偽りの黒
偽りの黒
信は特殊警棒による攻撃を行い、凛を追いつめていく。彼女はただ、その攻撃をステッキによって防いでいった。
まるでチャンバラのように、激しい打ち付けあい、弾きあいが繰り返される。兄と対話するためか、少女は防戦一方だ。
「何で!! 何でシンくんが、私たちと戦わなくちゃいけないの! 全然、分からないよ!」
「どうやら、忘れたのはお前の方だったようだな! 自分にとって都合のいい事しか見ていない証拠だ! 俺はお前の思っているほど、優しい兄貴じゃない!!」
突然、彼は特殊警棒を頭上高くへと投げる。それに気を取られた凛は、視線を空中へと向けてしまう。その一瞬の隙。信は懐から電気スタンガンを取出し、彼女の腹部へそれを当てた。
「っ……!」
直撃を受けたが、凛は魔法によって守られている。多少、精神的に追い詰められているが、この程度で気絶することはない。
だが、信の攻撃は容赦なく続く。彼は先ほど投げた特殊警棒をその場でキャッチし、そのまま凛に殴りかかった。
彼女は直感でその攻撃を判断し、再びステッキで守る。しかし、スタンガンでのダメージと、精神が不安定な事もあり、完全に防ぐことは出来なかった。
「シン……くん……」
「そうだ、俺はお前たち魔法少女を否定し、自らの正しさを証明する!! そのためにも凛! お前はここでぶっ倒す!!」
ガード上から受けたダメージ。致命傷ではないが、体勢を立て直さなければならない。
凛は空中へと飛び上がり、信から一気に離れる。やはり、間合いに関しては飛べる魔法少女が圧倒的に有利だった。
安全兼に逃れた彼女は、ステッキを収め、その場に立ち尽くす。これ以上の戦いは、自らの心を傷つけるだけと判断したようだ。
「おかしいよ……こんなの、いつものシンくんじゃないよ……」
「まだ分からないのか? 今までの馴れ合いは、ただの演技なんだよ! いやあ、優しい兄貴を演じるのは、本当に大変だった……心の中じゃ、こんなにもお前を憎んでいたんだからなあ!!」
信は気づいた。凛を絶望させる言葉は、魔法少女の真実ではない。兄である自分からの罵倒こそが、最も高い威力を発揮すると――
周りの人々を守るという意志を崩すには、その周りの人である自分が彼女を否定すればいい。ただ、思う事を話すだけで、それらは全て攻撃となる。
兄から明かされる真意。凛にとっては、とても受け入れられない事実だろう。彼女は何かを悟ったかのように、空を見上げる。
「あはは……そうか、分かったよ……」
「どうした桃色、ショックでおかしくなったか?」
急に笑顔になった凛。いつもと同じ表情だが、それが逆に恐ろしいものを感じる。
彼女は信を指さし、普段と同じように話していく。
「ううん、おかしくなったのはシンくんの方だよ」
「俺が? 何を馬鹿な……」
凛はさした人差し指を上へと立てる。そして、キリリとした表情で言い放った。
「シンくんは何か悪い力に操られているんだ!」
「……は?」
「……へ?」
その突然の考案に、信と日比野は呆然とする。一体、彼女は何を言っているのかと思ったのだろう。
凛は自信満々な顔で言葉を続ける。
「私、シンくんを信じる! 本当のシンくんなら絶対にそんなこと言わない! だから、操られているんだ!」
「な……何を言っているんだお前は……」
あまりにもおめでたい凛の思考に、怒りを通り越して軽蔑の感情が湧き上がる。
だが、それでも彼女は本気だった。ステッキに魔力を集め、それを信に向かって放つ。
「マジカル・スターショット!!」
ステッキが自らに向けられたことに気づいた信は、瞬時に反応し、その攻撃をかわす。弾丸は地面に衝突し、大きく音を立てた。
攻撃が命中した場所は深く抉れている。こんなものを食らったらひとたまりもない。一度思い込んだら暴走し、突っ走るのは兄も妹も同じだった。
「くそっ……! このバカ、本気か!!」
せっかくの策が、馬鹿げた現実逃避によって台無しになってしまった。
身の危険を感じた信は、一気に凛から距離を置く。でたらめな妹を前にして、少しは頭が冷えた様子だ。
だが、その行動は遅かった。魔法少女は飛べる。信が距離を置くよりも早く、彼女は後ろへと回り込んでいた。
「うん、私はいつも本気だよ。マジカル・スターフラッシュ!!」
凛は素早く魔法のエネルギーを貯め、それを一気に放つ。
抵抗する隙など全くない。眩い光は信を飲み込み、攻撃は直撃する。彼はあまりの眩しさに、とっさに目を閉じた。これで視覚は奪われずに済むだろう。
彼女の放った魔法は、対イルミネーター専用ともいえる闇を浄化する光の魔法。操られているわけでもない普通の人間に、効果があるはずもない。光が晴れたその場所にいたのは、無傷の信だった。
「攻撃すると見せかけて、この魔法か。だが、俺は自分の意志で戦っている。浄化の光で何が変わる」
「ううん、変わったよ」
「……なに?」
特に自分の身に何かが起きたとは感じない。ただ眩しいだけの魔法だ。
しかし、信の姿を見た日比野の様子がおかしかった。
彼女は驚いた様子で、少年を指さす。
「信、その髪……」
「髪……?」
前髪を掴み、信は自らの髪を見る。瞬間、彼の冷静さは一気に崩れた。
しつこいほどに黒く染めた髪は、元の栗色に戻っている。凛と同じ髪色、母から譲り受けた美しい髪色。それは紛れもなく、信の本来の姿だった。
「な、何で! しっかり染めたはずなのに!!」
あまりの驚きに、完全に本当の性格が出ている。まるで髪色と共に、今まで演じていたキャラクターも剥がれ落ちたようだ。
この髪色を表に出すのは数年振りだろうか。魔法少女をぶっ倒すと決めた時、彼は髪を真黒く染めた。
これは凛との決別の証。自分は彼女とは違うと証明するために、あえて反発を覚悟の上で染めたのだ。
「マジカル・スターフラッシュは闇を消し去り、真実を見せる。それが、信くんの本当の姿だよ!」
「ふ、ふざけるな! そんな都合のいい事が……」
「奇跡を起こすのが私たち魔法少女だよ」
魔法少女は何度も奇跡によって導かれている。この都合の良さは、全て必然だった。
こうして同じ髪色の兄妹が揃うと分かる。やはり、この二人は双子だ。性別は違うものの、どことなく似ているのだ。日比野は信が髪を染めているという事を知らない。それ故に、衝撃も大きいだろう。
「驚いた……やっぱり双子なのね」
「……み、見るな! くそっ!!」
両手いっぱいに髪を掴むが、そんな事で隠せるはずがない。屈辱的なあの色を、もっとも見られたくない宿敵に見られてしまった。信の精神状態は、さらに不安定なものとなる。
「塗りつぶすんだ……真っ黒に塗りつぶさなきゃダメなんだ!!」
「もういいんだよ。全部塗りつぶしたって、そんなのは偽物。本当の信くんじゃない」
「違う!! これが俺の真意だ!! お前に分かるはずがない!!」
「分かるよ。だって、兄妹だもん!」
「ぐ……」
いくら言葉で罵っても、凛の純粋な瞳は変わらない。ただ眩しく、憎たらしく、光り輝いている。彼女の光を見れば見るほど、自分が惨めになっていく。
「何でだよ……何で折れない!! キラキラ目障りに輝きやがって!! 俺はお前の絶望する姿が見たいんだよ!!」
「信……」
同じ髪の色、同じ瞳の色。血の繋がった兄妹が、一方的な憎しみによって歪んでしまっている。日比野にとって、それは心苦しいものだろう。
今の信を変えることが出来るのは、原因である凛以外にいない。彼女もそれを理解しているのか、兄に向って言葉を投げる。
「シンくんは私と同じだよ。お母さんと同じ髪と眼をしてるんだもん。だから、シンくんだって同じように輝いているんだ!」
自分が輝いていると、信は一度も思ったことはない。凛が自分に対して、これほどまでに信頼を寄せていることが、彼には理解できなかった。
「ミカンちゃん、安心して。シンくんはただ、私たちが心配なだけよ。だって、本当は優しいから……」
凛の優しい言葉に、信の心が揺らぐ。いくら憎んでいても、彼女が自分の妹だという事実は変わらない。なにより、二人は双子なのだ。
あと少しで信を取り戻せると思ったのか。凛はさらに、言葉を続ける。
「大丈夫だよシンくん……シンくんも、皆も、私たちが守るから!」
だが、この一言が地雷だった。
再び信の瞳が深く、真黒く染まる。
「守るだと? じゃあ何で……何で――」
彼は叫ぶ、自らの思いを、魔法少女にもっとも聞きたかった言葉を――
「ミャーを殺した!!」
たった一言だ。この一言で、全てが逆転する。
さっきまで希望に溢れていた凛の表情が、一瞬にして変わる。ステッキを持つ手は震え、それと同時に魔力は不安定になっていく。
「そんな……全部忘れたはずじゃ」
「忘れるはずないだろ……本当に大切な思い出は! 魔法なんかじゃ消えないんだよ!!」
魔法少女やイルミネーターの存在を知った人は、次の日にはその出来事を忘れてしまう。
だが、強い意志や思いは、どんな強力な魔法だって打ち破る。それは、信自身の経験から明らかになった真実だ。
日比野は凛に問う。彼女は何も知らなかった。二人の間にある大きな隔たり、ミャーという存在を――
「ねえ、どういう事? ミャーって……」
「イルミネーターだよ。私が倒したイルミネーター……」
凛はステッキを強く握りしめる。信がこうなったのは全て自分の責任。おそらく、彼女はそう再認識しただろう。
信は操られてなどいない。ミャーというイルミネーターと友達になり、それを自らの妹に奪われた。ようやく凛は、全てを理解したらしい。
だが、気づいた時には遅い。既に信は、魔法少女を倒すという野望に支配されていた。
「俺はお前たち魔法少女をぶっ倒す……全ては、奪われたイルミネーターの無念を晴らすため!!」
彼は学ランの上着を脱ぎ捨て、身を軽くする。大量の武器が入った制服は、音を立て草の上へと沈む。今の信には余裕も、慢心もない。ここからの戦いに、彼は全てを賭けた。




