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晴れ時々魔法少女

晴れ時々魔法少女


 真夜中の街を飛ぶ、小さな影があった。

 まだ肌寒い四月の春風を切り裂き、影は真っ直ぐ標的へと進む。街の光を浴び、僅かに見える少女の姿。それは、空を駆けるピンクの服を着た少女だった。髪は耳より上の二つ結び、手には星形のステッキ。彼女こそが、世界を平和に導く魔法少女だ。

 対するは黒い異形の存在、人類の敵『イルミネーター』。それこそが、彼女の倒すべき存在だった。

 まるでフクロウのような姿をしたイルミネーター。それに対し、少女は空中戦を試みる。場所は町の中央に位置する自然公園。彼女が戦う下には、銅で作られた造形物が置かれ、周りは花壇に囲まれていた。

 そんな一般人には理解できない、いびつな形をした芸術作品の下。魔法少女を見上げるもう一つの影があった。


「やっぱりここに来たか、人気が少ないここにな」


 不自然なほど真っ黒な髪に、鋭い目つきの少年。彼の手に握られているのは、車にも入っている赤色の発炎筒。踏切などで事故を知らせるための道具だ。


「よし、準備は整った。今回はどうなるか……」


 少年は発炎筒のキャップを抜き、マッチのように擦る。赤い火が灯ると、彼は空高く、それを魔法少女の元へと投げた。


「さあ、どう出る魔法少女」


 瞬間、火は本体へとまわり、強烈な光と煙が放たれる。公園の電灯を掻き消すほどの光。それは、人々に異常を知らせるには十分な力を持っていた。

 魔法少女は何が起こったか分からず唖然とした様子。光の対処法に迷い、行動に移ることが出来ないようだ。

 しかし、そんな彼女とは対照的に、イルミネーターの攻撃は続く。巨大な翼を羽ばたかせ、魔法少女を消し去ろうと襲いかかる。少女はこの窮地でも、戦いを中断する事ができなかった。

 そんな魔法少女を見る少年は上機嫌だ。発炎筒の光を浴び、彼はニヤニヤと笑う。


「ははっ、慌てているな。でもまだ足りないか……」


 彼の袖ポケットには数本の発炎筒が残されていた。これら全てを点火すれば、光と煙は一層広がり、町の人々も集まってくるだろう。そして、人々は空を見上げ言う。「魔法少女は本当にいたのだ」と――

 少年の目的は魔法少女を世の中に広めること。これを実行すれば、彼女が苦しむことを少年は知っていた。魔法少女をぶっ倒す。ただそのために、彼はこの戦場に立っていた。

 少女にとどめを刺すべく、少年は二本目の発炎筒を擦る。


「さて桃色、今回はどんな奇跡を起こすつもりだ?」


 このタイミングだ。毎度毎度、あと少しで目的が成就するというこのタイミングで何かが起きる。一言でいうのなら、『奇跡』だ。奇跡と言っても、そう美しいものではない。まるで、天が魔法少女を味方しているかのように、都合よくそれが起きていた。

 今回も何らかの邪魔が入るだろう、信がそう予測した矢先だ。どこからか、艶やかな鈴の音が公園に響く。その瞬間、少年に向かって何らかの鈍器が振り落とされた。

 信は瞬時に反応し、攻撃を受け止める。彼の手に握られているのは、雑貨屋などで買える伸縮式特殊警棒。護身用の道具だ。

 対する敵の装備は太陽があしらわれたステッキ。鈍器ではなかったが、まともに受ければ無事ではすまないだろう。少年は大きくため息をついた。


「……新手か」


 攻撃の主は、一本結びで黒髪を束ねた少女。鋭い眼光は、少年をじっと睨みつけている。

 空から少女が降ってきたら、それが物語の始まり。しかし、そんな悠長な状況ではない。なぜなら、狙われているのは彼、自身なのだから。

 互いに武器を押し付け合い、攻撃は拮抗する。もし力を抜けば、押し負け、打倒されてしまうだろう。そんな状態でも、少年は表情一つ変えていない。平常運転だ。

 彼の異常な威圧に当てられたのだろうか。空中からの態勢で、少女は口を開く。


「貴方、何者なの……」


「それはこっちの言いたい台詞だ。これは俺と桃色の問題。なぜ邪魔をする?」


 アイドルのような桃色とは違い、着物のような服装をした彼女。頭に和風のリボンをつけ、腰には鈴の装飾。そして、左頬には太陽のマーク。間違いなく魔法少女だ。

 黄色い帯を靡かせ、彼女は叫ぶ。


「するに決まってるでしょ! こんな場所で光が上がれば、町の人に気づかれる。私たち魔法少女が世間にばれちゃうじゃない!」


「それだ、それが俺の目的。邪魔をするな黄色いの!」


 先に動いたのは少年だった。彼は特殊警棒を振り払い、ステッキごと彼女を弾き飛ばす。魔法少女の身体能力は魔法によって強化されているはず。しかし、そんな彼女の力を少年は上回っていた。

 彼は容赦なく、警棒を少女に振り落とす。ただ何度も何度も、彼女のステッキに攻撃を叩きつけた。魔法を使う隙など与えない。このままステッキを手元から叩き落とす。この猛攻はそういう意図があった。

 予想外の反撃にたじろいだ少女は、すぐさま後方へと退く。そして再び、空中へと飛びあがった。


「本当にあんた何者なの……普通、魔法少女相手に対等に戦える?」


「生憎、俺はなんの力もない健全な一般市民だ」


 自称、健全な一般市民の彼は、空飛ぶ少女を相手にしても冷静さを崩さなかった。

 空中の標的は絶好の的。少年は内ポケットから玩具のエアガンを出し、それを連射していく。闇雲撃っているわけではなく、しっかりと狙いを定めているのが余計にたちが悪い。

 おまけに、このエアガンはかなりの改造が施され、殺傷力が格段に上がっていた。明らかに魔法少女との交戦を想定している。普通の人間とはとても思えないだろう。


「あんたのような一般市民がいるか! 何で私たち魔法少女のことを知っているの!」


「また質問か? 少しは自分で考えろ。黄色いの!」


 少年は止まらなかった。ただ、目の前の少女を殲滅するために、攻撃を繰り返す。すでに何発かは腕や足に命中し、それなりのダメージを与えているだろう。彼女が落下するのも、時間の問題だ。

 ようやく自身の危機に気づいたのか、少女はステッキを構え大量の光の力を集めだす。


「痛ったいわね! 悪いけど、少しお仕置きが必要ね!」


 今までは様子見だったのだろうか。彼女は魔法少女であるのにもかかわらず、一度も魔法を使って来なかった。しかし、今回は本気だ。あの態勢は明らかに、魔法による攻撃。


「軽い弾丸よ。気絶ぐらいで勘弁してあげる」


 彼女がステッキを一振りすると、そこから一筋の光弾が放たれる。黄色く輝く勾玉型の魔法弾。対する少年は特殊警棒を振りかぶると、それを向かってくる光弾に叩きつけた。


「ふん!」


「……え?」


 まるで野球のヒットのように、光弾は後方へと打ち返される。なんと、少年は魔法による弾丸を特殊警棒で弾き飛ばしたのだ。

 打ち返された弾は、真っ直ぐ和服少女へと向かう。想定外の攻撃に驚いた彼女は、まるで空中から落下するかのように、その攻撃をかわす。地面に落ち、尻餅をつく少女。彼女は動揺を隠しきれず、震えた声で叫ぶ。


「あ、あんた! いったい、何したのよ!」


「何となくやったら、出来てしまったようだ」


「はあああああ!?」


 計算に基づいた行動ではない。ただ単に感覚で行動し、それが良い方向に傾いただけの事だった。だがこの行動により、状況は少年が有利。不可解な事だが、ただの人間が魔法少女を圧倒しているのは紛れもない事実だ。

 彼はエアガンを少女に向け、徐々に追いつめていく。

 今の魔法少女は動揺し、心乱している。彼女が次の攻撃を放つより先に片を付ければ、絶対的な勝利が手に入るだろう。そう少年が判断した瞬間だった。


「マジカル・スターフラッシュ!!」


 上空で眩い星の光が闇夜を照らす。桃色とイルミネーターの戦いが終わったのだ。

 少年は空を見上げ、光に掻き消されるイルミネーターを複雑な表情で見つめる。


「……上の戦いが終わったか」


 それと同時に、彼の表情が変わった。先ほどまでとは違い、明らかに焦りを見せていた。

 イルミネーターが消えたことにより、桃色の意識が下界へと向かう。 


「そこにいるのは誰!」


 派手に戦いすぎたこともあり、完全に居場所を悟られていた。少年はまだしも、もう一人の魔法少女は確実に視界に入っているだろう。

 こちらへ向かって降りてくる少女を確認すると、彼は瞬時に逃げの姿勢をとる。


「今、桃色に気づかれるわけにはいかない……残念だが、お前の相手をしている場合ではなくなった。退散させてもらう!」


「……あ、待て!」


 彼は内ポケットから爆竹を取出し、火をつける。そして、それを和服少女の足元に叩きつけた。瞬間、火は急激に勢いを増し、大量の光と煙を発する。彼女の視界は塗りつぶされ、その隙に少年は走り去った。

 毎度のように、魔法少女の邪魔をする彼だが、今回ばかりは少し違う。新たに現れた二人目の魔法少女がそれを証明している。

 波乱の予感を感じ、少年は笑みをこぼした。

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