運命はこの手の中に
運命はこの手の中に
信は一人、夜の丘を登る。街を一望できる人気のない展望台。昼にミミスケと訪れた場所だ。空には半月が浮かび、町の光は展望台全体を照らす。夜中でありながら、この町はとても輝いていた。
頂上に着いた彼は、後方へと振り返る。そこには青色の魔法少女、望月。どうやら、後をつけてきたらしい。
「やっぱり、貴方は危険ね。星川信、魔法少女の双子の兄……」
月の光を浴び、道化師は鋭い眼光で威圧する。今の彼女には、以前見えた余裕が感じられない。完全に、信を倒すべき敵だと見定めているようだ。
しかし、そんな望月を前にしても、信は意気揚揚としている。やがて、彼は彼女に対する考案を語っていく。
「お前、前にこう言ったよな。物語は進展を望んでいる。それに従い、凛たちが超えるべき存在となる。お前という過程を経過したとき、そこに残るのは終着への糧と」
信はニヒルに笑い、人差し指を立てる。
「お前、凛に負けるつもりだろ。それによって、蜜柑は復活。みんな成長できて、めでたしめでたしってわけだ。倒したライバルの魔法少女は、仲間になる鉄則があるんだろ? 友達にお前と同じようなアニメ好きがいてな。そいつに聞いたんだ」
彼は望月と決着を付けるにあたって、その目的を明確にする必要があった。
相手の意志や思いを理解しなくては、行動を否定する資格はない。それが、信に備わった新たな拘り、妹との一件を反省した結果だ。
「まるで暗号の解読だったよ。でもまあ、それなりに面白い謎解きだった。初めはアニメ好きなお前が、役になりきっているだけだと思ったさ。でも違う。お前は今後、役通りの未来になることを理解して従ったんだ。逆らったら、魔法少女はイルミネーターに負けないという鉄則が、崩れてしまうかもしれないからな」
ただアニメの真似をしている訳ではない。彼女はアニメと同じ展開になることを確信していた。だからこそ、キャラクターと同じ行動をなぞり、魔法少女は絶対に勝つという法則に従う。全ては、自分を守るための行動だ。
おそらく、望月は他の魔法少女と違い、自らの境遇に疑問を持ってしまったのだろう。自分自身の行動と、アニメーションの展開が一致している。それに気づいてしまった時、彼女は何を思ったのだろうか。単なる偶然で片づけられない事実をどう対処したのだろうか。その答えが今の望月だった。
「そこまで分かっていて、なぜ私の邪魔をするの? 私と戦ったところで、貴方が得るものは何もないはずよ……」
「お前の言う運命ってのは、凛が全部救うって事だろ? それは悔しいんだよ。蜜柑を救うのも、お前を倒すのも、この俺だ!」
信は立てていた指を彼女に指す。相も変わらず、彼は妹の凛をライバル意識していた。
魔法少女をぶっ倒すという目的を諦めたわけではない。ただ、その方法が変わっただけにすぎなかった。
魔法少女の戦いを阻害してでも、自らの目的を成就させる。それが、新たな形の魔法少女をぶっ倒すという事だ。
そんな信を望月はあきれた様子で見下す。
「なぜ運命が変わったのか、ようやく分かったわ……星川信、貴方は運命を狂わせ、世界を破滅に導く存在……」
「黄色い救急車がご所望か? 相変わらず訳の分からないことを言う奴だ」
まるで物語のキャラクターのような面倒な言い回し。完全に役になりきっている様子だ。
出来ることならば、この少女に現実というものを突き付けてやりたいが、事実魔法少女である以上、それは出来そうもない。
彼女は遠い目をしつつ、信に言葉を投げる。
「星川信、貴方の目的は何……何を企んでいるの?」
何を企んでいるのかと聞かれても、明確な答えを出すことはできない。ただ、自分が思う最善の行動をしているだけにすぎない。
今、信の目的は望月と本気でぶつかること。戦いの中で、彼女の本質を理解したかった。
「俺はただ、知りたいだけだよ。イルミネーターの事、魔法少女の事。知らないままにしていたら、きっと後悔する。だから、お前の本心を聞きたい」
「聞いたところで、何の意味もないわ」
「言っただろ、知りたいだけだ」
ただの興味本位かもしれない。望月の言うように、聞いたところで何の意味もない。だが、このまま彼女との繋がりが薄れてしまうのは、あまりにも惜しかった。
信は望月が興味を示す話題、世界や魔法少女の戦いについて、自分の考えを述べていく。
「お前たち魔法少女は確かに正しいよ。でも、最善じゃない。何も知らず、誰にも知られず、戦う相手を切り捨てる。俺はそんな結果で妥協してほしくはない」
「綺麗事よ。倫理じゃ世界は救えない……」
彼女の言い分はもっともだろう。世界が天秤にかけられている現状、信の思想は無責任と言える。世の中は、彼が思うほど都合が良いものではなかった。
しかし、信にはその都合の良い展開に導く策がある。そのキーとなるのが魔法少女だ。
彼女たちはある奇跡によって、何度も勝利に導かれている。ならば、この奇跡を別の方向に向ければどうだろう。魔法少女の意識を変えれば、それも可能だ。
勿論リスクはある。彼女たちの使命を邪魔する形になるかもしれない。だが、それでも信は魔法少女を利用するつもりだった。
「確かに綺麗事だ。でも、それを実行するために、俺はどんな汚い手段でも使うつもりだ。どうだ? うまくバランスが取れているだろ?」
「くだらない幻想ね……貴方は世界を安く見すぎている……!」
突如、望月は飛び上がると、空中で華麗に宙返りをする。そしてステッキに魔力を集め、その標準を信へと定めた。
青白い光は徐々に三日月形になり、やがてそれは少年に向かって放たれる。だが、彼は冷静だった。特殊警棒を振りかぶり、それを向かってくる光弾に叩きつける。瞬間、魔法弾は大きく捻じ曲がり、後方へと弾き飛ばされた。
「ふん!」
「……!?」
日比野との戦いとまったく同じ状況。魔法による強力な攻撃を、信は単なる特殊警棒によって防ぎきる。あの時と同じ行動が出来た時点で、信は確信する。今までの綺麗ごとは望月の心に響いている。彼女は今、動揺し、心乱していると――
勝負を決めるのは今しかなかった。
「何度も何度も、世界、世界、世界……安く見てるのはさて、どっちだろうな!」
信は笑う。まるで人を喰うような、余裕のある表情。目の前の少女と戦う事を、目の前の少女をからかう事を、彼は心から楽しんでいた。
ようやく信は、自分の本質を見定める。彼はトリックスターだ。人をからかい、その精神を乱すことに喜びを感じる煽り師。今、望月は完全に彼のペースに飲み込まれていた。
信は空を飛ぶ彼女に向けて、握りこぶし大の缶を投げる。やがてそれは弾け、大量の催涙ガスを周囲にばら撒いた。これは、グレネード。手榴弾のように使える防犯グッズだ。
「さあ、降りてこい望月! 決着を付けよう!!」
「貴方の、運命はここで終わり……!」
催涙ガスを振り払い、望月は地上へと降下する。彼女の持つステッキは、三日月形の大鎌へと形を変え、信へと振り落された。
空中からの降下も合わさり、その威力は数倍に跳ね上がっているだろう。信は攻撃を受けようとはせず、瞬時に後方へと飛び退く。望月の一撃は地面へと打ち付けられ、大きな衝撃を放った。
だが、その威力は全て、攻撃を仕掛けた彼女へと跳ね返る。この空振りは完全なる隙だ。
信は動きの止まった魔法少女に、容赦なくエアガンを放つ。何発も何発も、望月はその攻撃を受けていく。魔法で多少は守られてはいるが、やはり痛みはある様子だ。
「むう……ただの人間のくせに……」
「あまり人を見下すなよ。人を救ってきたのは、いつだって人だろう? お前が辛かった時、悲しかった時。力になったのは魔法か? 世界か? それとも自分自身か?」
「煩い……!」
信は望月の家族構成、友人関係を全く理解していない。だが、人間なら誰だって一人で生きることは出来ない。出まかせの言葉だが、大抵の人には当てはまった。
彼は言葉巧みに少女を追い詰め、その魔力を削いでいく。彼女は動揺しつつも、以前として堅実な戦い方を崩さなかった。
信から放たれる猪口才な攻撃。動けるようになった望月は、大鎌でそれらを振り払う。そして、自らの周りに三日月型の魔法弾をいくつも浮かべていく。
以前に見た魔法、信はこの対策手段を用意していた。彼は望月へと急接近し、その目前まで走りこむ。これで、彼女は魔法弾を近距離に撃つしかなくなる。下手をすれば、望月自身も巻き込まれてしまうだろう。
それを避けるためか、彼女はとっさに空中へと飛び上がる。だが、信は逃がさなかった。彼は特殊警棒を飛び立つ望月の頭上へと投げ、その進路を妨げる。驚いた彼女は、すぐさま高度を下げ、墜落すかのように地面へと着陸した。同時に、三日月形の魔法弾も光となって消え去る。
危機を回避した信は、落ちてくる特殊警棒を華麗に受け止め、それを塞込む望月に突き付けた。とても中学生とは思えない見事な動きだ。
「どうだ……!」
「貴方……私たちの動きを習って成長してる……?」
信の動きは魔法少女のそれに近い。彼が扱う戦闘技術の殆どは自己流。吸収する技術は、魔法少女の動きしかなかったのだ。
天性の能力で強くなっていく魔法少女を利用し、自身もその才能の恩恵に預かる。これもまた、信の思い通りの展開だった。
度重なるフェイントに、挑発行為。予想外の強さに、望月の焦りはさらに大きなものとなる。それと同時に、彼女の魔力は大きく衰退していく。
「くっ……なんの関係もない貴方が! 私たちの邪魔をしないで!!」
「関係あるさ! 世界の危機ってのは、みんなの危機ってことだ。この世界に生きるすべての奴に関係のある話だ!!」
立ち上がる望月に、再び急接近する信。隣接戦を読んだのか、彼女は以前と同じようにステッキを回し、満月の盾を作り出す。だが少年は構わず、障壁に一撃を叩きつけた。
「それを自分たちの問題と考えている時点で、お前はもう詰んでるんだよ!!」
彼が渾身の力で警棒を振り払った瞬間。満月の盾はいとも容易く真っ二つに割れる。その様子を、少女は呆然と見つめることしか出来なかった。
望月が言葉を放ては、信は積極的にそれを否定する。それによって、彼女の精神はダメージを受けていく。それが気に食わない望月は、ムキになってさらに言葉を放つ。そして、それをまた否定。そうやって少しずつ、彼女の精神は削られていった。
「何でよ……!! 運命に従えば、絶対的な平和が手に入る! 誰も傷つかず、誰も絶望しない未来が手に入るの!! 貴方の行動は、余計なリスクを増やすだけなのよ!!」
彼女の言葉に、信の心が揺らぐ。自分の行いが本当に正しいのか、今でも疑っている。
しかし、それでも彼は折れなかった。少年は強く、自分の意思を示す。
「……違う!! 人は間違いを犯し、問題と対峙することによって学び、成長する! 誰にも悟られず、何も知らずに世界の平和を守ったところで、何の意味がある! また同じ歴史を繰り返すだけじゃないのか!!」
むきになって何度も斬りかかる望月。信はそれを弄ぶように回避し、後方へと下がる。そして、エアガンを掃射し、彼女の手首を必要に狙っていった。
魔法のステッキさえ切り離せば、勝ち目はある。そして何より、これ以上、女性を傷つけたくはない。その思いから、信はただ手首を狙い続ける。
「本当の平和を手にする為には! 皆の気持ちを一つにし、社会全体で問題と向き合わなくてはならない!! 魔法少女だけの力で救われたって、何も変わらない! 何かを守るためだけの力じゃ、本当の希望は掴みとれないんだ!! そうじゃないのか!!」
彼の心にあるのは、失った友、ミャー。もしも彼が、延々と続く戦いの被害者ならば、やはり心から憎むことは出来ない。救いたかったという思いは、今でも変わらない。
人間も、イルミネーターも、魔法少女も、皆が幸せになれるという信の理想。都合が良いかもしれないが、それが最善であることは確実だった。
そうやって、希望を抱き続ける信を望月は気に入らない様子。彼女は激高し、三日月の魔法弾を闇雲に放っていく。青い光は容赦なく、信に襲い掛かる。
「じゃあ何! 皆が一つになれば、運命だって、世界だって変えれるって言いたいの!! 都合が良すぎる! そんな理想論じゃ、誰も救えないのよ!!」
全くコントロールの定まっていない攻撃だが、その数が尋常ではなかった。下手な鉄砲でも、数を打てば当たる。その数ある内の一つが、信の脇腹に直撃した。
不安定な精神で放たれた魔法。威力は落ちていたが、直撃を受けたのが大きかった。
信は威力を殺すことが出来ず、後方へと吹き飛ばされる。やがて、展望台の手摺へと叩きつけられ、背部から大きな衝撃を受けた。
唇を噛み、そこからは一筋の血が流れ出す。だが、まだ動ける。信はゆっくりと立ち上がり、再び特殊警棒を構えた。その姿は、まるでヒーローのよう。
「変える必要なんてないさ……運命は残酷だ……世界は不条理だ……お前はそう思っているかもしれない……だけど、俺は違う……!!」
彼は周りから気に入られるため、真面目に、誠実に、自らの人生を歩んできた。その全ては偽りかもしれない。まやかしかもしれない。しかし、本当に辛いとき、苦しいとき、ありとあらゆる人々が彼を助けてくれた。それが、今の少年を支える一本の志。
「運命だって、世界だって、誠意をもって向き合えば必ず答えてくれる……!!」
信はまるでアニメのワンシーンのように、わざとらしく両手を広げ、夜空を見上げた。
「ああ、俺はなんて幸運なんだ! もしこの世が理不尽な暴力に見舞われ、人類に成す術がない破滅が訪れたら、俺は無力だった! でもどうだ? 俺は今こうやって、お前たちに対抗できている! この世の中はまだまだ捨てたものじゃないな!!」
少年は笑い、視線を望月の方へと変える。
「もっと世界が残酷だったら、こうはならなかった。だから俺は、今の世の中を信じるよ」
運命に抗うか、従うか。否、信が見つけた答えは運命を引き寄せる事だった。
今の彼は、自分が負けるなどとは全く思っていない。圧倒的不利な状況にも拘らず、その瞳には一寸のぶれもなかった。
その自信に押されたのか、望月はたじろぐ。
「なんで……何でそんな目が出来るのよ……その自信はどこから来るのよ!!」
「だから言ってるだろ、誠意を持てば必ず答えてくれる。今の俺は絶対に負けないよ。なにせ、神様が味方してるんだからな」
「何よそれ……そんなの! 魔法少女以上に万能な存在よ!! 本当の最強じゃない!!」
信の口から出た出まかせを、望月は信じきっている様子だ。その入り込みように、彼は思わず吹き出す。そして、笑いを堪えながら、再び彼女を挑発する。
「ああそうさ、俺は最強だ。試しに攻撃してこいよ。神様に愛された俺は、お前の攻撃なんて効かない」
彼は自分の胸を指さし、望月に攻撃を促した。普通ならば理解できない愚行。何らかの罠と考えるのが自然だ。
しかし、今の望月は信の言葉を真に受けている。彼が神を味方につけ、奇跡すらも起こしてしまうと信じきっている様子だ。
「ほ……本気なの……」
「俺はいつも本気だよ」
望月は震えた手でステッキを信に向ける。ただ、一撃を放てば彼女の勝利。それにも拘らず、少女は震えていた。自信に満ち溢れた今の信は、彼女からしてみれば恐ろしい存在だろう。この少年が、この場面で終わるとは到底思えない。
だが、ここで逃げても結果は変わらないのも事実。信に渾身の一撃を叩きつけなくては、決して勝利はなかった。
「奇跡なんて……奇跡なんて起こらないのよ!!」
望月は叫ぶ。瞬間、彼女のステッキから放たれた弾丸が、信の胸部に直撃する。少年は全くの無抵抗。口約通り、避ける気などなかった。
信の体は容易く吹き飛ばされ、地面に投げ出される。先ほどとは違い、手摺に叩きつけられることはなかったが、魔法の威力は格段に上がっていた。
地面に伏せた信は、全く動く気配がない。やはり、魔法少女の一撃を生身の人間が受けきれるはずがなかった。
「なによ、やっぱり嘘じゃない……」
望月は安どの表情を浮かべつつ、ステッキを収める。汚れの似合わない彼女だが、死闘を切り抜け、今は砂だらけだ。
恐らく望月は、ここまで苦戦するとは思わなかったはずだ。相手はただの人間なのだから、勝負は一瞬で終わると判断するのが当然だろう。しかし、彼女は満身創痍。息を切らしつつ、倒れる信に言葉を投げる。
「殺しはしないわ。まあ、当分は動けないでしょうけど」
手加減をし、慈悲を与える望月。彼女は少年に背を向け、展望台の階段へと向かう。
だが、これは完全な油断だった。
「女の子にある夢と魔法、確かに見せてもらったよ……」
聞こえるはずのない信の声。驚いた望月はとっさに後ろへと振り向く、瞬間――
「だが悪いな! 男の子には泥臭い意地とプライドって奴があるんでね!!」
信の特殊警棒が、彼女の握るステッキに叩きつけられ、それを弾き飛ばす。
勝利を確信し、完全に油断していたところに繰り出された見事な振り払い。この一発で、形勢は逆転する。ステッキを失った望月に、逆転の手段はない。あまりにも静かな最後だが、これで全ての決着は付いたのだ。
少女は信を仕留めたと確信していた。だからこそ、この結果には納得がいかない様子。
「な……何で無傷なの!! とても立っていられるような状態じゃない! 間違いないはずよ!!」
「だから、奇跡が起きたんだよ。当たり所が良かったようだ」
彼女の攻撃は、信の胸部に直撃している。当たり所が良いはずがなかった。
それにも拘らず、彼は平然と制服の埃を払う。少年の体には、傷一つ付いていない。これを奇跡と言わずして、何を言うのか。
「あ……貴方、何者なのよ! 守られたっていうの……選ばれたっていうの!!」
「選ばれた……ねぇ……」
選ばれたはずがない。何の力も無いからこそ、彼はこの場所にいる。魔法少女に嫉妬し、卑屈になっていたからこそ戦えたのだ。
「もうやめて……運命が変わってしまうと、約束された勝利も、平和も失ってしまう……私は死にたくない! 戦うのだって怖い! 私の見てきた物語に従えば、苦しまずに済んだの!! ハッピーエンドが手に入ったの!! それを望んで何が悪いって言うの!!」
彼女は自らの心を守るため、物語の登場人物と自分自身を重ね合わせた。物語の進行と同じ現実を求め、次第にその両方が混同していったのだろう。
何もおかしなことではない。実際に物語の中だけに存在した魔法少女はここにいる。両方の境は確かに曖昧だった。
信の狙う勝利は、現実と空想を二つに分け、彼女を正気に戻すこと。だが、今の望月には光が戻っている。目的を達成した今、これ以上の戦いは無意味だ。信は弾き飛ばした魔法のステッキに歩みを進める。
「お前は自分の考えを貫いた。何も悪くないさ。ただ、一つ納得いかない事があるんだよ。何故、凛たちと敵対するような真似をした? 何も、お前がライバルになる必要はなかったはずだ。第四、第五の魔法少女なら、もっと自然な流れでその位置につけるからな」
「……私は弱いから、主人公にはなれない。本当の主人公に負ければ、弱い心を変えれると思ったの……一度負けて、そこからやり直すつもりだった……」
「それも、アニメのお約束って奴か」
彼は月形のステッキを拾うと、それを望月に向かって投げる。
まるで意図の分からない行動。困惑した表情で、少女はステッキを受け止めた。
「何故アニメの展開と、お前たちの戦いが一致しているのかは分からない。でも、完全に同じという確証はないんだ。そんな曖昧なものに頼らず、少しは自分で考えたらどうだ?」
もう、ここにいる意味はない。信は彼女に背を向け、飄々と歩いていく。
完全に無防備な状態。おまけに、彼は武器であるステッキを望月に渡している。後ろから攻撃を受ければそれで終わりだ。
それでも、彼は表情一つ変えない。平常運転。
「どういうつもり……ここで、貴方を攻撃すれば――」
「しないよ」
信はキッパリと言い放つと、足を止める。望月は攻撃しない。その確信が彼にはあった。
「ここで攻撃すれば、お前は余計惨めになる。だから攻撃しない。プライドが邪魔して攻撃できない」
自分の進むべき方向を見たまま彼は続ける。
「だから振り返る必要はない。じゃあな」
軽く右手を上げ、再び歩き始める信。対する望月は、渡されたステッキを構え、彼に標準を定める。しかし、そこから攻撃を放つことが出来ない。信の言った通り、プライドが邪魔して攻撃が出来なかった。
「待って! 私はどうすればいいの! 考えだけ否定して、道を示さないのは卑怯よ!!」
そう彼女が叫んでも、信は聞こえないふりをする。やはり、彼女と話すことは何もない。
震えた手でステッキを構え、今にも崩れそうな望月。既に勝負は決していた。
「ねえ! 聞いてるの!! お願い待って……」
声を荒げ、ただ叫び続ける少女。それでも、信は頑なに振り向こうとしない。
「待って……」
やがて、彼女は泣き崩れる。尚も、信の表情は変わらない。ただ冷徹に、彼女を置き去りにする。彼が道を示すはずがない。彼自身も迷っているのだから、自分の考えを強要できるはずがなかった。
信の言うように、望月は既に詰んでいた。
度重なる綺麗ごとに、それを叶えかねないほどの奇跡。望月の目には、彼が物語の主人公に見えたことだろう。自分の大好きな、憧れの主人公に。
だがもし、それらがすべて計算に基づいて作られたものならばどうだろう。奇跡などというものは、そう簡単に舞い降りるものではない。
「運命論者のお前が、一番奇跡にすがっていたんだろうな……」
信はこの戦いに全てを掛けていた。この戦いにかける思いが、望月のそれとは比べ物にならないほどに大きかったのだ。
それ故に、絶対に勝てるというほどに、対策を練った。いくつもの罠を仕掛け、どんな手を使ってでも勝とうと思考を巡らせた。
そして、彼は人為的に一つの奇跡を作り上げる。
「悪いな望月。俺は奇跡なんて信じない」
信がめくった上着の下には、防犯用の防弾チョッキ。ネットショッピングなどで買える安物だが、手加減された魔法を防ぐには充分な硬度を持っている。
加えて、あの綺麗ごとの数々。あれらの言葉は全て、信の真意だ。しかし、普段の彼ならば、それらを強要することはしない。
強引に意見を押し付けるほどに、望月の心は揺らぐ。それが、逆転への糸口となる。
望月を倒したのは彼ではない。彼の手によって作り出された偽りのヒーローだ。
彼はヒーローになれなかった。
だからこそ、魔法少女に勝ったのだ。




