っている。本来は夕食と同じように、交代で作ることになっていた。しかし、妹の朝が遅いため、今は彼の担当になっている。

 フライパンに油をひき、コンロに火をつけ、卵を割って入れる信。そして、火力を最大にし、戸棚から出した適当な酒をフライパンに流す。瞬間、コンロの火が酒へと燃え移り、真っ赤な炎が上がった。これはフランベ、フランス料理で行う香りづけの手法だ。だが、目玉焼きでこれを行う必要は全くない。


「信くん、朝から何やってるの……」


「かっこいいだろ」


「そうかな……」


 信は一度覚えてから、毎度のようにこの技を使う。これが彼のお得意、無駄フランベだ。

 こんな手法を用いて調理をしているが、彼は決して料理が得意なわけではない。出来るのはせいぜい焼くか煮るかで、凝った物は一切作れなかった。

 真白い皿の上に、焼きたての目玉焼きが乗る。星川家の朝食は、その大体がマーガリンを塗った食パンと簡単な洋食だ。

 妹の凛はパンを頬張り、信に会話を投げる。


「お父さんは?」


「さっき出て行った。お前が遅すぎる」


「お父さんの朝が早すぎるんだよ」


「そういう事にしておいてやる」


 父は二人が学校に向かうよりも先に、家から出る。職場までの距離が遠く、通勤に時間が掛かるからだ。帰りも遅くなる時が多く、顔を合わせる時間は少ない。もっとも、休日だけはしっかりあるので、そこまで疎遠になってはいないのだが。

 二人が朝食をとっていると、家の中にチャイムが響く。どうやら、お客が訪れたようだ。


「こんな時間に客?」


「あー! 友達と待ち合わせしているんだった!」


「まったく……さっさと行ってやれ。朝から騒がしい」


 友達を待たせるわけにはいかないと思ったのか、凛は驚くほど速く朝食を取り、登校の準備を済ませてしまう。その間、三分もたたず。完全に適当だ。

 女らしく、見栄えに気を使ってほしいのが兄としての意見だが、それを説教する時間もない。それほど、凛の準備は早かった。

 彼女は最後の歯磨きを終えると、廊下を駆け抜け、荒々しく玄関の扉を開く。


「行ってきまーす!」


「ちゃんと謝っておけよ」


 凛が学校に向かい。ようやく、家の中が静かになる。自分も急がなくてはならないと、信は通学の準備に取り掛かった。

 だが、何かが引っ掛かる。それはわずかな違和感だった。

 過去にわざわざ、凛を家まで迎えに来た友人はいない。いつもの彼女なら、通学路で待ち合わせをするだろう。

 しかし、今日の友人は家まで訪れている。ほんの僅かな非日常がそこにあった。 

 信は階段を上り、二階へと上がる。そして窓を開け、学校へと向かう凛を見下ろした。


「あいつは……」


 彼女と歩く少女を見た瞬間、信の目つきが鋭くなる。昨日の夜、魔法少女と戦った少年。その本性が垣間見られた。

 凛の事が気になりつつも、彼は学校に行く準備に取り掛かる。妹とは違い、身だしなみは徹底的に整えるのが彼。真黒い髪に、真黒い学ラン。シャツはズボンに入れ、第一ボタンや首元のホックも確りと留める。着崩しは一切なし、優等生である自分にそんな物は必要なかった。

 信の左胸に光るのは学級委員長のバッジ。ルールを破ることなど絶対に許されないのだ。




  ★★★




 四月も中旬に差し掛かり、街中の桜は完全に散っている。大量の花弁は、川沿いの道をピンク色に染め上げ、残った木々は鮮やかな葉桜へと変わっていた。

 信の通う中学は、町の北側に建っている。周りは住宅地に囲まれ、生徒数はそれなりだ。

 学校までの通学路は指定されているため、通学途中に友人と会う機会が多い。今日会ったのは、クラスのムードメーカー国丸だ。


「よう、星川!」

「ああ、おはよう」


 飄々とした態度の少年。信と違い、制服を着崩し、痩せながらも筋肉質な体をしている。

 友達の多い信だが、この国丸とは特に仲が良い。小学生の時からの付き合いなので、悪友と言っていいだろう。

 国丸の口から、他愛もない会話のネタがこぼれる。


「なあなあ、今日C組に転校生が入るって知ってたか?」


「俺は委員長だ。知ってて当然だろ」


「へー、他クラスの情報も入ってくるんだな」


「委員長会議で大体の説明を受けるからな」


 信は二年A組の委員長を務めている。自分から志願したわけではなく、クラス投票でそう決まった。成績は飛び抜けていないが、生真面目さは周りから認められている。単純に、委員長向けの性格なのだ。

 そんな彼とは対照的な国丸。彼はとにかく、転校生の事が気になっている様子。


「その転校生は女子か?」


「ああ、女子だな」


「おー! 可愛いか?」


「知らん、俺だってはっきり見ていないんだ」


 顔までは見ていないものの、信は転校生がどんな人物なのか知っていた。

 昨日突然、新たな魔法少女が現れ、今日に転校生。あまりにも都合の良い話しだ。絞られるのも当然だろう。

 そんな転校生の性格を知る彼は、こう言葉を付け加えた。


「ただ、物凄いバカなのは分かるな」


「はぁ? 顔知らないのに何でそこだけ分かるんだよ」


「何となくだよ」


 十中八九、転校生はあの黄色い魔法少女だろう。

 彼女がこの学校に入学するのなら、こちらとしても望むところ。委員長かつ、周りからの信頼も厚い信を、一人の転校生にどうこう出来るはずがなかった。

 それに加え、学校には沢山の人がいる。それらに魔法少女の存在を知られないため、あの少女は下手に動けないだろう。

 自分たちの存在を世間に知られてはならない。この鉄則が自らの首を絞めていた。





 二人が会話しつつ学校に向かっていると、何やら騒ぎ声が聞こえてくる。

 通学路のど真ん中で、男子生徒らが何かをしているようだ。信は彼らと面識があった。


「あいつは……」


「はーん、宇佐見の奴またやってるな」


 学生三人が鞄を投げ合い、別の一人がそれを追っている。いくら手を伸ばしてジャンプしても、鞄を掴むことが出来ない。どうやら、程度の低い虐めに遭遇してしまったようだ。

 もちろん委員長である信が、無視するはずがない。彼は男子生徒の方へと足を進めた。


「おい、何をやっている」


 威圧的な声で、信は彼らの前に出る。相手は自分が委員長をしているA組の生徒。余計に気合いが入った。

 そんな信を見ると、男子生徒らの表情が曇る。どうやら彼とは関わりたくない様子だ。


「げっ……委員長」


「げっとは何だ。失礼な奴だ」


 A組の問題児、宇佐見とその取り巻き二人。取り巻きとは失礼な表現だが、実際に宇佐見が一番の問題児なので仕方がない。

 男子の中では低身長の彼。僅かに茶色掛かった髪は、教師に指摘されないギリギリの色で染めており、風紀違反のピアス穴は、一生消えないので取締りのしようもなかった。

 彼の問題行動は今に始まったことではないので、信の対応も慣れたもの。


「まったく、お前らはまた保護者呼び出しを食らいたいのか?」


「ちょっとからかってただけだって。こんなくだらない事で親呼ばれてたまるかよ」


「くだらないと思うなら。初めからやるな」


 宇佐見は札付きで、数々の問題で何度も保護者の呼び出しを受けている。今回のおふざけはまだ生易しい。

 特に、最近問題となっているのは煙草だ。よく、コンビニなどで彼が喫煙していると、他生徒から情報が入ってくる。その度に、信は注意を促してきた。


「お前らが問題起こすと、俺まで被害をこうむるんだ。頼むからバカな真似はやめろよ」


「分かってますよって、怖えー怖えー」


 彼らは信の言葉におとなしく従い。その場を離れていった。

 教員からの信頼が厚い委員長を、敵に回したくはないのは当然だ。同学年の生徒を黙らせる程度なら、彼の権限で充分だった。

 宇佐見たちが離れ、残されたのは挙動不審な少年。彼は水島、信と同じA組の生徒だ。

 身長は低く、童顔の彼。人との係わりを避ける傾向にあり、クラスからも孤立していた。

 助けてくれた信に対し、何を言えば分らず混乱する水島。そんな彼を無視し、信は学校へと向かった。これには、国丸も驚く。


「おいおい! 何か声をかけないのか?」


「目立たないように、安泰に学校生活を送りたいと思っている奴に対し、態々目立つ行動をとるのは迷惑だ。俺は自分の立場を守るために、あいつを助けてしまった。これ以上、首を突っ込むわけにはいかない」


 普通なら人助けに思われる行動だが、信にとっては違う。これはあくまでも、自分の立場を守るための行動であり、水島とっては迷惑だった。こう彼は認識している。

 この場を穏便に済ませ、何事もなかったように振る舞う。これが最善の行動だ。

 しかし、これで終わらせてしまっては、根本的な解決にはならない。迷惑だと分かっていながらも、委員長の彼には問題を解決させる義務がある。


「あいつがクラスに溶け込めないのなら、全て俺の責任だ。後日、個人的に話をするさ」


「相変わらず、お前の生真面目さには感服するぜ」


 信はよく出来た学生だった。

 勉強も運動も、中々に優秀。委員長を務めている事もあり、周りからの信頼も厚い。能力というより、人間性が人を引き付けているのだろう。信はよく世話を焼く性格だった。

 もっとも、それは優しさだけではなく、キッチリカッチリ管理したいという彼の独善でもある。要するに、生真面目で頑固者なのだ。





 学校に着き、担任の先生が来ると朝のホームルームが始まる。日直のスピーチを終え、委員長の信は連絡事項を読み上げていく。


「委員長からの連絡です。生徒会からの伝令ですが、掃除道具の使い方が荒いです。箒はチャンバラに使うものではありません。清掃委員の人も注意をするように」


 どこの学校でもある他愛のない問題。怪我人が出る可能性もあり、確かに危険だが、今はそれより重要なことがある。当然、あの転校生の事だ。


「それと、今日からC組に転校生が入ります。珍しがってちょっかい出したりしないこと、特に男子」


 信はそう言うと、真っ先に国丸を指さす。驚いた彼は、机を叩きつつ席を立った。


「何で俺を指さすんだ!」


「国丸、お前がぶっちぎりで心配だ」


 このやり取りで、クラスから笑いが上がる。目つきは悪いが、冗談が言えないわけではない。信はクラスからも信頼されていた。

 そんな中、彼の視界に二人の人物が映る。目線を伏せ黙りこくる水島と、椅子に踏ん反り返り大欠伸をする宇佐見。どちらも、クラスの空気から隔離されている。

 孤立少年に不良少年、加えてあの転校生。信の受難は続きそうだ。




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