エピローグ
エピローグ
町のショッピングモールにあるアイスクリームショップ。
ガラスケースの中には色取り取りのアイスが並び、店内席には沢山の人が座っていた。
そのカウンター前に、一人の少年と二人の少女が立つ。三人のうちの一人、日比野はガラスケースの中のアイスをマジマジと見つめる。
「め……珍しいアイスがいっぱい」
「さあ、退院祝いだ。俺のおごりだから好きなものを選べ」
信は、魔法少女である凛と日比野にアイスクリームを振る舞う。善意でやっているわけではない。今からの会話において、自分が優位に立つための保険だ。
三人はそれぞれ別のアイスを注文する。信は砂糖黍アイス、凛はストロベリー、日比野は紫芋。好みはバラバラだ。
アイスを受け取った三人は、店内にある飲食スペースに移動する。そこで、彼らは魔法少女についての会議を始めた。
「さて、信。最近学校で魔法少女が噂になっているんだけど……これはいったいどういう事なの?」
アイスを食べつつ、含みのある言い方で日比野は問う。
ここ数日、信は委員長という特権を利用して、魔法少女の存在を噂程度に広めていた。町に残った傷跡、深夜の光、騒音、ネタにするものは腐るほどにある。浸透させるのは難しい事ではなかった。
これらは全て信の計画。魔法少女とは違う理想をかなえるための手段だ。
「ああ、その話しな。色々考えたんだが、やっぱり俺はお前たちと敵対することになる。だから問題ないだろ」
「やっぱり、信くんは私のこと嫌いなの……」
「違う違う」
彼はアイスを口に入れ、スプーンを凛に突き付ける。
「お前たちは確かに正しいよ。でも、最善じゃない。俺の目指す最善は、人間を救う、イルミネーターも救う、みんなで力を合わせて新しい未来を切り開く。お前らの目指す形とは違うからな」
「そんな都合がいいこと、ちょっと無理があるでしょ」
「出来ないかもしれない。でも、志すことは出来る。俺は志だけでも、魔法少女に勝ちたいんだよ」
志は大きいほうがいい。担任の教師もそう言っていた。
憧れのヒーローには、決して妥協してほしくない。誰もが幸せになれる道を目指してほしい。それは信が魔法少女たちに臨む理想だった。
「以前、俺は凛を苦しませるために、魔法少女を世に広めようとした。しかし、それは度重なる奇跡によって阻まれてしまった。でも、今は違う。曖昧で噂程度かもしれないが、魔法少女は世に広まりつつある。学校の皆が、それを証明しているんだよ」
彼は笑う、だが目は真剣だ。
「だから確信した。皆の心を動かせば、運命という強大な魔法すらも打ち破れる。それが、お前らの目指す希望とは違う、新しい希望に繋がるんじゃないかと思うんだ」
日比野を救った時と同じだ。魔法は人の強い意志や思いに弱い。だからこそ、たくさんの人の意識を変えるのは非常に有効だった。
全ては理屈に基づいた計画。だが、これはまるで奇跡を起こしているようだ。
「クラスのみんな。魔法少女のことをどう言っていた?」
「…………」
凛は眼に涙を浮かべ、視線を伏せる。
「魔法少女を信じるって、世界の平和を守るなんてかっこいいって……」
「そうか、良かったな」
この噂は信が作り出したイメージ、実際に魔法少女の行動が評価されたわけではない。それは、凛自身も分かっているようだ。
「私、かっこよくなんてないよ……弱虫で……自分勝手で……一人じゃ何も出来ない……」
「だけど、そんなお前を皆はカッコいいって言ってくれたんだよな?」
「うん……言ってくれた……」
偽りの評価かもしれない。しかしこのイメージが凛の勇気となり、力となった。
「私、魔法少女になれて良かった。皆のおかげで、私……戦えるよ……」
自分の行動は、凛に良い影響を与えている。周りからの信頼が、魔法少女の枷になるはずがない。信はそう思いたかった。
だが彼の行動は、人知れず世界を守ってきた魔法少女を否定する行為。日比野にしてみれば複雑な心境だろう。
「私たちはずっと、周りを巻き込まないように、自分たちの力で世界を守ろうと戦ってきた。今、あんたがやろうとしている事は、私たちとまったく逆のことよ」
「そうだ、だからこそ俺はお前たちと敵対することになる」
家族という集団や、学校という組織。信はそれらを尊重し、人として誇れる道を選択したかった。自分はとても弱く、一人では何もできない。周りの人々がいたから、魔法少女と向き合える。それが、彼の考えだ。
「俺は社会の名の下に、魔法少女と向き合いたい。人と人との繋がり、組織と組織の繋がりは魔法すらも凌駕する。それを証明したい! だって、それが人の強さだから!」
このまま二人と協力し、戦うことも出来た。しかしそれでは、いつか魔法少女に取り込まれてしまうだろう。
信は特別じゃないからこそ、特別なのだ。異能な存在と同じ志を持てば、人間らしい考えも薄れてしまう。日比野もそれを望んでいないはずだ。
彼女は信の考えに、概ね賛同している様子。しかし、自身が魔法少女だという事が、日比野の中で枷になっているようだ。
「でも、この世界の人達が、私たちの存在を認めるとは限らない。もしかしたら、皆に蔑まれてしまうかもしれない……」
「そうなったら、誰にも認められないヒーローに価値はない。お前らはお終いだな」
「お終いって……」
バッサリだった。人々に託すという事は、逆に見捨てられる危険も伴う。そうなれば、魔法少女の戦いは全て崩壊する。
これは賭けだ。魔法少女を認め崇拝する者、魔法少女を快く思わず抹消を望む者。その両方の衝突は避けられない。本当の戦いはこれからだ。
「まあ、俺は信じてるよ。この世界は、俺たちの思っている以上に優しいんだってな。お前たちも、自分の守る世界ぐらい信じたらどうだ?」
早々にアイスを食べ終えた信は、席を離れる。言いたいことを吐き出した今、彼女たちと共に行動する筋合いはなかった。
彼は二人に別れを告げ、アイスクリームショップの自動扉を潜る。やる事はやったのだ。今の彼は、非常に清々しい気分だった。
信はショッピングモールを後にし、川沿いの道を歩く。家に帰るには遠回りだが、人気のない場所を通る必要があるので仕方ない。
少年の頭上を飛ぶ小動物、ミミスケ。彼は信に話しかけるタイミングをずっと待っていた。それを察し、わざわざこの場所に訪れたのだ。
「それが……信くんの選んだ道なんだね」
「ああ、俺は魔法少女たちとは違う希望を見つけたい」
周囲に人がいないか確認しつつ、彼はミミスケの言葉に答える。そんな少年に、ミミスケはさらに質問した。
「その新しい希望で、イルミネーターを救うつもりなんだよね」
「……ああ、全てのイルミネーターを救うのは不可能かもしれない。でも、何百人、何千人の中に一人でも、心通わせることが出来たなら、それはとても価値のあることだと思う」
信の目指すものは円満。だがそれは志だけ、実際は何かを切り捨てる結果になるだろう。
「俺は知りたい。なぜミャーが、イルミネーターが作り出され、そして消されなければならなかったのか。この謎を世界に広めれば、誰かが真実を見つけてくれる。そう思いたいんだろうな……」
他力本願で身勝手、本当にただの理想論だ。しかも、周りの人たちを大きく巻き込むことになる。これを正義と括ってしまうことは、とても出来なかった。
「信くんは、魔法少女も、イルミネーターも、世界だって巻き込むつもりなの?」
「いや、俺はただの一般市民だ。世の中を動かす力なんて、これっぽっちも持っていない。でも、あいつらは違う」
信は拳を握りしめ、それを見る。
「魔法少女には、世の中を動かす力がある。あいつらと出会えた俺は幸運だったよ。うまく利用すれば、俺の思う最善の策を実行できる」
「でも、リンやミカンとの絆を失ってしまうかもしれないよ……」
「それで良いんだよ。俺は魔法少女が大っ嫌いだからな」
魔法少女に取り込まれたら、自分の思う行動は出来なくなってしまう。逆に、魔法少女たちを利用し、操作しなくてはならない。
その為には、彼女たちを切り捨てることも考えなくてはならない。仲間であり、敵でもある、今のドライな関係の方が好都合だった。
二人が会話をしていると、進路に見慣れた人影が立ち塞がる。帽子で顔を隠す魔法少女、望月だ。彼女の服装は黒と黄色の縞模様。相も変わらず、凄い私服のセンスだった。
彼女は以前と同じように、じっと信を見つめる。
「貴方のせいで運命が変わってしまった。本来、私は桃色の星に負けるはずだった。そして、魔法による奇跡の力で、黄色の太陽が目を覚ます。そういう物語だった……」
「脳内ファンタジーの説明ご苦労さん。阪神ファンの方」
少年の方も変わらず、望月に対して冷たかった。
恐らく、彼女は凛たちと敵対するほどの意思を持ち合わせていない。ただ、放浪し、悩むだけの存在となっているだろう。
ここからだ。望月にとっては、ここからが正念場。信はそんな彼女に大きく期待していた。この少女が行う新しい動き、それにワクワクして仕方がない。
「私はどうすれば良いの……今更仲間になることも出来ない……」
「自業自得だ。自分で考えろ」
「…………」
悲しい表情で俯く少女。散々思想を否定したが、何が正解なのかは未だに分からない。彼女にかける言葉など、あるはずがなかった。
信はおもむろに、望月の帽子を取る。ただ、この場を誤魔化すためだけの策。全く意味のない行動だろう。
しかし、とりあえずお世辞の一つでも言ってみる。
「顔、隠すなよ。美少女なのが勿体ないぞ」
「……むぅ」
照れる望月、それをあしらう信。
ミミスケはそんな二人を安どの表情で見守る。そして、小さく言葉をこぼした。
「シンくん、ありがとう」
今日も川沿いでは大風車が回っている。




